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ゲーマーのためのブックガイド:第4回「ドクター・ストレンジ:プレリュード」
「ゲーマーのためのブックガイド」は,ゲーマーが興味を持ちそうな内容の本や,ゲームのモチーフとなっているものの理解につながるような書籍を,ジャンルを問わず幅広く紹介する隔週連載だ。気軽に本を手に取ってもらえるような紹介記事から,とことん深く濃厚に掘り下げるものまで,さまざまなテーマでお届けする。
第4回は,フリーのライターで翻訳者の森瀬 繚氏に,2017年1月に小学館集英社プロダクションより刊行された「ドクター・ストレンジ:プレリュード」を紹介してもらった。
ドクター・ストレンジ:プレリュード
TwitterやFacebookといった不特定多数が参加するSNSでしばしば盛り上がる話題の一つに,エンタメ作品の構成要素にまつわる出典・来歴の追跡がある。
例えば「冒険者ギルドというのはいつ,どんな作品で生まれたのか」。あるいは,「リザードマンはどうして,左利きとされることが多いのか」。誰かがこうした疑問を提示すると,瞬く間にそれが拡散していき,玉石混交の発言の中から信頼に値する発言が拾い上げられ,Togetterやまとめサイトに集約されていく。インターネットの普及によって,良くも悪くも特定情報にリーチする手段が増えたことは喜ばしいが,伝聞情報の集積のみでは,ざっくりと把握することはできても,“実像”を捉えられずに終わってしまうこともままある。
1995年に稼動したカプコンの対戦格闘ゲーム「マーヴル・スーパーヒーローズ」に登場し,近年では「MARVEL VS. CAPCOM 3 Fate of Two Worlds」(PS3 / Xbox 360)にも登場していることから,格闘ゲーマーにはよく知られたシュマゴラスだが,一般的な知名度となるとウルヴァリンやヴェノムといったヒーロー/ヴィラン達と比ぶべくもない。
そのため,関連書や雑誌記事でさえ「23年間で2回しかストーリーに登場していない」(マーヴルクロス02,1996年,小学館プロダクション)と実際の回数よりも少なく紹介されるなど,1973年のコミック初登場以来,最近まで常に誤解がつきまとう状況となっていた※。
しかし幸いなことに,マーベル・シネマティック・ユニバースの興行的な成功と,とりわけドクター・ストレンジの銀幕デビューによって,ようやくシュマゴラスの登場エピソードを含むコミックが邦訳された。それが,今回紹介する「ドクター・ストレンジ:プレリュード」である。
※実際には1992年までにスーパーヴィランとしての直接登場は4回あり,本筋でこそないものの姿の描写や名前の言及はそれなりの回数に及ぶ。もちろん「マーヴル・スーパーヒーローズ」によって知名度が向上したことは確かで,同作稼働後は,数多くのエピソードに登場している。
「ドクター・ストレンジ:プレリュード」
著者:ウィル・コロナ・ピルグリム,他
訳者:光岡三ツ子
版元:小学館集英社プロダクション
発行:2017年1月25日
価格:1782円(税込)
ISBN:9784796876476
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小学館集英社プロダクション公式サイトの「ドクター・ストレンジ:プレリュード」詳細ページ
同書は映画「ドクター・ストレンジ」の公開に合わせて刊行された作品集で,映画の前日譚にあたる表題作のほか,彼の初登場作である「ドクター・ストレンジ 黒魔術のマスター!」(Strange Tales Vol.1 #110,1963年),そして邪神シュマゴラスの2回めの登場エピソードである「啓示の書」(Marvel Premiere Vol.1 #14,1973年)などが収録されている。
「啓示の書」では遠未来の魔術師シスネグ(サイス=ネグ),またの名をカリオストロをめぐるストーリーが展開されるが,その後半,時間遡行の力を振るうシスネグとの戦いの最中に,ストレンジらはついには恐竜が生きていた太古の地球に到達する。その眼前に,他次元からやってきていたシュマゴラスが出現し,人類の遠い祖先である類人猿を脅かすという展開が描かれている。
先に「2回めの登場」と書いたとおり,当時の読者達は1972年に始まったリーフ(冊子)8冊にわたるシリーズを通して,邪神とその眷属達とのドクター・ストレンジの戦いを,すでに読み終えていた。つまりストレンジが太古の地球で遭遇したのは,現代で戦う以前に過去で活動していた邪神だったのだ。
「ドクター・ストレンジ:プレリュード」に掲載されている「啓示の書」は,シュマゴラスにまつわる一連の物語の後日談的なエピソード(それも後半のみ)で,いささか物足りなくはあるが,ともあれ日本語で読めるだけでもありがたい話である。
なお「シュマ・ゴラス(Shuma Gorath)」とは,そもそもロバート・E・ハワード氏の小説に登場する言葉だ。“蛮人コナン”シリーズを書き始める以前の氏がウィアード・テイルズ誌に発表していた“アトランティスのカル”シリーズの小説「黄金髑髏の呪い」(生前には未発表)の中で,「鉄板で装丁されたシュマ・ゴラスの書物」と言及されたのが初出となる。シュマ・ゴラスというワードが登場するのはこの1回きりで,それが何を意味しているのかについて,作者のハワードはまったく情報を与えていない。
同作は執筆から半世紀近く経ってから,ファンジン「ハワード・コレクター」9号(1967年)にて発表され,これがマーベル・コミックスの編集者/ライターであるロイ・トーマス氏の目にとまる。1970年代に入り,ハワードやラヴクラフトによるクトゥルー神話小説のコミカライズを手がけた彼は,ハワードの「われ埋葬にあたわず」(Journey Into Mystery Vol.2 #1,1972年)のコミック版にて,原作にない「シュマ=ゴラス(Shuma-Gorath)」の名前をさりげなく挿入した。そして同じ年の11月,彼が編集者として携わった魔術師ヒーロー,ドクター・ストレンジのシリーズにおいて,邪神シュマゴラスの名前が一連の怪事件の黒幕として言及されることになるのである――。
ところで,映画「〜マルチバース・オブ・マッドネス」に登場したモンスターが,実際にシュマゴラスだったかどうかについては……すでにソフトの販売やデジタル配信が始まっているので,ご自身の目で確認してほしい。
参考:ロバート・E・ハワード「黄金髑髏の呪い」(拙訳)
※筆者注:「シュマゴラス」「シスネグ」など文中の固有名は,「ドクター・ストレンジ:プレリュード」の表記に合わせている
小学館集英社プロダクション公式サイトの「ドクター・ストレンジ:プレリュード」詳細ページ
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■■森瀬 繚(ライター)■■
フリーのライター,翻訳者。最近では小学館集英社プロダクションより「バットマン:ゴッサム・バイ・ガスライト」が2022年8月に刊行され,10月には「バットマン:ザ・ドゥーム・ザット・ケイム・トゥ・ゴッサム(仮)」の刊行を控えている。ホビージャパンの「サンディ・ピーターセンの暗黒神話体系 クトゥルフの呼び声TRPG」でも,文芸監修を務めている。
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