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ゲーマーのためのブックガイド:第7回「シャーロック・ホームズの建築」
「ゲーマーのためのブックガイド」は,ゲーマーが興味を持ちそうな内容の本や,ゲームのモチーフとなっているものの理解につながるような書籍を,ジャンルを問わず幅広く紹介する隔週連載だ。気軽に本を手に取ってもらえるような紹介記事から,とことん深く濃厚に掘り下げるものまで,さまざまなテーマでお届けする。
第7回で取り上げるのは「シャーロック・ホームズの建築」。シャーロック・ホームズ作品に登場するベーカー街221Bの部屋やバスカヴィル館といった建物は,一体どんな感じだったのだろうか? そんな疑問に答えてくれる一冊を,朱鷺田祐介氏に紹介してもらった。
シャーロック・ホームズの建築
ゲーマーに本を勧める行為は,道案内のようなものだ。相手がどこに行きたいか聞いておかなくては,間違った道を教えてしまいかねない。よく知らない相手だと,「Not for me」どころか地雷なジャンルにぶつかってしまう可能性もあり,そもそも「お勧めの本は?」という質問自体が社交辞令ということも考えられる。
だから,私の場合は二つの手法を使い分けることにしている。
第一は,スペースと時間が許すのであれば,カバンの中にある本をぶちまけてみせることだ。これは「今,こんな本を読んでいてね」という時候の挨拶でもあり,相手の興味の方向を探る一手でもある。自分のメインフィールドに反応があるようなら,そこで互いの力量を測ることもできよう。弱点は,厚くてでかい洋書が飛び出したり,文庫や単行本を高く積み上げてしまったりで,相手をドン引きさせる可能性が否めないことだろうか。
第二の手法は,グラフィカルなイラストや地図が描かれた本を挙げることだ。かつ有名なテーマで,かつ少しだけマニアックなものがベストだろう。絵であれば相手の興味を引きやすく,文字よりも相手の反応を引き出しやすい。専門用語なんて知らなくても,「ああ,これはどこかで見たことがある」と言わせたら,そこから話を広げられる。今回お勧めするのは,この後者の一冊にあたる。
「シャーロック・ホームズの建築」
著者:北原尚彦/村山隆司(絵・図)
版元:エクスナレッジ
発行:2022年2月21日
価格:2200円(税別)
ISBN:9784767829777
購入ページ:
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エクスナレッジ公式サイトの「シャーロック・ホームズの建築」詳細ページ
どんな物語でも,舞台となる場所がある。
あの名探偵シャーロック・ホームズが依頼を受けるベーカー街221Bの部屋は一体,どんな感じなのか? あるいは,殺人事件の起こったあの館はどんな外見で,どのような構造になっていたのだろうか?
そういう疑問に答えてくれるのが,今回取り上げる「シャーロック・ホームズの建築」だ。コナン・ドイルの傑作推理小説「シャーロック・ホームズ」シリーズに登場する建築物に関する解説をホームズ研究で名高い作家・翻訳家の北原尚彦氏が書き下ろし,イギリスの建築に詳しい建築家の村山隆司氏が絵と図を加えた本書は,まさにシャーロキアン(ホームズの熱心なファンの通称)必携の一冊となっている。
例えば,ホームズとワトソンが共同生活を送っていたベーカー街221Bは,どんな部屋だったのか? 本書の1章目がまさにその答えだ。
ベーカー街221Bは,ロンドン市内にはよくある一戸建てではない共同住宅(テラスハウス)の一角で,入口から入る1階から3階までの区画の権利をワトソン夫人が持ち,2階と3階をホームズとワトソンに貸している。それぞれの間取りやどこに何があったかは,北原氏が原作の描写を精査してリストアップし,村山氏が絵や図面に起こして,細かく解説される。ホームズが弾いていたストラディバリのヴァイオリンはどこにあり,ホームズがピストルの弾丸で撃って壁に作った「VR」(ヴィクトリア女王万歳!)の弾痕の位置まで,細かく図説されているのだ。
ただ解説しているのでもない。ここには,ミステリーの楽しみもある。
ホームズの原作小説が書かれた期間が長かったこともあって,いくつかの作品では場所に矛盾が生じているし,そもそも書かれた時代には,「221B」は存在しなかった(後年ベーカー街が延長され,実在の番地となった)。
作者であるコナン・ドイルの脳裏には,モデルとしたテラスハウスの構造はしっかり入っていたのであろうが,時の流れが矛盾を生み出すこともある。例えば,「瀕死の探偵」においては,リビングの北側にホームズの寝室があるが,「マザリンの宝石」では,ホームズの寝室から隠し通路でリビングに抜ける描写があり,寝室の位置が変わっているように読める。
このような作品ごとの描写の矛盾を,北原氏と村山氏が図面の中で解き明かしていく。村山氏はベーカー街221Bがリフォームされ,拡張された可能性を提案し,初期と拡張後の地図を作成してみせた。これこそ,まさにホームズ・ミステリーにおける謎解きの楽しみと言えるだろう。
本作で紹介されているのは,原作小説に登場する17の場所だ。
日本に場所を置き換えた映画が公開されたことでもおなじみの「バスカヴィル家の犬」の舞台「バスカヴィル館」や,作品タイトルにもなっている「ぶな屋敷」「アビィ屋敷」など,ホームズファンならぜひ見てみたいと思うだろう屋敷の図面が次々と登場する。「まだらの紐」の舞台となったストーク・モーラン屋敷などは,これを片手に再読したい気分になるほどだ。
骨の髄までシャーロキアンな北原氏らしく,建物の描写は原作だけでなく,グラナダTVのドラマなど映像化されたものまでカバーしており,あの作品ではこうだったがドラマでは……と,微に入り細に入りの解説も用意されている。
さらに,ホームズものの舞台としては欠かせない,二つの場所が紹介されている。ロンドン警視庁,通称「スコットランド・ヤード」がその一つだが,そもそもロンドンにあるのに,なぜスコットランド・ヤードなのか? といったことに対する説明も用意されている。
二つめは,ホームズとワトソンが初めて出会った場所であるセント・バーソロミュー病院だ。この二つは実在の場所なので,内部図解を推測する必要はないが,シャーロキアンなら避けて通れない場所だろう。
ちなみに雑誌「建築知識」は,タイトルどおり建築業界向けの技術専門誌なのだが,これがまたよい本なのだ。毎回の特集でCG技術の解説をしたり,細かい建築用語のグラフィカルな解説を載せたりしていて,畑違いのクリエーターからも注目を浴びることが少なくない。筆者もあらゆる建築物の部分名称を紹介した2022年5月号「立体イラストと1100のキーワードで学べる! 最新の家具設備から現場ウラ知識まで分かる 建物種類ごと用語図鑑」は購入し,便利に使わせていただいている。こちらもぜひ,手に取ってみてほしい。
ああ,読書は一冊で終わらないのだ。
エクスナレッジ公式サイトの「シャーロック・ホームズの建築」詳細ページ
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■■朱鷺田祐介(ライター)■■
TRPGデザイン/翻訳を主戦場とするフリーライター。代表作に「深淵」「ザ・ループTRPG」など。最近のブームはスウェーデン産TRPGで,ゲームマーケット2022秋では「MÖRK BORG」に触発された新作「信長の黒い城」の先行販売を予定している。実は今年還暦だったが,赤いちゃんちゃんこだけは回避した。
- 関連タイトル:
シャーロック・ホームズ:罪と罰
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