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[GDC2019]「食べられるボードゲーム」が示す,制約を利用してゲームを作る方法。あるいは制約の本質に迫る具体的な手段
というわけで,Board Game Design Dayの講演のなかでも極端に異彩を放った「Edible Tabletop Games: Using Constrainrs To Innovate」の内容をお届けしたい。講演のタイトルをざっくり訳せば「食べられるボードゲーム:制約をイノベーションに変える」となるだろうか。
「食べられるゲーム」の開発者
登壇したInquisimentのJenn Sandercock氏は,ボードゲームデザイナーであると同時に,PCゲームデザインにも関与する人物だ。代表的な作品としては「L.A.Noire」や「Gardens of Time」など,日本でも多くのプレイヤーに楽しまれているタイトルが挙げられる。
冒頭,Sandercock氏は「私は境界を広げることが好きだ」と語った。そして「自分から制約を定義していくことで,境界がどこにあるのかを把握し,それと同時にその境界のどこを・どれくらい広げられるのかが分かる」と述べた。
そのうえで,既存のボードゲームを示し,「これらは素晴らしいゲームだが,『制約』としてカードやダイスが使われているという点で,どれも似たゲームであるとも言える」と指摘し,まったく別の制約を使ってゲームを作れば,まったく異なるゲームができるのではないか,と語った。
ゲーマーの視点から見て,カードやダイス以外を制約としたボードゲームはいくつか思いつく。講演ではiPadと各種のガジェットを用いたバランスゲーム「Beasts of Balance」,ランプを使った「LarkLamp」,マーブルディスペンサーを使った「Potion Explosion」,スマートスピーカーを使った「When In Rome」が例として示されたが,いわゆるアクション系のゲームやバランス系のゲームが好きな人なら,これ以外にもさまざまなゲームが思い浮かぶだろう。
そんな中,Sandercock氏が持ち出した新しい制約の新しいゲームは,「焼き菓子」と「ゲーム」を組み合わせた「食べられるゲーム」だ。制約は「ゲームのコアメカニズムとして『食べる』ことが含まれねばならない」となる。
ちなみにSandercock氏は,すでにこうした「食べられるゲーム」を多数開発しており,そのレシピブックはKickstarterでプレオーダーできる。つまりこの講演は,「こういうこともできる」という仮定の話ではなく,「こういうことができた」という報告であるのだ。
「制約」を分析し,利用する
ここでSandercock氏は,「制約とは何か?」というところに踏み込んだ。
氏が定義する「制約」は,以下の5点にまとめられる。
- 満たさねばならない条件
- (一般的には)開発の前段階で定義される
- 挑戦的であり得るが,単純でもあり得る
- 制約を選択できることがある
- 他者から押し付けられる制約もある
こうした制約を活かして新しいゲームを作るには,以下の3つのステップを踏むことになる。
(1)制約を見つける
(2)制約を適用する
(3)制約を加えたり,減らしたりする
各ステップをざっくりと見てみよう。
(1)制約を見つける
Sandercock氏はゲーム制作における制約として,6つのジャンルがあると指摘した。それぞれのジャンルで発生する疑問を,簡単にまとめてみよう。
・財政的制約:
原価の上限。市販しなくてはならないのか。完成させるためのコスト(作り手と購入者の双方で異なるコストになり得る)。誰が買うのか。開発の規模。
・美術的制約:
どんな形にするのか。アーティストを雇う必要があるのか。アーティストにどれくらい要求するのか。
・テーマとストーリー:
ゲームの舞台。背景ストーリーの有無。プレイヤーは誰(ないし何)をプレイするのか。プレイヤーに何を感じてほしいのか。ゲームの雰囲気。自分一人で作るのか。
・身体的制約:
遊ぶ側にどんな能力を求めるのか(カードゲームであれば,多くの場合「カードが使える」というのが「遊ぶ側に求める能力」になる。一方,微細な色の区別が必要なゲームは,色覚に問題を持つ人にとって困難だ)。対象年齢や適正人数。ゲームの難度。類似のゲームを遊んだ経験の有無。「食べられるゲーム」であれば,ベジタリアン対応の有無。
・ゲームメカニズムと勝利条件:
そのゲームでプレイヤーは何をするのか。プレイヤーの目標。協力型か競争型か。もう一度プレイできるか。ゲームのプレイ時間。ルールはルールブックでのみ提供されるのか(スマートスピーカーやタブレットなどの利用があり得る)。
・物理・技術的制約:
利用するプラットフォーム。ゲームが遊ばれる空間。大量生産するのか。用いる技術は何か。箱の中に入れるべきコンポーネント。多くの人が家に置いてあるものを利用するか(ペンや紙など)。コンポーネントに何を使うか。
なおこの6つ以外にSandercock氏は,「ゲームの基本的な制約」として「友情,興味,挑戦」を掲げたが,これについては過去の講演で詳述されているため,今回の講演では省略された。
これらの制約には「開発者にとっての制約」と「プレイヤーにとっての制約」がある。実際は,複数の制約を組み合わせて使うことになるが,すでにほかのゲームがある制約の組み合わせでうまくやっている場合,同じ組み合わせでチャレンジするとクローンが生まれる可能性が高い。
また,「制約を組み合わせる」というのは,2つや3つの組み合わせではない。それぞれのカテゴリの中に存在する複数の制約を,いくつも組み合わせることになる。例えば「食べられるゲーム」であれば,
- プレイ中に食べること(ゲームメカニズムと勝利条件)
- 食べ物でできていること(物理・技術的制約)
- ゲームを遊んだ結果体調を崩さないこと(物理・技術的制約)
- 家庭で作れること(物理・技術的制約)
- レシピ本で説明できること(物理・技術的制約)
- 特殊な食材や調理器具を多く使わないこと(財政的制約)
- 唾液をシェアしてしまわないこと(身体的制約) 以上の7つが「制約」となる。
(2)制約を適用する
制約をどう適用していくかにあたっては,制約=特徴として考えるほうが良いとSandercock氏は指摘した。そのうえで,具体的にどう考えて,どう試行錯誤していけばよいかを,実例で見てみよう。例として挙げられたのは,「Roll for Flavor」という食べられるゲームだ。
まず最初に,Sandercock氏は「1週間に1つゲームのアイデアをスケッチする」ことによって蓄積されたアイデアの中から,「ディナーボードゲーム」を作ることにした。これは,ランダムに決めた食材を使ってディナーを作り,飲み物も同様の方法で作るというものだが,このままでは野放図なゲームになってしまう。
そこで,まずは「クッキーを焼くゲーム」に縮小することにした。ゲームの骨格は同じだが,クッキーの材料をランダムに決めることにしたわけだ。
だが,ここにはいくつも問題があった。なにせ量ができてしまうので「お残し」が出やすいし,クッキーを焼く間の調理時間が長いダウンタイムになる。ゲーム要素として取り込んだミニゲームは散漫でテーマと合致せず,なによりも「ゲーム中に食べる必要がない」という問題があった。
かくしてSandercock氏はここで,制約をさらに足すことにした。それは……
- ゲームを通じて,食べ物をカスタマイズする
- お残しが多くならないようにする
- 美味しいものができなくてはならない
これらを踏まえ,フレーバーにより多くの選択肢がある「カップケーキ」が選ばれた。クッキーは2種類のフレーバーが精一杯だが,カップケーキなら3種までいけるという判断だ(もちろん,反論はあるだろうが)。
それでもなお,問題は残った。フレーバーを選ぶといっても,それをどうやって選ばせればいいのか。また,相変わらずゲーム要素が浮いた状態になっている。そして何より,チョコレートが強すぎる。
最後の問題は直感的ではない部分があるが,実際に「好きなフレーバー3種類を選ぶ」というルールにすると,多くのプレイヤーはチョコレートを3回選ぶという。確かに無難で間違いのない選択だし,チョコレートが好きな人も多い。
かくして,さまざまな食事をテーマとしたゲームを遊んだSandercock氏は,1つの解決に行き着いたという。
それは,6種類のフレーバーがスプーンで提供され,どのスプーンを使うかダイスで決めるというルールだ。また,選ばれたスプーンは必ず1回舐めねばならず,スプーンの中には「ワサビ」が混じっている。このためプレイは刺激的なものになり得る。
また,食材はスプーンで提供されるため,食べ残しはぐっと減る。作られるカップケーキは各プレイヤーにつき1個だけだ。そして,6つのフレーバーを適切に設定すれば,絶対に食べられないものも発生しない(「ワサビフレーバーのカップケーキは美味しい」のが大前提だが)。加えて,「ゲーム中に食べる」という部分もクリアされている。
(3)制約を加えたり減らしたりする
上の例では制約が追加されていたが,もちろん,制約を減らしたり変更したりすることもあり得る。
例えば列車の中でゲームを開発する「トレインゲームジャム」で「食べられるゲーム」が開発されたときは,「家庭で作れること」という制約は「いま手持ちの食材で,列車の中で作れること」に変更された。
あるいは人狼型のゲームとして考えられた「Patisserie Code」は,プレイタイムの長さがどうしてもギスギス感を増幅するため,「人狼型のゲームであること」が制約から外された。その代わり,協力型の脱出ゲームとして完成している。
ちなみに,このように制約の提供や調整において,「既存のゲームがすでにうまくやっている方法」を使ってしまうと,やはりクローンができやすいとSandercock氏は指摘した。
Sandercock氏からの挑戦状
最後に「練習問題」的にさまざまな制約のマッシュアップが提示されたので,いくつか興味深いものを紹介しよう。
・デッキ構築ゲーム+カードを使わない
・一人用ゲーム+人狼型のゲーム
・コンポーネントが美しいゲーム+コンポーネントを破壊する必要のあるゲーム
・プレイのたびに1000ドル必要になるゲーム+富裕層向けのゲーム+寄付を強制するゲーム
・ゲーム制作者の死後,法定相続人がプレイするゲーム+プレイヤーがゲーム制作者をどれくらいよく知っているかを証明できるゲーム+遺書に示された物品を勝者が獲得できるゲーム
いずれもデザイナーの挑戦意欲を煽る組み合わせではないだろうか。
最後にSandercock氏は「制約はそのゲームのセールスポイントであり,そのゲームの限界ではない」と指摘して講演を終えた。世間ではしばしば「制約が良いクリエーションを生む」という言葉(ないしイメージ)が流れているが,「制約をクリエーションに結びつける具体的な方法」をきっちりと詰めてみせたSandercock氏の講演は,同時に「どう考えても有害な制約」を浮き彫りにするヒントにもなり得るだろう。
そしてまた,このような(一見すると奇抜だが)地道かつ実践的な努力は,今後のゲーム産業においてより大きな意味を持ってくるのではないか――そんなことを感じさせられる講演だった。
GDC 2019公式サイト
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