業界動向
Access Accepted第335回:科学の進歩に貢献するゲーム
専門家の10年以上にわたる研究でも解き明かせなかったタンパク質の立体構造が,ゲーマーによってあっさり発見されてしまったという出来事が話題になっている。問題をゲーム仕立てにすることでゲーマーの関心を集め,スーパーコンピュータでも難しい問題を皆で考えてもらう。そんな試みが欧米の教育機関などで注目されている。今週は,ネットワークが発展した現代ならではの研究スタイルについてレポートする。
専門家が10年以上も悩んだ問題を,数日で解決
生物の体を作る“タンパク質”は,アミノ酸が長く連結した高分子化合物であり,アミノ酸の順番(一次構造)によって,多様な立体構造を作り上げている。これが“タンパク質フォールディング”(折り畳み)と呼ばれるもので,アミノ酸の配列から立体構造が正確に予想できれば,さまざまな病気に対応した新薬開発が可能になるといわれてきたが,それは,最新のコンピュータを使っても難しいことだった。
これを,ゲーマーの助けを借りて解決しようとしたのが,ワシントン大学のコンピュータエンジニアリング部と生化学部が共同で開発したパズルゲーム「Foldit」である。「Center for Game Science」というプロジェクトの一環として進められているものだが,このゲームで遊んだゲーマーが制作した分子モデルが,エイズの治療用新薬の開発に重要な酵素の構造であることが分かったのだ。
これは,2011年9月に出版された「Nature Structural & Molecular Biology」誌上で発表されたもので,10年以上研究者達が見つけられなかった構造を,Folditをプレイしたゲーマーがあっさり発見してしまったのだ。ゲームを使って科学的発見が行われたのは,おそらく初めてのことだろう。
グループに分かれてタンパク質の構造予測を競うというFolditには,プレイヤーがたどった試行を記録する仕掛けが用意されており,その記録を“レシピ”としてプレイヤー間で交換することができる。プレイヤーはそのレシピを自分でさらに調整してゲーム内で試すことができ,それを繰り返すことになるわけだが,今回の発見もそうしたプロセスで組み立てられたもので,まさにゲーマーの知恵の結晶といったところだろう。
ゲーマー達の目的は,科学的発見よりも,高いスコアを叩き出すことにあったはずだが,Folditはそんな“ゲーマーのモチベーション”を利用したものであり,これがゲームでなければ,今回の発見はなかったかもしれない。
Center for Game Scienceプロジェクトによれば,今回の成果はアルツハイマー病や癌の治療にも役立つ可能性があるとのこと。このゲームがアップデートされ,今後も新たな発見が続くこちになるかもしれない。
医学だけでなく,考古学や天文学の分野でも発揮される
インターネットの力
ゲーマーの力を研究に活かそうという動きはFolditだけでなく,欧米の教育機関で盛んになりつつある。カナダのマギル大学で進んでいる「Phylo」プロジェクトも,同じコンセプトを持ったオンラインゲームで,プレイすることで遺伝子疾患の原因究明に役立つという。一見すると,単にブロックを移動させるだけの簡単なゲームだが,それぞれのブロックが遺伝子の塩基を表しており,異なる種から似たような塩基配列を見つけ出すことで,遺伝子の進化を解明できる。これにより,癌や糖尿病など,遺伝子に影響されると言われる疾病の解明/治療に役立てようというわけだ。公開以来,約1年で1万7000人の登録ユーザーを抱え,すでに,35万種もの注目すべき塩基パターンが見つかっているという。
これらは「シリアスゲーム」であり,本連載の第304回で紹介した「ゲーミフィケーション」に属する試みだろう。形態としては,不特定多数の人達の力を借りる「Crowdsourcing」(クラウドソーシング)のコンセプトに基づいたもので,科学的にしっかりしたバックボーンを持ちながらも,気軽にプレイできるようにデザインされているのが特徴だ。
生物/医療関連以外では,オックスフォード大学の「Ancient Lives」と名付けられたサイトが興味深い。用意されたゲームを使用して古代エジプトの文書を解読するのだが,この元になっているのが古代エジプトの遺跡,オクシリンコスのゴミ捨て場から発見された膨大なパピルス文書であるところがミソだ。
現在の聖書には載っていない,4世紀以前に書かれた「トマスによる福音書」など,貴重なものが含まれた50万点あまりのパピルス文書は,100年以上前にオックスフォード大学に持ち込まれて以来,まだ15%ほどしか解読が進んでいないそうだ。これらをデジタル化して,一般の人々にゲーム感覚で解読してもらおうというわけだ。
また,詳細な宇宙地図を作るプロジェクト,Sloan Digital Sky Surveyは2007年から「ZooNiverse」というサイトを運営している。ここには,観測された銀河やクェーサーを,サイトを訪れた一般の人々によってカテゴライズしてもらう「Galaxy Zoo」と,月面にある多数のクレーターを分類してもらう「Moon Zoo」といったプログラムが用意され,多数のアマチュア天文学者達の協力によって,大きな成果を得ているという。
これらのプロジェクトに共通しているのは,ゲームの枠組みを利用しつつ,科学的な問題を多くの人の協力で解決しようとしていることだ。タンパク質の立体構造やエジプトの象形文字といったイメージ処理は,高性能コンピュータであっても難しいことだが,人間の脳にとっては比較的容易なことだろう。「直感」による問題解決も,現在のコンピュータにはできないことだ。
ネットワークによって,多くの人々の脳がつながり,人類の未来に貢献する成果が生まれる。そこにゲームが一枚噛んでいることは,我々ゲーマーにとって誇らしいことでもあるだろう。
著者紹介:奥谷海人
本誌海外特派員。サンフランシスコ在住のゲームジャーナリストで,北米ゲーム業界に知り合いも多い。この「奥谷海人のAccess Accepted」は,2004年に連載が開始された,4Gamerで最も長く続く連載だ。バックナンバーを読むと,移り変わりの激しい欧米ゲーム業界の現状が良く理解できるはず。
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