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[TGS 2021]「植松伸夫の『山男はモテると聞いて…』」レポート。スクエニの河盛慶次氏と伊勢 誠氏を招き,昔話やゲーム音楽への思いを語る
ゲストに招かれたのは,植松氏の後輩にあたるスクウェア・エニックスのミュージックディレクターの河盛慶次氏と,サウンドディレクターの伊勢 誠氏。2人は植松氏が淹れたコーヒーを飲みながら,焚き火を前に昔の思い出や,ゲーム音楽への思いなどを語った。本稿では,その模様をレポートする。
番組は,植松氏自らが焚き火に使う薪割りをしているところから始まった。趣味でキャンプに行くという植松氏が現地でコーヒーを飲むときは,必ず生豆を煎るところから始めるという懲りっぷりだが,本人いわく「何回やってもまずい」とのこと。味はともかく,その行程が好きなのだとか。
合流した河盛氏と伊勢氏は,植松氏とは久しぶりの再開だそうで,「今日は楽しみにしてきた」と笑顔で挨拶をした。2人はどちらかというとインドア派で,あまりキャンプをした機会はなく,会社でもあまり流行ってはいないとのこと。
一方の植松氏は20代後半の頃に,当時のスクウェアの仲間20人ぐらいとキャンプに行ったことがあると語る。プログラマーの穴澤友樹氏や,ゲームクリエイターの伊藤裕之氏などはアウトドア好きで,現地集合でのキャンプをしたこともあるそうだ。
植松氏は会話で笑う伊勢氏につられて笑い,「君の笑顔はその場を笑いに包む」と,その人徳を誉め,「伊勢が怒ったところを見たのは1回しかない」と続ける。その伊勢氏も「植松さんが怒ったのも1回だけしか見たことがない」と返す。それはとあるタイトルのイベントシーンをチェックしていたところ,効果音と曲のバランスが悪いことを指摘され,「調整し忘れちゃったんじゃないですかね」と軽く返すと,「そういう問題じゃねえ!」と怒られたのだとか。植松氏も「そのとき伊勢にキレたのが,人生で初めてキレた」ときだと述べ,伊勢氏は恐縮していた。
場面は変わって,焚き火の前でのトークに。ここでは昔の話が弾んでいた。河盛氏が植松氏に初めて会ったのは面接のときで,そのときに「ゲームは音楽に割く容量が少ないけど,大丈夫か」と言われたのが意外だったそうだ。容量の大きなCD-ROMの頃だったので,何でもできるかと思っていたら,実はハードの内蔵音源を使っていて,音楽の出し方が違うことに驚いたのだとか。それは伊勢氏も同じだったと同意する。
ゲームには容量との戦いがあり,そこにプログラムやグラフィックスなどの割り当てがある。大容量を使えばいい音を出せるが,その読み込みなどでゲームがストップしてしまうことが「何か違う」とずっと思っていて,多少音の質を落としても,スムーズにゲームが進められるべきだと常々思っていたという。「ファイナルファンタジーVII」では初めてメディアがCD-ROMとなったが,あえてストリーミングの楽曲は使わず,すべて内蔵音源にして,プレイ中は瞬時にデータを読んで,音の遅れを一切なくしている。
そういった方向性で作っていたことがあり,面接では2人に対して,普通に音を録って鳴らすわけではないということ忠告したというのだ。入社した両氏もそのことには驚いていて,実際に「FFVII」の全曲の容量は300KB以内に収まっていたそうである。
植松氏は,「サンプリングした付近の音色は美味しくて使いやすいけど,あえてオクターブを違うところにすると突拍子もない音になるので,逆にそれを積極的に利用して面白い音にした」と,当時ならではの音の作り方を語る。サウンドプログラマーの赤尾 実氏が作ったドライバーの完成度が高かったこともあり,小さい容量でたくさんの音を表現することができたそうだ。
楽曲がゲームの中で流れることに強いこだわりがある植松氏は,例えばゲーム中で次の曲が流れるときに前の曲が終わってしまうことが気に入らず,フィールドから街に入るときには,フィールドの曲の音量が絞られていく間に,街の曲が流れ始めるというクロスフェードの技術を赤尾氏の協力を得て導入している。当時は,ほかの社員がいない早朝に出社して,赤尾氏とともに色々と地味な努力を重ねていたということも明かした。
伊勢氏が初めて植松氏と仕事をしたのは,ハワイに開発スタジオがあったときで,そのときの思い出も語られた。
その当時は河盛氏もハワイにいて,「ファイナルファンタジーVIII」を担当することは,じゃんけんで決まったのだとか。また,ハワイは車社会なので,全員が車を買ったが,伊勢氏がハイウェイでガス欠になって立ち往生し,通りがかった高級車の車載電話を借りて,河盛氏にガソリンを持ってきてもらったというハプニングもあったという。3人でホノルルマラソンに挑戦したこともあるそうだ。
続いて,お互いの印象についてのトークに展開。河盛氏は植松氏について「意外な一面がない」と述べ,コンサートなどの壇上で話しているときと,普段会社で話しているときでほとんど変わらないと語り,伊勢氏も「植松さんは裏表がない」と同意する。「壇上で何かいいことを言うために,(自分を)作っているところはあるんですか?」と尋ねると,「話す内容は箇条書きで書いておく」と植松氏は返答。コンサートはMCの時間がまちまちなので,箇条書きにした話の中から決めるそうだ。ちなみにコンサートに出演するときは,壇上に上がるまでは吐きそうになるぐらい緊張するが,上がってしまえば平気だと答えている。
一方の植松氏から見た2人の印象については,「河盛はどこまでも優しく,伊勢は存在だけで場を和ませる天才」と評している。
河盛氏が優しいことについては,伊勢氏も「河盛さんがいなければ,僕は生きていなかった(笑)」と述べ,その優しさは心配になるほどだという。穏やかでやるべきことは淡々とやる性格で,自身も「ほかに何もできないから,できることだけを淡々とやる」と語っている。伊勢氏は「河盛さんは自分にずぼらなんだと思う」と,植松氏も自分が言った言葉のようにその言葉を繰り返して同意した。
また,伊勢氏については,植松氏いわく,笑顔が周りを明るくする存在で,「不安を吹き飛ばす笑顔だよね。それは君の持って生まれた才能だよ」と讃え,「恐縮です」と笑顔で返した。
河盛氏は現在,ゲームにおける音楽のディレクションを業務としていて,植松氏は「そういう仕事って昔から必要だと思っていた」と語る。以前は作られた音楽を指定して流すだけだったが,その曲がそのシーンで本当に流れるべきなのか,それがどのぐらいの音量で流れるのかといった,ゲームの全体を通して客観的に音を付けられる人が必要だということをずっと感じていたという。河盛氏もそのことは常に意識していて,開発者の要望を汲みつつ,作品を俯瞰で見て効果的に曲を配置することは重要だと思っていると語った。
一方の伊勢氏は,それに対し音楽を鳴らすための仕組みや,インタラクティブな部分をどう実現するかを,河盛氏と相談しながら作っていると述べた。そういった仕事をしている中で,植松氏ともう一度仕事をしたいということを話すと,「俺はもうゲームやらないもん(笑)」と答え,2人を残念がらせた。
植松氏は,「実はこれは誤解で……というより,俺が誤解されるように言っちゃってるんだけど」と前置きし,「今はこれまで作ってきた曲を,自分なりの解釈で出したい」と述べる。これまではバンドやオーケストラでやってきたが,そのときはどこかに必ず逃げ場があったので,そろそろ腹をくくって自分の音楽を自分で責任を持って表現しようと思い,ソロでやることを決めたというのだ。
1人でやって一体どんなライブができるのかをここ1〜2年で模索し,「もしかしたらそこからゲームに戻りたくなるかもしれない」と静かに語り,河盛氏と伊勢氏と「気が向いたら,そのときはぜひよろしくお願いします」と頭を下げ,トークは締めくくられた。
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