インタビュー
電子書籍がゲームブックの世界に新たな可能性をもたらす。幻想迷宮書店代表・酒井武之氏と,新作「護国記」の著者・波刀風賢治氏インタビュー
「護国記」はパラグラフに番号を振らず,ハイパーリンクをタップすることで直接該当ページにジャンプする「ナンバーレスパラグラフ」,アイテムやフラグの管理がいらない「シームレスフラグシステム」といった試みを取り入れ,紙に換算して2934ページという大ボリュームによって細かな分岐を実現する,電子書籍のメリットを活かした現代型のゲームブックだ。
物語では,太古に魔神を封じ込めた五つの国を舞台に,主人公であるひ弱な文官・ライゼの成長と冒険が描かれる。ハイファンタジーの王道を行く,作り込まれた世界観と,中盤以降に広がる広大な世界をさ迷う冒険感覚が大きな魅力である。サイコロを使わず,片手で読めるので,電車やバスの待ち時間などでも気軽に遊ぶことができ,電子書籍の手軽さとゲームブックの楽しさがうまく融合している。
スマートフォンゲーム全盛の時代に,ゲームブックにこだわる理由はどこにあるのか。幻想迷宮書店の代表である酒井武之氏と,「護国記」作者の波刀風賢治氏に,ゲームブックの魅力や可能性,そして「護国記」の制作秘話などを聞いた。
ゲームブックとは,「本で遊ぶアドベンチャー/ロールプレイングゲーム」「読者の選択によって変化する物語」である。それぞれの段落(パラグラフ)に番号が振られており,「分かれ道の右へ行くなら100番へ。左へ行くなら14番へ」というように,本のあちこちへ飛びながら物語を読み進めていく。
日本では1984年に刊行された「火吹山の魔法使い」,1985年の「ソーサリー」シリーズをきっかけにブームが勃発。ファミコンブームの時期には「スーパーマリオブラザーズ」「ドラゴンクエスト」といったファミコンゲームを原作としたものが数多く登場し,「夢幻の心臓II」「ザ・スクリーマー」などのPCゲームを原作としたものも刊行されている。
こうした原作もののゲームブックからも名作が生まれた。中でも「ドルアーガの塔」3部作は,重厚な描写と練り込まれたシステムにより,ゲームブックならではの魅力を提示しており,原作ゲームとゲームブック両方のファンから好評を博している。
幻想迷宮書店公式サイト
ゲームブックの魅力は作家性と物語の多様性にあり
本日はゲームブックへのこだわりや,その魅力について,お2人にたっぷりと聞かせていただければと思いますが,まずは簡単に自己紹介をお願いします。
酒井武之氏(以下,酒井氏):
幻想迷宮書店代表の酒井と言います。ゲームブックからコンピュータゲームまで,ジャンルを問わずいろいろなゲームが好きです。創土社で14年間,ゲームブックの出版に携わり,転職して電子書籍について学んだあと,幻想迷宮書店を立ち上げました。電子書籍はゲームブックにマッチしていると分かり,“電子書籍のゲームブック”をやってみたいという気持ちが抑えられなくなったんです。実現するには会社を辞めて安定を捨てる必要がありましたが,やるからには後悔のない形にしようと思いました。今はとにかく仕事が楽しいですね。
波刀風賢治氏(以下,波刀風氏):
「護国記」を書いた,ゲームブック作家の波刀風です。インディーズゲームブック作家として100パラグラフほどの中編をいくつか書いたのち,まだ手がけていないジャンルということで王道の長編ファンタジーに挑戦したのが「護国記」です。最終的には3000ページ,1600〜1700パラグラフほどの大作になり,自分自身でも驚いています(笑)。
4Gamer:
酒井さんは創土社で,どういったゲームブックに関わっていたのでしょうか。
酒井氏:
「ドルアーガの塔」シリーズで知られる鈴木直人先生が書かれた「チョコレートナイト」や,スティーブ・ジャクソンの「ソーサリー」シリーズの復刊など,全部で14冊を手がけました。
波刀風氏:
この頃の主なゲームブックは,すべて酒井さんが関わっていますよね。ゲームブックの氷河期を底支えしてもらったというか,酒井さんの出した本がなければジャンルの灯が途絶えていたと思います。
酒井氏:
当時のゲームブックはほとんどが絶版で,欲しくても手に入らないという状態でしたから,復刊するからには絶版にしないということを社長に掛け合ったりもしました。そのぶん,1冊の値段はやや高くなってしまったのですが,ファンの皆さんは付いてきてくださいましたね。
4Gamer:
そんな中で,お2人の心に残っているゲームブックはありますか。
酒井氏:
あえて1つ選ぶなら,少年時代に影響を受けた「ドルアーガの塔」シリーズですね。大人になって業界に入ったら,いつか復刻しようと思っていました。
僕もいろいろなゲームブックにはまりましたが,井上尚美先生の「少年魔術師インディ」シリーズが心に残っていますね。児童文学的な世界観と文章,そしてかっちりとしたシステム。これらのバランスが,ほかにはないオンリーワンの世界を作り出していて,こういう爽やかなファンタジーを書きたいと思うようになったんです。
4Gamer:
電子書籍と相性がいいというお話がありましたが,かつてのブームが終了してから時間が経った現在,酒井さんがゲームブックの出版にこだわる理由はなんでしょうか。
酒井氏:
ブームが一度終わっているのは確かですが,その理由が「表現の形式として限界が来たから」だとは決して思っていません。小説を例に取れば,感動できる作品を1冊読んだからといって,小説というジャンルそのものに満足することにはならないじゃないですか。ゲームブックもそれと同じで,感動できるゲームブックを書ける作家がいれば,ゲームブックという形態も存在し続けられます。
4Gamer:
1980年代のファミコンブームのときには,名前のあるゲームが次々にゲームブック化されるほどの人気がありましたが,1990年代以降にブームが急速に収束したのはどういう理由だと考えていますか?
酒井氏:
あえて理由を挙げるとすれば,文章や描写の質を高めるのではなく,システムを複雑にする方向への進化が進んだからではないかと思っています。そうした部分を追求しても,やはりコンピュータゲームには勝てないわけですから。また,才能のある作家が,小説のフィールドへ行きやすいというのも理由の1つだと思います。1冊のゲームブックを書くのは,1冊の小説を書くより難しいですからね。
波刀風氏:
「粗製濫造が行われたから,ブームが終わったんだ」と分析する方も多いですね。しかし,そうした意見に対して,個人的にはブームのときには傑作も出れば,そうでないものもたくさん出るものだと思っています。
4Gamer:
いろいろなエンターテイメントがあふれている今,あえてゲームブックという形式を選択するメリットはなんでしょう。
酒井氏:
例えば,目の前に面白い小説があって,自分の判断でストーリーを動かせたら楽しいじゃないですか。これは個人的な体験なんですが,小説を映像化したものを見ても,文字で読むほうが面白いと思うことが多いんです。文字の表現力はそれだけすごいですし,優れた作家が紡ぐ物語において,自分のイマジネーションで映像を想像する楽しさは大きなものがあります。そうした映像を,自分の判断と想像力で自由に変えていけるのがゲームブックの良さですからね。
波刀風氏:
ゲームブック作家の視点からすると,物語に多様性を持たせられるところがメリットだと思います。多くのコンピュータゲームと違って,ゲームブックは1人の作家がすべてを掌握したうえで作れます。あっさりと死んでしまうバッドエンドや,ハッピーエンドに見せかけて,物語のさらなる広がりを暗示するエンディングなど,作家性に基づいたいろいろな物語やエンディングを作ることができるんです。言い換えれば,1つの死に方を美学にまで高められるわけですが,これは文字でないと難しいでしょうね。
エンディングの多様性が魅力であるという点については,波刀風先生と同じ意見です。例えば,松友 健先生の「魔人竜生誕」には,戦闘でズルをした人向けのエンディングが用意されています。戦闘に負けることで物語が展開する,コンピュータゲームで言うところの「負けイベント」があるんですが,そこでも“勝ってしまった”人がたどり着くものです。サイコロで天文学的な確率で良い目を出すか,ズルをしないとたどり着けない隠しエンディングのようなものですが,これも1つのエンディングとして,きちんと成立しています。
4Gamer:
戦闘のズルは,ついついやってしまいますね。「面倒だから,全部勝ったことにしよう!」って(笑)。
波刀風氏:
そんな風に,個人が自由な遊び方をすることができるのもゲームブックの特徴ですよね(笑)。
ゲームブックから“19世紀のラノベ”まで,幅広いジャンルに取り組む
4Gamer:
幻想迷宮書店で刊行するゲームブックは,どのような基準で選んでいるのでしょうか。
酒井氏:
“歴史的な意義のある名作”と“今の時代に遊んで面白い完全新作”ですね。このあたりはコンピュータゲームと同じだと思います。あと“個人的にこれは名前を残しておくべき”と思う作品も刊行します(笑)。
4Gamer:
絶版になったゲームブックを復刊する場合,権利関係の確認に苦労しませんか。
酒井氏:
ええ。出版社が無くなってしまっていることも多いので,権利関係の整理が一番大変ですね。ある程度,話が進んだと思ったら暗礁に乗り上げてしまい,出したくても出せないものがあったりもします。
4Gamer:
そうした旧作の,メインの読者層はどのあたりになりますか。
酒井氏:
やはり30代から40代の男性,ゲームブックブームの直撃世代が多いですね。
幻想迷宮書店では旧作の復刊だけでなく,謎やパズルを解くことに重点を置いた新作の「ナゾトキブック」シリーズも刊行していますが,これはどういった意図によるものでしょうか。
酒井氏:
そちらはリアルの脱出ゲームや謎解きゲームから入った方に向けたレーベルです。謎作りに手を抜いていないのはもちろんですが,文章に触れる楽しさを知るきっかけになってほしいという思いもあり,しっかりとした物語描写ができる作家さんに書いてもらっています。
4Gamer:
新作を作る際のデバッグは,どのように行うのですか。
酒井氏:
3〜4人の方にお願いして,それぞれ異なった方向性でプレイをしてもらっています。小さな所帯ですから,もちろん僕自身もデバッグに参加します(笑)。それでもバグが取りきれず,「護国記」では発売後にパッチを当てることになってしまい,申し訳ありません。
4Gamer:
紙のゲームブックだと本に正誤表を挟んだりしなければいけませんでしたが,電子書籍ならアップデートで即座に対応できるのが大きな利点ですね。
酒井氏:
確かにそうなのですが,あまりそれに甘えるわけにもいきません。
4Gamer:
これから幻想迷宮書店で出すゲームブックは,電子書籍ならではのメリットを活かしたものになっていくのでしょうか。
酒井氏:
そう思います。例えば,「ナゾトキブック」シリーズでは,電子書籍の検索機能を使った「検索ジャンプ」システムを用意しています。これは「謎の答えとなる単語で検索すると,どこからもつながっていない解決のパラグラフへ飛べる」というものです。
紙のゲームブックの場合,謎の答えとして選択肢を提示する必要がありますし,そうでない場合は(正解のパラグラフに飛ぶために)答えが数字に限られることになります。しかし,検索ジャンプではこうした制限がありません。何でも答えにできるわけです。
4Gamer:
電子書籍という媒体のおかげで,これまではできなかったことが実現できるようになった好例ですね。
酒井氏:
ええ。検索ジャンプはもともと,新作ゲームブックのコアシステムとして,波刀風先生を通してご紹介いただいた,ある作家さんからご提案いただいたシステムです。ただ,その新作は物語のライティングに時間がかかりそうだったため,考案者の方のご了解をいただいたうえで,ナゾトキブックで先行しての採用となりました。
例えば,幻想迷宮書店で復刊された「ドルアーガの塔」などの旧作ゲームブックでは,公式サイトで公開されているキャラクターシートを印刷して使えるようになっていますが,サイコロを振ったり,ゲームの進行状況を記録したりできるようなアプリを用意する予定はありますか。
酒井氏:
実は,一部の電子書籍プラットフォームでは,サイコロを振るだけといった簡単な機能を追加することも可能ではあるんです。ただ,やはり自分で手を動かすことが楽しいのではないかと思い,実装を見送っています。
4Gamer:
確かに,そうした楽しみはありますね。では逆に,あえてもう一度,紙でゲームブックを出すという選択肢はどうでしょうか。
酒井氏:
もしやるのであれば,紙でないとできない表現を追及したいです。例えば,フーゴ・ハル先生の「クトゥルフ神話ブックゲーム ブラマタリの供物」のようなものですね。
波刀風氏:
この本には,いろいろなところにヒントが散りばめられていますし,表紙の折り返し部分をしおりとして使うのと同時に,それが「狂気度」を表すインジケーターになって,先へ読み進めるほどにどんどん狂気度が上がっていくなど,紙ならではのアイデアが満載ですね。ハル先生はご自身でイラストも描かれるからこそ,こういった企画ができるんだと思います。
酒井氏:
実際,インディーズゲームブック作家さんは紙でしか実現できない,いろいろなアイデアを実現されています。紙ベースのものは,こういった方向性で生き残っていくと思います。そうした意味では,パッケージ販売されているアナログの脱出ゲームもすごいですね。
4Gamer:
最近は紙ならではの仕掛けをフルに使い,1度だけしかプレイできないようなものも増えてきていますし。
酒井氏:
なので,電子書籍が上で,紙が下だということでは決してなくて,どちらにもメリットがあります。
波刀風氏:
紙の本の売り上げが落ちている中,紙の特性を活かしたゲームブックやアナログゲームの人気は高まっていますからね。
幻想迷宮書店の軸としてはもう1つ,ベニー松山氏の「隣り合わせの灰と青春」を始めとした,現在では入手しにくいファンタジー系の小説がありますが,こちらのラインナップも今後充実させていくのでしょうか。
酒井氏:
はい。ゲームブックだけでなく,時代を問わないハイファンタジー小説も出していきたいですね。そうした小説は単に古いというだけでなく,現代に通じるものもありますから。
4Gamer:
まさに温故知新であると。
酒井氏:
これから刊行を予定している「アイヴァンホー」などはいい例ですね。1820年にスコットランドで出版された小説で,騎士がお姫様を助けるという王道のファンタジーですが,コテコテのライトノベルのようなキャラクターが出てくるんです(笑)。現代のラノベに慣れた方が読んでも面白いと思いますよ。
4Gamer:
そういったテイストは,時代や洋の東西を問わずに好まれてきたんですね。
酒井氏:
そうですね。ラノベといえば,近年流行している異世界転生ものも,さかのぼれば1800年代に原点があると思っています。1889年にマーク・トウェインが書いた「アーサー王宮廷のコネチカット・ヤンキー」という作品で,現代人の主人公がアーサー王の時代にタイムスリップし,科学知識を使って大活躍するんです。自転車部隊が出てきたりもして,とても面白いですよ。
4Gamer:
現代人がファンタジー的な世界に行って無双するというのは,異世界転生ものに通じるところがありますね。「トム・ソーヤーの冒険」のマーク・トウェインが書いているという点も興味をそそられます。
酒井氏:
個人的には,異世界転生ものとの関連に言及した解説を付けるなどして,現代の読者に届けたかったんですが,古典名作としてすでに出版されてしまっているのが残念です。
子供の頃の夢を思い出し,プロのゲームブック作家に
4Gamer:
ここからは「護国記」についてうかがっていきたいと思います。その前に波刀風さんの経歴から教えてください。
子供の頃から読書やゲームブックが好きで,宮沢賢治のような小説家になるという夢もあったんですが,いつしかそれを忘れて日々を過ごしていました。その後,少し重い病気にかかってしまい,そのときにゲームブックと夢のことを思い出したんです。それから同人サークルに参加するようになり,30パラグラフくらいの短編から中編まで,5年ほどのあいだに大量に書きました。
4Gamer:
そこから,どのようにプロへ転向したのでしょうか。
波刀風氏:
「こんなに面白いものが世の中から無くなりかけているのなら,そうならないくらいの名作を書けばいいんじゃないか」と思い,いろいろなところにコンタクトを取りました。その中に酒井さんの幻想迷宮書店があったんです。
実は出版社にコンタクトを取ったのは初めてではなく,昔,創土社に酒井さんが勤めていた頃に「ゲームブックコンテストが行われたようですが,次回開催はないんでしょうか」と聞いたことがあって。
酒井氏:
それは初耳ですね。ちょっと気づいていませんでした。
4Gamer:
かなり昔から,意外な縁があったんですね。「護国記」の制作期間は,どれくらいだったのでしょうか。
波刀風氏:
本格的に話が動き始めてから2年ほどですね。
酒井氏:
波刀風先生は,冒頭の部分が出来上がった状態で持ち込みをしてくださったんです。敵軍が城になだれ込んできた部分ですね。
4Gamer:
「(敵に)突破されたぞ!」という味方の叫びから始まるところですね。その後も絶体絶命のクライマックスが続き,思わず引き込まれてしまいました。
酒井氏:
読者を引き込めるかどうかは冒頭で決まるので,ひと目読んでこれは面白そうだと思いました。まるで殴り込みをかけるような持ち込みで,僕としても「突破されたぞ!」という気分でした。メールからも「俺なら書ける!」というオーラが伝わってくるくらいで。
4Gamer:
まさに衝撃があったと。
酒井氏:
波刀風先生がインディーズで活動しているのは存じ上げていました。こちらとしては長編を出したいと考えていたので,渡りに船でしたね。
波刀風氏:
情熱があり余っていたかもしれないですね(笑)。インディーズの頃はSFやミステリー,シェアードワールドのファンタジーなどを書いていたんですが,オリジナルのファンタジーには手を付けていなかったんです。長編をやるなら,ど真ん中のものを作りたいという思いがありました。
4Gamer:
制作を進めていく際に,印象に残っていることはありますか。
遊んでいて中だるみしそうだったので,システムと迷宮を丸ごと1つボツにしたことです。システムの詳細は言えないのですが,電子書籍でしかできないアイデアなので,いつか形にしたいと思っています。
4Gamer:
ゲームブックを中だるみさせないための工夫とは,どのようなものですか。
酒井氏:
「アイデアの段階で削る」ということに尽きるんですが,このあたりはもう感覚や感性です。良いフレーズや場面があれば読者の印象に残りますから,そこを中心にして不要なところを削ぎ落としていくというような作業を進めていきます。
波刀風氏:
「護国記」も書いては戻され,書いては戻されの繰り返しでした。完成品で2934ページですから,ボツになったものも含めると,とんでもない量を書いています。
4Gamer:
では「護国記」における,システム的なこだわりについて聞かせてください。
波刀風氏:
なんと言っても,アイテムやフラグの管理がいらない「シームレスフラグシステム」ですね。普通のゲームブックでは,入手したアイテムを読者自身に管理してもらいます。「この鍵を持っているなら○番へ。持っていないなら×番へ」……というアレですね。「護国記」ではこうした手間は必要ありません。読者も気づかないうちに見えないフラグが立って,自然に分岐が行われるんです。
4Gamer:
そうした分岐を実現するために,どういった手法が使われているのでしょうか。
波刀風氏:
アイテムを持っているときと,そうでないときのそれぞれの展開で,別々にページを用意しています。途中までは同じ文章が続き,結末だけが変化しているんです。
酒井氏:
ページ数に限界のない,電子書籍ならではのアイデアですね。同じ文章を展開の数だけ別ページに用意すると,紙では本が厚くなって読みにくくなり,価格もそのぶん上がってしまいますから。電子書籍なら読者の負担も少なく,しおりを挟んでもらうくらいで楽しんでいただけます。
波刀風氏:
このシステムのおかげで,広大な世界を実現できました。中盤以降はいろいろな所へ行けますし,同じ展開かと思いきや,それまでの自分の行動が影響を与えていることもある。何度か最初から遊び直さなければ,気づけない展開もあったりします。「言の葉」というキーワードの有無だけは管理していただく必要がありますが,自分が通ってきたルートに基づく短いセンテンスなので,負担は最小限になっています。
4Gamer:
確かに,中盤以降の広がりと遊びやすさには驚きました。
波刀風氏:
電子書籍の特性を活かし,紙では1冊で消化しきれないくらいのボリュームにする。そして解釈に多様性がある物語を用意し,読者が互いに話し合えるような余地を作りました。純粋にハッピーエンドを目指してもいいですし,歴史書を読んで過去の物語を想像するような楽しみ方もあるでしょう。読み終えたあと,ちょっとモヤモヤするのも「護国記」の醍醐味です。
本編に出てこない時期の出来事や歴史など,背景設定もかなりしっかりと用意しています。こうしたところを作り込んでおかないと,ハイファンタジーの重厚感は出ませんから。こうした設定を使って「護国記0(ゼロ)」とでも言うべき小説を出せればいいなというお話はしています。
波刀風氏:
僕はもう,「護国記0(ゼロ)」を書きたくて仕方がないですね(笑)。
4Gamer:
個人的に,ハイファンタジーな世界設定でありつつ,固有名詞にカタカナがあまり使われていない点も印象的でした。
波刀風氏:
「固有名詞を作る際,カタカナはなるべく排除する」「現代に使われている用語を安易に使わない」といった決まりを作ったうえで執筆しています。「護国記」には五つの国が登場しますが,それぞれに固有名詞の雰囲気と語調を統一してあります。僕は数か国語をしゃべるマルチリンガルなので,脈絡のないネーミングは避けたかったんです。
4Gamer:
それはすごい……。では,制作時の苦労話があれば教えてください。
酒井氏:
ゲームブックを書かれる作家さんにも,いろいろなやり方がありますが,大変だったのは波刀風先生の原稿を解釈することですね。例えば松友先生は,しっかりとしたフローチャートを作ってきてくださるので,分岐がどうなっているのか,ひと目で分かります。一方,波刀風先生の場合,選択肢はあるけれどパラグラフのない原稿が来るんです。
波刀風氏:
選択肢ごとに見出しを付けているので,そこで分かってもらえるかなと。僕はフローチャートを作るタイプではなく,自分の頭の中ですべて暗記したうえで作品を書いていきますから,酒井さんには“超能力”で理解していただいている感じになりますね(笑)。
4Gamer:
それはかなり苦労しそうです(笑)。
酒井氏:
あとはデバッグも大変でしたね。シームレスフラグのために文章量はかさみますが,基本的にはコピー&ペーストでほぼ同じ文章を使うので,それほどの負担にはならないだろうと皮算用していたんですが,そんな甘い話ではなく……。結局,2934ページをすべてチェックすることになりました。
4Gamer:
これだけのボリュームにも関わらず,500円という価格に驚きましたが,読者からの反響はいかがですか。
酒井氏:
ゲームブックというものに触れていただくことが大事だと考えて,この価格に設定したのですが,おかげさまで良い反響をいただいています。
波刀風氏:
ファンレターもいただいていて,とくに嬉しかったのは「小さい頃の私に『大人になってもゲームブックの新作が読めるよ』と教えてあげたい」という女性読者からのお便りです。苦労が報われた感があります。
4Gamer:
もし「護国記」の続編が出るとしたら,どういった方向に進化していくのでしょうか。
酒井氏:
波刀風先生からは,すでにいろいろなシステムの案をいただいていますが,サイコロやキャラクターシートが不要というところは継承していくと思います。
波刀風氏:
現代のゲームブックでキーワードになるのは“情報戦”ではないかと思っています。といっても,読者が大量の情報を管理するわけではありません。ちゃんと情報を得た人が正しいルートに行ける。推理力がある人なら,良い展開の道筋を推察できる。だからこそ,選択肢を選ぶ重みがある……といったゲーム作りです。
わざわざ記録を取らなくても,読み返しているうちに,だんだん物語の展開や分岐する場所が分かってくる。そんな風に読者の心に何かを残すことが現代のフラグ管理であり,ここでいう“情報戦”の意味です。
なるほど。すごく納得のできるお話で,続編がますます楽しみになりました。
楽しみといえばもう1つ,幻想迷宮書店から12月1日に「絶対に読みたいゲームブック40選」がKindleストアで発売されますね(関連記事)。
酒井氏:
はい。こちらは歴史的名作から現在でも手に入るものまで,計40作品を厳選して紹介しつつ,お試しのゲームブックも付いてきますので,このジャンルをまったく知らない方にも読んでいただければと思います。
4Gamer:
このインタビューを読んでゲームブックに興味を持った人も必見ですね。
それでは最後に,読者に向けてメッセージをお願いします。
酒井氏:
“途絶えたジャンル”という印象ばかりが先行するゲームブックですが,面白くて感動できるものであれば,そこに古い/新しいといった区別はありません。僕自身,最新のPCゲームを遊びつつ,ゲームブックも楽しんでいますし。ゲーマーの方なら,ゲームブックを一度遊んでいただければ,その面白さを理解していただけると思います。
波刀風氏:
ラノベや異世界転生ものが好きな方は,次にハイファンタジーに入門するための入口として「護国記」を読んでいただければ幸いです。ゲームブックの著者としては,図書館に「ゲームブック」という図書分類ができるまで,芸術性を高めていきたいと思います。
あと,謎解き専門誌「NAZOMAGA(ナゾマガ)」で脱出ゲーム系の記事を書いています。ゲームブックの新たな波を作るため,これからも360度,何でもやっていこうと考えているので,よろしくお願いいたします。
4Gamer:
ありがとうございました。
幻想迷宮書店公式サイト
(2018年11月16日収録)
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