業界動向
中国のApp Storeから,版号(ライセンス)を持たない数千本のアプリが削除か
South China Morning Postの記事によれば,アップルは2020年7月から,数千本にもおよぶ版号(ライセンス)なしのゲームを,中国App Storeから削除するようだ。
・この変更が有効になってから,中国のApp Storeでライセンスを持たないゲームがすべて削除されるまでに,どのくらいの時間がかかるかは公表されていない
アップルのこの動きは,「中国当局から版号が発行されるまでの期間は,中国のApp Storeでモバイルゲームを公開できる」という今までの暗黙の慣習に終わりを告げることになる。来月から,中国当局から承認されていない数千にもおよぶモバイルゲームは,中国App Storeから削除されるのだ。ロックスター・ゲームスのような会社がいままでずっと頼ってきた中国ゲームマーケットの抜け穴が,いよいよ封じられることになる。
GTAのような,残酷な暴力描写が特徴で中国審査を絶対に通りそうもないゲームも,これまでは中国国内でApp Storeを通じて遊べていた。中国当局としては2016年から,アプリそのものが有料またはアプリ内課金があるすべてのゲームは,審査のための資料を当局に提供し,公開前にライセンスを取得する必要があるとしているが,この施策が強制的に実施されているのは,主にAndroidアプリストアだけだった。中国本土にはGoogle Playがないので,数十ほどあるAndroidアプリストアはすべて中国国内企業のサービスであって政府によって管理されているが,Appleは海外企業であるゆえに,管理を免れていたのだ。
だが,ついにそこも閉ざされる。いままでは「政府黙認」であったわけだが,ついに規制の手が及ぶこととなった(これと似たような事例でSteamがあるが,中国版Steamが出来た今となっては,インターナショナル版がいつまで政府から黙認されるかは不明だ)。
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過去に,何度も何度も中国当局の取り締まりの対象となったアップルが,応用宝(テンセント)や华为(ファーウェイ),OPPO,360手机助手のような,中国のほかのAndroidアプリストアほど迅速に動いていない理由はよく分かっていない。
しかし匿名の関係者によると,アップルは2020年2月ごろに,「6月30日までにタイトルライセンスを取得すべし」という内容を中国のiOS開発者に向けて通知したようだ。2016年6月の政策発表後にはすでにそのような要求が飛んでいたとの情報もあり,5年近くにわたる長期間のあやふやな状態に対して,ついにアップルはメーカーに「ライセンスを取得しないとApp Storeから削除される期限」を明示したわけだ。
版号を持たないアプリを流していたメーカーは,米国に次ぐ世界第2位の市場である中国から突然,すべてのアプリ収益を失うことになる。
2019年に,アップルのApp Storeを経由して販売されたデジタル商品やサービスの総売上は,約610億ドル(約6.5兆円)※。そのうち約5分の1は中国市場からの売り上げであり,いまや中国は米国に次ぐ世界屈指の市場となっている。そしてアップルは、これらの取引のほとんどすべてから30%の手数料を取っている。(610億×20%)×30%=36.6億ドル(約3901億円) が,アップルが2019年に中国市場から得た手数料だ。
とはいえ,中国においてかつてほどのブランド力がないアップルは,iPhoneのシェア低下にはとても苦しんでおり,余計にiOSアプリ――とりわけゲーム――の莫大な売り上げは,アップルにとって重要な収益源となっているはずだ。いままで,曖昧でお粗末な手段で逃げてきたアップルも,重い腰をあげざるを得なくなったということだろう。
※2020年6月24日のレート,1ドル=106.59円で計算している
外部サイト:Apple、App Store経済圏を通じて、2019年には5000億ドル以上の規模の経済活動を促進
中国以外の企業に,中国市場向けのローカライズおよびパブリッシング業務を提供しているAppInChinaの推計によると,中国のApp Storeでは,有料スマホゲームまたはゲーム内購入ありのスマホゲームが,合計約6万本ほどリリースされている。そしてそのうち少なくとも3分の1が,ライセンスを持っていない。
AppInChinaの最高経営責任者Rich Bishop氏によれば,彼の会社にはこの1週間で,通常時の3倍にもおよぶ版号申請に関する問い合わせが来ているという。
今回のアップルの動向から考えるに,中国当局がゲームをさらなる縮小方向へとシフトさせようとする意図が見える。未成年者のゲーム中毒問題や,攻撃的なコンテンツの氾濫などの懸念を理由に,中国当局は2018年の一時版号発行中止以来,以前よりも厳しく,今までより遅いペースの審査プロセスを採用した。年齢別の「ゲーム適齢提示」も,ゲームを管轄する省庁が変わったことも,そういう方向性へのシフトの一環だといえるだろう。
関連記事:中国の「ゲーム適齢提示」の全貌。4種類に分けられた年齢層の,それぞれにおいて許されること,許されないこと
テンセントやネットイースなどの超大手ゲームメーカーであれば十分なキャッシュを持ち,当局の審査要求に対応して内容を調整してそれに適応もできるだろうが,中小のデベロッパやパブリッシャには当然そんなリソースはない。多くの中小メーカーは,似たようなゲームシステムと似たようなキャラクターとロゴで,同じ版号を複数ゲームに当て込んでいくという抜け道を使っているが,もちろん当局もこれには気付いており,そうならないよう厳しく管理している。
海外制作のゲームにおいてはさらに厳しく,App Storeの「ループホール」(抜け穴:海外ストアでゲームをリリースしてから中国ストアへと変更すると版号が要求されない)はごく一般的に使われている抜け道だった。かの有名な,伝染病拡散シミュレーションゲーム「Plague Inc.」(邦題:Plague Inc. - 伝染病株式会社)は,Covid-19によるロックダウンが中国で実施された数週間で,中国iOS App Storeのダウンロードランキングのトップに立ち,しばらく居続けたが,ライセンスのないこのゲームはその後まもなく削除された。デベロッパによると,削除の理由は「違法なコンテンツが含まれている」とのことだった。
中国国内でがんばる小規模なゲーム開発者に残された選択肢は、収益モデルをアプリ内広告に切り替えるか(注:このマネタイズ方式は承認プロセスの対象外なのだ),あるいはある程度の自主性を放棄してテンセントのような大手パブリッシャーと提携してライセンスを取得するか,そのどちらかだろうか。しかし,どちらも魅力的な選択とは言い難いが。
外部サイト:Apple will remove thousands of unlicensed iPhone games in China from next month
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