インタビュー
[CEDEC 2008#01]Webブラウザだけで使える開発ツール「GAME BRAIN」について聞いてみた
さて,この春からスクウェア・エニックスが公開しているサービスにGAME BRAINというものがある。これは,Flashが動く環境(一般的なWebブラウザ)さえあれば,どんなPCでもゲーム開発が可能になるというゲーム開発ツールだ。公式サイトで発表されているゲームを見れば,だいたいどんなことができるものなのか理解できるだろう。
GAME BRAINを担当しているスクウェア・エニックス研究開発部ディレクターの對馬正氏に話を聞いてみた。なお,對馬氏の講演はCEDEC2日目の9月10日に行われる予定だ。
GAME BRAIN公式サイト(ツールのサービスは停止中)
http://member.square-enix.com/jp/gamebrain/本日は,よろしくお願いします。さっそくですが,GAME BRAINのような試みはどういったきっかけから始まったものなのでしょうか?
對馬氏:
20年くらい前には,「マイコンBASICマガジン」とかいろいろなプログラム投稿雑誌があって,自分の作ったプログラムを発表したり,それを見てプログラムを覚えたりといった文化があったのですが,最近はそういうものがなくなっています。一方で,YouTubeやニコニコ動画,携帯小説などを見ると,ゲーム以外の分野では,ユーザークリエイテッドコンテンツの発表の場が盛り上がってきています。これはちょっと悔しいので,ゲームでもユーザーが盛り上がっていける場を作ろうということで企画したものです。
4Gamer:
最近はPC雑誌も少なくなってますし,本当にあの手の本はなくなりましたね。
對馬氏:
マイクロソフトのXNAなど,フリーで使えるゲーム開発ツールというのもいくつかあるのですが,開発環境の整備が必要だったりと,少し分かりにくいので,もっと手軽に使える環境をということで,GAME BRAINでは,Webアプリケーションという形態を取っています。Flashが動くWebブラウザさえあれば,どんな環境でも,ツールのインストールなしでゲームの開発ができます。
最初は,ニンテンドーDSでプロトタイプを作ったんです。DSなら,ROMを差すだけで使えますので。それをPCに移植したのがGAME BRAINです。
4Gamer:
ざっと見ていて,古いゲーム機を模したものだというのは分かったのですが,なんでいまどきこんな仕様なのかというのが気になりました。調べてみると,松下電器と共同でなにかやっていてそれがもとになっているようですが……。
SEAD Engineですね。家電とゲーム機で共通のプラットフォームを作ろうということで社内で開発したミドルウェアが,今回GAME BRAINに必要な仕様と近かったので,それを流用しました。
4Gamer:
社内的に,SEAD Engineを使わなければならないから,こうなったというわけではないのですか。
對馬氏:
いえ,仮想マシンの仕様がちょうどよく使える仕様でしたので,そのまま使っただけです。
4Gamer:
GAME BRAINの仕様を見ていて,スプライトバンク切り換えやスプライトパレットなんか,ソフトウェアで実装するほうが面倒なんじゃないかと思ったのですが,これもSEAD Engineの仕様ですか?
對馬氏:
そのあたりは,最初に作ったニンテンドーDS版でDSにあわせたときの仕様ですね。
4Gamer:
そちらの制限でしたか。なるほど。それで,ニンテンドーDS版というのは発売する予定はあるのでしょうか?
對馬氏:
ゲーム開発ツールというものがDSのユーザー層に受け入れられるかどうかという問題もありまして,現状では予定はありません。
4Gamer:
DSでの動作を考えなければ,もっと仕様を拡大できるのではないかと思うのですが,そういう方向性はどうですか? ベースとしているFlash自体は,もともとビジュアル系のツールですので,やろうと思えば相当凄いこともできるはずですが。
對馬氏:
基本仕様に関しては,わざと限界を低くしている部分はありますね。最近のゲーム機はスペックが高くて,それぞれのゲーム機が開発された当初はスペックを出しきることに重点が置かれたゲームが多い印象があります。高いスペックを生かしてゲーム性で勝負するような作品が出てくるのは,ハードウェアを使いこなしたあとになっているような。ゲーム開発ではそういう傾向もありますので,すぐに仕様の限界にたどり着けるようにすることによって,ゲーム性の高いゲームを作りやすくできるのではないかと思っています。
4Gamer:
なるほど。コード部分は,ほぼベタでC言語になっていますけど,これはちょっと敷居が高くないですか。
對馬氏:
ゲームの種類を想定したフレームワークを提供して,そこにキャラクターなどを登録していくような設計にすれば,ある程度簡単に利用していただけるものはできるのですが,いわゆる「ツクール」的なものではないものを提供したかったのです。フレームワーク自体を作っていく,楽しさ,面白さを味わってほしいと思い,あえてなんでも作れるようなツールにしてみました。
4Gamer:
まあ,C言語自体は,昔のマイクロソフトBASICとかに比べれば,言語仕様も整って分かりやすくなっているのでしょうが……。
對馬氏:
「ベーマガ」の頃を思い起こしても,買ってきてすぐにBASICが使えるようになったという人はほとんどいないと思うんですよ。みんな2,3か月かけて少しずつ覚えていったと思うので,サンプルプログラムなどをいじりながら慣れていってもらえればと思っています。
プログラムコンテストとその反響
ところでプログラムコンテストの反響はいかがでしたか。
對馬氏:
コンテストの入選作は,Yahoo!ゲームでも公開されているのですが,Yahoo!ゲーム全体のランキングで表示される上位5タイトルのうち,3作品がGAME BRAINコンテストの入賞作でした。かなり評判はよいですね。ゲームを作った人もきっと喜んでくださっているのではないかと思います。
4Gamer:
コンテストで集まった作品を見てみて,なにか感想はありますか。
對馬氏:
よくこのツールで作れたなと思うような凝った内容のゲームもあり,驚きでした。それとコンテストの応募者には,もちろんプログラム経験者もいましたが,プログラムは初めてという人も結構いたんですよ。そういう人でもサンプルを見ていじっていればなんとかなるようです。
4Gamer:
コンテストへの応募はどれくらいあったのでしょうか。
對馬氏:
確か登録者の2%くらいの人がコンテストにも応募しています。
4Gamer:
2%ですか。母体となっているのが,スクウェア・エニックスメンバーズのサイトだと思うと,結構多めですね。
對馬氏:
どちらかというと,ゲームをプレイするのが好きな人が集まるサイトですから,そういえるかもしれませんね。
4Gamer:
実際にGAME BRAINを公開して,コンテストなどをやってみて,目指していたものは実現できたと思われましたか。
對馬氏:
かつての「ベーマガ」のようなものを目指していたのですが,GAME BRAINでは,ユーザー間でプログラムをやり取りするような場を用意していなかったのが反省点となっています。
4Gamer:
たしかにコミュニティはあったほうがよかったかもしれませんね。プログラムなどで分かりにくい部分を相談する場所があると便利でしょうし,そのほうが盛り上がっただろうと思います。今後はコミュニティも加わってくるのでしょうか。
對馬氏:
コミュニティ機能とともに,複数人が共同でゲームを作れるような機能も取り入れたいと思っています。
4Gamer:
それはいいですね。
ところで,Flashを使っているということで,一応,携帯電話でもゲームが動かないことはない……という程度には動きますね。さすがにエディット部分は動きませんでしたけど。
エディット部分ではFlash 9の機能が必要ですので,もともとエディット部分は動かない仕様です。しかし,一応,WiiやPSPのWebブラウザでもゲーム自体は動くんですよ。さすがにちょっと重くはなりますが。携帯電話でも,キーを一度押してひとマス動くようなゲームであればちゃんと遊べます。キーを連続的に押して1ドットずつ左右に動かすようなものには向いていませんけど。最初から,ある程度重い再生環境を想定してゲームを作ってやれば,まったく使えないというわけではありません。
4Gamer:
Wiiなどでも重くなりますか?
對馬氏:
SEAD EngineとFlashの部分で二重にVM(仮想マシン)が動いていますので。
4Gamer:
SEAD Engineの部分も中間コードなのですか。
對馬氏:
はい。仮想マシンを通すと1/10の速度になるとよくいわれますが,それを2重にしていますので,1/100。実際にはそこまで遅くはありませんけど,かなり重いのは事実ですね。
4Gamer:
ツール部分などは,Webアプリでよくここまで作ってあるなと感心したのですが,今後,ツール類が拡充される予定とかはありますか。
對馬氏:
具体的な予定はまだありませんね。なにぶん,コンテストが終わったばかりで,次のことはなにも決まっていないというのが本当のところです。
4Gamer:
もっと,外部のツールで作ったデータを取り込みやすくしたりとか,さまざまなツールがあってもよいと思うのですが。
對馬氏:
我々としても,あれが理想の状態であるとは考えていません。もととなったDSの仕様による制限と,開発期間のバランスでああいう形に落ち着いたという感じです。
4Gamer:
なるほど。せっかくWebアプリで作られているところに変なことを聞きますが,オフラインでも使いたいという要望とかはありませんか?
對馬氏:
Webアプリですから,オフラインではちょっと(笑)。当社は,ゲームコンテンツを販売している会社ですので,GAME BRAINで作られるコンテンツについても,ある程度のクオリティは保ちたいと思っています。完全にオフラインで動いてしまうものにすると,そのあたりがコントロールできなくなりますので,難しいですね。
4Gamer:
著作権など,そういった点で,いちばん問題が発生しがちな音楽関係については,最初から山ほど楽曲を用意されていて,さすがだなあと思いました。
對馬氏:
最初は,ユーザーが音楽データを打ち込めるような機能を考えていたのですが,やはり著作権の問題が発生しがちですので,あのような形になりました。
4Gamer:
音楽関係だと,どうしても作曲できる人というのは限られますから,既存曲を使ってしまう人が多くなるのは分かります。プロがゲームのBGM用に作った曲と山ほどの効果音を素材として用意していたのは非常によかったと思います。
その分,グラフィックスデータも,もっとたくさんのライブラリがあってもよいのではないかと思いましたが。
對馬氏:
公開後もいろいろ追加していたのですが,まだ足りなかったですか?
4Gamer:
そうですね。なんかRPG用のキャラデータぽいのは,途中からかなり充実してきたのですが,もっともっといろんな種類があってもよかったと思います。初心者にとって,いちばんの壁となるのは,キャラクターやとくにアニメーション部分でしょうから。
GAME BRAINのサイトでは,ドット絵の描き方講座のページもあったのですが,そこはトップページを上回るほどの人気ページになっていました。
4Gamer:
使えるデータもありましたし,プロのドット師の人が講座をやっているんですから読み応えはありましたね。ただ,ドット絵にしてもプログラム講座の部分にしても,できる人が勘所を押さえたうえで「こうするときはこうします」というのを淡々とやっているという感じがあって,読んでいる人はついていけてるのかちょっと疑問もありました。
對馬氏:
プログラムなどをどう教えたらよいのかという部分は,こちらも手探りでやっていますので,なかなか難しいですね。
4Gamer:
最後に,こういったユーザーがコンテンツを作るという流れは,今後広がっていくものでしょうか。
對馬氏:
ゲーム開発というのは,手間がかかって難しいものです。それをマスターするのも並大抵ではありません。かつてのユーザー投稿型のコミュニティなどはそれを手助けしてくれるものでした。現在の私があるのも,そういったものがあってのことですので,個人的には,できるだけそういう道は用意していけるといいなと思っています。
4Gamer:
本日はありがとうございました。
いわずと知れたことながら,スクウェア・エニックスは,日本のゲーム業界で1,2を争う影響力を持つ会社である。そのスクウェア・エニックスが,ゲーム作成用のコンテンツを公開したのだから注目されるのは当然のことだろう。
ただ,スクウェア・エニックスメンバーズのサイトコンテンツとしても,ちょっとほかのものとは異質であり,かなり実験的なプロジェクトであろうことは間違いないと思われる。グラフィックスパターンとアニメーションパターンを制作し,音楽を選び,コードを書いてゲームを動かす。GAME BRAINでは,その一連の流れがすべてWebアプリで用意されている。
分かる人には説明の必要もないのだが,分からない人には分からない話なので,少し補足しておこう。
「マイコンBASICマガジン」(通称「べーマガ」)は,各機種(昔は互換性のないパソコンの種類がたくさんあった)用の投稿プログラムリストを多く掲載しており,多くの人がそれを打ち込んでプログラムを学んでいったという歴史があった。たいていは打ち込み間違いで素直には動かず,動くようにするためにプログラムをなめるように追うことが要求されるなど,載っているゲームを遊びたければ,単に打ち込むだけではなく,ある程度プログラムを理解していく必要があった。
そして当時はプログラムを自分で作ることも,それほど珍しくはなかったのだ。
PC互換機の時代,Windowsの時代になってもしばらくはBASICがなくなったわけではなかったのだが,市販アプリがあふれると,BASICがついていることすら知らない人も増え,使う人はほぼいなくなった。入門的なプログラム投稿雑誌も減り,プログラムを作り始める「きっかけ」はほぼなくなっている。
Windowsの進化やDirectXの発展などで,最近はもの凄いゲームを作れる環境は整ってきたのだが,ゲームを作るということが極端に難しいものになってしまっているのも事実だろう。
そういったところへ登場したGAME BRAINは,(いまどきの基準からすると)そうたいしたゲームが作れるわけではないが,比較的簡単にゲームが作れる統合環境となっていた。初心者が手こずりがちなグラフィックス部分も専用エディタを備えていたり,音楽は曲を指定するだけでOKだったりと手軽に扱える。ただ,コード部分だけはちょっと手軽とはいえない。
使われる言語は,ほとんどC言語ではあるものの,C言語の先鋭的な部分は削ってあるので,そんなに難しいとか,読みにくいというものではない。C言語自体,Algol系の構造を持つ言語なので,構造性の薄い昔のマイクロソフト系BASICよりはプログラムも読みやすいかもしれない。「昔のBASICと比べれば」という点ではいくらか進化している部分もあるにせよ,モダンな開発環境とはいい難い。
サンプルは多く用意されていたので,いじりながら勉強はできるものの,はたしてどれくらいの人がこれについてこられるのかには興味があったのだが,意外と最近の若者も骨があるようだ。コンテストでは力作が並んでいる。
個人的な意見をいえば,キャラクターの再定義やコード上限,入出力など,もう少し拡張するだけで,作れるゲームの幅は大きく広がっていくと睨んでいる。スペック的にはスーファミの簡略版みたいなものなので,もっといろいろできてもおかしくないはずなのだ。スペックを切り下げることで,工夫を磨くようにさせるというのも分からなくはない。しかし,よりクオリティが高いゲームが作れる環境であれば,モチベーションも変わってくるので,今後の拡張に期待したいところである。
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