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「Web3とAIが交差するところ」には何がある? AI開発における公平な価値分配と,信頼性を確保する“Web3の柵“を[WebX]
モデレーターを務めた,MicrosoftのBanking Transformation LeaderのAmit Ranjan氏とともに,Sahara AIのCEO兼共同創設者Sean Ren氏,ブロックバリューの代表取締役CEO大西基文氏,Origin Trailの創設者Tomaz Levak氏の3人が登壇した。
このパネルディスカッションでは,人工知能(AI)とWeb3技術の交差点において,これら二つの変革的技術を組み合わせることで生じる課題や機会,そしてソリューションとなる可能性についてそれぞれの視点が共有され,この技術的融合がデジタルの領域を越えて,未来の実生活や産業にどのような影響を与えるかといったトピックも取り上げられた。
大規模言語モデルの,データ提供者に対する利益の還元を行うためのブロックチェーン運用
「Web3とAIが同じ場で議論されるのはなぜか。単に,現在話題の2つの技術を組み合わせただけなのだろうか」という,聴衆の心に浮かんでいるであろう疑問を察知したかのように,モデレーターのRanjan氏は「この二つの融合において,実際に従来の産業にどのような影響を与え,どのような期待できるユースケースがあるか」と鋭い質問を投げかけた。
USC Los Angelesの准教授でもあり,AI領域で15年以上の研究実績を持つSean Ren氏は,「AIの開発プロセスにおける貢献の記録と,公平な報酬分配をブロックチェーンで実現すること」を挙げた。
氏は,データ提供者からAIモデルの開発,アプリケーションの収益化まで,すべてのプロセスをブロックチェーン上に記録し,スマートコントラクトを通じて自動的に収益を分配するシステムを構想している。これにより,現在のAI開発における不公平な価値分配の問題に対処できると主張した。
Ren氏は,現在のAI開発が効率性を重視するあまり中央集権化を促進している一方で,Web3の原則は分散化を求めており,この矛盾が統合の主要な課題となっていると指摘した。分散型コンピューティングネットワークが現時点では中央集権型に性能で劣ることや,グローバルな分散型チームよりも物理的に集まったチームの方が効率的に作業できることなど,具体的な例を挙げて説明を加えた。
さらに氏は,分散化がAIに貢献できる最大の機会として,「誰が所有し,誰が貢献しているか」という関係性を変えることを挙げた。ChatGPTのような大規模言語モデルに基づいた生成AIが,WikipediaやNew York Times,GitHub,Redditなどの膨大なデータを使用しているにもかかわらず,これらのデータ提供者に対する“利益の還元”がないことを問題視した。これは経済的観点から見て不公平であり,持続可能ではないという指摘だ。
対策として,Ren氏はSaharaブロックチェーンを使用して,AIの創造プロセス全体を記録することを提案した。データセットの提供,モデルの更新,アプリケーションの収益化など,すべてのプロセスをブロックチェーン上に記録し,スマートコントラクトを通じて,AIアプリケーションが生み出す収益を自動的に上流の貢献者に分配する仕組みを構築するという。
信頼性が低いAIに,Web3が立てる「知識の柵」
Origin Trial創設者のTomaz Levak氏は,企業がAI実装において直面する「説明可能性」「信頼性」「知的財産権」の三つの課題から,Web3活用の可能性を提示した。
Origin Trailは2018年から分散型ナレッジグラフを開発し,現在主流の生成AIとは異なるアプローチで,データと知識に関する信頼性と透明性を提供する核心的なコンポーネントを作り上げた。この技術を用いて,Walmart,Home Depot,Costcoなどの大手企業と協力し,海外2万5000以上の工場の,監査報告データの知識交換を実現した。さらに,スイス連邦鉄道など多くの組織とプロジェクトを進めているという。
Levak氏は,AIを導入しようとする企業にとって障壁となるいくつかのテーマを指摘した。まず,AIからどのような出力が得られるのか,そしてその出力につながる根拠は何かという説明可能性の問題だ。次に信頼性の問題がある。我々が作り出したAIシステムが,我々を困らせるようなものを生成しないと確信できるだろうか? システムバグによる企業の重大な損失事例は,数多く報告されている。
第三に知的財産権(IP)の問題がある。AIソリューションが道徳的,倫理的,法的義務に適合していることを,どのように保証するかという課題だ。
これらの課題に対し,Levak氏はWeb3と分散型ナレッジグラフの統合が強力な解決策になると主張した。Web3の介入により,AIのハルシネーション(幻覚)を情報の問題に置き換え,信頼性の低いAIの代わりに,所有者が明確で制御可能な知識ベースに基づくAIソリューションを構築できるようになる。IPに関しても,Web3を運用することで貢献の帰属と補償が可能になり,大規模ソリューションの構築において非常に重要であると強調した。
これにより氏は,AIとWeb3の統合は単に「できたらなおよし」の機能ではなく,AIを適切に制御するために絶対に必要なものだと結論づけた。
AIとWeb3の融合における誤解と課題
モデレーターのRanjan氏は「AIとWeb3の統合に関する最大の誤解は何か,そしてより広範な採用と革新を促進するためにこれらにどのように対処できるか」という質問を投げかけた。
Tomaz Levak氏は,AIとWeb3の統合に関する認識が急速に進化していることを肯定した。「約1年半前の会話を思い出すと,AIとWeb3の組み合わせといえば,主にトレーディングボットのことでした。『我々は何もしなくてもいいように,自動的に取引してくれるボットを作ってほしい』というオーダーが多かった」とLevak氏は振り返った。
しかし,現在の業界の状況は大きく変化していると彼は続けた。「今,業界を見渡すと,Web3がAIにもたらす重要な基本要素,そしてその逆についての理解がはるかに成熟しています。過去の誤解の多くは,我々が早すぎた段階にいたことに起因していますが,現在ではその理解と評価がはるかに進んでいます」
大西基文氏は,AIとWeb3の両技術におけるコンピューティングインフラの重要性が見過ごされがちであることを指摘した。特に,高性能なGPUサーバーや分散型コンピューティングネットワークの重要性を強調し,これらのインフラ無しではAIもWeb3も十分に機能しないことを説明した。
「多くの人々がこれらの技術を当たり前のように考えていますが,実際には強固なインフラストラクチャーが不可欠です」と大西氏は述べた。
Sean Ren氏は,AIとWeb3の統合に関する混乱の多くが,「Web3のためのAI」と「AIのためのWeb3」を区別していないことから生じていると指摘した。
多くのプロジェクトにとって単にトークン経済を導入するだけでは不十分であり,ブロックチェーン技術がAIの本質的な課題(データの信頼性,モデルの透明性など)にどのように対処できるかを,慎重に検討する必要があると改めて主張した。
Web3とAIの交差点におけるあなたの経験を一言で表現するとしたら
パネルディスカッションの最後に,「AI x Web3」を一つの言葉で締めくくるよう問いかけ,3人が出した答えは以下の通りだ。
「Nuanced」(微妙な,複雑な):AIとWeb3の統合には多くの課題と機会が存在し,単純化できない複雑さがある。(Sean Ren氏)
「Revolutionary」(革命的):現在のビジネスモデルを単に改善するのではなく,まったく新しいモデルを創造するようにしている。(大西基文氏)
「Trust」(信頼):AIの時代における信頼の構築と維持が最も重要な課題の一つであり,Web3技術がこの課題に対する解決策になるかもしれない。(Tomaz Levak氏)
AIとWeb3の統合は「複雑で」あり,「革命的」な可能性を秘めている。そして何より,デジタル時代における「信頼」の新たな形を模索する試みとも言える。
今後,この二つの革新的技術の融合がどのように進展し,私たちの生活や産業,さらには社会の在り方そのものをどう変えていくのか。技術の発展と同時に,その倫理的・社会的影響にも目を向けながら,慎重かつ大胆に前進していく必要があるだろう。AIとWeb3の交差点に立つ今,私たちは新たな時代の幕開けを目の当たりにしていると言える。
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