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2月22日までサンフランシスコで開催されていたGame Developers Conference 2008(関連記事)では,今後業界を動かすであろう,一つのトレンドが見えてきた。それは,ゲーム開発の“民主化”と呼ばれる動きである。Microsoftの「Xbox Live Community Games」から始まり,2008年内中にはサービスが開始されそうなAreaeの「metaplace」や「The Sims Carnival」などに共通するアイデアで,「いかにゲーマーにゲーム開発(の一部)を委ねるか」というもの。新たなトレンドになるのだろうか。
ゲーム開発の“民主化”とは?
2月18日から22日まで,Game Developers Conference(GDC) がサンフランシスコで開催された。GDCというのは,ゲーム産業に携わる人々が集まり,ゲーム開発や業界全般について語り合う国際的な会議である。その雰囲気はSIGGRAPH(CGを扱う,アメリカコンピュータ学会の分科会,同会が催す国際会議)のような会合と似ていると,日本から参加したグラフィックス系プログラマも語っており,開発者ばかりではなく,広報活動やマーケティングを行うビジネスサイドの人,そして大学機関からの参加者やジャーナリストまでが集い,その知識や経験を共有し,産業の強化を図るという,非常にオープンなイベントなのだ。
GDCは,ゲームファンにとっても重要なイベントになりつつある。ゲーム開発者が何を考えているのかが分かるし,最近では講演を利用して新作を発表したり,期間中に会場近隣のホテルでパーティ形式の催しを開いたりすることが多くなっているのだ。E3や東京ゲームショウのようなイベントが「年末から来年のゲーム」を見る場所だとするならば,GDCは「2〜3年後のゲーム(業界)はどうなっているのか」を占う,重要なイベントであるともいえるだろう。
Schappert氏と入れ替わるようにして登場したXNAマネージャーChris Satchell(クリス・サッチェル)氏が,Xbox Live Community Gamesについて解説した。任天堂やソニーも同じようなサービスを展開する予定があるので,“民主化”は加速しそうだ
そんなGDCに出席して,さまざまな開発者達の話に耳を傾けているうち,何度も聞こえてきたのが,「ユーザージェネレイテッドコンテンツ」「開発環境のオープンソース化」「誰でも参加できるゲーム作り」「プレイヤーのクリエイティビティへの刺激」「プレイヤーのイマジネーションの利用」といった言葉である。表現は異なれど,どれも意味は同じようなもので,2月20日に基調講演を行ったMicrosoftのLiveサービス担当副社長John Schappert (ジョン・シャッパート)氏の言葉を借りると,「ゲーム開発の民主化」となる。
「民主化」(Democratization)というとかなり大袈裟な気もするが,ようするに「ゲーマーに開発の主導権を与える」といった雰囲気だ。シャッパート氏は,XNAやXbox Liveを通して,ゲーム開発や流通の門戸をアマチュアにも開くことを指しており,新しい人材をゲーム業界に取り込みやすい環境を作ろうというものであった。これまで「Web 2.0」と他業界の用語を使って語られていたことが,「民主化」という言葉に形を変えて,より具体性を帯びてきたのである。
ラフ・コスター氏やElectronic Artsの
新規プロジェクト
2008年のGDCで最終講演を担当したAreaeを率いるRaph Koster (ラフ・コスター) 氏は,そのセッション「metaplace: Postmortem」でシャッパート氏と同じようなことを語っていた。ちなみに,metaplaceはまだβテスト段階であるので「事後分析」(Postmortem)ではないのだが,そこはコスター氏らしいウィットだ。
講演で彼は「我々が焦点を当てるべきなのは,この部屋(GDC)に集まっている人ではない。この部屋に入りたいと願っている人だ」といい,ゲームを作る楽しさをより多くの人に知ってもらうことで,ゲーム業界が人材的に豊かになり,よりユニークなアイデアが生まれやすくなると語っていた。
そんなコスター氏が現在開発している「metaplace」は,ソーシャルネットワーキングサービス(SNS)の一つだが,参加のモチベーションが日記や音楽ではなくゲームになる。プログラムされたモジュールをドラッグ&ドロップすることで,1分以内に簡単なゲームを制作/配信できるという。
このmetaplaceと同じようなサービスを展開しようというのが,Electronic Artsであり,“民主化”に最も力を注いでいるのが,同社カジュアルゲーム部門の主力をなすThe Sims Studiosだ。The Sims Studiosは,The Simsシリーズを開発したMaxisから分離する形で誕生した経緯があり,最近は「Sims on Stage」を開発するなど,シリーズのウェブ化を進めている。
そのThe Sims Studios率いるRod Humble(ロッド・ハンブル)氏が,GDCの会場で,「The Emergent Gamer」(姿を現し始めたゲーマー達)というセッションをおこなっていた。ハンブル氏は,ジャンケンやマンカラ(中東で広く遊ばれるボードゲーム)などを引き合いに出し,「ゲームというものは,古くからゲーマー達が自分で遊びたいように変革させてきた。つまり,プロだけがゲームを作るという現在は,“一時的な異常現象”であると考えられる」と語っていた。
チェスや囲碁が長い時間をかけて,何度もルール変更を繰り返しながら洗練されていったように,ゲーム開発のハードルを下げることで,ゲームに多様性が生まれ,より面白くなるというのである。こういった考えを推し進めるためにハンブル氏は,「The Sims Carnival」というウェブサービスのβ版を立ち上げた。これは,Flashゲームの集合体のようなサイトであり,プレイヤーは,metaplaceと同じように,簡単な操作でオリジナルゲームを作れるのだ。
青少年へと拡がるゲーム開発
Elecrtonic ArtsのThe Sims Carnivalは,上級者向けに「Advanced Game Creator」というアプリケーションが用意されており,独自のFlashゲームを作れるらしい。デモでは,民主党大統領候補者のオバマ氏が,インベーダーゲームのように襲い掛かってくるブッシュ大統領を次々と撃ち落とすゲームや,やってくるギャル達にケーキを渡していくゲームとか,ピザを奪おうとする手を,もぐら叩きのようにフライ返しで叩くといった,ミニゲームが紹介されている。
ハンブル氏は,民主化が進んだことで,詩が急速に市民レベルのアートとして発展したことを例に挙げ,会場に集まった開発者達に向かって「僕らは今ある仕事を楽しむだけ楽しんだほうが良いかも知れませんね。やがては民衆に乗っ取られてしまうのかもしれないのですから」と話していたのは興味深い。これは,コスター氏の「もう,昔のゲーム作りに戻るつもりはない」という発言と,似たような意味が含まれているのではないだろうか。
このようなトレンドは,GDCの中だけの話ではないようだ。Cisco Systemsなどの支援を受けた非営利団体The World Wide WorkshopのMyGLife.orgというプロジェクトは,ゲーム開発を学びやすい環境を作るという目的で進められている。世界各国にある,ゲームやウェブ制作をやさしく説明しているサイトや,ツールのあるサイトが集められており, 青少年を対象に,実際のコードを使ったチュートリアルや,ビデオによる講義なども企画されているという。
現在のところ,アメリカとイスラエルのいくつかのサイトがリンクされているだけであるが,新しい発想を持つ若きゲームクリエイターが誕生し,世界的に有名になるかもしれない。
metaplaceにせよThe Sims Carnivalにせよ,アマチュアクリエイターの領域がFlashゲーム程度に限られているならば,現在のコアゲーム開発者達が脅威に感じることはないだろう。どちらかといえば,携帯端末用ゲームとの競合になるだろうし,ひょっとすればユーザージェネレイテッドコンテンツの流れは,「RPGツクール」や「FPS Creator」のような制作用ソフトが登場した頃の流行りのように,一過性のものかもしれない。
しかし,音楽業界におけるガレージロックの登場や,ビデオカメラの普及によって拡がったビデオ投稿番組など,クリエイティブな産業は成長が行き詰ったときに“民主化”を行い,状況を打破してきたという歴史がある。ゲームを利用して映像作品を作る“マシニマ”や,「プロジェクト ゴッサム レーシング」の車体アートなど,プレイヤーが作り出すコンテンツが隆盛なのも,来たるべき“民主化”の兆候かもしれない。ゲーム産業は,新たな局面を迎えつつあるようだ。
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