インタビュー
[OGC2008#09]リミックス作品の創作性と経済効果がカギか。ニワンゴ社長 杉本誠司氏が語る「ニコニコ動画」
「アイドルマスター」といい,「初音ミク」といい,オンラインゲームサービスとも微妙に絡む話題を振りまき続け,最近ではプレイムービーの投稿内容に触発されて,そのゲームのセールスが伸びることも,それほど珍しい現象ではなくなった。一方で,動画投稿/ストリーミングサービスとしての急激な影響力拡大は,放送コンテンツなどの違法アップロードへの注目も集め,映像業界の一部に緊張を呼んだことも,多くの方がご存じだろう。
そんなこんなの“イキのいい”タイミングで,運営元であるニワンゴの代表取締役社長 杉本誠司氏は,OGC 2008の基調講演を担当する。このタイミングでの講演となれば,3月5日に行われた「ニコニコ動画(SP1)」へのアップデート発表が主題となるのはいうまでもないが,当サイトでは講演のプレビューを兼ねて,杉本氏にいろいろ聞いてみた。ゲームに関係ある事柄もそうでない事柄も,多くの人にとって興味深い話になると思われるので,ぜひお読みいただきたい。
サービス再開一周年で,来し方行く末を語る
本日はよろしくお願いします。カンファレンスの仮題は「ニコニコ動画について」となっていますが,やはり先日のアップデート発表が話題の中心になりそうでしょうか?
杉本誠司氏:
そうですね。「ニコニコ動画」だいたい半年に1回ずつアップデートしているんですけど,その最新版です。「ニコニコ動画」の後ろに付いているバージョン標記は最初(仮)で,次は(β),続いて(γ)となって,(RC),(RC2)となってきました。今度は(SP1)になります。まあ,そこに入っている言葉にたいした意味はないんですけどね。
4Gamer:
そ,そうなんですか(笑)。
杉本誠司氏:
はい。バージョンが上がっているというだけの意味です。3月5日の発表では,(SP1)までにどのような変遷があったかというおさらいと,今後数か月ないし半年後くらいのタイミングまで,どういうロードマップを描いているかを説明しました。それと,バージョンアップでどういうものが実装されたか,ですね。
4Gamer:
えーと,講演のプレビューということで,SP1の目玉になる部分を,ちょっとだけお教えいただけませんか?
杉本誠司氏:
そうですね……いままで試験的にやってきたもの,つまり生放送だとか,時報といったものが,今後どんなふうに本格展開していくか,とかですね。
4Gamer:
3月6日に,ニュースリリースの形でも明らかになった,時報広告の販売ですね。
杉本誠司氏:
それと,前回のアップデートで実装させていただいた要素がいくつかありますけれども,投稿部分を含めて,今回もいくつか機能を追加します。
4Gamer:
みんなで動画を楽しんでいくうえで,投稿部分のアップデートは本当に楽しみですね。……発表の全体的な意図なども気になるのですが,そのお話の前に,ニコニコ動画の最新動向,つまり総会員数および有料会員数を教えてください。
広報・宣伝担当 中澤友作氏:
3月3日時点で総登録会員数が約560万人,有料会員数が約18万9000人です。それと,モバイルサービスのアカウント(無料)が約114万人です。
4Gamer:
Web上で当たってみた情報も,ニコニコ動画に関しては,たいへん正確に伝わっているということが,いまよく分かりました(笑)。みんな,きちんと発表内容を把握しているんだなあと。
杉本誠司氏:
ああ,そうですね(笑)。我々のほうで数字を発表すると,いろいろな方に取り上げていただけるようになったので,ぶれない形できちんと伝わっているのかな,と思います。
4Gamer:
総会員数560万,有料会員数18万9000人って,けっこうすごい数字だと思うのですが,そこまでの規模に達したニコニコ動画が,このタイミングで大々的に発表を行うのは,どういった意図からでしょうか?
杉本誠司氏:
一つの重要なポイントは,3月の初旬であることです。それが何を意味しているかというと,そもそも昨年(2007年)の2月23日にサービスが止まったことに端を発します。それまでニコニコ動画は,動画ストレージをYouTubeに頼っていたのですが,YouTubeからアクセス制限を受けたのです。
4Gamer:
ああ,この時期でしたっけ。
杉本誠司氏:
その後一週間の間に「SMILE VIDEO」を作り上げ,そこと結合することで,ニコニコ動画というサービスが復活するわけです。その復活が3月6日。なので,その一周年を含め,再スタートを切った3月6日に合わせる形でやりましょうということになったのです。
4Gamer:
なるほど,それでいまですか。そこで強調したかったポイントは,どんな部分でしょうか。
杉本誠司氏:
サービスの方向性,ですね。世の中にはさまざまな動画投稿サイトみたいなものがあると思うんですが,それぞれが何を目指しているかといった話が,今後のテクノロジー的な見通しも含めていろいろ話題にのぼることが多くなりました。
そこで,世の中が見ているものと,ニコニコ動画が見ているものが合ってるとか合ってないとか,そのあたりを整理してみて,「ニコニコはこう考えている。目指している」ということを述べさせていただいたと。それが期待に応えられるか裏切っているかは,今後の課題になりますけどね。
4Gamer:
つまり,ニコニコの立ち位置とビジョンですね。
杉本誠司氏:
そうです。この手の話は日進月歩で変わっていくので,例えば1年前にその話ができたかと考えてみると,同じような題材でも違うことを言ってたようにみえる場合があると思うんですよ。
あまりにもスピードが速いので,3か月とか6か月といった単位で更新をお知らせしていかないといけない。いったいニコニコ動画がいまどのあたりにいて,何を考えているかは,定期的にアップデートしていく必要があるなあと。
4Gamer:
それは確かにそのとおりだと思いますね。
杉本誠司氏:
そうでないと,「半年前と言ってることが違いますよね?」と混乱するような場面が出てくることもあると思うんですよ。でも,半年前とは環境自体が変わっているわけです。なので「我々はいま,こっちのほうに向かっています」「情報を更新しています」と定期的に言っていかないといけない。そう考えています。
4Gamer:
それが折々に必要ということですか。
杉本誠司氏:
そうですね。3月5日で2回目ですが,今後も定期的にやっていこうと考えています。
4Gamer:
なるほど……。聞きたいことがいっぱいあって,迷うところなのですが,そもそもニコニコ動画って,コメント付けから始まっていますよね? それについてはいろいろなところで意義の説明や解釈がなされていますけれど,そもそもの発祥として,「2ちゃんねる」の「実況板」の影響を受けたものでもあるのでしょうか?
杉本誠司氏:
そうですね。まず,ニコニコ動画の前身となるドワンゴで提供していたパケットラジオが企画の始まりですが,企画の段階からひろゆき氏が入ってますから,アイデアだとか経験則だとかは,如実に反映されています。
「2ちゃんねる」の「実況板」には,もちろん動画があるわけではなく,実況されているテレビコンテンツと「2ちゃんねる」はセパレートなものです。「それが一緒だったら面白いよね」というのが,アイデアの一つの基礎になっていますが,2ちゃんねる的に語り合うのもアリだし,YouTubeの海外動画について誰かが翻訳してくれたりとか,そういう部分をひっくるめた形になれば,非常に楽しみやすい。
4Gamer:
それはたいへん分かりやすい例ですね。
杉本誠司氏:
そして,そういった動画への情報付加は,インターネット文化を通じて,必ずしもサイトサービス供給側がやる必要はない,という動きになってきました。ユーザーの誰かがボランティアの発想でやってくれてもいいし,それを期待して面白い動画をアップロードしてくれてもいい。それを見た人が小気味の良いコメントや,ツッコミを入れたりしても面白い。
いろいろな要素がコラボレートされて,User Generateの一つのコンテンツとして成り立てば,快適なんじゃないかと。それがもともとの発想です。
4Gamer:
なるほど。確かにさまざまなインターネット文化の歩みを受けて,初めて提案できたサービスであることがよく分かります。
杉本誠司氏:
我々はコンテンツを用意するのではなくて,そういうことができるプラットフォームを提供していくのだということは,すごく意識しています。
4Gamer:
今回のOGC 2008プレビューでは,ひろゆき氏にもお話をお聞きしていて,そこでは,ユーザー相互によるコンテンツの加工/変形が一つの焦点でした。そこも織り込み済みという感じですか?
杉本誠司氏:
それは,マッシュアップという感じですか?
4Gamer:
そうです。誰かが作った動画を,ほかの人がより良くしたり,アレンジして別のものにしたりという意味です。インフラとしては「見て,語る」という部分が提供されていますよね。ただし,ほかの人が作ったものをいじって上げ直す部分はシステムと関係ないのですが,起き得る現象であり,実際起きているわけです。
杉本誠司氏:
ええ。別に我々のサービス上で提案しているわけではないですが,想定し得る現象と認識しています。あるユーザーさんが作った動画や,作詞作曲した歌がアップロードされますよね? 楽曲だったら背景を載せ,動画だったら違うセリフを当ててみる。そうやって,「僕はこんな風にアレンジしてみた」というリミックスの世界が展開される。それは起き得ることと認識しています。
4Gamer:
認識している,ですか。
杉本誠司氏:
すごく単純なパターンで言いますと,例えば実況すること,海外の動画に字幕を付けることだけでも,それは付加価値を上げていることだと思うんですよ。それがファイル自体に付加されることであれ,単純にニコニコ動画の機能を利用することで字幕や装飾が付いたということであれ,いろいろな評価の仕方があると思いますが,それは付加価値だと思うんですよ。
各ユーザーさんがいろいろな側面から参加できることで,二次創作的に付加価値を増大させていくという効果はあるな,と思っていますし,それがニコニコ動画に対するユーザーのモチベーションだなと思っています。
4Gamer:
そこはそのとおりかもしれませんね。
杉本誠司氏:
たぶんひろゆき氏自身も,そこが人気の源泉であることに興味を持っているので,そういう話題になったのかな,と思いますね。
4Gamer:
機能ではないが,サービスの魅力になっていると。
杉本誠司氏:
そうです。
今年9月末までに,会員約900万人で単月黒字化を
話は少々前後してしまいますが,雑誌やWebメディアなどで最近,ニコニコ動画さんが“打って出ている”イメージがあるのですけれども,これには何か狙いがあるのでしょうか? それとも,発表会を控えた動きの一環だったのでしょうか。
杉本誠司氏:
(中澤氏に向かって)どうなんですか? 打って出てるんですか?
中澤氏:
うーん,打って出ているというよりは,各媒体の方に取り上げていただいているという感じです。我々としては定期的にプレスリリースを出すとか,あるいはサイト上で情報を出すことによって,3か月から半年間隔で行っている発表会の間にも,情報更新をしているわけです。それは,プレス様向けでもあるし,ユーザー様向けでもあるんですけれども,それに関して各メディアさんが記事にしてくださっているという形です。
4Gamer:
では,引き合いが増えているのだと。
中澤氏:
そんな感じだと思います。直接にお問い合わせをいただかなくても,ニュースリリースを見て記事にしていただけたりとか。
4Gamer:
露出局面が拡大していて,会員数も伸びている。そういう状況のニコニコ動画さんなんですけど,ちょっとビジネスレイヤーのお話を。これはやはり,ものすごい回線負荷でしょうし,投資コストであるかと思います。
杉本誠司氏:
そうですね。回線負荷はものすごいです。それを維持するためのコスト負担は,かなりのものですね。
4Gamer:
ほかのメディアさんにしばしば数字が出てたりしますけど,現在の1か月あたりコストを,あらためて教えてください。
杉本誠司氏:
現在は月1億数千万円くらいですね。
4Gamer:
現実問題として,それは大きな額ですよね? しかし,どこかで事業を黒字化していかねばならない……。
杉本誠司氏:
そうですね。慈善事業というわけでもありませんし。ユーザーさんにサービスを楽しみ続けていただくためには,少なくとも赤字の状態で続けることは,なかなかできません。早急に黒字化するのは,使命と思っています。
4Gamer:
現状で収益の核は有料会員さんですか?
杉本誠司氏:
そうです。有料会員と,バナーを中心とした広告事業,それと,これも広告の一部ですが,「ニコニコ市場」で展開されている,ECアフィリエイト。この三つでほぼ収益を立てています。
4Gamer:
それぞれのおおまかな割合を教えてください。
杉本誠司氏:
えー,有料会員が6割程度です。残りがだいたい同じくらいの比率になっています。有料会員もだいぶ増えているんですけれども,広告の割合が上がってきています。
4Gamer:
将来的な見通しとして,それはどのくらいの割合に収まるだろうとか,収まるべきだといった見解はありますか?
杉本誠司氏:
サービスプラットフォームとして考えると,アフィリエイトや広告の割合が上がっていくのが自然だとは思っていますが,有料視聴環境のニーズもずっと続くと思っていますし,有料サービス内で差別化を行う可能性もあるので,あまり割合はずれていかないと思っています。パイそのものが大きくなっていく感じで,バランスがとれていくと思います。
4Gamer:
なるほど。現状の総会員数と有料会員数をお聞きするに,黒字化はなかなか高い壁なんじゃないかな,とも思えるのですが……。
杉本誠司氏:
そうですね。低くはないですね。ただ,まったく手が届かないレベルかというと,そうでもないのです。我々の期が9月に終わりますので,今期中の単月黒字化を目標にやっています。
4Gamer:
それはすごいですね。いや,ひろゆき氏とのお話で,ある程度お聞きしていたのですが,そうしたスケジュールで動いていると。では,9月までに黒字化するとして,そのときの総会員数はどのくらいと見ていますか?
杉本誠司氏:
見通しとしては900万人です。
4Gamer:
総会員数900万人を達成した時点で,単月黒字も達成されているはずだというのが,現状での見通しと。
杉本誠司氏:
そうです。
4Gamer:
9月までに900万人という見積もりそのものは,けっこう手堅いところかもしれませんね。
杉本誠司氏:
現状でいうと,いけそうな気がするんですけどね。
中澤氏:
だいたい2か月で100万人ずつ増えているんですよ。3月中頃に600万人を超えるかな,という予感はあります。そのペースから考えるに,9月には900万人になっているのではないかと。
4Gamer:
実際にそう答えていただけると,あらためてすごい数字に思えてきます。2か月で100万人増……。
杉本誠司氏:
900万人に達した時点で,インフラのコストがどうなっているかというところでもあるんですけどね。
4Gamer:
全体の会員数動向に関して,どこかで伸びがいったん落ち着くとか,そういった予測はお持ちですか?
杉本誠司氏:
現状では,1000万人を超えるあたりまでリニアに上がっていくだろうという見通しを持っています。ただそれが,その後2年も3年も続くとは考えていません。
4Gamer:
……まあ,母数は1億2000万人で,そのうちの割合という話ですからね。
杉本誠司氏:
ニコニコ動画を見るというムーブメントが,ムーブメントを超えてインターネット文化として定着する。そして,いろいろ見るものがあるなかで,「ニコニコ動画って,普通毎日見るものだよね」と認識されれば,ポピュラーなポータルサイトと同じ1500万人くらいの会員が確保できるのかなと,比較的シンプルに捉えています。そのくらいまでは,いったんいくだろうと思っていますね。
4Gamer:
インフラというか,生活の一コマに入り込めれば,と。
杉本誠司氏:
使われている時間などから考えても,ニコニコ動画は非常に接触時間が長いのです。最新の平均利用時間だと4時間になっています。そうした意味で,だんだんとテレビに近づいている気がします。
4Gamer:
おおよそ映画2本分ですか。平均でその値はすごいですね。そしてコンテンツプロバイダーではないけれども,使われ方としてテレビに近づいていると。
杉本誠司氏:
はい,そして使われ方の側面をより深く見たとき,コメントを付けあってみんなで共有するというのは,まさにお茶の間でテレビを見ていて,家族や友達としゃべっているのに近い感覚がありますから。そうした意味で日常のある一定時間が,ニコニコ動画に向かう時間に置き換えられているのかな,という推定はできるんですよね。
有料会員率と,フレキシブルな収益策が重要
アフィリエイトや広告が伸びるのはよいとして,有料会員数が伸びることには,おそらくそうでない会員数の伸びが伴うものですよね?
杉本誠司氏:
そうですね。どういう伸び方をするかにもよるのですが,先ほどの数字では,有料会員の割合が3.4%から3.5%です。ですので,できればそれを,4%,5%といった形で増やしていくことによって,全体の数字はすぐに上がる計算になります。なので,有料会員の割合を上げていくというアプローチを,まずはやっていきたいなと。
4Gamer:
なるほど,コストバランスの観点からも,それは理想的ですね。
杉本誠司氏:
サービスの差別化や,その内容をもっと露出していくことが必要かなと,考えているところです。
4Gamer:
ちょっとイヤな言い方をすると,“フリーライダー”の割合が高い場合,回線コストだけが上がっていくから……。
杉本誠司氏:
ええ,それはあります。ただ,そこが増えることによって――先ほどの数字のバランスを崩すことにはなりますが――アフィリエイトや広告の付加価値が上がっていきます。
傾向が見えてきたところで,収益バランスの見通しを変えることは,あるかもしれませんね。
4Gamer:
つまり,どちらに伸びていくかによって,植木でいう“剪定の入れ方”が変わってくると。
杉本誠司氏:
そのとおりです。そこはやはり,先ほど述べた半年スパンでの情報更新が必要なのと同じで,ビジネスの軸もかなりフレキシブルにいかないと,例えば「会員数で勝負します!」といっておいて立ちゆかなくなったとき,リカバリーができないじゃないですか。
そういった意味で,何本か柱を持っておいて,その時のサービスの状況に合わせるべきだと考えています。結局“生き物”なので,最高のパフォーマンスを発揮できるやり方も更新していかないと,ビジネスチャンスを逃しかねませんので。
4Gamer:
すごく基本のところで考えたとき,どのタイミングでどんなタイプのイカしたコンテンツが流行るかなんて,分かるはずないですからね。
杉本誠司氏:
もちろん会社である以上,年間を通しての計画は求められますから,それを打ち出して,充たしていく努力をするわけですが,事前の計画以上に収益を得られる材料があれば,それを否定する理由はないですから,そちらのほうにシフトしていくという考え方です。
4Gamer:
なるほど,収入バランスはマーケット(?)・ドリブンだと。では,支出についてもお聞きできますか?
杉本誠司氏:
支出ですか(笑)。単純ですよ。ほとんど回線費です。
4Gamer:
あー,やはりそうですよね。帯域契約している回線業者さんへの支払いがほとんどだと。……しかしそうなると,コストカットの余地がないということになりませんか?
杉本誠司氏:
いや,そういうわけでもないです。あまりにも利用帯域の数字が大きいですから,例えば1社から借りて済むというレベルではないんですね。なので,複数の回線業者さんからお借りしている状況です。その借り方を,数字と期間を調整しつつ見直して借り換えていけば,そこでコストは大きく変わってきます。
4Gamer:
そうした形で最適化の余地があるわけですか。「帯域を増やすから,セット割引してよ」とか。
杉本誠司氏:
ええ,まだまだ考えられます。同じ回線でも,業者さんによっていろいろコストが違ってきますから。
4Gamer:
コストカットできないわけではないよと。ただ,確か現時点で日本の総トラフィックの8%くらいに達しているというお話ですよね?
杉本誠司氏:
ええ,そうだといわれています(笑)。
4Gamer:
そのくらいの規模になると,借りられる業者さんも限られてしまうように思えるのですが,そこはどうですか?
杉本誠司氏:
ロットで用意できる業者さんが,そうそう多いわけではないので,その意味では限られてきますね。
4Gamer:
かといって,小口で借りていくと最適化に苦労しそうな気がします。そのあたりを考えたうえで,コスト圧縮の妙案はお持ちですか?
杉本誠司氏:
その点でいうと,始めた当初にお願いした業者さんとの契約には小口が多いですから,これをロット契約に置き換えていくことで,もっと合理化できる可能性は高いと考えています。
パートナーとの協力関係は互いに無償
ビジネスにも関係してくる部分なのですが,現在のニコニコ動画は,独自の配信サービスを持っていますよね? 「よしよし動画(仮)」さんとか。こちらに関して近い将来,拡大していく予定はありますか?
杉本誠司氏:
昨年の10月に1回目の発表をしたときに,いま実際に配信が行われている以外のパートナーさんも挙がっていました。そうした,まだ実現していない部分を含めて,今後拡大していこうと考えています。
我々から見たとき,コンテンツホルダーさんであり,権利者さんでもありますので,そういった方々がニコニコ動画のような新しいプラットフォームを介して,どういったビジネスを展開できるのかについては,ぜひいろいろと試していただきたいと思っています。
4Gamer:
確かに,形としても立ち位置としても新しいですからね。
杉本誠司氏:
はい。ですから吉本興業グループさんならお笑い,avexさんなら音楽,グラビアのDVDを販売していらっしゃるところもありますし,ライブドアさんであればアニメで,それがどのように売られるべきかというところを含めて,コンテンツホルダーさんと一緒に試行錯誤を続けています。
そのあたりに関しては,いろいろチャレンジしていきたいと思っています。それによってニコニコ動画自体が盛り上がれば,それはとても良いことです。各コンテンツホルダーさんには試行錯誤のなかから,一番良い収益モデルを導き出してほしいですし,タイアップさせていただいているその場から,広告を含めたビジネスチャンスが生まれるかもしれない。
そこもぜひ一緒に探求しましょう,ということで,いろいろお声掛けはさせていただいています。
4Gamer:
アップできるコンテンツも自由で実験的なら,パートナーさんによる利用方法も,自由で実験的というわけですか。では,そういったパートナーさん達とニコニコ動画さんの間で,お金の流れは生じているのでしょうか?
杉本誠司氏:
現状,金銭的な取り引きは発生していません。
4Gamer:
集客とビジネスチャンスの創出が,ニコニコ側のメリットだと。
杉本誠司氏:
そのとおりです。もちろん,パートナーさんの広告を掲出したり,何らかのプロモーションを行ったりする場合には,パートナーシップ部分とは別に,広告費をいただくことはありますが。
4Gamer:
まあ,別枠のお話ですよね,それは。
ゲーム業界からのクレームは少ない
ええと,思い出したようにお聞きしてみるわけですが,実は我々はゲーム媒体でございまして(笑)。ニコニコ動画ではゲームのリプレイムービーであるとか,オリジナルプロモーションビデオみたいなもので賑わっていますね。
杉本誠司氏:
ええ,賑わっていますね(笑)。
4Gamer:
昨年(2007年)は本当に「アイドルマスター」とか,ものすごいムーブメントがありました。これらに関して,プラットフォーム運営側としてはどんな感慨を抱きましたか?
杉本誠司氏:
感想としていえば,ゲーム系とアニメ系については人気がありますし,そこはぜひ,伸びていってほしいなと思っていますね。
4Gamer:
手応えというか,可能性を感じると。
杉本誠司氏:
ええ。とくに日本でゲームとアニメは,世代を超えたものになっていますよね。そこが伸びていくのは,自然といえば自然だなと。逆にオールジェネレーションで通用するコンテンツって,そうそうないですから。
4Gamer:
印象論にすぎないんですが,ゲームについては結果としてプロダクトの良いプロモーションになっていることが多いように思えます。ゲーム会社のバナー広告がよく入っているわけですから,メーカーさん/パブリッシャさん自身,たぶんそのことは意識している。
そうした意味で,始めからプロモーション効果を狙ったコンテンツ提案などは,来たりしますか?
杉本誠司氏:
何かやりたいですねというお話をいただく機会は,よくあります。ただし,ニコニコ動画はコンテンツプロバイダーではないので,その場合にするのは「では,どうぞニコニコを自由に使ってください」というお話なのです。
あるいは,パートナーシップを結んで「公式動画」を配信し,そのコンテンツをクローズアップすることはできますので,そこにさまざまな動画を集めるといったことはできます。
あるいは,ゲームに関連した動画といったものを集めていって,それを使ったイベントを開催し,お互いのPRとして活用するのはアリですよね。
4Gamer:
ええと,実例としてはたしか――
杉本誠司氏:
「ゲットアンプドR」ですね。ニコニコ動画の側にキャンペーンページを置いて,そこに動画を投稿するときに,特定のタグを付けて,応募の証としてもらう形になりました。応募資格は「ゲットアンプドR」のプレイアカウントを持っていること,です。
これを通してニコニコ動画を使ってもらい,投稿作品を「ゲットアンプド」のアワードとして評価,サイバーステップさんから賞金が授与された,というものです。
4Gamer:
普通の冠スポンサー付きコンテストでなく,プラットフォームとしての機能活用が入っているあたりがユニークですよね。オンラインゲームのプレイヤーであれば,もともとインターネットがホームグラウンドですから,いろいろな導線が使えますし。
杉本誠司氏:
インターネットですし,本来どこからどこへリンクしても,おかまいなしですよね。ところが意外なことに世の中では,どこからどういう順番で読んでもらう……という仕組みで作られているページが多いんですよ。そうでなく「いま見ているところが舞台です」という発想で,いろいろなところの機能と連動する。そうした展開がいいかなあと。
4Gamer:
そこはおっしゃるとおりですね。総じてゲーム会社さんがニコニコ動画をうまく使うことには,メリットの側面が大きいと,個人的には判断しているのですが,一方でUGC/UCC(User Generate/Create Contents)に関する考え方には,各社さんでまちまちだと思います。
杉本誠司氏:
ええ。
4Gamer:
「あまりおかしな動画を作られると,困る」と言うゲーム会社さんがいても,実はおかしくない。そうしたお話が持ち上がったりすることはありますか?
杉本誠司氏:
ゲーム業界から,そうしたお話を聞くケースは,比較的少ないです。
4Gamer:
それはちょっと安心しました。ゲーム自体がシーンを作り出す機械/プログラムですから,そこで生成された映像を,プログラムの権利者さんががっちりホールドする傾向は,全体で言えば薄いように思えます。
杉本誠司氏:
そうですね。たぶんゲーム自身の価値というのは,ゲームとプレイヤーの間で生じるプレイによるものですから,通常そこに対価が払われている気がします。そして,プレイシーンが共有されることが,その関係を崩すものではないと思っています。
4Gamer:
なるほど。プレイしてこそのゲームといいますか。
杉本誠司氏:
実際問題として,ムービーを見て,ゲームを買うのをやめる人がいるのか? ということでもあります。
4Gamer:
権利の所在云々を抜きにして考えた場合,ゲームメディアだって画面や動画を出していますからね。では,ゲーム会社さんは比較的好意的だと思われる,と。
杉本誠司氏:
ええ,話の性質上,「喜ばしい」と言ってくれる人は,なかなかいないんですけどね(笑)。
4Gamer:
著作物ですからねえ。謎解きやサービスシーンはプレイ内容だし,プレイヤー特権だろうというのは,さすがに自明ですから。あとは物語型のコンテンツだと,これはだいぶ基準が違うでしょうし。プレイ内容直撃ですから。全シーンが含まれた動画の投稿があって大もめとかいうことは,起きていないわけですね?
杉本誠司氏:
いまのところ起きてないです。ゲーム会社の方と,直接のビジネス以外でお話しする機会もありますが,そのときでも「ネタバレみたいのは困るよね」というお話に終始しています。
リミックスの創作的側面をどう捉えるか?
「ゲーム会社からは」クレームが来ていないとなると,必然的にお聞きせざるを得ないのですが――
杉本誠司氏:
そうですよね。「じゃあ,ほかからは来ているのか」という話ですよね(笑)。
4Gamer:
ご明察です。映像コンテンツの場合,かなり文脈が違いますよね? アニメ業界のプロデューサーさんが何か言っちゃったりとか。著作権法に基づく注意書きがちゃんとあるとかは,サイトを見れば分かる話ですが,映像会社さんは映像会社さんで,起きている事態に応じて姿勢を決めるわけですよね。実際のところ,難しいお話が来たりしますか?
杉本誠司氏:
法律に関わる部分ですから,「毅然とした発言をいただく」というケースは,非常に多いです。ただ,一方でどれだけの損害が出たかという話は,一般論の域を出ないわけです。「プロモーション効果も出たよね」というお話も,同じように非公式に語られてしまいますし。
権利者の方によってケース・バイ・ケースなので,一概にすべてを否定的に見るということも難しいのです。ですから,権利者の方との対話を重視し,こういった問題に前向きに取り組み,すぐに着手できるところから,順に進めていっています。
4Gamer:
なるほど……。そうした真摯なお話の一方で,非常に生臭い話題になるのですが,「事実上,違法コンテンツがなかったら,ニコニコはここまで大きくならなかったんじゃないか?」という考えも,一つあり得ると思うんですよ。そこについて,どう思われますか?
杉本誠司氏:
うーん,どうですかねえ。そもそも違法コンテンツを見たくて人が集まっているわけではないので。
4Gamer:
まあ,振っておいてなんですが,聞かれたって困りますよね。
杉本誠司氏:
あるのは結果論だけですからねえ。「なかったら,つまらなかったの?」と言われると,たぶん誰にも答えられない。
一つ言えるとすれば,違法コンテンツでないものも確実にクローズアップされていますし,ニコニコ動画内だけでなく,さまざまなメディアでも取り上げられています。
「ねこ鍋」とかがそうですけれど,それがDVDになったとき,数万枚という数で売れてもいくので。必ずしも,違法動画がなかったら成立しなかったかというと,そんなことはないのかな,とは思っていますね。
4Gamer:
権利以前に我々の感覚の問題になっていくのかもしれないですけど,良くも悪くもリミックスの作品が注目の対象となり,職人さん達の腕の見せどころになっています。
ところが,元の映像の側にも曲の側にもそれぞれ権利者がいるわけですね。こうなると「DVDぶっこ抜いてそのまま上げちゃいました」「それは違法です」みたいな話と違って,かなり深い問題をはらみますよね。
杉本誠司氏:
そうですね。
4Gamer:
リミックスもやっぱり,権利物を組み合わせて実現しているわけなので。クリエイティビティはそこにあるんだけど,法的にはどうなんだとなった場合,いろいろ議論が必要そうです。
杉本誠司氏:
そこは今後引き続きやっていく議論の,中心になっていくかなとも思っています。どの権利侵害もいけないなかで,DVDをリッピングして上げちゃったとかは,話し合いの余地すらないので,なくてよいわけです。
4Gamer:
どう防ぐか,どう対応するかの範囲に収まりますね。
杉本誠司氏:
オリジナルをそのまま上げてしまうのは,そもそもオリジナルの価値を否定することですから,そこでは権利者の方々と同じ方向を見ています。ただ,リミックスについてはどうなのかという議論を,これから権利者の方々としていかなければならないだろうなと,思っています。この部分も,権利者の方が侵害だといえばそうですし,そうでないといえば,そうでない。
4Gamer:
そこがまさに我々の生活感覚との間で,したいこと(リミックスなど)がどこに落着するかという議論になっていきますよね。
杉本誠司氏:
関連するプロダクトの販売に,良い方向で影響していることが実際あるのではないかと感じる場合もあり,その意味で「売り上げが落ちちゃうんで困っているんです」という話のすべてがそのとおりなのかどうか。これに対する権利者の方々の権利問題への見解は,ケースバイケースだとは感じていますね。
4Gamer:
そうですね。そこはもう,現物をやりとりさせていたNapsterの時点から議論が進んでいませんね。リミックスの場合,新たな出会いを作り出す側面もありますし。
杉本誠司氏:
ニコニコ動画がここまで来た過程においても,権利侵害動画を目的にしたというよりは,リミックスを含めた,一種の創作性を持つ動画を,いろいろな人が見たがった,参加したがったということが,これだけ人を集めた要因なのかなあと。
4Gamer:
アンディ・ウォーホール以来のテーマというか(笑)。キャンベルスープを集めたら,それは作品か? 作品です。みたいな。
杉本誠司氏:
だからこそ,コンテンツホルダーさんが自身のビジネスチャンスを拡大するために,ニコニコ動画みたいなものをうまく使うに当たっては,リミックスをどう考えるかが,大きいのかなと思います。
4Gamer:
そこは大きな論点だし,可能性の側面もまた,見るべきではないだろうかと。
杉本誠司氏:
もしそこを伸ばせるチャンスがあるならば,日本のクリエイティブとして成立していくのかな,とも思います。ニコニコの中で発生して醸成され,いろいろなところで評価を受ける機会を得ることで,メイド・イン・ジャパンのインターネットクリエイティブが生まれていく下地が作れるのではないか? という点に期待したいんですよね。
仮にそれを日本国内で全部否定してしまうと,たぶん海外に流れていくと思います。そのときにはなかなか歯止めが利かなくなってしまうので,日本人が作ったクリエイティブでありながら,メイド・イン・ジャパンじゃなくなっちゃうんですよ。
4Gamer:
そこから生まれる可能性が手元に残らない方法が,本当に理想の解決なんですか? ということですか。
杉本誠司氏:
そうなんです。そうなると,インターネットの文化そのものが空洞化してしまう可能性がある。なのでそこに関しては,なるべくそうした事態を招かないほうが,最終的にはいいんじゃないだろうかと。
我々の立場でどこまで言えるかという問題もあるんですけど,この論点は訴えたいと思っているんですよね。
4Gamer:
いささか面倒なお話が続きますが,著作権法の改正をめぐる論議が喧しい昨今です。現在,法制審議会の答申に出ているような形に沿って改正が進んだ場合,いま話していたクリエイティビティとか,大打撃を受けるはずですよね?
杉本誠司氏:
いわゆる,非親告罪化するという点ですか?
4Gamer:
そうです。
そうした改正は,やはりクリエイティビティの要素を潰してしまうので,深刻に受け止めています。ただ半面――これは僕の感想にすぎませんが――権利者側にとっても負荷が大きいのではないかとも思っています。
結局,そのあたりをきちんと管理していくために何が必要かというと――よくフィンガープリントなどと呼ばれますが――キーになるのはシステムの性能ではなくて,権利物とマッチングさせるためのデータベースを整理するかなんですよ。そこに載る「リファレンスデータ」を持っているのは,当然ながらコンテンツホルダーさんです。なので,権利者の方が協力してくれないと,サービスプロバイダーには何もできません。
4Gamer:
違法かどうか判定するための元データ,ということですね。
杉本誠司氏:
そうです。例えば機械的に判断するのが我々であっても,元になるDVDであるとか,コンテンツファイルであるとかは,権利者の方しか持っていないので。まあ売ってますけれど,そうでないものもありますし。
4Gamer:
買ってこいって話でもないでしょうしね。
杉本誠司氏:
DVDならまだしも買えば済むとして,放送番組などの場合どうするのか。「放映が終わった瞬間にアップロードされて困っている」といった場合,「放送する前に素材をいただけないとマッチングできない」となってしまう。この段階でかなりハードルが高くなってしまうわけです。
4Gamer:
どこまで現実的か,という時点で大きな疑問があると。まあ,まずもって課題山積ですよね。
杉本誠司氏:
現状に問題があるのは確かなので,再考したほうがいいと思うんですけど,まだ全体が見えてきてないじゃないですか。どれだけ被害が起きているかすら,定量的に把握できていない。法制化だけ進むと,実情がよく分からないまま機能してしまう。
4Gamer:
誰も望まない形に展開しかねないと。司法機能の限界をやすやすと超えかねないというか……。ともあれ,この話題はこのあたりで切り上げて,最後にOGC 2008の基調講演を聴きに来てくれる方に向けて,ぜひメッセージとPRをお願いします。
杉本誠司氏:
3月5日に発表した内容を,限られた方でなく,広くお伝えしたいと思います。今後ニコニコ動画がどういった方向に進んでいくのかに関して,あらためてご説明させていただきたいと思います。
結局ニコニコ動画って,どのへんがどういうふうに評価されているの? という部分に関し,運営サイドが冷静に受け止めたうえで,実はこういうところがウケていますという分析も,トピックス的にお話しさせていただければと思っています。その視点に沿ってニコニコ動画を見ると,また楽しみ方も変わるかな,と思いますので,そういった話題をぜひ楽しみにしていていただければと思います。
4Gamer:
本日はありがとうございました。
とはいえ,そうした新しい仕組みであるだけに,いままでになかった問題を生み出しても不思議ではない。それが著作権侵害をめぐるあれやこれやであり,その被害と効用の話であり,リミックスをめぐる価値論議の可能性であるわけだ。未来に向けた可能性と,現在および将来にわたる問題点を,同時に抱え込んだサービスとして,いまのニコニコ動画は動いている。
日本のインターネットコンテンツが持つ可能性に賛同するか,それを一種の「人質」に取っての議論と見るかは,もちろん読者の自由だ。ただ,いずれの立場に立つのであれ,いまニコニコ動画を運営するニワンゴがどう考え,どうしようとしているかが,興味深い話題であることに間違いはない。講演は3月14日の第2講,会場Aで11:15AMから12:00AMまで行われる。当日の講演内容を,ぜひ楽しみにしていてほしい。
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