インタビュー
[TGS 2016]日本市場に対してTwitchが抱く戦略は何か。市場分析から方針までを聞いてみた
ゲーム動画はもちろん,ネット生放送においても既存の国内サービスが大きな人気を誇る日本において,Twitchはどのように日本市場を分析し,どのような戦略を持っているのだろうか。同社COO(Chief Operating Officer,最高執行責任者)であるKevin Lin氏と,広報担当ディレクターのChase氏,そしてアジア太平洋地域のディレクターであるRaiford C Cockfield III氏に,現状を聞いた。
2015年は日本市場について多くのことを学んだ
4Gamer:
Twitchは,世界市場で見ると圧倒的なシェアを誇りますが,日本国内で見ると「ニコニコ生放送」や「ツイキャス」といったサービスのほうが強い状況です。このような状況に対し,Twitchは,日本市場に対してどのような戦略を描いていらっしゃるのでしょうか。
Kevin Lin(以下,Lin)氏:
コミュニティに目を向けますと,それは世界中の国ごとに,それぞれ異なります。ユーザーに対して,他のサービスとは違いのあるものを提供していきたいと思っています。
我々が日本について知ったこととしては,サイトの日本語化をより強く進めねばならないということと,検索機能の強化が重要だということです。また日本の配信者のゴールは,他国のそれとは異なっているとも認識しています。
ここ1年,我々が日本で成し遂げてきたことについては,結構うまく行ったと思っています。しかし日本における配信シーンは,今よりもずっと成長できると思っています。
そもそも,ストリーム配信というものは進化し続けていますし,視聴者の持つポテンシャルもそれにともなって高まり続けているからです。
4Gamer:
日本の配信者のゴールが他国とは違っているということですが,具体的にはどのような違いがありますか。
Lin氏:
日本には「美しいあり方」という認識があると思っています。
漫画やアニメにもそれは見受けられますが,芸術の域にまで到達した高度な技術を尊重するところがありますよね。
これが反映されているのか,日本のTwitchでは,「自分が有名になりたい」というタイプの配信者もいらっしゃいますが,「強い人を盛り上げたい」「リスペクトしたい」というコミュニティも見受けられます。
一方で社内からは,日本の配信者は明確で具体的なゴールが見えていない,という指摘もあります。多くの日本人にとってゲームは趣味であり,ゲーム配信もまた趣味にとどまります。もちろんそれはそれで良いことですし,楽しいというのはとても重要なことですが,もっとさまざまな視点を持つものにもつなげられたら,それはより素晴らしいことである,と。
ただ,これについて僕は,ある意味で時間の問題だろうとも思っているんです。
そもそもゲーム配信というものは,始まったばかりの文化です。機材や技術といった側面を越えて,コミュニティや文化という面も含めた「環境」ということを考えれば,日本でもまだまだ伸ばせる部分はあると思っています。実際アメリカにおいても,今のTwitchが作っているようなコミュニティは,5年前には存在しなかったのですから。
もちろんコミュニティは自然に成長するものではありますが,こちらからどうすれば成功するかを示していく必要もあると考えています。台湾やブラジルのように上手く行った市場でも,そういった具体的なノウハウを伝えていく必要はありました。
しかし我々は,それが可能であることを,世界中の国々で証明してきました。そして,その成功のためには,我々自身が現地のことをたくさん学ばねばならないということも知っています。
事実,昨年一年間は,日本の市場について多くのことを学ばせてもらいました。日本のユーザーがプラットフォームに対して何を望んでいて,何をやりたがっているのか,多くの声を聞かせて頂けたんです。そして,そうやってたくさんのご要望を頂けたということは,我々にとって大きな前進であると考えています。
4Gamer:
日本の場合,PCゲームのプロは,非常に古くから存在しました。当時はネットを利用した生放送はありませんでしたが,それ以外のメディアを通じて,ゲームを遊ぶ面白さを伝えるエンターテイメントを,多くの日本人が楽しんできました。そしてその後もさまざまな技術的進歩や新サービスを踏まえながら,さまざまなスタイルの「配信」が行われてきました。
そのようにして長い時代を経てきた結果,日本の「ゲーム配信」には,もはやジェネレーション・ギャップとすら言える,一種の強烈な多様性が発生しているように思えます。こういったギャップに対して,どのような対処や可能性があり得るでしょうか。
Chase氏:
大事なことは,その配信者がやりたいように配信できることです。つまり,クラシックなやり方で配信したいならクラシックなスタイルで,新しいスタイルで配信したいなら新しいスタイルで自由に配信できること,これが最も重要であると考えています。
そうすることで,自分の配信スタイルに合ったコミュニティを得ることもできますし,すでに存在するコミュニティから学ぶということもあり得ます。またそういったコミュニティそのものも,Twitchが日本で成長するのに従って,成長していくと思います。
そうなったとき,さまざまに異なるスタイルを持ったコミュニティから,新しくハイブリッドされたようなスタイルが生まれてくることも考えられます。あるいはコミュニティごとに分断された状態で,繁栄していくということもあり得るでしょう。
実際,海外における現状を言えば,スタイルや世代の異なる配信者ごとに違ったコミュニティがあって,それらがあまり交流を持たない状態で,いずれも多くの視聴者を集めている,という状況ですね。
「明確だが容易ではない問題」としてのローカライズ
4Gamer:
ローカライズの話をうかがいたいと思います。
Twitchには,ユーザーが提供している機能も多く,しばしば配信において重要な役割を果たしています。ですが,これをローカライズするとなると,さまざまに困難があると思うのですが,どのようなプランがあり得るでしょうか。
Lin氏:
一方で,それぞれの地域においてどのようなツールが必要かということになりますと,我々では把握しきれないところがあります。実際,地元のTwitchファンが,地元の配信者のためにツールを作っているということも珍しくありません。Twitchとしては,こういったツールの開発者が利用できるツールキットを作っています。
Twitchは,クリエーターを尊敬していますし,ツールの制作者もまた,クリエーターです。ですので,最大のリスペクトをしていきたいと思っています。
4Gamer:
現状ですと,配信用のツールとしてどのようなものがあるのかを知ることも,日本のユーザーにとっては簡単でない部分があります。こういった点について,最初の数ステップだけでも,Twitch側からサポートが提供されるような可能性はあるでしょうか。
Lin氏:
我々も,ユーザーにいろいろな機能をどう使っていくかを知ってもらうためのマテリアルが,翻訳されずに残っているということは把握しています。また,そもそもローカライズ以前の話として,そういった素材が不足していることも認識しています。これらは拡充される必要があります。
ですがコミュニティが成長していけば,必要なものも分かってきます。場合によっては我々が,必要とされるツールを作ることもあり得ます。
コミュニティのイベントもより拡充して,日本チームがコミュニティに対してさまざまな機能を教えたりできる,そういう機会も作っていきたいですね。
4Gamer:
もうひとつローカライズ関係の質問なのですが,Twitchには,PC向けの公式の配信ツールがありません。Twitchのページを見ると,さまざまなストリーム用ソフトが紹介されていて,どのような特徴があるかは日本語で説明されているのですが,いざその具体的な使い方を知りたいと思ってリンクを踏むと,英語で書かれたヘルプセンターに飛ぶというのが現状です。
ヘルプセンターもまた,今後はローカライズされるのでしょうか。
Chase氏:
ですので今は,配信を始めるために何をどうすればいいのか,完全に解説したマニュアルの制作を行っているところです。そのマニュアルをローカライズする予定です。
日本において,「完全な日本語化」というのがどれくらい重要かというのは,我々は身にしみて理解しています。ですので当然それを目指したのですが,実際に着手してみたら,翻訳すべきテキストがあまりにも多かったんです。
問題点は明確なのですが,問題が明確であるということは,必ずしもその解決が容易であるとは限らないというのを,痛感しているところです。
4Gamer:
日本市場は現状,ゲームといえばまずスマートフォンで,続いてニンテンドー3DS(以下,3DS)やPlayStation Vita(以下,PS Vita)といったモバイル機ということになります。これらモバイルプラットフォームからTwitchへ配信するプランは何度か耳にしているのですが,現状はどのような状況でしょうか。
Lin氏:
確かに我々は以前にもその試みをしてきました。
まずスマートフォンゲームについて言えば,当時はゲームのほうが実況配信向けとは言い難かったんですね。たとえば,スタミナがあっという間に尽きてしまったりして,配信者ができることが,すぐになくなってしまっていたわけです。
ですが現在は,配信に向いたゲームが増えてきました。「Vainglory」や「クラッシュ・ ロワイヤル」「Hearthstone: Heroes of Warcraft」「Pokémon GO」などは代表的な例です。また,Appleの「iOS 10」は,生放送に対して親和性の高いOSになっています。
そのため現在は,もう一度モバイルから配信するシステムをつくりあげようと考えているところです。
Chase氏:
PS Vitaや3DSについては,ハードウェア開発会社に頼むしかないというところがありますね。
Cockfield III氏:
ですので,こういったモバイル機器に対しても,Twitchをより広げていきたいとは常々思っています。
日本独自の状況に対応する
4Gamer:
日本のe-Sportsは始まったばかりというか,まだ始まっていないというか,そういう状態であると個人的には理解しています。Twitchは大会をサポートするプログラムなどを持っていますが,e-Sportsという概念自体がそこまで市民権を得ているとは言えない日本において,どのようなサポートを検討しているのでしょうか。
Lin氏:
ですが,そこでの意見交換から,「ストリートファイター」というゲームは日本で作られただけでなく,日本人が最強のプレイヤーとして君臨するゲームでもあるということを理解しました。
たしかに他の国では,e-Sportsはデベロッパと緊密な関係にあり,コミュニティの育成においても相互に協力しながら進めています。そして,e-Sportsそのものの歴史も,20年に及ぼうとしています。ですがそれでもなお,どの国を見たとしても,e-Sportsはまだまだ若いジャンルだといえます。
ですので,日本においてもe-Sportsを育てていくことに協力していきたいと強く思っています。そしてまた,我々が海外で得てきた経験や知見は,日本のデベロッパとも共有していけるものだし,日本のe-Sportsシーンに対しても有益に利用して頂けると考えています。
4Gamer:
アメリカでは,インディーズゲーム開発者が開発を実況して,そこに視聴者からの寄付が集まるといった形で,コミュニティが形成されているケースもあります。日本のインディーズゲーム界でも,そのようなコミュニティの形成は可能でしょうか。
Lin氏:
海外のインディーズゲームシーンと,日本の同人ゲームを含んだインディーズゲームシーンに,明確な差異があることは理解しています。
そのうえで,開発者には実際に,数字を見てもらうのが一番良いと思っています。開発を実況することで,ファンと交流しながらゲームを開発した場合,完成するゲームの質が向上するんです。詳しい数値はここでは控えますが,これは開発者の感想といったものではなく,Twitchのデータサイエンティストが研究した結果として示されているものです。
ですので,そういう利点を武器として,まずは実際に使ってみてほしいですね。
ストリーム配信だけではないTwitch
4Gamer:
Twitchが今後,さらに世界へ広がっていく場合,インターネット回線があまり良好でなく,ストリーム配信が難しい地域も視野に入れていくことになると思います。これに対して何か対策はありますか。
Lin氏:
Twitchには,過去配信やハイライトといった,ストリーム配信にそこまで依存しないサービスもありますが,ご質問のケースに対して最もフィットするのは,「Clip」という機能だと思います。
これは最近リリースした機能なのですが,放送の中からワンタッチで,30秒分を切り抜いてSNSに投稿できるというものです。もともとは,動画を拡散させる手段のひとつとして開発したものですね。
また,ネットインフラが整っていない国においては,より異なった体験を積極的に追求していくことも,可能だと思っています。
ライブ配信というのは,我々が最も深く理解しているジャンルであり,我々の事業でのコアでもあります。ですが新しい地域に広がっていくには,何が求められているのか,そこでどんな新しいことができるのかを開拓していく必要があります。
もちろん現状では,さまざまな現実的理由から「夢」なんですが(笑)。でも,たとえば,ゲーマーがさまざまなゲームを遊びながら50歳くらいになったとき,ふと30年前の自分のプレイを見返して「そういえばこんなすごい勝ち方をしたこともあったな」と思えたら,それは素敵なことだと思うんです。
ともあれ目前の目標としては,配信をとても簡単なものにして,むしろ「配信しない理由がない」というところまで持って行きたいと思っています。
一方,現実問題として,どんなに楽しいゲームを遊んでいても,実は本当に面白い時間帯というのは限られているという認識もしています。なので,とくに面白かったその瞬間を切り取って拡散するサービスとして,Clipのようなものも作っている,という形になりますね。
4Gamer:
本日はどうもありがとうございました。
Twitch 公式Webサイト
4Gamer「東京ゲームショウ2016」特設サイト
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