連載
『茶の世界史 緑茶の文化と紅茶の社会』
著者:角山 栄
版元:中央公論新社
発行:1980年12月
価格:735円(税込)
ISBN:978-4121005960
連載第12回で取り上げた『コーヒーが廻り世界史が廻る』の向こうを張るわけではないが,今回の題材は角山 栄氏の『茶の世界史 緑茶の文化と紅茶の社会』である。書名“だけ”からでは分かりづらいものの,ヨーロッパ社会がどのようにして東洋文化の象徴たるお茶に出会い,受容し,やがて(イギリスが)植民地産品の根幹に育てていったかを,筋道立てて説明してくれる本だ。また,明治期に殖産興業の対象と見られていた日本茶の輸出が挫折していく経緯をも丹念に追い,近代資本主義との関係でお茶を捉えるという,たいへん興味深いパースペクティヴ(奥行き,展開)を持つ評論ともなっている。
世界でお茶を意味する言葉には,日本語の「チャ」に近いものと英語の「ティー」に近いものという,2種類の系統があるわけだが,前者は広東語,後者は福建語に由来する。言葉の伝播経路とお茶の伝来から出発しつつ著者は,東洋貿易で栄えたオランダを経由して,ヨーロッパ各地にお茶が広まっていったこと,のちの紅茶大国イギリスを含め,初期のお茶需要は紅茶でなく緑茶が主流であったことなどを,当時の世相とともに説明していく。
ちなみによく紅茶の起源として,緑茶を運ぶうちに船内で発酵が進んだものだという説明があるが,それが誤った俗説であることは,この本でももちろん念押しされている。
ヨーロッパ諸国がお茶に接した1600年代頃,東アジアは世界の先進地域であり,彼らがお茶を中心とする中国産品を買い付けようと思っても,代わりに渡せる交易物件などなかった。お茶の需要が膨らんでいくイギリスにとって,茶貿易の収支は常に赤字(銀が出て行くばかり)であり,お茶の国産化は悲願であって,彼らは手に入れたインド植民地でそれを実行に移す。
我々が紅茶の銘柄として聞くアッサムやダージリン,セイロンといった南アジア各地では,もともとお茶の栽培などこれっぽっちも行われていなかったのであり,これらはすべて,大英帝国による植民地経営の産物である。大英帝国はインドを舞台にして「創世紀1701」よろしく,自国民の需要を満たしにかかったのだ。
同じことは,紅茶に付き物の砂糖についてもいえる。キューバが砂糖の産地なのは,イギリスが大西洋の島々でサトウキビの栽培を続け,それらの土地を次々と痩せさせていったという,東向きのムーヴメントのすえに,たどり着いた終着点であるからだ。中国では絹とお茶とアヘン,大西洋では砂糖と奴隷と銀。二つのダーティな貿易とインド植民地の経営が,大英帝国の繁栄と消費生活を支えたのである。
さて明治維新ののち,遅れて世界市場にデビューした日本は,とにかく外国に売れるものを血眼になって探し,育成した。国際資本主義のなかで生きていくことは,何を売って外貨を獲得するかということである。日清戦争までの繊維工業,以降の重工業という流れは教科書にも載っていると思うが,実はお茶も,このトライアルの対象だった。
しかし,日本のお茶栽培は規模が零細であり,その経済効率において,とうていインド植民地の大規模農園に太刀打ちできるものではなかった。モンゴル/ロシア向けの磚茶(お茶っ葉を固めた,インゴットのようなもの)製造が品質の問題で頓挫し,また比較的好調だったアメリカ向けの緑茶輸出が水色(すいしょく)の“偽装問題”つまり,染料を混ぜた粗悪なお茶のスキャンダルなどで打撃を受けたのち,茶業は輸出産業として最終的に失敗する。戦国時代にはヨーロッパ人に衝撃を与えた日本のお茶だが,結局日本的な文化として,逼塞を余儀なくされたのである。
以上の経緯は,Paradox Interactiveの「ヴィクトリア」でつぶさに再現されている。このゲームではまさしく,近代資本主義国家の生き様(の確立)が主題なのだが,例えば日本の京都プロヴィンスでは,宇治茶が産出されている。そしてその経済効率は,やはり工業製品に遠く及ばない。
世界の特産品が,どうしてこんな風な分布になっているのか遡って興味を持てるだけでなく,資本主義とは,商品とは,物質文明とは何かという問題を,お茶という身近な存在に沿って投げかける,手軽でありながら奥行きの深い本なのだ。
「安かろう悪かろう」の代名詞だった時期も長いのです。
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