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【Jerry Chu】ゲーマーとゲーム開発者はどのように向き合うべきか
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印刷2019/01/29 12:00

連載

【Jerry Chu】ゲーマーとゲーム開発者はどのように向き合うべきか

Jerry Chu /  香港出身,現在は“とあるゲーム会社”の新人プログラマー

画像集 No.001のサムネイル画像 / 【Jerry Chu】ゲーマーとゲーム開発者はどのように向き合うべきか

Jerry Chu「ゲームを知る掘る語る」

Twitter:@akemi_cyan


ゲーマーとゲーム開発者はどのように向き合うべきか


 新しい年を迎えてもなお,筆者の記憶に残っている昨年の出来事がある。

 2018年7月,「Guild Wars 2」のナラティブデザイナーであるJessica Price氏は個人のTwitterアカウントで,MMORPGにおけるキャラクターのセリフを作成する際の難しさをつぶやいた(当該ツイート)。これに対し,「Guild Wars 2」のYouTuberであるDeroirさんが反論をリプライしたところ(当該ツイート),Price氏は苛立ち,「ゲームのナラティブを10年も作ってきた私が分岐ダイアログを知らないとでも思っているのだろうか。今度,それを説明しようとしてきたら即ブロックする」とツイートした。


 Price氏の辛辣な発言はユーザーの間に物議を醸し,瞬く間に“炎上”してしまった。その翌日,この事態を受けて「Guild Wars 2」の開発元 ArenaNetの社長であるMike O'Brien氏は,Price氏の言動を「ファンコミュニティへの攻撃」と称し,彼女とそれを擁護したPeter Fries氏を解雇した(公式フォーラム上のポスト)。ゲーム開発者がネット炎上によって,職を失った事件だった。

 「リーグ・オブ・レジェンド」の開発元として知られるRiot Gamesにも同じような事件が起きた。2018年8月末,Riot GamesはPAX Westにて,女性とノンバイナリージェンダー(自身を男性/女性のどちらでもないと認識している人)を対象にしたキャリアイベントを開催した(当該イベントの告知)。すると,「男性にとって不平等だ」と非難を浴びて,ネット炎上になってしまった。
 これに対して,Riot GamesのDaniel Z. Klein氏は個人のTwitterアカウントでユーザーの批判に反論している。


 Klein氏の発言は,同僚であるMattias Lehman氏の賛同を得た。しかし,Klein氏のツイートでは,イベントへの批判が集まったスレッドを「有毒物の埋立地(toxic landfill)」(当該ツイート),イベントを批判する人を「子供じみた大人(manbabies)」(当該ツイート)と呼称しており,ほかにも汚い言葉が散見される。
 その後,Klein氏とLehman氏はSNS上の発言が社内で問題視され,最終的にRiot Gamesを退職する形で事件は収束した(※1)

※1:Klein氏はThe Vergeに対して,「ソーシャルメディアに対するポリシーを違反したため,解雇された」と答えている(The Vergeの記事)。一方,Lehman氏は自身のブログに「Klein氏の事件にまつわるソーシャルメディア上の発言に関して,マネージャーに不満を告げられた」と綴った(ブログのポスト)。

 2つの事件はいずれも数か月前の話だが,筆者の頭からずっと離れなかった。筆者はゲーム会社に務める開発者であり,普段からTwitterやFacebookを利用している。SNS上の発言が災いして,会社に処罰されるという事件は,まさに「明日は我が身」という気持ちにさせられる。


ゲーム業界に蔓延する性差別


 ゲーマーによるゲーム開発者への攻撃は,残念ながら珍しいことではない。欧米のゲーム文化には,性差別とネットいじめが根付いている。

 Zoe Quinn氏やAnita Sarkeesian氏をはじめ,多くの女性がネットいじめを被った「GamerGate」事件は記憶に新しい(この件は以前のコラムで紹介している)。ゲーム業界の女性やマイノリティ,多様性を主張する人達は,常にゲーマーによるハラスメントを危惧しなくてはならないのが現実だ。

#1ReasonToBe Brenda Romero  |  Program Director/Game Developer, UC Santa Cruz/Romero Games Leigh Alexander  |  Editor at Large, Gamasutra Constance Steinkuehler  |  Professor, Universty of Madison Wisconsin Elizabeth LaPensee  |  Game Designer, Odaminowin
※2013年に発足したGDCパネルディスカッション「#1ReasonToBe」では,女性ゲーム開発者達が性差別を受けた体験と,性差別にめげることなくゲームを作り続ける理由が語られた(写真はGDC 2015より)。

 女性のゲーム開発者は職場でも性差別に遭う。エンターテインメントソフトウェア協会(ESA)の調査によると,アメリカのゲームユーザーの45%は女性が占めている(調査資料 6ページより)が,一方で国際ゲーム開発者協会(IGDA)の調査では,ゲーム開発者における女性の割合は21%に留まっている(調査資料 11ページより)。さらに別の調査では,「人材採用と昇進の際,男性が優遇される」「男性の部下が従わない」「自分の意見が重視されない」といった,女性のゲーム開発者が受けた性差別の事例がまとめられている(調査資料 12ページより)。

 Klein氏がRiot Gamesに解雇される前に,海外ゲームメディア Kotakuは「Riot Gamesにおける性差別の文化」と題した記事を掲載した。この記事では,Riot Gamesに所属する女性ゲーム開発者(Lacyと呼ばれている)のエピソードが紹介されている。

Lacyは1つの実験を試みた。会議で却下された自分のアイデアを,男性の同僚に数日後の会議で提案するように頼んだのだ。すると,どうだったか。そのアイデアに対して,会議の参加者は「おお,すばらしい」と讃えた。男性の同僚は顔を赤くして,涙をこぼしたという。

 「女性だから」という理由で,職場で尊重されずに意見を聞いてもらえない。そればかりか,個人のSNSでさえ,ゲームの開発経験を持たない素人に自身の専門知識を疑われる。これでは苛立つのも理解できる。
 ゲーム業界は深刻な性比のアンバランスを抱えている。これを正し,より多彩な人材を招きいれるために女性や性的マイノリティ向けのキャリアサポートが用意されている。ゲーム業界の問題を解決しようした努力が邪推され,罵言雑言を浴びせられるとあっては憤るのも頷ける。
 「個人アカウントとはいえ,ユーザーに暴言を吐くべきではない」という意見は確かにある。ただ,ゲーム業界に蔓延する性差別という背景を鑑みると,Price氏やKlein氏らの言動に対する見方が少しは変わらないだろうか。

 暴言ツイートだけを理由に,社員を即解雇するという会社側の対応にも疑問を感じる。「社員にツイートを削除してもらう」「しばらくSNSを自粛してもらう」「ソーシャルメディアの使用について,あらためて指導する」といった,より穏便に事態を収める術はなかったのか。ネット炎上に遭った社員を守ることなく,モブに迎合してあっさり切り捨てるとは残酷にすら思える。

 女性やリベラルな主張を持つゲーム開発者は,ゲーマーによる炎上やハラスメントの標的になりやすい。度を越したゲーマーに楯突こうものなら,雇用者に「ユーザーを攻撃した」とされてしまう。悪質なゲーマーと容赦のない雇用者の間に,ゲーム開発者は挟まれているという状況だ。


ゲーム開発者はSNS上でどう振る舞うべきか


イラスト提供:いらすとや
画像集 No.006のサムネイル画像 / 【Jerry Chu】ゲーマーとゲーム開発者はどのように向き合うべきか
 「ネット炎上が怖いなら,SNSをやめればいい」と思う人もいるだろう。会社に不利益をもたらす可能性があるから,個人的な発言を控えさせる。SNSを使うにしても勤務先を伏せさせる。出る杭は打たれるから,社員には黙っておいてほしい。雇用者であれば,そのように考えてもおかしくない。
 だが,筆者はこうした消極的なポリシーにあまり感心しない。SNSはもはや現代人の日常生活の一部であり,ゲーム開発者の多くは同業者との情報交換にSNSを活用している。自身の作品を宣伝したり,仕事を探したりするための大事なツールでもある。SNSと完全に絶縁することは現実的ではないだろう。

 性差別やハラスメント,ルートボックス,過重労働など,ゲーム業界には関係者が広く議論を行い,取り組むべき課題が多い。SNSは個人の主張を発信するための大事な場だ。Price氏やLehman氏のようにゲーム業界の問題を積極的に取り上げるクリエイターはもっといてほしいし,女性やマイノリティの生の声をもっと聞きたい。ネットいじめを恐れて,自分の意見を語らなくなるのは,いじめる側の思う壺だ。
 もちろん,言葉遣いには気を付けなくてはいけないが,ゲーム開発者がSNSで自由に発言できる環境であるべきた。

 SNSの利用には危険が伴う。実際,ArenaNetの一件を受けて,一部のユーザーは目障りなゲーム開発者を攻撃すれば排除できると考えたようだ(※2)。SNS上の発言を元にして,会社にクレームを入れられた女性のゲーム開発者が相次いでいる(※3)

※2:すでにポストは削除されているが,別のユーザーによるキャプチャ画像が確認できる(当該ツイート)。
※3:Jennifer Scheurle氏(当該ツイート)やHazel Monforton氏(当該ツイート)らの事例が報告されている。


画像集 No.002のサムネイル画像 / 【Jerry Chu】ゲーマーとゲーム開発者はどのように向き合うべきか
 こうしたハラスメントを誘発したArenaNetには批判の声が上がっている。ゲーム業界の労働組合活動団体「Game Workers Unite」は声明を発表して,Price氏とFries氏の解雇を「非倫理的(unethical)」と指摘すると共に,「ゲーム開発者のキャリアは悪辣で不穏なプレイヤーによって壊され得ることを,ArenaNetは業界全体に知らしめた。今回の件はGamerGateの残響を帯びており,ハラスメントを助長することになるだろう」と綴っている(Game Workers Uniteの声明)。
 さらに「Game Workers Unite」イギリス支部は,社員を支援しない会社に代わって,ハラスメントやヘイトキャンペーンに苦しむゲーム開発者の力になりたいと発言した(Polygonの記事)。

 ArenaNetとRiot Gamesの件は,ネット炎上において社員を助けない会社があることを示している。労働組合の基盤固めが進んでいる欧米では,ネットいじめと無情な雇用者への自衛策として,労働組合に目を向けるゲーム開発者は増えていくだろう(余談だが,ArenaNetの事件後,筆者はGame Workers Uniteに加入した)。

 では,労働組合に恵まれないゲーム開発者はどうすればいいのか。個人情報を必要以上に開示しないといった,基本的なセキュリティ対策は大前提だが,会社のポリシーを確認することも大事だ。
 ArenaNetの一件を受けて,国際ゲーム開発者協会(IGDA)はゲーム開発者と会社に対して,ソーシャルメディア利用に関するポリシーを明確にするように呼びかけた(IGDAのポスト)。ここには,ゲーム会社がポリシーを考えるうえで重要なポイントが並んでいる。業界関係者は一度,目を通しておいたほうがいいだろう。

「ゲーム開発者,とくに少数派の人はハラスメントの標的になりやすい。ゲーム会社はハラスメントを受けるスタッフに対して,どのようにサポートするかを考えなければならない。スタッフがネットを通じて安全かつ有益,ポジティブな交流が図れるように,どのようなリソースを提供できるかを明確に伝えるべきである。ネットでのコミュニケーションが仕事の一部である場合はなおさらだ」
※IGDAのポストから抜粋。


なぜゲーム開発者を追い詰めようとするのか


 一部のユーザーはどうしてゲーム開発者に敵意を向けるのか。フェミニズムとリベラル主義への反発という側面も存在するが,ユーザーがゲーム開発者に同情心を持たないことも大きな要因だろう。
 ここで,昨年9月に行われた「Full Indie Summit 2018」におけるNathalie Lawhead氏の講演を紹介したい。

Lawhead氏の作品はメンタルヘルスやトラウマといったデリケートなテーマを取り扱う(スクリーンショットは「Everything is going to be OK」より)
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 インディゲームの開発者であるLawhead氏は,「Everything is going to be OK」をはじめとする実験的な作品を世に送り出している。氏は制作活動の傍ら,彼女自身が受けた性差別の体験をブログに綴っていた。そこに1通のメールが届いたという。

「弱音を吐くのをやめて,もっと作品を作れ(stop whining and make more art.)」

 この一文は「ユーザーのゲーム開発者に対する態度を表している」と,Lawhead氏は主張する。ユーザーはゲームを愛しているが,それを生み出した人への敬意がない。ゲーム開発者は黙ってゲームを作ればいい。行き過ぎたコンシューマリズムがゲーム文化には根付いていると。
 ゲーム開発者が規範から逸脱したり,ユーザーの期待を外れたりすると,激しい非難を浴びる。Lawhead氏の作品はゲームの型に嵌らない「アート」であり,ゲームとしての面白さを重視しない。それが災いしたのか,多くのゲーマーから悪意を向けられたという。

 こうしたケースは決して珍しくない(それはゲーム会社や開発者に向けられるコメントを見れば明らかだ)。Lawhead氏は「力を持ちすぎたユーザーが,自分の意向にそぐわないものは存在するべきではないと思い込んだ挙げ句,ゲーム開発者は生計を失うほどに追い詰められている。ArenaNetの一件は,ゲーマーの過剰なコンシューマリズムを象徴している」と語った。



ゲーム開発者もまた人間である


 ユーザーが開発者に対する同情心を持たず,度を越したユーザー至上主義が存在する。このような背景が,ゲーム開発者へのハラスメントにつながっている。今こそ,ゲーム開発者もまた人間であることを強調すべきかもしれない。
 筆者はゲーム開発者になって日が浅いが,現場では時に同僚とジョークを交わし,時にぶつかり合い,ストレスが溜まったら酒を飲んで愚痴をこぼす。ユーザーにとってゲーム会社は神秘のベールに包まれているかもしれないが,実際には人間味溢れる場所だ。

 ゲーム開発者のことを「物言わぬコンテンツ生産機」と思っているならば,容赦なく罵詈雑言を浴びせられるだろう。だが,相手も自分と同じく,ゲームを愛する人間であると思い至ってほしい。
 「ゲーム開発者を批判するな」と主張したいわけではない。ただ,人間であるから過ちも犯すし,時に問題のある言動もしてしまう。当然,自分とは相容れない価値観を持つゲーム開発者だって存在するだろう。ユーザーの立場から意見を述べたり,ゲーム業界の悪習に抗議したりすることは大事だが,必要以上に攻撃的な言動は避けるべきだと思う。

 2018年7月,オンライン配信サービス「GOG.com」のTwitterアカウントは,GamerGateを支持するかのような画像を投稿した(※4)。その後,同年10月にもトランスジェンダーを揶揄する内容をツイートしている(※5)

※4:のちにツイートは削除されたが,アーカイブで確認できる(当該アーカイブ)。
※5:こちらのツイートも削除されているが,別のユーザーによってキャプチャ画像が確認できる(当該ツイート)。2018年10月,米トランプ政権がトランスジェンダー排除を検討しているという報道を受けて,これに抗議する人々が「(トランスジェンダーの存在は)消されない」という意味のハッシュタグ「#WontBeErased」を使用した。GOG.comのツイートでは,そのハッシュタグがパロディとして使われている。


 GOG.comが発信したハラスメントとマイノリティへの弾圧に加担するようなメッセージは,筆者の価値観とは相容れないものだ。しかし,GOG.comのSNS担当者の個人情報を晒したり,ハラスメントを仕掛けようとは考えなかった。不謹慎な内容のメッセージを発信したのは,自分と同じく感情を持った人間である。GOG.comという組織に抗議することはあっても,個人を叩こうとは思わない。

 ゲーム会社に抗議する。作品の購入やサービスの利用をボイコットする。SNSを通じてアドボカシー(社会的弱者の権利擁護)活動をする。ユーザーとして声を上げる方法はいくらでもある。ゲーム開発者だからといって,個人を攻撃して職を失うまで追い詰めることが許されるのだろうか。

※Insomniac GamesのTwitterアカウントは「Marvel's Spider-Man」への要望を一方的に押し付けるファンに対して,「聞くことは,言われたことに必ず従うという意味ではありません」と返信した。

 SNSはユーザーとゲーム開発者との交流を促すツールだが,時に衝突も招いてしまう。それぞれ立場は違えど,同じ人間だ。ユーザーは必ずしも正しいわけではなく,ゲーム開発者は言われたことを何でも聞く必要はない。もちろん,ゲーム開発者が判断を誤ることもあるだろう。
 自分とは異なる価値観の存在を容認する。互いが互いへの同情心と尊重を持つことが,ゲーム業界の未来に求められている。

■■Jerry Chu■■
香港出身,現在は“とあるゲーム会社”の新人プログラマー。中学の頃は「真・三國無双」や「デビルメイクライ」などをやり込み,最近は主に洋ゲーをプレイしている。なるべく商業論を避け,文化的な視点からゲームを論じていきたい。
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