連載
歴史改変にマジック,競走馬の血統。さまざまなテーマと表現で“時間”を描く中短編を収めた「嘘と正典」(ゲーマーのためのブックガイド:第14回)
「ゲーマーのためのブックガイド」は,ゲーマーが興味を持ちそうな内容の本や,ゲームのモチーフとなっているものの理解につながるような書籍を,ジャンルを問わず幅広く紹介する隔週連載だ。気軽に本を手に取ってもらえるような紹介記事から,とことん深く濃厚に掘り下げるものまで,さまざまなテーマでお届けする。
第14回で取り上げるのは,小川 哲さんの「嘘と正典」。2022年10月に刊行された大巨編「地図と拳」が第168回直木賞を受賞したことで話題のSF作家による中短編集だ。
嘘と正典
「嘘と正典」は,2019年9月に刊行され,第162回直木三十五賞の候補作になった作品集だ(文庫版は2022年7月刊行)。2017年から2019年までに雑誌に掲載された5編に,書き下ろしの表題作1編を加えた以下の中短編が収録されている。
- 落ちぶれたマジシャンが挑んだ一世一代の大マジック“タイムトラベル”の謎を追う「魔術師」
- 亡き父が残した競走馬と原稿をきっかけに,競走馬の血統や歴史と,自身の父との関係とを探求する作家の姿を描く「ひとすじの光」
- 謎の語り部がとある“王”に語る形で届けられる,時間に関する不思議な3つの物語「時の扉」
- 音楽が財産や通貨となっている小さな島で,父が残した音楽のルーツを探る「ムジカ・ムンダーナ」
- シンプルさを追い求めた結果,カルチャーが衰退して“流行”がなくなった世界の未来を描く「最後の不良」
- 東西冷戦時のCIA工作員らが,共産主義をなくすべく歴史改変を企てる表題作「嘘と正典」
上記それぞれの作品には共通するテーマとして“時間”があることが感じられるものの,一つひとつの題材はまったく異なる。その内容も同様で,「魔術師」はミステリー要素と“すこしふしぎ”な雰囲気ある物語,「ひとすじの光」「ムジカ・ムンダーナ」は純文学,「時の扉」は千夜一夜物語のような説話風の構成で,「最後の不良」は風刺とユーモアが効いたショート作品。「嘘と正典」はスパイ×時間SF小説といったように,それぞれ異なるジャンルの要素が感じられる。
実はこの“ジャンルにとらわれない作風”こそ,小川さんの作品の大きな魅力の一つだ。2022年10月に刊行された最新作「君のクイズ」が,重厚な歴史モノだった前作「地図と拳」から一変,クイズ番組とクイズプレイヤーがテーマのミステリー&エンターテイメントだったりと,SF(とミステリー)がベースにありながらその見せ方は多種多様で,読者を楽しませてくれている。そういった作風を知るうえでも,「嘘と正典」はオススメできる一冊だ。
また,これはデビュー作「ユートロニカのこちら側」から共通しているが,舞台設定の面白さだけではなく,作品世界を“生きている人々”の人間描写の素晴らしさも小川さんの作品の特徴でもある。心地よい読後感もあれば,ラストに“良い違和感”を残して終わることもあり,何度も繰り返し読みたくなる作品が揃っている「嘘と正典」で,小川さんの作品世界に触れてみてほしい。
「嘘と正典」
著者:小川 哲
版元:早川書房
発行:2022年7月6日
価格:840円(税別)
ISBN:9784150315276
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■■Junpoco(4Gamer編集部)■■
本企画の担当で,書店の文芸書担当,DTPデザイン,雑誌編集と,かつて本を売る人&作る人の両方をしていたことがある4Gamerスタッフ。本もゲームも,気になったものはジャンルや主義主張問わず,流行のものからニッチなものまでわりと何でも手を出すが,自身の“attitude(姿勢)”にあった作品へのこだわりもけっこう強かったりもする。
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