連載
剣と魔法の世界では,人間が死ぬと肉体から魂が離れ,天国や地獄といった死後の世界へ旅立つ……という設定が一般的だ。ところが,何らかの事情によって現世にとどまってしまう魂もおり,そうした魂は怪しい光を放ちながら,墓場などを浮遊し続けることになる。
現実世界でも,それに似た逸話はさまざまな地域に残されており,日本では鬼火,狐火,人魂(ひとだま)などがそれに当たるだろう。世界にも同様のさまざまな伝承が残されており,なかでも非常に知名度が高いのが,イギリスを中心に伝わるウィル・オ・ザ・ウィスプ(Will o'the Wisp)である。
ウィル・オ・ザ・ウィスプは湖沼や墓場,戦場などに出現する,怪しい光を放つ球体だといわれている。精霊や妖精の一種とされているケースが多いが,死後に彷徨う魂であることから,アンデッドモンスター扱いされることもある。
こうした正体のブレは強さについても同様で,単なる雑魚モンスターとされる場合もあるし,電撃を武器とする強敵と設定される場合もある。また精霊魔法による召喚モンスターとして使役されることもあるので,場合によっては魔法使いなどと連れ立って現れる。
またゲームでは再現されにくいのだが,ウィル・オ・ザ・ウィスプの真骨頂といえば,「旅人を迷わせる」ことだろう。夜道を歩く人々が怪しい光(ウィル・オ・ザ・ウィスプ)に誘われてついてゆくと,沼地や危険な場所にたどり着いてしまうという現象が,イギリスを中心に言い伝えられているのだ。夜道や暗い場所で,なかなか追いつけない不思議な光を見たら注意してほしい。それはウィル・オ・ザ・ウィスプが,危険な場所に誘っているのかもしれない。
ウィル・オ・ザ・ウィスプという名称には,「(点火用に使われる)干草を手にしたウィリアム」という意味が秘められている。少々不思議な感じだが,次のような伝承を読めば納得してもらえるに違いない。
あるところに,ウィリアムという悪知恵の働く素行の悪い鍛冶屋がおり,悪さばかりしていた。やがてウィリアムは死んでしまった(恨みによって殺されたとも)が,ウィリアムは聖人ペテロに取り入り,なんとか復活を果たす。ところが,ウィリアムの素行は悪いままで,まったく改心しなかった。それが原因で,ウィリアムは罰として,天国からも地獄からも締め出され,死後,その魂は現世をさ迷うことになったという。
行き場がなく寒さに震えるウィリアム。それを気の毒に思った魔界の悪魔は,燃える石炭を与えた。以後,ウィリアムは燃える石炭を持って,あの世とこの世の間をさ迷い,しばしば人を惑わしては,沼地や危険な場所へと誘導するようになったそうだ。
こうした逸話はヨーロッパ全土に残されており,以前に紹介したジャック・オー・ランタンのそれと酷似している点も興味深い。またこうした火の玉(?)を総称して,愚かな炎という意味のイグニス・ファテュウス(Ignis Fatuus)と呼ぶこともあるようである。
ちなみにウィル・オ・ザ・ウィスプの正体については,死体から浸出した燐が発光したものだとか,沼地から沸いたメタンガスが発火したものだとか,長時間の落雷によって発生する雷球だとかいわれている。とくに雷球に関しては,屋根を吹き飛ばしたり,触れたものに大怪我(下手をすると即死)させる力があることから,強力なウィル・オ・ザ・ウィスプ像を生む原因になったのではないだろうか。
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- 新説RPG幻想事典 剣と魔法の博物誌〜モンスター編〜
- 発売日:2008/02/28
- 価格:1680円(税込)
- 版型:46判.256ページ
- 著者:村山誠一郎
- 発行元:ソフトバンク クリエイティブ株式会社
- 発売:全国書店および、オンラインショップ
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