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奥谷海人のAccess Accepted / 第272回:「StarCraft II」発売記念〜その歴史を振り返る
「StarCraft II: Wings of Liberty」が7月27日,ついに発売された。世界数十か国で同時発売が行なわれた本作の売れ行きは,現在のところきわめて好調だ。日本での盛り上がりはイマイチという印象を受けるが,今回は,そんなStarCraftシリーズ歴史を追ってみようと思う。本作が,どれだけ欧米ゲーム業界に大きな影響を与えたのかが分かるはずだ。
ついに発売されたStarCraft II: Wings of Liberty。欧米では,パッケージ版が初日に180万本,ダウンロード版が57万本販売されたといわれる。PC専用のゲームは,「The Sims」シリーズのように長期間にわたって売れて,累積的な数字で大ヒットになるタイプが多いが,StarCraft IIはコンシューマ機向けタイトルのようなセールスパターンを描いている
2010年7月27日,「StarCraft II: Wings of Liberty」がリリースされ,待ちに待ったファンによって熱狂的に迎えられた。アメリカとヨーロッパの小売店では,初日だけで180万本を売り上げ,Battle.netでは57万本がデジタル販売されたとされている。アメリカのリサーチ会社Janco Partnersは,「StarCraft IIは年内に欧米市場で700万本を売り上げ,発売元のActivision Blizzardに3億5000万ドル(約300億円)の収益をもたらすだろう」と予想しているが,7月28日に掲載したニュースでも取り上げた,世界中のファンの狂乱ぶりを見ると,その予測も納得できそうだ。今回は,そんなスタクラシリーズの歴史を振り返ってみることにしたい。
前作「StarCraft」がリリースされたのは,今から12年前の1998年3月のことだ。この前後には,「Command & Conquer」(1995年8月)を初めとして,「Command & Conquer: Red Alert」(1996年10月),「Total Annihilation」(1997年9月),「Age of Empires」(1997年10月)など,リアルタイムストラテジー(RTS)というゲームジャンルを確立させることになるヒット作が次々にリリースされている。まさに,RTSのゴールデンエイジといえた時期だろう。
カリフォルニアのデベロッパであるBlizzard Entertainment(以下,Blizzard)がStarCraftの開発を始めたのは,1995年のことだ。「Warcraft: Orcs & Humans」(1994年12月)に続いて,「Warcraft II: Tide of Darkness」(1995年12月)をヒットさせたBlizzardだったが,1996年のE3で制作を発表して以来,StarCraftの開発は難航したようで,その後,発売日を含めてなかなか情報が出てこなかった。
業を煮やしたファンの中には,「Blizzardの幹部は,StarCraftを使って世界制覇を狙っている」という内容の小説「Operation CWAL」(CWALは,Can't Wait Any Longer=「もう待てない」の略)をネットに掲載する者もいたが,今から思えば,ずいぶん牧歌的なアピールだ。
発表から2年後にようやくリリースされたStarCraftのクレジットには,スペシャルサンクスとしてOperation CWALの名があり,ウィットに富んだBlizzardのファンサービスが感じられる。それにしても,StarCraftが一部のファンだけでなく,小説どおり本当に世界を制覇することを,その頃どれだけの人が予期していただろうか。
Battle.netのピークは,1200万人のアクティブユーザーを記録した2004年だろう。今でこそ,Xbox Live,PlayStation Network,そしてSteamといった巨大なコミュニティサービスが成長しているが,2004年の段階で,自社単独サービスで,しかもその後,ユーザー数1000万人を超えるMMORPGとなった「World of Warcraft」発売直前の話なのだからすごい
1998年に150万本を売ったStarCraftは,その年最も成功したPCタイトルになった。
現在までの販売本数は,2009年までで1100万本と発表されており,「The Sims 2」「The Sims」に続いて,PCゲームでは史上第3位の販売実績を誇っている。
その頃のBlizzardは,これまたゲーム史に名を残すことになった「Diablo」(1997年),「Diablo II」(2000年)によって“アクションRPG”というジャンルを切り開きつつあり,日本ではDiabloシリーズのほうが知名度が高そうだ。
しかし,累計の販売本数で見れば,前者が250万本,後者が400万本に留まっており,数字的には,StarCraftの成功にはとても及ばない。
当時のPCゲーム市場(現在では,なおさらそうかも知れないが)で売り上げ100万本を超えること自体が至難の業であり,ヒット作の多くが「Deer Hunter」や「Barbie Fashion」といった廉価なカジュアルソフトであったことを考え合わせると,コアゲーマー向けのStarCraftの成功は抜きん出ている。
StarCraftの大きな功績として挙げられるのは,やはりオンラインコミュニティの構築だろう。Blizzardは,1997年1月に「Battle.net」を立ち上げているが,StarCraftのヒットと,わずか8か月後に早くも登場した拡張パック「StarCraft: Brood War」(1998年11月発売)の後押もあり,1999年には会員数が210万人に達している。この数字は,Battle.netスタート時の約8倍で,ピークタイムには5万人のプレイヤーが対戦に興じていた。
Battle.netの拡大は,Microsoftが1996年に立ち上げた「Internet Gaming Zone」のほか,「MPlayer Interactive」「DWANGO」「Heat.net」「Total Entertainment Network」などといった,1990年代後半に乱立した,有料でマルチプレイを遊ばせるオンラインゲームサービスを苦境に追いやり,数年のうちに消えるか,無料化を余儀なくさせた。
BlizzardがDiabloやStarCraftを使って,Battle.netで達成したのは,「マルチプレイモードはプレイヤーへのサービスであるべき」という,現在では普通になった無料化への道筋をつけたことであろう。
StarCraftの世界的なヒットを後押ししたのが,お隣の韓国だ。文化政策によってコンシューマ機が販売されず,また,当時の政策によって高速回線が国内に張り巡らされつつあった韓国では,日本のゲームセンターのような役割を担うネットカフェ(PC房)が次々に開店していた。ブロードバンドという新しいインフラを得た韓国ゲーマーに前に,ちょうどいいタイミングで現れたのが,StarCraftだったのかもしれない。
前作StarCraftの面白さについては,ジャンケンのような三つ巴の力関係による絶妙のゲームバランスや,ストーリーがしっかりしていたこと,そして低スペックのPCでも遊べたことなどがよく挙げられる。個人的には,Battle.netを介したオンラインコミュニティと,トーナメントなどを契機に出来上がったゲーマーコミュニティが,それぞれ上手く機能してきたというのも大きな理由だと感じる。画像は「StarCraft: Brood War」
StarCraftの販売総本数1100万本のうち,韓国では実に450万本が販売されている。全人口の10%がStarCraftを買ったという計算になるが,PC房の経営者が購入して利用者にプレイさせていたことを考えると,プレイヤー数自体はもっと多いはずだ。
ご存じのように,企業がスポンサーとなったStarCraftのトーナメントも韓国では大人気だ。その結果,年収1億円を超えるプロのゲーマーが何人も登場し,「FPSのCounter-Strike」「格闘ゲームのストリートファイター」と同じように,StarCraftは対戦用ストラテジーゲームのスタンダードとして君臨することになった。
ちなみに,本連載の第260回「ゲーム業界を揺るがす二つのトラブルとスキャンダル」にも書いたように,多くのプロトーナメントを主催した韓国eスポーツ協会とBlizzardの関係が最近,ぎくしゃくしている。Blizzard側は知的財産権を主張し,KeSPAは自主的なトーナメントの運営を訴えたが,7月7日に韓国スポーツ文化省は「ゲームトーナメントの開催は権利の侵害に当たらない」という声明を出している。KeSPAが,自社のプロゲーマーがBlizzard主催のイベントに参加することを禁止しているため,最悪の場合,Blizzardが韓国から撤退することもあり得るという状況のようだ。
いずれにせよ,韓国での成功がなければ,StarCraftが12年もの長きにわたって多くのゲーマーに親しまれることはなかったはずだ。StarCraftは,多くのユーザーをゲームの世界に引き込んだだけでなく,無料オンラインプレイの普及や,コミュニティの構築に大きく貢献してきた。PCゲーム業界に与えた影響の大きさは,The Simsに匹敵するほどで,功績はもっと賞賛されるべきだと思う。
Battle.netは,2009年3月に大きくアップデートされ,インタフェースの一新や機能の拡張のほか,それまでサービスに含まれていなかった「World of Warcraft」のアカウントを統合するなど,サービス強化を図っている。導入される予定だった「Real ID」システムは,コミュニティの反対で撤回されたが(関連記事),StarCraft IIの発売や,リリースが予定されている「Diablo III」に向けた“安全で誰でも楽しめるコミュニティ”作りに積極的に乗り出しているようだ。
かくして,12年以上の歳月を経て,ついに発売されたStarCraft II。とはいえ,世界のフィーバーぶりに比べて,日本のそれがイマイチなのは,読者の皆さんもご存じのとおりだ。
日本語版まで発売されながら,さまざまな事情でファンが定着しなかった前作だが,今回のStarCraftIIの発売をきっかけに知名度が上がり,やがてStarCraft IIのトーナメントで優勝するようなツワモノが日本から出てきてくれないかと筆者は個人的に願っている。勝ち続ければ,年収1千万円オーバーだって夢じゃないはずだ。
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