インタビュー
良いIPを生み出すには,点の一つ,水の一滴の積み重ねが必要――アニメ調TPS「Strinova」の会社の社長が目指すものは,世界に通用するIPを作りあげること[TGS2024]
パッと見のイメージで「またこういうやつ?」と思った人もいるかもしれないが,開発元であるiDreamSkyは今回の東京ゲームショウ 2024で大きめのブースを出展し,精力的にいろいろなイベントを開催していた。先んじて行っていたテストも満員御礼だったようだが,TGSの試遊も120分待ちになるくらいにはユーザーの注目を集めている。
そんなiDreamSkyのプロデューサーであるALAN氏に別途インタビューする機会を得て,編集部が準備したインタビュー部屋で粛々と進んでいたわけだが,そこにあとからフラりとやってきたCEOの陈湘宇(Chen Xiangyu)氏が,途中で「IPを作りたい」という話を挟み込んできた。
IP! 口で言うのは簡単だが,まずほとんどの会社には作れないもの,それがIP。いま日本がもっとも世界に誇れる“輸出品”でもある。そんなIPを「消費する側」だった中国/韓国が,ここ数年急激にIP制作方向へとシフトしているのは,注意深く業界を追っていれば気付くことだ。
その動きを興味深く見守っていたところに,IP制作を口にする社長がふらりとやってきたので,ちょっと興味津々。ALAN氏のインタビュー後にChen氏の時間をちょっとだけもらって,IPを作るということについて聞いてみた。
「ゲームを作る」ということに関しては,miHoYoや「Black Myth:悟空」を例に出すまでもなく,ちょっと油断したらアッという間に追いつかれつつあるわけだが,IPが強みだった日本のエンタメ業界も,うかうかしていると抜き去られ兼ねない。彼らの心積もりについては,ぜひ知っておこう。
キャラクターがペラペラになるTPS「Strinova」の開発者インタビューをお届け。ヒーローシューターと日本アニメは,勇気・協力・情熱のキーワードでつながる[TGS2024]
iDreamSkyのTPS「Strinova」は,アニメ調のキャラクターたちが活躍する対戦型TPSだ。TGS 2024のブースには,多くのプレイヤーが集まり,βテスト段階とは思えない盛り上がりを見せている。そんな本作について,共同創設者兼CEOのMichael Chen氏と,プロデューサーであるALAN氏に話を聞いた。
「Strinova」デベロッパ交流会レポート。新ルールとマップ,部屋システムなど盛りだくさんの情報と,対抗戦で盛り上がった[TGS2024]【PR】
ペラペラな紙のような身体になって銃撃を回避するタクティカルTPS「Strinova」のイベント「デベロッパー交流会」が,TGS 2024の会場で行われた。同作プロデューサーのALAN氏も登場し,5対5の対抗戦に参加したり,ユーザーからの質問に答えたりした,イベントの様子をお伝えしていこう。
4Gamer:
さて……すみません,急にお時間いただきまして。さっきのインタビューの中であなたが「IP」を口にしたので,興味を持ってしまいまして。
昨今の中国/韓国のゲーム業界のイケてるみなさんはみな「IP」を口にするし,実際にそれが実行され始めているわけで,その世代の皆さんが何を考えているのか知りたくて,無理矢理お時間もらいました。
Chen氏:
いえいえ光栄です! ぜひよろしくお願いします。
4Gamer:
若そう……でもないけど歳がいってるわけでもなさそうで,いまおいくつですか?
Chen氏:
1982年生まれの,43歳です。
4Gamer:
やはり! 黄金の1985年世代の前後の人なんですね。
2003年くらいからずっと中国ゲーム業界を見てきましたが,最近の中国ゲームの開発者の,特定の年齢層の人たちが急にみんなIPを作る方向にシフトしていくのがすごく興味深くて。
Chen氏:
なるほど。そういう部分はあるかもしれませんね確かに。
4Gamer:
かつての中国ゲーム業界は,あなたもおそらく知っているであろう通り,そりゃあもうひどいものでした。コピーや海賊版はザラで,丸コピーとかキャラパクリとか。でもそんなマーケットも着々と進化して,開発力も上がり,お金も回りはじめ,「Black Myth: Wukong(黒神話:悟空)」(PC / PS5)やmiHoYoを例に出すまでもなく,グラフィックスやゲームデザインのレベルも格段に上がっています。
あと中国に足りないものは「IP」だけだったと思います。まぁ……miHoYoやManjuuなんかはすでにIPを作れている気がしますが,やはりまだ一部かなと。
Chen氏:
なるほど,そういう風に見てるんですね。
4Gamer:
ええ。IPさえ作れてしまえば,中国ゲーム業界はさらにグローバルでの存在感が増すだろうと思っていたんですが,ここ最近急にそういう方向へとシフトしている感じがあるので,これは何かきっかけみたいなものがあるのかなと思いまして。
これはすごく広義で,とてもいい質問です。3つのレイヤーに分けて説明しましょう。
まず,我々の世代のゲーム開発者,ゲーム業界者は,本当にいい会社を作りたいという夢を持っている人たちです。我々は“ビジョンドリブン”※の世代の開発者なのです。ここが,一番基盤になっている部分です。
※まずビジョンありきで会社を動かす,という意味
4Gamer:
なるほど,ビジョンドリブンとは,とてもいい言葉です。
Chen氏:
中国のこの世代の起業家,'80年代生まれの起業家は,物質的/経済的なプレッシャーをあまり受けておらず,時代的に見て,中国の社会包容度も経済環境もとてもよかったです。そんな良い環境の下で,我々の世代はより長期的なものを目指して,よりビジョンがあることをやろうとしているわけです。
4Gamer:
まずそもそも,世代的な部分の要素も大きいんですね。
Chen氏:
オリジナルIPを作るのは,非常に難しいことだと分かっています。
昔の私たちは,目先の利益を急ぎすぎましたけど,でも今は分かりました。特に日本の企業に学びましたが,良いIPを生み出すには,点の一つ,水の一滴の積み重ねが必要で,少しずつ少しずつ大きくしていくしかないのです。なので逆に,より科学的な手段でIPを作ることができます。
4Gamer:
というと?
Chen氏:
IP構築にあたって,核となるものは何かを,解剖して分析しました。僕は昔から,IPの核は「キャラクタークラフト」にあると思っています。キャラクターの構築ですね。続いてはこのIPを,どんな媒体を介してユーザーに届けるか。そこで考えると,言うまでもなくゲームは一番優れた媒体だと考えています。
4Gamer:
総合芸術みたいなものですからね,ゲームは。
Chen氏:
ええ。そして三つ目のポイントです。
中国のゲーム会社を躍進させることにすごく貢献しているのは,技術の進歩です。一つはゲームエンジンの進化ですが,もう一つは中国がここ数十年で気付いた“エンジニアカルチャー”です。エンジンとエンジニアが,技術力で世界のトップにいる会社達と一緒に仕事することを可能にしてくれるのです。たとえば例に出た「Black Myth:Wukong」は,UE5がなければ,開発がそんなに早くはできないと思います。
この三つのポイントが,我々の世代の中国起業家に機会を与えてくれたと思います。自分たちのオリジナルIPを作る,チャンスをくれているというわけです。
4Gamer:
IPを作り出そうとしている人達の考え方はやはり似てるんですね(笑)。
ところでIPに一番重要なのはキャラクターだとさっきおっしゃってましたが,キャラクターとストーリーと世界観,この3つが組み合わさって,より多くの人に理解や共感を与えるものが「IP」だと僕は思っています。つまり逆に言うと,IPを作ろうとしているということは,最初からグローバルに向けてビジネスをしようとしているということですよね。
もちろんです。グローバルに通用するIPを作るのは,絶対に向かないとならない方向だと思います。なので,私たちがゲームで提供しているのも,世間一般で通用する価値観で,その価値観を強調しているのです。
我々のゲームもそうですが,キャラクターの根底にあるのは「人」です。人間性を表すものなのです。善良,友情,努力,協調……これら人類の根本となる価値観を謳っているわけです。
4Gamer:
価値観というか「本質的な人間性」という部分ですねきっと。
Chen氏:
そうです。そして「Strinova」の世界観の中は,3つの派閥に分かれています。
その3つの陣営は,本質的に善悪に分かれているわけではありません。それぞれが,過去の考え方,現在の考え方,そして未来の考え方に立つがゆえの,衝突です。
4Gamer:
なるほど,そういう切り方をしてるんですね。
Chen氏:
人なんてそんなもんでしょう? 過去を懐かしんで,現在に留まろうとして,未来に執着する。
(一同笑)
4Gamer:
いや……「グローバル向けにIPを作ろうとするのであれば,それぞれのエリアのカルチャーや思想の違いをどうやって吸収するんですか?」とまさに聞こうとしてたんですけど,先に答えられました。
Chen氏:
ありがとうございます(笑)。
4Gamer:
しかし,実は中国って歴史も大変に長くて国土も広大で,ありとあらゆるカルチャーに根付いた「コンテンツ」があるのに,世界でグローバルに人気を博しているコンテンツというのは,まだほとんどないわけです。「三国志」とか「孫悟空」とか日本で知られているものはいくつかありますが。
たとえばDisneyであったり,ポケモンであったり,Star Warsであったり,そのような“本当の意味でグローバル”で売れているコンテンツがないわけで,最終的にはそういうものを作ろうとしているわけですか?
心の奥底ではそのような思いがありますが,実現するまでにはまだまだすごく長く難しい道があることを知っています。ステップ・バイ・ステップでやらないといけません。
しかしいまあなたがおっしゃったように,中国はそんなにたくさんのカルチャー的な素材を秘めているのに,なぜグローバルのカルチャーコンテンツが作れていないのか,ちょっと説明を加えさせてください。
4Gamer:
ぜひお願いします。僕もそこはちょっとまだよく分かっていません。
Chen氏:
それこそ「多すぎるから」だと思っています。あまりに数が多すぎて,本当に美しいものが見逃されているといいますか。確かに今回の「Black Myth:Wukong」は,中国にはディテールとしての美しさがあって,掘り起こされていないカルチャーがあるのだと,グローバルに見せられたと思います。
でもこれらのものは往々にして,多くの人に見逃されるものです。ずっと存在してはいますが,表には出されていませんでした。
4Gamer:
あぁ……なるほど。多すぎるがゆえに1個1個に目がいかないのだ,と。
Chen氏:
ええ。この問題については,日本の企業と日本の文化にとても感心しています。ディテールに関する理解がすごく深くて,しかもキチンとそれらの知識が利用されているといいますか。
僕は毎年日本に来ますが,ここ数年は何度も京都に行っています。昔は,枯山水を見ても単に「美しいな」と思っただけだったんですが,今回はキチンと,枯山水について園芸の師匠に付いて勉強しました。枯山水のカルチャーがどのように形成されたか,などを学んだわけです。
4Gamer:
感想はどうですか?
Chen氏:
いやもう,今となってはもう頭が日本に浸透されています(笑)。どうやってこの域にまで来たのか。理論とデザインを追求し続ける力に感心します。
4Gamer:
いやしかし枯山水とは……。僕はもちろんですが,そこらの日本人より詳しいんじゃないですかもう。
でもあなたみたいに理解してくれる人が多ければいいんですが,でも現実には例えば……日本の誇るIPである「時代劇」なんかは,やはり諸外国には理解されないですよね。
先日「SHOGUN」がエミー賞を取りましたし,「ラスト サムライ」みたいな映画もありましたが,あれらは例外であって,時代劇という日本のカルチャーはなかなか世界に向けては出られなかったわけです。おそらく,あなた方で言うところの「武侠」なんかもそうですよね。世界に打って出られない。私も,ウチの副編集長も大好きなんですが。
Chen氏:
そうなんです! ですので,私たちは若者たちに注目しています。
私たちのターゲットは,次の世代の若者です。若者向けという意味で「Sci-Fi」(SF)を打ち出しました。「Sci-Fi」はすごく大きな世界観の方向で,大切なテーマだと考えています。
4Gamer:
でもこれだけIPのことをちゃんと考えて,グローバルに出ようとしているのだから,逆にほんの少し中国要素を混ぜたりしないんですか?
Chen氏:
先ほど述べたように,Strinovaのすべてのエリアは,世間一般に通用するカルチャーがモチーフなんです。どれか地域の特徴に寄せたキャラクターを入れなくて済むので,それでSci-Fiというテーマを選びました。
4Gamer:
なるほど。徹底していました(笑)。
お時間もないので最後に一個だけ。グローバルを目指すIPにとって,最も重要なことは何だと思っていますか?
Chen氏:
OK,これも3つのポイントがあると思います。
まず,すべてのIPは人によって作られています。なので,世間一般の概念を知っている人,人間性への理解がある人,世界の歴史を深く認識している人……そのような人で構成されたクリエイティブチームを持つことがとても重要です。一つの製品が,最も重要なものからかけ離れていくのは,結局のところ往々にして,作っている人が,作り手個人の考えが,別の方向に持っていかれたことによるものだと思います。なのでここがとても重要だと僕は考えています。
4Gamer:
どこまで行っても「人」は重要ですよね。
二つ目は,新しい技術です。iDreamSkyは,技術が人類の文明(シヴィライゼーション)を前進させると信じている会社です。
僕らの事業はスマホから始まって,「Fruit Ninja」「Monument Valley」※などのゲームと協業していましたが,技術がもたらす体験の変化を信じていますし,技術によって体験を作ります。IPは,体験から表せるものですからね。
それで,うちも多くの時間とリソースをAIに投入しています。「Strinova」にも「ルーム」というものを作っていますが,ルームはあなたのためのストーリー設定を推進する道具というだけでなく,あなたを分かって寄り添うAIになります。これが,私たちのルームの次のステップ,次のマイルストーンです。
最後の一つは,多元的で包容力の高い文化だと思います。iDreamSkyの中には,アメリカ,フランス,日本,東南アジアなど,世界各国のチームがあり,みんなで一緒にローカライゼーションをやります。当地の言語を熟語まで深く理解して,ことわざを適切に理解して運用できる翻訳にしたいです。
※上記2タイトルのほか,「Temple Run 2」「Subway Surfers」「Horizon Chase:Would Tour」などを中国に持ち込んで運営した
4Gamer:
確かにローカライズにことわざが入ってると「分かってるなぁ」っていう気分になりますね。
Chen氏:
でしょう? 僕たちは各地のことわざを深く研究していますが,やはりことわざが「ことわざ」になるまでには,とても長い歴史があります。
4Gamer:
あと,得てしてクリエイトに関わる人はAIに否定的な傾向があるので,肯定的にバリバリ使うのはすごく楽しいですね。
Chen氏:
まぁ僕はエンジニアですので(笑)。
4Gamer:
なるほど(笑)。
では,枯山水さえ理解しているあなたのコンテンツが,グローバルに成功することを楽しみにしています。ありがとうございました。
――――2024年9月27日
- 関連タイトル:
Strinova
- この記事のURL: