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[TGS 2021]急激な注目を集める「メタバース」とは何か? その現状と未来を語る
登壇したのはShiftall代表取締役CEOの岩佐琢磨氏と,ピクシブ VRoidプロジェクト マーケティング・PRマネージャーの伊藤彰宏(itopoid)氏,そしてVR空間アーティスト・飯テロモデラーのイカめし氏。モデレーターは日経BP 日経クロステック記者の東 将大氏である。
・岩佐琢磨氏
ShiftallはもともとIoTを専門にする会社だったが,去年の春頃から岩佐氏が「VRChat」にハマり,そこから事業としてもVRへと没入していった。最近では事業全体の半分程度がVR関連とのこと。現在は安価なフルボディトラッキングシステムであるHaritoraXを販売中(ちなみにモデレーターの東氏もHaritoraXを使っているそうだ)。
・伊藤彰宏(itopoid)氏
Pixivの中でも主にVRoidプロジェクトに従事しており,マーケティングから開発まで幅広く携わっている。VRoidは長らくβ版だったが,この秋に正式版としてリリースされる予定。
・イカめし氏
「3Dモデルを販売したり飯テロをしたりしている」クリエイター。3Dモデル制作は独学で3年程度とのこと。Boothだけでも100件近くのモデルを販売しており,アバター以外の小物やインテリアなどの作品が多いのが特徴。また「飯テロ」が物語るように,おいしそうな飲食物のモデルで有名。なお,本パネルディスカッションでは途中からの参加となる。
メタバースとは?
最初のテーマとして挙がったのは,「メタバースとは何か?」だ。
今年に入り,Epic GamesやFacebook,国内ではGREEといった企業がメタバースに対し大規模な投資や資金調達を行っている。またGDCやSIGGRAPHといった場でもメタバースがテーマとなることが増え,世界的な注目を浴びていると東氏は指摘した。
これまでは「Fortnite」や「ROBLOX」のようなコミュニケーション要素の強いゲームがSNS的な機能を持つといった形で広がってきたメタバース概念だが,注目が高まるにつれて「そもそもメタバースとは何なのか」という定義論も活発化している。
この定義問題に対し,岩佐氏は「大前提としてメタバースは目標であって,まだ存在しない」とした。目標にされているメタバースの具体的な姿は,「『ソードアート・オンライン』や『レディ・プレイヤー1』のような,“向こう側”と現実世界の境目がなく,“向こう側”で生活できてしまうもの」であり,確かにそのようなサービスは現状では存在しない。
そのうえで岩佐氏は「社会性」がキーワードとなると指摘。バーチャルという言葉には本来「デジタルで再構成された」という意味があるが,このデジタル空間の中に社会性があることが,メタバースのポイントだというわけだ。
社会性と言うといささか漠然としているが,岩佐氏はこれを「複数の人がいて,社会活動をしている」場と定義する。銃を撃って敵を倒す,食事をする,恋愛する,おしゃべりをする,物を作って誰かに売るといったさまざまな行動が,「誰か別の人」と一緒に構成されているのが,社会性を備えたバーチャル空間なのである。
一方,我々の肉体は現実空間にあるわけで,たとえ仮想世界があっても一定レベルで現実に依存するのは変わらない。そのため,現実と仮想空間の切り離し,ないし融合には一定の困難がつきまとうのではないか,という指摘は当然あり得る。
この点について,岩佐氏は「匿名でTwitterアカウントを運用しているような感覚」と同じようなものであると答えた。Twitterのアカウント上での人格は,リアルの人格と異なることも多い。そしてその異なる人格を両立させている人は,すでに多数存在する。
伊藤氏は「SNSに限らず,現実世界でもそのような複数人格の使い分けは行われている」と指摘。恋人の前で話すとき,両親を相手に話すとき,会社で話をするときでは,どう呼ばれるかも違えば,話の仕方も変わる(いわばそれぞれに対応した,別々のプロトコルがある)。1人の人間が複数のコミュニケーション・プロトコルを持つのはむしろ普通のことであり,そこにメタバースにおけるプロトコルが増えたからといって特別に怖がる必要はない,というわけだ。
そのうえで伊藤氏は,メタバース的なものが持つ特徴として「そこに3Dの空間がある」ことを指摘する。
従来,インターネットが発達していく中でポイントになったのは,合理化と単純化だった。ユーザーが接する情報群はハイパーリンクで相互に接続され,クリック1つで次の情報群にアクセスできるというのがインターネットサービスの基本的な構造だ。
ところがメタバースでは,A地点からB地点に移動するまでの空間が存在する。これにより,移動中に広告を出すといったことから,移動そのものを楽しむといった方向性まで,新たな可能性が生まれる。またEコマースにしても,ショッピングモール的なものを提供することが可能となる。
このように「ちょっと冗長で,広すぎる空間」が提供され,そこに人が集まることにって新たな消費のチャンスが生まれ,ビジネスになっていく。その未来予想図に対して,多くの企業が期待感を持っているのが現状であり,決してアーリーアダプターがワクワクしているだけではない,と伊藤氏は語った。
事実,インターネットは新しいフィールドを生み出し,人々がそこに新たな欲望を見出したことで,需要と消費が生まれてきたという経緯がある。メタバースはその「新しいフィールド」というわけだ。
既存のSNSからは見えない,市場の広がり
さて,新しい(そして未来の)フィールドとしてメタバースが注目されているとはいえ,現状(つまり「やがてメタバースへとつながっていくサービス」)においては,どのような欲望が生まれ,どの程度の規模の消費が発生しているのだろうか。
その中でも1つのポイントとなるアバターについて,伊藤氏は「新しい社会の広がりは,すでに数字で見える段階に達している」と指摘する。
まず,3Dアバターの持つ価値は,必ずしもVR空間と結合されるものではないと伊藤氏は語った。アバターは「コミュニティへの,分かりやすい通行手形」でもあり,VRChatなどで実際に使われるためだけに需要が発生しているわけではないのだ。
3Dのアバターは,まず「身体を持っている」ということそのものがキーポイントとなっている。ゲームのように,それを用いて戦ったりするわけではないが,身体や髪,服装,モーション,あるいは「そういうものを作ってみた」ということ自体が遊びとなり,会話の発端となっている。その結果,何かを作って楽しんでいる人に注目が集まり,制作物がBoothといったサービスを介して売れていくという。
またVRoidに限ってみても,そのユーザーはアメリカやブラジル,ドイツといった世界各地に広がっているそうだ(これに伴いアバターの販売数も急激に増えている)。一方で,VRoidで作られたアバターの活用シーンはDiscord内部であったりVRChat内部であったりするため,一般的なSNSからは見えてこないというのも事実である。
伊藤氏が語った「何かを作って楽しんでいる人に注目が集まる」という点について,岩佐氏は「何かを作って提供することは,社会というものの中心にある」と指摘する。物体からサービスまで,さまざまなモノが行き交う中で社会が成立しているというわけだ。
それゆえ,岩佐氏は「プラットフォーマーがユーザーにコンテンツを一方的に提供するだけでは,そこに社会があるとは言えない」とする。事実,メタバースに投資している企業はどこも「ユーザーにコンテンツを作ってもらう」方向に動いており,VRChatにおいてもそれは顕著だ。FortniteやROBLOXといったゲームもまた,メタバースと結び付けられることが多いが,実際にはゲームの範囲に留まらず,その枠を越えていくプラットフォームが増えているのが現状であるという。
では現在,実際に「何かを作って楽しんでいる」人は,どれくらい稼げているのだろうか? 生臭い話になるが,「やりがいだけでは食べていけない」のだ。
というわけで,ZOOMで登壇したのがイカめし氏である。イカめし氏はBoothを中心として3Dモデルを販売しているが,「Boothだけでも生活できるくらいには稼げているので,本当にありがたいこと」と語った。
また現状における3Dモデルの売り上げの特徴として,以下のような点が指摘された。
・売れ方に継続性がある:新作を発表した直後にそれだけが売れて,すぐにまったく売れなくなるというのではなく,さまざまなモデルが継続的に売れていく
・成長産業である:売り上げは着実に右肩上がりで伸びている
・アバター以外のものもよく売れる:VRChatのワールドのために,小物もよく売れる。またVTuberが購入して番組で使ったり,Unity Asset Storeのようにゲーム内の小物として使われたりすることもある
・言語依存性が低い:購入するのが日本人ユーザーだけに留まらない。売り手も買い手もグローバルに存在するため,グローバル・ニッチもつかみやすい。イカめし氏が作る「焼き肉の肉」は確かにニッチなモデルだが,グローバルで見れば十分な数の顧客が付く
これからの「メタバース」
パネルディスカッションの最後に,これからのメタバースについての見解が語られた。
イカめし氏は,「携帯電話やスマートフォンが当たり前になっていったように,VR空間もそうなっていくのでは」と指摘。VR空間で生活するといった生活様式が生まれれば,そこに自分の身体や家が欲しくなり,今よりももっと盛り上がっていくのではないか,と語った。
モデレーターの東氏から,とくに「これからの課題」について問われた岩佐氏と伊藤氏は,それぞれ以下のような点を課題として示した。
岩佐氏
・課題は山盛りで,混沌とした状態だが希望や期待は非常に高い
・イメージとしては1998年頃のインターネットが持っていた空気感に近い
・現状ではVR SNSが最もメタバースに近いが,最も手軽なOculus Quest 2でも,まだ重いうえにバッテリーが長時間持たないなど,課題が多い
・ただし,ハードウェア的な問題は時間が解決するだろう
伊藤氏
・プレゼンテーションが最大の課題
・どうしても「現実そのままの世界がVR空間で体験できるのがメタバース」という思い込みがあり,これが問題になり得る。メタバースは必ずしも,そういうメディアではない
・あらゆるメディアには,得意なこともあれば,苦手なこともある。それらを理解したうえでどう活用するかを考えることが,提供側とユーザーの良い関係を作っていくだろう
また2022年の展望として,岩佐氏は「間口を広げるのは大手の仕事と考え,Shiftallでは“ファン度80”な人を,“ファン度100”に高めていくことを目指す」と語った。
一方,伊藤氏はVRoidの正式リリースを前に「正式版となるVRoidをより良いものにすると共に,とっつきやすさを増したい。VRoidのユーザーには10代の若いクリエイターも多く,そういう人達により楽しい3D創作のツールを提供したい。またVRoid SDKを通じてインディーズゲーム制作者にも活用してもらえるようにしていきたい」と話していた。
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