業界動向
Access Accepted第766回:進境著しいインドのゲーム市場とトレンドについて
インドは人材豊かな国であり,名だたるグローバル企業や組織のトップにもインド人は多い。一方で,ゲーム業界的に見るとデベロッパとしての歴史はそう古くもなく,モバイルゲームの台頭に合わせて頭角を現してきたという印象だ。昨今は,気になるプロジェクトでも耳にするようになってきたこの国のトレンドを,ゲームやゲーム開発にスポットを当てて探ってみよう。
ゲーム開発の面では新興国の位置付け
国連人口基金によると,今年(2023年)半ばの国別の推計値では中国を抜いて,世界最多の人口になったインド。経済面でも2022年の実質国内総生産(GDP)の成長率が6.7%という高い数値を示し,旧宗主国のイギリスを抜いて世界5位となっており,2027年には日本とドイツを追い抜くことが予想されている。
今後も大きな発展が見込まれているが,すでに多くの優れた人材を輩出している。Microsoftのサティア・ナデラ(Satya Nadella)氏やGoogleのサンダー・ピチャイ(Sundar Pichai)氏など,巨大なグローバルIT企業トップの多くがインド系であり,ゲーム業界でもインド系アメリカ人のディラン・ジャデハ(Dylan Jadeja)氏がRiot GamesのCEOに就任を予定している。とくにITやコンピュータ分野での台頭が著しい印象だ。
とはいえ,当連載の「第233回:アウトソーシングから見る,近未来のゲーム産業」(リンク)で紹介したとおり,ゲーム開発においては新興国の中でも,まだ産声を上げたばかりといった状況だろう。
もちろん,長らくアートアセットなどのアウトソーシングの拠点になっており,英語への理解や教育の高さで海外企業に就職した人材が多いことから,ゲーム開発のレベルが上がっていることは事実だ。
2020年には,ムンバイの近郊都市プネを拠点にするNodding Heads Gamesが「Raji:An Ancient Epic」(邦題: ラジィ 古の伝説)をリリースしている。同作は中世インドを舞台に,ラーマーヤナをはじめとするインド神話をモチーフにしたアクションアドベンチャーゲームだ。影絵アートを用いたストーリーテリングといった,自国の持つ文化の特徴を生かした作風が魅力になっている。
同社は元々,地元の大学に講師として招かれていたイギリス人のイアン・マウド(Ian Maude)氏が,卒業生たちと2017年に発足したスタートアップ企業だったが,「Raji: An Ancient Epic」のクオリティはメディアでも高く評価され,Steamのユーザーレビュー(リンク)でも「非常に好評」を維持している。
4Gamer読者であれば,「ストリートファイター」のダルシムを筆頭に,「アンチャーテッド」のクロエ・フレイザー,「アサシン クリード クロニクル」のアルバーズ・ミール,「ボーダーランズ 3」のアマーラ,「オーバーウォッチ」のシンメトラ,「Apex Legends」のランパートなど,インド系キャラクターを思い浮かべることができるはず。インドのゲーム市場やゲーマー層の拡大に合わせるように,同国の文化はゲーム業界にも浸透してきており,ゲームの多様化に一役買っているのは間違いない。
最近のインド系ゲームのトレンド
インドのゲーム開発シーンは,スマートフォンの需要が急上昇したことでモバイルゲームの比重が高くなり,そこから開発力を伸ばしていったようだ(関連記事)。同国で制作されるモバイルゲームを見てみると,ヒンディー語のサポートのみという作品や,インド圏でしかリリースや運営が行われない作品も多いが,それで成り立つのは14億人という人口規模を誇るインドだからこそだろう。
北米のリサーチ会社Mordor Intelligenceが公開したレポート(リンク)によると,2023年度のインドのゲーム市場は30億ドルに達する見込みだという。これはまだ日本のゲーム市場の1/10でしかないが,5年後の2028年には2倍を超える62.6億ドルになると予想されている。中間所得層が増えるにつれて,Web3やAR/VRなど新興ゲーム分野でのプレゼンス拡大にも期待できる。
最近の面白いトレンドとしては,子供の頃に移民した一世や,海外で生まれた二世がゲーム業界に入り,自らの体験や思想をゲームを使って表現するような試みがあるということだ。
先週リリースされたVisai Gamesの「Venba」は,1980年代に南インド(タミール地方)からカナダに移民した一家の半生を綴る,ストーリー重視の「クッキングアドベンチャーゲーム」だ。当時,まだインドからカナダに移住する人は少なく,家族の安らぎとなる郷土料理の食材や調理器具もほぼない状況で,一家の母ベンバは渡航中に傷んで読めなくなったレシピ本を解読しながら,家族のためにおいしい料理を作っていく。
数時間で終わる短いゲームだが,登場人物は徐々に年を重ね,まさに一家の半生が描かれる。おそらくゲーム開発者自身の記憶を辿っていると思われる,非常にパーソナルな内容だが,「移民としてこんなに苦労しました」というお情け頂戴にはなっていない。新天地で苦境を乗り越え,一家の礎となった母の姿を記録しているような作品のように見える。インドという素材を利用しながらも,海外や異郷の地で生活した人なら誰でもなんとなく共感できるような空気感があるのだ。
また,アメリカやカナダ,イギリスなどにまたがるインド系移民で構成されるOuterloop Gamesは,11月のリリースに向けてアドベンチャーゲーム「Thirsty Suitors」を開発している。今年6月に行われたSummer Game Festの取材記事(リンク)で紹介しているが,本作は長らく都会で暮らしていたジャラが妹の結婚を機に,久しぶりにアメリカの片田舎に帰郷するというストーリーだ。ターン制のダンスバトルやクッキング,さらにスケートボードといった要素を組み合わせた「雑多な」ゲームとなっている。
この雑多さがある意味,「Thirsty Suitors」の大きな特徴と言える。ちょっと素行の悪いスケーターだったり,バイセクシャルな恋愛事情だったりと,ステレオタイプなインド人像を裏切り,「インド系である必要がない」設定の若い女性の視点から物語を描いているのが面白い。
それでいて,ダンスバトルは軽快なインド映画風の音楽であり,母親とのクッキングバトルでもインド料理を作っている。つまり,この作品の「何でもアリ」な部分は,「伝統や文化を尊重しつつも,欧米社会の中で生きている」という開発者たちの複雑なバックグラウンドを体現しているようにも映る。それは「グローバルなゲームシーンでの,インド系ゲームのアイデンティティの模索」と言い変えることもできるだろう。
今一度,インド国内に目を向けてみると,ゲーム市場の85%以上がモバイルゲームとなっている。国内には家庭用ゲーム機やPCゲーム市場の基礎がないため,今後も国内ではモバイルゲーム開発が発展していく一方,海外に進出したインド系移民や就労者たちの手でインド文化をモチーフにした家庭用ゲームやPCゲームが生み出されるかもしれない。
今回紹介した「Raji: An Ancient Epic」や「Venba」,そして「Thirsty Suitors」といった作品は,そうした意味でもインドのゲーム史におけるマイルストーン的な作品と言えるだろう。
著者紹介:奥谷海人
4Gamer海外特派員。サンフランシスコ在住のゲームジャーナリストで,本連載「奥谷海人のAccess Accepted」は,2004年の開始以来,4Gamerで最も長く続く連載記事。欧米ゲーム業界に知り合いも多く,またゲームイベントの取材などを通じて,欧米ゲーム業界の“今”をウォッチし続けている。
- 関連タイトル:
Raji: An Ancient Epic
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