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[NDC21]グラフィックスが重視される中,ゲームの本質を表現する。テキストベースローグライク「ソウル2033」の軌跡
「ソウル2033」は2018年に配信されたモバイル用ローグライク・アドベンチャーゲームだ。核で崩壊したソウルを舞台に,主人公が家族の仇を討つべく旅を続ける。ゲームブックのようにテキストを主体としたスタイルと,ランダムで起こるさまざまなイベントが相互作用するシステム,「体力」「メンタル」「金」というパラメータを管理しつつ進めるリソース管理ゲーム的な側面,プレイヤーの選択次第で主人公が英雄や悪党になるなど複数の結末がある物語といった要素が口コミで話題となった。さまざまな拡張パックやオンライン要素が追加され,カードゲーム版のクラウドファンディングも進んでいる。
そんな「ソウル2033」を制作したのが,Banjiha Gamesのリー・ユウォン氏である。小学校5年生の頃からFlashでゲームを作っていた氏は,大学2年生の時に仲間たちとBanjiha Gamesを設立。2016年には,合コンの席で自分の経歴をでっち上げつつ会話を続ける「虚言症合コン!」を配信し,30万ダウンロードを越えるヒットになったという。
ゲーム開発を職業とするため,「クリックでゴキブリを増やしていくゲーム」「高校バスケ部を育成するゲーム」といった次回作を構想していたリー氏だが,美術館である作品を見たことから,テキストベースのゲームを考えついたそうだ。
それは「空のフィルムを映写機に掛け,壁に空白(ノイズ)を映写する」という作品と,ここからインスピレーションを受けた「ジョイスティックやボタンを操作すると,画面に表示されたグラフィックスがノイズ的に変化するが,意味のあるゲームにはなっていない」という作品だったという。どちらも無意味な映像が受け手にさまざまな解釈をさせるもので,ここからリー氏は「ゲームの本質がグラフィックスでないなら,すべてがテキストで表現されたゲームはどうだろう?」と考えたのだ。
こうして「ソウル2033」の特徴であるテキストベースのスタイルが生まれ,Flashでテスト版が作られた。もともとはゲーム開発の合間で進められたお遊び(トイ)プロジェクトであったものの,テストプレイした友人たちの反応が良かったことから,本格的な開発がスタートしたという。
物語の方向性を決めるにあたり,キーワードになったのは「ポストアポカリプス」と「拡張性」だ。テキストベースのゲームというと,たくさんの言葉で情景を描写するものを想像してしまう。しかしリー氏は,大量の描写でプレイヤーを飽きさせるより,最小限の描写でプレイヤーの想像力を刺激するという方向性を考えた。
そして,少ない言葉で世界を描写してプレイヤーに感情移入させるため,現代の日常と繋がりがあるポストアポカリプス世界で,プレイヤー自身である主人公が家族の仇を討つべく旅するという物語となった。
プレイ中はさまざまなイベントがシャッフルされてランダムに発生するが,お互いが影響を与えることもある。例えば「スポーツジムに閉じ込められる」というイベントが起きても,事前に「裏通りでネズミに出会う」イベントに遭遇し,ネズミを飼い慣らすことに成功していれば,ネズミの鋭い歯で鍵を壊せるといった具合だ。
この独特のスタイルは,「正解の選択肢を選んだ時にのみ先へ進める」方式ではプレイヤーの介入度が少なく,「選択肢に応じて物語がどんどん分岐する」方式だと開発に労力がかかりすぎるということで策定されたもの。ランダムに選ばれるイベントとプレイヤーの選択次第で物語も変化するようになっており,ユーザーの口コミを広げることにも役立っている。
例えば,「巨大な猫を退治して欲しい」と頼まれるイベントには「猫を銃で殺す」だけでなく「猫を飼い慣らして共存する」結末も存在するといった具合で,ユーザーは自分だけの物語を体験でき,他者と語り合って盛り上がるというわけだ。
さまざまな結末があることを示唆するための実績(トロフィー)も初期から実装しており,アップデートで物語が追加された今では369個も存在しているそうだ。ゲーム中には情景を描写する1枚絵が挟まれることもあるが,こちらも想像力を刺激するため,紙の本の挿絵的なものとしたというから徹底している。
拡張性については,シナリオの消費速度が早いことを考慮し,どんなエピソードも追加できるような世界設定としたうえで,シナリオライターが物語を組み込む際に開発者の手を煩わせることのないようJSONが選ばれた。現在ではテキストファイルを直接ゲームに組み込む仕組みも作られており,他作品の開発にも役立っているそうだ。
こうして作られた「ソウル2033」だが,お遊びプロジェクトだけに開発期間は2か月ほどであったそうだ。いざ配信するという時も,ノートパソコンを家に忘れてしまったため,急遽インターネットカフェから発売のボタンを押すことになったという。
配信後はゲーム配信者が取り上げたことからプレイヤーも増えたものの,自らサイトを作る余裕がなかったため,カカオトークでプレイヤーと直接交流したり,ファンアートを奨励するといったコミュニティ活動を展開した。
中でもユニークな取り組みが,“語り部”(シナリオライター)の公募だ。Banjiha Gamesとしてはゲームへの理解度が高い人材をスタッフとして確保でき,プレイヤーは好きなゲームの開発に参画できるというWin-Winの関係が成立し,公募で採用されたスタッフは,Banjiha Gamesが作るほかのゲームの開発に参加しているという。
こうしたコミュニティはマーケティングにも役立っている。攻略を追求する者,ストーリーを重視する者などプレイヤーの嗜好もさまざまだが,拡張パックを出す度にコミュニティの反応をチェックし,次に活かしたという。
ゲームシステムが独特だったため,ビジネスモデルに関しても,拡張パックやUIのスキンを販売するといった手法を編み出さなければならなかった。
そのための施策で大きな成果を挙げたのが「語り部の練習場」だ。反応をチェックしたいシナリオやシステムを先んじて実装し,プレイヤーからクッキー(広告を見たり,クエストをクリアすると手に入る,一種のゲーム内マネー)の投票が集まると正式に発売されるという形式になっている。
こうして作られた「ソウル2033」は,テキスト主体であるため読み上げ機能でプレイできることから視覚障害者にも受け入れられたり,スピンオフ作品が作られ,対戦カードゲームのクラウドファンディングが好評を博したりと,その世界は広がっている。一方で,テキストが非常に多くなったためローカライズが難しいといった課題も存在しているという。
最後に氏は「新たなジャンルを作る困難もあったが,創作や開拓の楽しさもあった。自分が愛する自分だけのゲームを作ってほしい」と講演を締めくくった。
グッズ類も販売されている |
カードゲームのクラウドファンディングも好調とのことだ |
スマートフォンアプリもグラフィックスの高度化が求められる中,想像力を刺激するテキストとユニークなシステムでムーブメントを起こした「ソウル2033」は,ゲーム作りの奥深さを感じさせてくれる事例といえるだろう。テキスト量の問題からローカライズが難しいという事情を承知で,日本語版が見てみたいと思える講演だった。
「2021 Nexon Developers Conference」公式サイト
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