インタビュー
[CEDEC 2023]コーエーテクモ襟川陽一氏へのインタビュー。創業からおよそ半世紀を経て,世界一になる設計図が見えてきた
襟川氏の生い立ちや,光栄(当時)を立ち上げることになったきっかけ,ゲーム開発や経営にかける思いなどが語られた講演の模様はすでにレポートしているが,本稿ではその講演の直後に行った襟川氏へインタビューの模様をお届けしよう。短い時間ではあったが,講演で話された事柄について,さらに詳しく聞いているので,講演のレポートを確認しながら読み進めてほしい。
[CEDEC 2023]シブサワ・コウの目標は「もっともっと面白いゲームを作りたい」 クリエイターに「野望を抱け」とエールを送った基調講演
CEDEC 2023の最終日にあたる2023年8月25日,コーエーテクモホールディングス代表取締役社長の襟川陽一氏による基調講演が行われた。襟川氏のゲーム開発や経営にかける思い,将来への展望,そしてクリエイターへのメッセージが語られた講演の模様をレポートしよう。
4Gamer:
お疲れのところお時間をいただき,ありがとうございます。とても興味深い講演でしたが,中でも個人的に気になったのは,「無双」シリーズをはじめとした,他社さんとのコラボタイトルを開発するうえでの秘訣でした。
講演では「まずは良好な人間関係を築いて,相手をリスペクトする」といったお話がありましたが,コーエーテクモがコラボで大きな成功を収めているということは,社内社外を問わずフレンドリーに話せる社風のようなものがあるのでしょうか。
どうなんでしょう(笑)。そこについてとりたてて意識はしていませんが,やっぱりどの会社さんも,いいゲームを作りたい気持ちは同じようにお持ちになってると思います。
それがあったうえで,自社だけではできないものを,他社さんと知恵を出し合いながら作っていくのはチャレンジングで面白いですし,それぞれの会社さんの歴史や文化を知るのも,非常に勉強になりますので,積極的にコラボを進めようと。日本に限らず,アメリカでも中国でも,世界中の会社とコラボしてきたいと思っています。
4Gamer:
Electronic Artsとコラボした「WILD HEARTS」(PC / PS5 / Xbox Series X|S)もその流れの中で生まれたということですね。海外の企業に限らず,関係をいちから作っていくのは大変なことだと思いますが……。
襟川氏:
同じ業界で42年もやっていると,自然と人間関係や会社同士の関係もできてきて,それぞれの会社の特徴やいい点といったところも分かってきてますので,まずはそれが基礎になります。
また,さきほど話しましたように,いいゲームを作りたいという気持ちは,どの会社のクリエイターさんも社長さんも持っていますから,まったくお付き合いがないところでも,そこから一緒にスタートできます。
4Gamer:
会社が違っても,根っこのところは同じだと。
襟川氏:
そうですね。まずはその気持ちが最初にあるんです。
もちろん,本格的なお付き合いを始める以上,成功するよう,どれくらいのお客様に興味をもっていただけそうか,予算規模をどうするかといった話し合いも必要になりますが,最初にあるのはお金ではなくて,面白いゲームを作ろうという気持ちですよね。
4Gamer:
講演では,経営者としての考え方とともに,プロデューサーの「シブサワ・コウ」としての思いも語られました。たとえば開発予算や納期といったところだと,プロデューサーとしては「あればあるほどいい」,経営者としては「一定の制限をつけたい」と思うのではないかと想像しているのですが,2つの仕事を抱えている場合,その折り合いはどのようにして付けているのでしょうか。
襟川氏:
それは,折り合いをつけるといったこととは少し違っていて,プロジェクトチームの中での責任が大きくなっていく中で,クリエイターとしての考え方と,経営者としての考え方の両方が必要になってきて,自然とできるようになっていきます。
特にプロデューサーは,クリエイティブ要素と経営要素の2つを持たないとできない役割です。クリエイティブだけやっているとプロジェクトが長引いてしまいますし,経営だけやっていると,今度は品質の方が行き届かなくなってしまいますから。入社から成長を続ける中で,さまざまな役割を経験し,バランスが取れるようになっていくんです。
4Gamer:
コーエーテクモでは,新卒入社から成長を続け,やがて役員になることが基本になっているというお話もありましたが,その理由には徐々に経営者としての考え方を身に付けるためもあるんですね。
襟川氏:
新入社員からさまざまな経験を積んでディレクターやプロデューサーになっていくということが,当社のタイトルを作っていくうえでは重要なことの1つだと考えています。
当社に入りたいと思っている方々の多くは「信長の野望」や「真・三國無双」といったシリーズの作品をプレイして,自分なりの最新作を作りたいという思いを持っていらっしゃいます。
言ってみればクリエイターとしての前準備がしっかりできているんですが,入社後は自分のゲームを作るだけではなく,仕事を通して人間的に成長し,どうやったら会社や社会に貢献できるかという,より大きな視点でのゲーム作りを実現してもらいたいと思っています。
4Gamer:
ゲーム会社は積極的に中途採用を行っているというイメージを持っていたので,少々意外でした。お話をうかがって,「家族的」という言葉が浮かびましたが,やはりずっと顔を合わせているうちに,信頼関係がどんどんできてくる感じでしょうか。
襟川氏:
そうですね。会社の精神として掲げている「創造と貢献」であるとか,経営基本方針といったところも,新卒で入社して,何もないうちから社内で経験を重ねてこそ身に付くんじゃないかと思っています。そういうところを心底から理解して,最終目標に向かって一緒に頑張ろうと思ってくれることを期待しています。
中途採用を中心にしている会社があっても当然のことですし,それが間違いとも思いません。当社でも中途入社した方が活躍してくれているケースもあります。中途採用,新卒採用の良さがある中で,当社は伝統的に新卒を特に重視して,頑張って伸びてもらって,活躍してもらうという形です。
ちなみに,新入社員は今年だと150人ぐらい,来年は200人ぐらいになりそうです。プロジェクトが大型化していることもあって,増えていますね。
4Gamer:
楽しみですね。
2017年に出版された襟川さんの著作「シブサワ・コウ 0から1を創造する力」には,当時のコーエーテクモの課題として,スマホ向けのヒットタイトルを出せていないことが書かれていました。
そこから6年ほど経ちましたが,「三國志 覇道」(iOS / Android)「信長の野望 覇道」(iOS / Android)など,月商10億円クラスのヒットタイトルが生まれ,本日の講演では月商20億円タイトルの創出を目指すというお話もあるなど,スマホ向けタイトルも好調のように見えます。課題を解決できた理由,きっかけは何だったのでしょうか。
襟川氏:
やっぱり失敗を重ねたことだと思います。スマホのゲームはたくさん作りましたし,これからもいろいろな失敗をすると思いますが,さらに上を目指してチャレンジしていきたいです。
4Gamer:
話しづらいとは思うのですが,差し支えなければ,記憶に残っている失敗を1つ教えていただけますか。
襟川氏:
直近だと,「三国志ヒーローズ」というタイトルがあります。
三国志を題材に,AIを相手にした将棋のような面白さを目指したもので,ゲーム自体はすごく面白いものになったと感じていました。
ただ,ちょっと心配だったのは,結構頭を使うので,1局終わったら「ちょっと休もうか」という気持ちが出てくることだったんです。もしかしたらお客さんは限られるかも……と思ってリリースしたら,実際そうだったんですよね。予算規模は小さかったので,損失はそれほど大きくありませんでしたが,今後の可能性としては難しいと判断して,早めにサービスを中止しました。
4Gamer:
スマホ向けとしては,ちょっと重すぎたかもしれないですね。ただ,その失敗も活かされていると。
襟川氏:
そうです。その次のバージョンも考えています。
4Gamer:
そうなんですね。いつかリリースされることに期待しています。会社勤めの立場だと,必要以上に失敗を恐れてしまいがちではないかと思うのですが,やっぱり失敗を恐れない姿勢は必要だと考えていますか。
襟川氏:
失敗しちゃったと後悔していてもしょうがないので,それよりも失敗を活かして次の成功に結びつけることが大切ですよね。
それぞれのプロジェクトも,プロデューサーやチームのメンバーだけですべてを決めてスタートしているわけではありません。大きな規模のものになれば取締役会での承認が必要になりますし,私が社長ですから,最終的には私の責任なんですよね。だから会社の中でもっとも多く失敗作を経験しているのは私です。
失敗の中には予測できない理由もありますから,その理由をはっきりさせて,社員で共有するための反省会は必ず行っています。
4Gamer:
今年のCEDECでは,AIのセッションが多数開催されました。コーエーテクモは古くからAIの研究を進めていましたが,襟川さんは,ここ最近の急激な進化をどう受け止めていらっしゃいますか。
襟川氏:
いやぁ,心強いです! ご存じの通り,シミュレーションゲームは戦略や戦術を競うタイプのゲームですから,AIと親和性が非常に高いです。
BASICで作っていたころは,IF,THEN,ELSEといったコマンドを使って100行とか200行のプログラムで自分で組んでいたんですけども,最近はAIのおかげで,非常にリアリティあふれる戦略や戦術を生み出せるようになってきました。
特に武将の個性を表現するうえで大きな効果が出ています。プレイヤーの配下武将たちも,AIによって,魅力的な提案をしたり,自発的に活動したりといったことが可能になっているので,遊んでいてとても楽しいです。
4Gamer:
話しぶりから,その楽しさがこちらにも伝わってきます(笑)。シミュレーション以外のジャンルでも,AIの可能性はありそうでしょうか。
襟川氏:
あると思います。特にオープンのAIは,ゲームの開発コストを下げるために活用されるんじゃないかと思っています。
具体的には,デバッグやモブのキャラクター作りといったところでしょうか。人の手で細かく作り込まなくていいものは,AIでの自動生成が役立つと思います。
4Gamer:
違うゲームジャンルのお話が来ると思っていたので少々意外でしたが,確かにそういったところをAIに任せることができれば,リソースを別のもっと大事なところに集中できますね。
襟川氏:
そうですね。無駄は大嫌いです。効率や効果を上げるということは非常に大切ですから。
4Gamer:
襟川さんの中で,クリエイターと経営者の考え方が共存しているというのが,今のお話でも実感できました。
本日の講演の最後に,奥様の恵子さん(コーエーテクモホールディングス代表取締役会長の襟川恵子氏)がPCを買ってくれたことを振り返って,「結婚していなかったら今のコーエーテクモはない」と話されていましたが,それ以降も,影響を受けたことはあったでしょうか。
襟川氏:
楽しい時も苦しい時も2人で分かち合ってきた同志的なところがあって,コーエーテクモの発展に尽力するという目標も同じなんですが,その考え方とか実現の仕方が違うことがあるので,そういうところは興味深いですね。
私はわりと論理的に物事を考えるんですが,会長の襟川は感覚的に物事を捉えて判断をしていきます。理屈ではこう考えるけども,感覚的にはどう捉えるのか,知りたいと思うことがあります。そういった面は,彼女のほうが圧倒的に強いので。
4Gamer:
会社でも上司,家庭でも上司というお話もありましたが,そういうバランスのほうがいいですか。
襟川氏:
いいですね。楽ですよ。60歳を超えたら夫婦喧嘩は一切しないと固く決めて,実際そうしてきました。
4Gamer:
しないと決めて,その通りにできるものですか。
襟川氏:
できます。何なら逃げちゃってもいいですし。いずれ一緒にお墓に入るんですから,いがみ合ってもしょうがないでしょう。
4Gamer:
できるものなんですね。逆に言うと,60歳までは喧嘩することもあったと。
襟川氏:
ありました。特に会社の経営に関しては,さきほど話したように,考え方がまったく違う2人なので,ぶつかることがたくさんありました。もちろん前向きな喧嘩ではあったんですけれども。
4Gamer:
会社でも一緒,家庭でも一緒だと,メリットもデメリットもありそうですが,実際はどうでしたか。
襟川氏:
自分の中ではそれが当たり前になっているので,あまり気にしたことはないんです。光栄を立ち上げたときは,自宅の応接間に事務机とパソコンを置いて,そこでゲームを作っていましたから,その頃からそばにいるのが当たり前で。
私がプログラムを組んでいるときに,「ちょっと掃除機をかけるから」とか言いながらパソコンの電源を抜いちゃって,全部消えちゃうとか(笑),そんな感じでここまでやってきました。
4Gamer:
それが今や世界一を狙うゲーム会社になったんですね。話を聞いているだけでも感慨深いです。
襟川氏:
講演でも少し話しましたが,世界でナンバーワンになろうというのは,30歳ぐらいの時に思い立っているんです。その頃は実現の方法がまったく分かりませんでしたが,創業から半世紀が経とうとする中で設計図が書けるようになってきました。営業利益ですと,30位ぐらいから徐々に順位を上げて,今17位です※。
テンセントが確か年間で3兆円ぐらいの営業利益を稼いでいるので,先は長いんですが,一歩一歩進めば,到達できないことはないと思っています。
※コーエーテクモ調べによるデータ
4Gamer:
その設計図が描けるようになったのは,なぜでしょうか。
襟川氏:
やっぱり,失敗を共有して成功につなげる経験を重ねて,それが形になってきたということではないかと思っています。
上位のゲームソフト会社さんは,やっぱり大きなマーケット,多くのプレイヤーが楽しんでくれるジャンル,IPをいつも狙っていて,非常に効率的,効果的なビジネスをされています。コーエーテクモもそういう大きなビジネスや大きなゲームタイトルを作らなくてはいけないと,身をもって感じているところです。
4Gamer:
さらに大きなチャレンジが必要になるということですね。
襟川氏:
そのために会長の襟川が,将来に向けての開発資金とするため,財務運用で利益を上げています。1つ作ってダメで,それで会社が立ち行かなくなったら何にもなりません。財務的な基盤があって,初めて大きなチャレンジができるんです。
ようやくそういう基盤も整ってきて,今は1000億円くらいの開発資金があり,仮にいくつかのタイトルがうまく行かなくても再チャレンジできるくらいにはなっています。世界中のたくさんの方に楽しんでいただけるタイトルを作りたいですね。
4Gamer:
期待しています。本日はありがとうございました。
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