連載
『人類がたどってきた道 “文化の多様化”の起源を探る』
著者:海部陽介
版元:日本放送出版協会
発行:2005年4月
価格:1260円(税込)
ISBN:978-4140910283
科学番組などでも繰り返し取り上げられてきたので,分子生物学と古人類学が相携えて論証した人類のアフリカ単一起源説は,そろそろ常識として定着したものと思う。現生人類であるホモ・サピエンス・サピエンスは,おそらく20万年ほど前にアフリカで誕生し,それが世界各地に拡散していったものである。
つまりドイツで15万年ほど前の地層から発見されたネアンデルタール人も,中国で見つかった50〜60万年の北京原人も,人類の直接の祖先ではない。いや,20万年より前の時点でアフリカに北京原人相当の「ヒト」がいて,それらの血筋からホモ・サピエンス・サピエンスが誕生したという可能性までは否定されないが,少なくともドイツや中国に出て行った集団は,確実に違う。そもそもネアンデルタール人は,寒冷地適応を遂げた種族とされているわけだし。
現代の目で世界各地の現生人類を見たとき,それがすべて単一種に起源を持つという発想は,ごく自然に思われる。だが,多地域進化説(北京原人がアジア人の祖先である……etc.)が思った以上に強い影響力を持ち続けた背景には,おそらく人種というものに対する19世紀以来の感覚があったのだろう。つまり,それぞれ異なる「種」として認識すべき程度に,人種間の違いは大きいはずという,感覚的な前提だ。
ともあれ,多地域進化説は否定された。ということは,我々ホモ・サピエンス・サピエンスの近くでは(考古学的に)比較的最近まで,我々と異なる「ヒト」がかなりの程度「ヒト」らしい生活を営んでいたことになる。朝日新聞社が2005年に出した『われら以外の人類』は,その意味でまことにうがったタイトルの書籍だった。そして,それら「ヒト」達の滅亡に,果たして我々ホモ・サピエンス・サピエンスは関与していたのか,いなかったのか? 実は現在でも結論が出ていない。
アフリカを出発点とし,南アメリカ南端を終着点とする(本当はニュージーランドあたりが真の終着点らしいのだが)現生人類の拡散過程は,しばしば「グレートジャーニー」などと呼ばれるが,その過程で人類が,定着した地域ごとにどう発展していったのかを追うのが,国立科学博物館 人類研究部 研究官 海部陽介氏の『人類がたどってきた道 “文化の多様化”の起源を探る』である。
人類の人類らしい特徴としてのシンボル操作能力,絵を描いたり,彫刻をしたり,アクセサリーを身に着けたり,完成形を頭に描いたうえで石を削ったりする能力に着目し,それが世界各地で具体的にどんな形をとったかを,拡散経路に沿って解説していく。
そこで著者は,現生人類と同種のクロマニョン人と,そうでないネアンデルタール人の,知的能力の違いにも言及している。木の棒の先を尖らせた槍で獣を直接突いては,しばしば獣に突き飛ばされてケガしていたと推定されるネアンデルタール人に対して,クロマニョン人は石の穂先を持つ槍を作り出し,やがてその投擲を助けるフック付きの投槍器まで発明して,より安全に狩猟を行っていたらしい。
また,ネアンデルタール人の住居跡には普通,単にたき火の痕跡が見られるだけだが,クロマニョン人は石を集めて炉を作ったとか,いやいやネアンデルタール人だって,赤色オーカー(酸化鉄)を何かの色着けに使ったらしいし,ケガ人の扶養や埋葬を示す証拠があるといった具合で,ネアンデルタール人もかなり「ヒト」らしい能力を備えていた。
そして,化石証拠に基づく限りネアンデルタール人は,ヨーロッパから姿を消す約3万5000年前までの数千年間,クロマニョン人と併存していたのだという。
ロシアで発見された約2万8000年前の墓に,どれほど美しく装った人が埋葬されていたかや,楽器がいつどこで発明されたかといった本書の主題は,もちろん興味深い。しかし,ネアンデルタール人と現生人類がまさに同じ時を生きていたという事実もまた,本書の主題に負けず劣らず,我々のイマジネーションを刺激する。
先ほど触れた『われら以外の人類』は,序章で『指輪物語』のホビットの逸話を引き,インドネシアで1万8000年前の地層から発見されたという,身長1mほどの「ヒト」化石にホビットのイメージを重ねている。この事例は年代測定にやや疑問が残るそうだが,考古学/古人類学の成果は我々に,まさしく亜人種と共に暮らしていた時代があることを,さまざまな事例から実証している。
……いやまあ,もちろんそれは先史時代のことであって,『指輪物語』の記述との間に因果関係があろうはずもないのだが。ともあれ,科学的関心で世界を捉えても,事実はときに小説よりも奇なのである。
願わくはクロマニョン人が,その優れた能力でネアンデルタール人を討ち滅ぼしたのでないとよいのだが,あまりその希望がなさそうに思えるのは,戦わなければ始まらないRPGやRTSの見すぎであろうか?
テーブルトークRPG「ダンジョンズ&ドラゴンズ」については,西部“開拓”をモチーフとした戦闘級ゲーム「ガンスリンガー」から発達したのが定説であること,そして「Shadowrun」以降,現実社会における抑圧と紛争の歴史こそが,テーブルトークRPGにおける種族関係設定にインスピレーションを与えてきた事実を想うにつけ,クロマニョン人だけシロってのはどうかなあ? と考えてしまうのである。
知識はともかく,原始人の知能をナメちゃいけません。
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