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ゲーマーのための読書案内 / 第57回:「海洋国家」日本の戦後史
『「海洋国家」日本の戦後史』
著者:宮城大蔵
版元:筑摩書房
発行:2008年6月
価格:756円(税込)
ISBN:978-4480064325
そろそろお盆休み突入ということは「終戦記念日」もまた,近いという勘定になる。ジョン・ダワー『敗北を抱きしめて』の登場で,国内論壇が突如,まっとうな戦後史叙述の空白に気づかされてしまったという経緯については,どこかで書いた憶えがある。そうした事態への対応として,日本でも加藤典洋『敗戦後論』や小熊英二『<民主>と<愛国>』といった,まとまった仕事が世に出ているので,興味のある方はそれぞれご一読いただきたいところだ。
そんな大上段な前振りを受けつつ今回紹介するのは,宮城大蔵氏の『「海洋国家」日本の戦後史』である。日本の戦後東南アジア外交を主な題材として,ミリタリーパワーと冷戦構造に背を向けた日本の姿勢を,詳細かつ前向きに捉え返した好著といえよう。全体の主軸となるのは,対インドネシア外交だ。
日本の戦後アジア外交といえば,日中/日韓(含,北朝鮮)関係こそ焦点と思われがちだ。だが,実のところ共産中国およびアメリカ陣営の最先鋒たる韓国とは,まず冷戦構造ありきの外交以外に,オプションはなかったのである。それゆえに生じた歪み,軋みも十分論ずるに足る題材ではあるものの,こと東南アジアにおいて事態は少々異なる。
この本は,バンドン会議(1955年)に強く表れたアジア諸国の意思,つまり,植民地体制の打破と完全な独立の達成,そして冷戦構造から距離を置きたいという指向が,戦後日本の経済復興(つまり,政治/軍事も含めた大国への回帰ではない)路線とうまく噛み合った様子を,興味深い周辺エピソードも盛り込みつつ解説していく。
例えば,軍部とインドネシア共産党という,対立する二勢力のバランスの上に立っていたスカルノ革命独裁政権を,アメリカはその親共産主義的姿勢を理由に打倒しようと,非公式の介入を試みる(1958年)ものの,これはまたたく間にバレて,いろいろ気まずいことになる。
一方,旧宗主国イギリスのお声掛かりで成立しようとしていたマレーシアの承認/否認をめぐって,その当時インドネシアは旧イギリス領から経済封鎖を受けており,このままでは本当に経済的理由からソビエト陣営に付きかねないと危惧された。
そこでインドネシアとの間に戦後賠償問題を抱えていた日本が乗り出して,インドネシアで深刻に不足していた船舶を,賠償の一環として供給(1959年),からくもインドネシアの共産化を防ぐといった場面が,時期を追って叙述されている。
アメリカや中国,さらにはソビエトから見たとき,日本はれっきとしたアメリカ陣営の一大国であった。だが,日本の自己認識がそこに留まっていたわけではなく,むしろ国益追求のうえで冷戦の文脈を持ち込みたくないという部分に,日本外交の独自性があったのである。
その独自性をめぐって,この本には問題の軸をずらすという,現実の外交ではありふれているものの,ゲームではどうにもパラメータ化しづらい振る舞いの実例が多々登場し,「世の中というのは実際のところ,そういう手段で折り合っていくのか」といった示唆が,大いに得られる。つまり,PCゲーム内の外交要素が,描きたいけれどとても描けない境地が,活写されているわけだ。
また,ニクソン・ショックの名で知られる米中の電撃的な和解に際しても,日本はアメリカの意向と異なる行動をとっている。日本の対中和平交渉は普通,アメリカ追随外交という文脈で捉えられていたと思うのだが,アメリカに続いて即座に中国と和平した日本を,キッシンジャーは「最悪の裏切り者」とコメントしたらしい。
一方で台湾との軍事同盟関係を抱えるアメリカは,中華人民共和国とのあからさまな接近をあまり目立たせたくなかった意向のようで,すぐあとに続いた日本の動きを苦々しく見ていたのだ。これも,冷戦という空気を意図的に無視し,経済関係を最優先した例らしい。
こうして見てみると,日本の戦後史とて実にスリリングで,あとから振り返ってみたとき,十分外交ゲームの題材/勝利条件設定の一つとなり得るような気がする。だが,論壇における戦後論の空白と,おそらくは同じような理由で,戦後日本を題材としたゲームは見当たらない。このあたりに,いろいろ深く考えさせられる問題があるわけだ。
実際,曲がりなりにも戦後日本の国際関係を大きく捉えたゲームとしては,旧システムソフトのブラックジョークゲーム「ジャパン・バッシング」と,冷戦が熱戦に転化したケースを緻密に描くジー・エー・エムの「バトル」があった程度ではないだろうか(いやまあ,熱戦でいいなら「北海道侵攻」とか,いろいろあるけど)。 熱戦にでも転化しない限り,普通のゲームとして料理しづらいのは確かである。
その意味において,クリス・クロフォードの「バランス・オブ・パワー」で計画されていたアップデート版「エスカレーション」が,結局世に出なかったことは本当に惜しまれる。この作品では中小国がそれぞれに軍事/政治/経済的な影響力を周辺に投下するという,より複雑な戦後政治の姿,いわゆる多極構造がシミュレートされるはずだった。
明治以降,近代日本の成立と歩みを描く作品としては「維新の嵐」シリーズや「日露戦争」など,それなりに注目すべきゲームがあるものの,やはり誰も戦後は描いてくれていないのである。
そうした意味で本書が新たに示した論題は,戦後史を別の視点から描く可能性を拓いたものに思える。
アイゼンハワーの「New Look」が,ぶっちゃけた話お金のかかる通常兵器を他国に負担させる政策だったこと,インドネシア外交でデヴィ夫人が果たした役割,劉少奇がモンゴルで墜死したという報に触れて人目も憚らずに泣いた周恩来など,この本には見る人が見れば興味の尽きない話題がわんさか盛り込まれていて,飽きさせない。
我々の日常を空気のように取り巻いていて,ともすればそれが常識と勘違いされてしまう不思議な前提認識の由来を,ドイツや韓国との比較とは別の形で見せてくれる,有益な本だ。
まさに,バンドン会議への出席途上の出来事です。
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