レビュー
「遅延ゼロ」が謳われるワイヤレスヘッドセット,その総合力を明らかにする
Razer ManO’War
「遅延なし」と謳われるそのワイヤレス技術のテスト方法確立に時間がかかり,結果として掲載が遅れてしまったが,Razerのフラグシップモデルが気になる人はぜひチェックしてもらえれば幸いだ。
最小限の操作系をミニマルなデザインに閉じ込めた,シックな筐体
ワイヤレスアダプターは本体右耳用エンクロージャ部に収納されており,押すとスイッチの反動で取り出せるタイプだ。
バッテリーのフル充電には最大8時間かかり,フル充電で最大14時間の連続使用が可能とのこと。後述するLEDイルミネーションを消灯した状態であれば最大20時間連続利用が可能とされており,実際,数時間レベルのゲームプレイで充電が必要になることはなかった。
操作系はいずれもエンクロージャの側面部にまとまっており,左耳用はマイク入力音量調整用ノブと電源ボタン,右耳用にはヘッドフォン出力音量調整用ノブが並ぶ。
左耳用エンクロージャの側面,底側。本体正面側から順にマイク入力音量調整用ノブ,USB Micro-B,電源ボタンという並びになっている |
右耳用エンクロージャの側面,底のところにヘッドフォン出力音量調整用ノブがあり,押し込むと出力のミュート/アンミュート切り替えを行える。写真で左に見えるスペースはワイヤレスアダプター収納用 |
LEDインジケータ。電源オン/オフ時にはヘッドフォンからビープ音が鳴るので,これらインジケータLEDを気にする必要はあまりない |
イヤーパッドはかなり厚みがある |
エンクロージャには,合皮製で,当たりが柔らかめなイヤーパッドが取り付けられている。内径は実測約58mmと大きいので,装着時に耳が当たることはまずないだろう。厚みが同25mmもあるので,かなりの存在感がある。
そんなイヤーパッドは着脱可能で,取り外すと,やや厚手な布の奥に,ネオジム磁石を用いた50mm径スピーカードライバーの存在を確認できる。
エンクロージャ側にあるマイク入力音量調整用ノブは押し込み型スイッチになっており,押すごとにマイクのミュート/アンミュートが切り替わる仕様だ。ミュート時はマイクの先端部で赤色LEDが光るようになっている。
なお,公称の周波数特性は100Hz〜10kHzと,USB接続やワイヤレス接続のゲーマー向けヘッドセットでありがちな,狭くて低いものになっているが,その品質は後段で検証したい。
ヘッドバンドはかなり大きめ。中央がくり抜かれていて,そこに島のような形でクッション部があるという,筆者は初めて見る設計だ。“島”の両端は頭の形状に合わせて若干しなるという,ユニークな構造になっている。
また,装着時のバランスが危惧される程度の大きさではあったが,実際に装着してみると前後のバランスは悪くなく,また,重いとも感じない。ただ,クッションの薄い頭頂部の当たりは少し固く,装着時間が長くなると,じわじわと頭頂部に重みを感じるようになる。装着時における唯一の欠点と言ってよいだろう。
もっとも,バーチャルサラウンドサウンド出力をユーザーの耳に最適化する「較正」自体は必要だが。
「アナログ接続型ヘッドセットよりも低遅延のワイヤレスヘッドセット」と言い切れるManO’War
本稿,というかヘッドセットおよびヘッドフォン評価における遅延というのは,「発音タイミングと実際に音が鳴る時間のずれ」のことである。「マウスクリックで銃を発砲したが,実際にはクリック後,数十ミリ秒後に音が鳴った」場合,この数十ミリ秒の遅れを遅延というわけだ。
この遅延はデジタルオーディオには大なり小なり必ずついて回るもので,高性能なDAW(Digital Audio Workstation,広義の音楽制作システム)でも0.x〜数msの遅延は必ず生じる。また,A/D(アナログ→デジタル),D/A(デジタル→アナログ)変換にも遅延はつきものだ。そのため,高価なプロ用機器では,高性能なプロセッサや大容量のメモリを搭載するなどして,遅延を最小限に抑えようとしていたりする。
一方,ゲーマー向けを含む民生(コンシューマ)市場向け製品の場合,遅延に対しての配慮は,これまであまりなされてこなかった。それゆえに,アナログ接続型よりもUSB接続型のほうが遅いとか,USB接続型よりワイヤレス接続型はさらに遅いというのが「通説」として共有されてきた。その点,ワイヤレス接続で遅延ゼロが謳われるManO’Warで本当にそうか,というのが重要な検証ポイントになる。
遅延検証は今回が初なので,まだ「確立できた」とは言えないものの,ひとまず今回についていえば,まず,計測には4Gamerで所有しているダミーヘッド「Type2700Pro」,正確にはそのカスタム版を使用。それに,+48のファントム電源を供給し,ステレオペアリングしながらdB単位でゲイン調整できるRME製USBサウンドデバイス「Fireface UCX」を入力デバイスとして組み合わせることになる。
テスト方法は以下のとおりだ。
- PCのホストアプリケーションで,「時間的に等間隔で並んだクリック音を30回再生するサウンドファイル」を再生し,同時にホストアプリケーション側で録音
- PCと接続したヘッドセットのヘッドフォンで音を再生し,ダミーヘッドへ入力
- ダミーヘッドとつながったFireface UCXで録音
- 1.と3.の録音データをミリ秒(ms)で比較
ただ,試してみると,いきなり問題が発生した。筆者の所有しているオーディオ編集アプリケーションは,どれも入力と出力が同じでないと利用できないのだ。これは「Pro Tools」から「Cubase」といったDAWから,「WaveLab Elements」や「Sound Forge」といった音楽制作用アプリケーションまで同様だった。
そこでいろいろと試してみたところ,フリーソフトウェアである「Audacity」は,入力と出力で異なるサウンドデバイスが利用できたので,1.で挙げたホストアプリケーションとして,今回は,Audacityを使うことになる。
しかも使ってみると便利なことに,Audacityは,クリック音をテスト対象のヘッドセットから出力しながら,Audacityにダミーヘッド経由でFireface UCXへ入力した音(=ヘッドセットが再生した音)を同時並行で録音できるので,クリックのファイルとオフセットが揃い,元のクリック信号と録音した信号の遅延を計測しやすいのだ。
なお,4.のところで使うのは,「Pro Tools Software」である。Audacityで録音した2つのサウンドデータファイルを,Pro Tools Softwareで読み込んで比較するわけだ。
今回は比較対象として,Fireface UCXに,Sennheiser Communications製のアナログ接続型ヘッドセット「GAME ONE」を直接接続した環境を用意し,これをリファレンスとする。ヘッドセット以外の環境を揃えることで,アナログ接続型ヘッドセットとの間にどの程度の遅延があるのかを相対的に把握するわけである。
さらに今回はもう1つ,PCI Express x1接続のサウンドカード「Sound Blaster ZxR」とGAME ONEを組み合わせた状態でもテストを行うことにした。Fireface UCXをゲームで使うという4Gamer読者はいても数人レベルだと思われるため,より一般的な環境として,「サウンドカード+アナログ接続型ヘッドセット」だとどうかもチェックしてみることにした次第だ。
つまり今回は,Fireface UCXにGAME ONEを接続して,ダミーヘッドを通じてFireface UCXで録音した状態(以下,Fireface UCX+GAME ONE)を基準として,2つのテスト対象で相対的にどれくらいの遅延が生じているのかを比較するのだが,いきなり,最終結果を以下のとおり示してしまいたい。
- ManO’War:相対遅延平均値100ms
- Sound Blaster ZxR+GAME ONE:相対遅延平均値120ms
というわけで,一般的な「ゲーム向けサウンドデバイス+アナログ接続型ヘッドセット」代表として用意したSound Blaster ZxR+GAME ONEと比べ,ManO’Warはざっくり20ms前後小さいという結果になった。言い換えると,ManO’Warの遅延状況は,少なくともアナログ接続型ヘッドセットをPCとつないだときと同等かそれよりも良好ということだ。
アナログ接続よりワイヤレス接続のほうが速いというのは,ちょっと想像できなかったのだが,RazerはManO’Warでそれを実現してしまったわけである。
もちろん先ほど述べたとおり,同じ条件でテストしている以上,「Sound Blaster ZxR+GAME ONEより20ms遅延が少ない」という相対的な遅延状況検証結果としてはこれで正しいはずだ。ただし,実際のゲームにおいては,これより大きくなるか小さくなるかはさておき,おそらくオフセットがかかる。というのも,今回の結果にはD/A,A/D変換の遅延や,入出力サウンドデバイスが異なること,そしてアプリケーション依存の遅延など,さまざまな条件が加わっているからだ。
また,先ほどテスト条件を挙げたところで,「なぜ最も標準的な,オンボードサウンドでのテストを行っていないのか?」と疑問に思った読者は少なくないと思うが,それに対する回答はシンプルで,あり得ないくらいのバラツキが出たからだ。そのバラツキが数十msなら筆者も「まあオンボードだし,そんなもんでしょう」と言ってスコアを出すつもりだったのだが,得られたスコアは最小で100ms前後,最大で500ms以上(!)というもので,いくらなんでもおかしすぎる。
そのため,オンボードのRealtek Semiconductor製HD Audio CODECは,今回のテストとあまりにも相性が悪いという判断を行った次第である。
なお,テスト結果をまとめていると,少し気になる点もあった。
Fireface UCX+GAME ONEでは30回の計測でms単位のずれは生じなかったが,ManO’Warでは2ms,Sound Blaster ZxR+GAME ONEでは1msのずれが生じている。しかもManO’Warも,Sound Blaster ZxR+GAME ONEも,だんだんと遅れていくのである(表)。
実際問題として,音楽制作のプロの現場では,「3msの遅延は確実に感じ取れるが,それ未満ではほとんど気付かない」とされているので,このスコアだけで判断する限り,体感できるほどではないだろう。
ただ,テスト試行回数を60回,120回……と増やしていったときどうなるか,前述のとおり,テスト方法が確立できたわけでもないことから,そこまで検証していないのでなんとも言えないが,やや気持ち悪い結果なのは確かである。
すっきりした音質傾向のヘッドフォン出力
遅延の解説がだいぶ長くなったが,音質傾向のテスト結果も見ていこう。
ダミーヘッドの導入後,4Gamerでは,
- ヘッドフォン出力テスト:ダミーヘッドによる測定と試聴
- マイク入力テスト:測定と入力データの試聴
により評価を行うようになっている。ダミーヘッドによる測定法はいずれ別記事にまとめたいと思うが,現時点においてはヘッドセット46製品一斉検証記事にある説明を参考にしてほしい。マイク入力テスト方法は解説ページを用意してあるので,そちらを参照してもらえれば幸いだ。
というわけでさっそく,ヘッドフォン出力から見ていこう。周波数特性の測定結果は下に示したとおりだ。
60Hz前後にある低域は相対的にやや強めで,また,1.7〜2.3kHzに小さな山も見えるが,最も目立つのは8kHzを頂点とした大きな山だ。早い話が低弱高強で,かつ,250Hzを「ドン」の中心地とするドンシャリ型というわけである。
ヘッドセット46製品一斉検証記事のときと特性が異なるのは,収録した部屋が異なる(≒部屋の音響特性が異なる)のと,テストにあたって必須となるオフセットを変更しているからだ。変更内容を知りたい場合は,「G231 Prodigy Gaming Headset」のテストレポート,「Q10 Paragraphic Equalizer」に関する段に目を通してもらえればと思う。
さて,4Gamerで独自に用意した「リファレンス波形と計測結果の差分を取るツール」の実行結果を見てもらうと分かりやすいが,相対的に,低域より高域のほうがやや強い。
250Hz付近はさまざまな楽器や効果音が密集して音が飽和しやすい帯域なので,ここが谷になるドンシャリだと,ただでさえすっきり目の音質傾向になるのだが,高域が強く,しかも8kHzが大きな山なので,かなりの低弱高強だと言い切ってしまっていいだろう。
これを踏まえてステレオ音源の試聴テストだが,まず,ワイヤレスということで気になる音量は,とくに低いということもなく,ほとんどのプレイヤーには十分だと言える。
全体的なバランスは計測結果どおり,すっきりとした低弱高強気味だが,低域は60Hzより上が確実に存在するため,思いの外,低域は「ちゃんといる」感じだ。少なくとも,低域がスカスカという印象はない。
Fallout 4の試聴で利用しているシーンはピンポイントでLFE(Low Frequency Effect,低域効果音)も入っているのだが,その再現力はなかなかのもので,迫力も十分に感じられた。250Hz周辺に谷を作ることで,低域がそれより高い周波数帯に被って濁った音に感じられないようにした結果だろう。
一方,Project CARSだと,ManO’Warは重低域の再現力が高いので,縁石に乗り上げる音など,LFEを駆使した低音表現を非常に把握しやすい。同時に,高域再生能力にも優れるため,敵車の通過音なども把握しやすい。
音楽コンテンツだと筆者は少しプレゼンス(※)が強いかなとも感じるのだが,ゲームをプレイするにあたっては,実にいいバランスだと思う。250Hzを落としている意図が明確に感じられるうえに,プレゼンスから高域がしっかりいるので音にハリが感じられ,つややかで定位もよく分かる。やはりゲームプレイに特化したヘッドセットなのだなと感じさせられる作りだ。
※1.4〜4kHz程度の中高域。プレゼンス(Presence)という言葉のとおり,音の存在感を左右する帯域であり,ここの強さが適切だと,ぱりっとした,心地よい音に聞こえる。逆に強すぎたり弱すぎたりすると,とたんに不快になるので,この部分の調整はメーカーの腕の見せどころとなる。
マイクもドンシャリ傾向。ただ,7kHz付近で急速に落ち込む
マイクの品質も見ていこう。周波数特性は以下のとおりで,1.4kHz付近を谷とするドンシャリ傾向だが,それ以上にインパクトがあるのは,フィルタリングしたかのように,7kHzより上で急激に落ち込んでいるところだ。少なくとも,公称の周波数特性である最大10kHzにはまったく到達していない。おそらく,ワイヤレス接続時の帯域幅を出力優先にした結果,入力側で使えるリソースが足りなくなったのだろう。
USB接続型のヘッドセットによくある周波数特性だ。
また,それとは別に気になったのは,小さな声だとミュートされてしまう点と,入力感度が恐ろしく高いので,すぐピークに達してしまう点だ。
このあたりはRazer Synapseから「マイク感度」を下げることである程度調整できるが,意識して,結構しっかりしゃべらないと「は? 何言ってるか分からないんだけど」と突っ込まれること必至なので,気をつけてほしい。
「低遅延のワイヤレスヘッドセット」に偽りなし。ただしマイクは残念
遅延絡みですべてが判明したわけでもなく,若干気になる点も残るが,ワイヤレス接続型のゲーマー向け「ヘッドフォン」としては,現時点における完成形の1つと言っていいのではなかろうか。すっきりめで,やや低弱高強という音響特性は,音楽用途だと若干気になるかもしれないが,ゲームではむしろ音を聞き取りやすいので,ゲーム用途がメインならManO’Warは強くお勧めできる。
ただ,そんなヘッドフォン周りと比べるとマイク周りはやや残念で,その点は「ヘッドセット」としてのManO’Warに影を落とした。USB接続型ヘッドセットの宿命と言えばそれまでかもしれないが,少なくとも扱いやすくはなく,購入にあたって,その点だけは少し覚悟が必要と思われる。
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