連載
剣と魔法の博物館 モンスター編 / 第94回:シルフ(Sylph)
剣と魔法の世界では,万物は“四大元素”で構成されているという概念が一般的だ。これは伝説的な医者/錬金術師であるパラケルススが,著書「妖精の書」の中で,地水火風の四元素を象徴する存在として,ノーム(Gnome),ウンディーネ(Undine),サラマンダー(Salamander),シルフ(Sylph)の四つの精霊を定義したことから,広く知られるようになったと言われている。当連載では四大元素のうち,ノーム,ウンディーネ,サラマンダーをすでに紹介しているので,今回は残る一つ,風を象徴するシルフを紹介してみよう。
シルフは風の精霊の一種で,その姿は背中に羽を生やしたり,風をまとったりした美しい乙女である。また珍しい例では擬人化されてないシルフもいるようで,そうしたものは,小さな旋風などで表現されることがある。ただし,これはあくまでも例外であって,その場合はどちらかというと,下位の風の精霊として設定されている場合が多い。
シルフは基本的に,人間に無害な存在で,大した力は持っていないので脅威とはならず,戦闘力そのものは低い。しかし強力な術者に使役されるシルフなどは,風や空気を自在に操り,敵に多大な損害を与えるだろう。
四大精霊と称されることからも分かるように,シルフは比較的メジャーな存在だ。精霊そのものとして登場することが多いが,兵器名などに採用されていることもあり,「SFマガジン」で1979年から1983年にわたって掲載された神林長平の小説「戦闘妖精・雪風」に登場する戦闘機「スーパーシルフ」や,データイーストが1989年にリリースしたアーケード用シューティングゲーム「空牙」に登場するV-TOL攻撃機「シルフ」などが有名である。
ちなみに,ゲームアーツから「シルフィード」(SILPHEED。本来ならばSYLPHID)というシューティングゲームがリリースされているが,これはロゴデザインの都合上,あえてスペルを崩したそうだ。
シルフの語源については,ラテン語で樹木を指すシルヴァ(Sylva)と,ギリシャ語で精霊を指すニンフ(Nymph)を合成したモノだと言われている。ちなみにシルフには,ジルフェ,シルベストル(Sylvestre)などさまざまな呼び方があるが,その中でも有名なのがシルフィード(Sylphid/Shylpeed)だろう。これはシルフの女性名詞形であり,女性としてのシルフを強調する際に使われる語である。
シルフを含む精霊達を語る場合,人間との恋物語を語らないわけにはいかない。一説によれば,シルフには水を象徴するウンディーネと同様に魂がなく,人間と結ばれることで魂が宿るらしい。だが,そうした逸話はたくさんあるものの,ほとんどが悲しい結末を迎えてしまう。結局のところ恋は成就しなかったり,約束が破られたりして,妖精もしくは恋をした男性が命を落とすといった悲劇となるパターンが多いようだ。なお,簡単にではあるが,ウンディーネの項でもそうした話をしているので,「こちら」も参照して頂けると幸いだ。
ちなみに,こうした悲劇の代表作としては,ロマンティックバレエの代表作「ラ・シルフィード」 (La Sylphide) が有名。本作はスコットランドの農夫であるジェイムズが,シルフィードに夢中になり,婚約者を捨ててシルフィードに求愛するという物語。軽やかなシルフィードに触れられないジェイムズは,魔法使いに頼んで空を飛べなくするショールを用意してもらうが,実はそれは呪われたショールだった。それを知らないジェイムズはショールをシルフィードにかけると,シルフィードの羽は抜け落ち,彼女は死んでしまう。結果として婚約者もシルフィードも失ったジェイムズは,絶望のうちに息を引き取ってしまうのである。このバレエはあの「ジゼル」と並ぶ名作と言われており,初演は1832年。170年以上にもわたって親しまれている演目である。
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