βリリースから5年が経過したValveの「Steam」は,流通システムの新たな核となりつつある。2006年末からElectronic ArtsやGameStopなど,パッケージ販売の中心的存在だった会社も,同じようなオンデマンドのシステム構築を行っている。パッケージ要らずの流通システムは,遂に戦国時代へと突入したようだ。
150作,1300万アカウントを誇るSteam
Half-Lifeシリーズで有名なValveが運営するオンライン流通システム「Steam」のアクティブアカウントが1300万を超えた。毎月,総計で70億分(7 billion minutes)もの時間が,Steam経由で遊ばれているという。
Steamは,海賊版への対処や直接的な収入源の確保を目指して開発された,オンデマンドのオンライン流通システムだ。元々は自社のソフトやMODが多かったが,最近では「Prey」や「Medieval II: Total War」など,急速に他社タイトルを増やしている
Steamとは,Valveが開発したソフトウェアコンテンツのデジタル流通システムで,プレイヤーはSteamのクライアントソフトを使ってゲームソフトを購入できる。このクライアントソフトは,ゲームをダウンロードするだけでなく,アップデートなどの管理やチャットも可能だ。
またゲームを売る側にもメリットがあり,ROMやパッケージにかかるコストを削減できるうえ,ネットを介した認証システムなどがあるため不正コピー対策にもなっている。
Activision,Eidos Interactive,Strategy First,PopCap Gamesとの提携により,取り扱いタイトルは150作以上になった。さらに,今後もメジャーなパブリッシャが続々と参入する気配で,今夏には大きな発表があるといわれている。
Steamのβ版がスタートしたのが2002年3月のことで,ちょうど5周年を迎えての「150作,1300万アカウント」の偉業達成となる。リリース当初は,「Counter-Strike 1.4」のパッチなどを配信するだけだったが,2003年末には「Steam 2.0」へとアップデートし,インタフェースを一新。「Counter-Strike 1.6」の投入と共に,チャットなどを可能にしたFriends機能が備わった。
2004年11月にリリースされた「Half-Life 2」は,Steamを使ってのダウンロード版,Vivendi Gamesが担当した小売店でのパッケージ版の両方があったが,どちらもプレイをするためにはSteamアカウントの登録とソフトの認証が必要だった。
Half-Life 2の投入前後から,「ゲーマーからプレイ料金を徴収するつもりじゃないだろうか」などという疑いをかけられることもあったのだが,Valveはウワサが立つたびに否定。今も,基本的なサービスはすべて無料という姿勢を貫いている。MODも正規ソフトと同列に扱って配信したり,日本人向けにJCBでの決済が可能になったりなど,サービスも充実してきており,多くのユーザーに受け入れられている。
オンライン流通システムの戦国時代
もちろん,他社も手をこまねいているだけではない。2004年末に,ゲームメディアとして知られるIGN Entertainmentが「Direct2Drive」というサービスを開始。2006年には同社が大手メディアのNews Corpに買収されたこともあり,20世紀フォックスの映画などの配信も行われ,かなり多様なライブラリを誇る。このあたりは,「第86回:デジタル流通革命が始まった」で,さまざまな企業が参入している様子を書いているので参照いただきたい。
その後も「EA Downloader」は,2006年11月に「EA Link」と改称して本格的なスタートを切っているし,同じ頃には小売店大手のGameStopも,これまでパッケージだけを販売してきたオンラインサイトでのダウンロードサービスを開始した。
さらに, Sony Online Entertainmentは,「Station.com」を大幅に改変して「Station Launcher」という新サービスを近々投入する予定だ。Vivendi Gamesも,この秋までに新しいポータルサイトを立ち上げることを発表している。Steamに端を発したオンライン流通の波は,販売大手から小売店チェーンまでも巻き込んだ,群雄割拠の戦国時代に突入したわけだ。
これらのサービスに共通するのは
- 中間マージンの削除
- マニュアルやROM,パッケージ製作コスト削減
- 不法コピー対策
- パッチやアップデートの簡略化
- ゲーマーコミュニティの育成とデータ掌握
「Windows Marketplace」のMicrosoft,Direct2Driveを利用するUbisoft Entertainment,Station Launcherで新たな勝負に出たSony Online Entertainmentなど,大手が次々とオンライン流通に乗り出しているが,EALinkのElectronic Artsもそんな企業の一つ。「The Sims 2」や「Need for Speed: Carbon」といった,自社タイトル24本を販売している
などで,開発者にとってもゲーマーにとっても,良いところずくめのように見える。さらに,これまでは一年も経たずして小売店舗の棚からはじき出されていたPCゲームは少なくなかったが,デジタル流通によって長期間の販売が可能になり,いわゆる“ロングテール効果”が期待できる。SteamやDirect2Driveなどで販売されている,「Vampire:The Masquerade - Bloodlines」や「Civilization III」などは,その典型例だろう。ニッチな作品好きには嬉しい限りだ。
ただ,問題点もある。ソフト自体の露出が,小売店での販売に比べて減ってしまうことだ。オンライン流通に完全に移行すると,フラっと立ち寄ったお店で見かけたゲームを買う,といったことは期待できなくなる。発売前からメディアで大々的に取り上げられていたHalf-Life 2のようなゲームはともかく,多くのソフトは,宣伝に力を入れないと存在そのものが認知されない可能性があるのだ。
今後,しばらくは似たようなサービス開始の発表が続き,統合や提携を繰り返しながら淘汰されていくことが予想できる。やがては,大きなオンラインコミュニティと顧客データを武器にした「大手オンライン パブリッシャ」と呼ばれる会社が登場するかもしれない。