インタビュー
[TGS 2016]梅原大吾選手が語る,格闘ゲーム実況配信のこれまでと,これから
世界最大のゲーム実況配信プラットフォームとなっているTwitchでは,MOBAやFPSと並んで,格闘ゲームもまた人気ジャンルだ。そんな状況において,格闘ゲームの実況配信が,どのような影響をシーンに与えているのか,梅原選手に聞いた。
また,同席していたTwitchのCOOであるKevin Lin氏(関連記事)には,格闘ゲームシーンに対するTwitchの取り組みについても聞いている。
実況配信によって広がった格闘ゲームの裾野
4Gamer:
まず最初に,基礎的なところをうかがいたいのですが,いまTwitchで人気のある格闘ゲームというと,どんなタイトルになりますか。
Kevin Lin(以下,Lin)氏:
「スマッシュブラザーズ」は,北米とヨーロッパでとくに人気がありますが,日本でもよく視聴されていますよ。日本からの配信も増えていますね。
4Gamer:
Twitchのような配信プラットフォームができて,そこで格闘ゲームの生放送が数多く配信されるようになったことで,格闘ゲームシーンに変化はありましたか?
梅原選手:
ありましたね。まず何より,地域による差が減りました。どこに住んでいても情報が平等に伝わるわけですから。
ゲームセンターにおける格闘ゲーム全盛期でも,いわゆるベガ立ち勢,つまり,実際にプレイするのではなくて,他人がプレイするのを腕組みして立って見て楽しんでいる人たちというのは,確かにいました。
でもこれって,ある程度まで大きなゲームセンターでないと成り立たないし,盛り上がりにも欠けるんですよね。
ですが,かつてのベガ立ち勢がオンラインに移動したことによって,より簡単に盛り上がって楽しめるようにもなりました。実際,そういう層は以前よりずっと増えたと思いますよ。
4Gamer:
ギャラリーという点でひとつ,格闘ゲーマーのためにうかがいたいことがあります。かつての「King of Fighters」シリーズなどでは,登場キャラクターの人気ゆえに,ギャラリーに結構女性ファンが含まれていたという逸話があります。
オンライン配信時代になって,ギャラリーの女性ファンは増えたでしょうか?
梅原選手:
自分はゲームセンターが大好きなので,こんなことを言うのは心苦しいんですが,一般論として,やっぱり女性にとってゲームセンターって,微妙に敷居が高いところがあるじゃないですか。
その点,ゲームセンターに行かなくても観戦できるというのは,女性ファンがより気軽に入ってこれるひとつの要因になってはいると思います。
4Gamer:
先ほど情報格差が減ったというお話がありましたが,格闘ゲームに限らず,本格的な勝負の場では,戦術やそのほかの研究という要素が欠かせません。この研究という面においても,実況配信は影響を与えているでしょうか?
梅原選手:
影響はありますね。
ただ現状,ある種の空洞化現象が起きているな,という思いはあります。
簡単に言うと,動画配信から入った初心者と,長年格闘ゲームを遊んできている格ゲー通とでも言うべき人たちの間に,隙間ができてしまっているな,と。いわゆる中間層がいないんですね。
この点は,やはり改善していかなくてはならない部分だと思っています。なので初心者が上達していくにあたって,何を手がかりにすればいいのか,あるいはどんな練習をすればいいのかを,こちらから示していく必要があると考えています。
4Gamer:
梅原選手が配信する実況では,そういったところもカバーしていく予定だ,ということですね?
梅原選手:
そのつもりでいます。
4Gamer:
配信内容を先取りするようで恐縮なのですが,そういった初心者が最初に手を付けるべきことはなんでしょうか?
梅原選手:
ですが,なにはともあれ最初にやるべきことは,ある程度操作とかを覚えたら,実際の対戦に――もちろんオンライン対戦も含めて――トライしてみるということですね。
もちろん,最初は勝てないと思います。それは当然です。でもそこで,自分の何が悪くて負けたのかを考えるのが,まず大事です。
ここで気をつけてほしいのは,初心者の頃は「負けた理由」が無数に存在するということです。ですので,そのうちのひとつに注目してください。全部を一度に改善しようと思ってもできませんから,自分が悪かったところをひとつピックアップするんです。
その上で,そうやって選んだ問題点ひとつを改善するために,練習します。幸い最近の格闘ゲームにはトレーニングモードとかもついてますから,そういった練習は以前よりずっと簡単にできます。
そうやって,1日ひとつずつ改善していく。それが大事だと思います。
顔見知りと対戦することの面白さ
4Gamer:
Lin氏も,格闘ゲームが大好きだと聞いています。ですが,Lin氏のように忙しいビジネスマンですと,コツコツと練習するとか,あるいはフレーム数そのほかのデータを覚えるといったことは,難しいのではないかと思います。
そんな中で,格闘ゲームに今も高い情熱を持ってプレイし続けている,その原動力は何でしょうか?
Lin氏:
その現状を踏まえたうえで言いますと,そもそも,格闘ゲームは入りやすいゲームだと思っています。チームプレイは必要ないですし,決着までも早いですしね。
実際,Twitchがまだ小さなベンチャー企業で,社員が8人しかいなかった時代には,ランチタイムになるたびに,ストリートファイターIVを社員みんなで遊んでいました。なにしろ僕が一番強かったので,遊びたかったんですよ(笑)。
ただ,当時のCEOだったMichael Seibelは負けず嫌いで,皆に内緒で毎晩午前2時とか3時とかまで練習を積み重ねてたんですね。しかも彼はバイソン使いで,プレイスタイルも「今夜勝ちたい」タイプでねえ……(苦笑)。なので彼に負けないように皆が必死で練習する,みたいなことになりましたね。
4Gamer:
お話をうかがっていると,顔見知りとプレイしていたというのが大きなカギになっているように思えますが,どうでしょうか?
Lin氏:
大きいですね。大きいですし,実は僕にとってもこれは重要な経験です。
僕はもともと人見知りで,人と話をするのが苦手だったんです。小さい頃は親に言われていろいろとスポーツもやらされましたけど,とにかく友達と仲良くできないものだから,まるで面白くなくて。
でもゲームは,人とつながれる。これはとても大きな経験でした。
もちろん,すべてのアメリカ人がそういうことを覚えないというわけではありません。Twitchが大きくなるにつれて,僕らは格闘ゲームシーンからも人を雇うようになりましたが,そういったプロプレイヤーたちはフレーム数とかをきっちり把握してますね。彼らと対戦すると「ズルいぞ!」みたいなことを思ったりはします(笑)。
4Gamer:
Twitchには,格闘ゲームシーンからリクルートされた社員も多いと聞きます。
Lin氏:
たくさんいます。我々は格闘ゲームに対して真剣に取り組んでいますが,それにはそういったエキスパートの知見が欠かせません。
格闘ゲーマーは何を必要としていて,また格闘ゲームシーンに対して何ができるのか,より高い視点をTwitchにもたらしてくれたのは,彼らです。
4Gamer:
顔見知りと対戦するという点で言えば,日本でもかつてゲームセンターでは自然と格闘ゲームコミュニティができ,そこで顔見知り同士が対戦するということも起きていました。オンラインの時代になって,こういったコミュニティの形成に変化はありますか?
梅原選手:
日本の場合,オンラインもオフラインも非常に快適にプレイできるので,どちらにおいても良い対戦環境が得られます。結果,確かに以前とは違って,東京や大阪といった大都市に住んでいなくても,格闘ゲームのコミュニティを作り,そこで切磋琢磨できるようになりましたね。
なので,今は地方からでも強いプレイヤーが出てくる時代になった,とも言えます。実際,地方出身の強豪選手には事欠かないですよね。
好きなものを,稼ぐ手段へと貶めない
4Gamer:
格闘ゲーム実況による影響として,事前に実況配信を調べて,ライバル選手のプレイスタイルや癖などを研究するといったことも可能になっているように思えます。この点について,どう思われますか?
梅原選手:
4Gamer:
そういった事前の偵察への対策として,たとえば大会が近くなってくると実況配信でも手の内を隠してプレイする,といったことはありますか?
梅原選手:
そこまではしないですね。
大事にしてることとして,仕事は仕事としてやるべきだけど,だからといってそこで健全じゃないなと思うようなことはしたくない,というのがあります。それはもう,全力で勝ちに行くなら,自分のプレイスタイルや戦術といったものを隠して,実況配信するというのもアリなんでしょう。でも,それって自分には「ゲームを利用して仕事をしている」ような感覚があって,嫌ですね。
好きなものが稼ぐ手段に成り下がるというのは,自分は嫌だし,そうなってしまうようなことはしないです。なので,いつもどおりに練習し,いつもどおりに遊ぶというのを心がけてます。
4Gamer:
実況配信していると,視聴者から要望や意見が出てくるようなこともあるかと思いますが,何かとくに印象的だったものはありますか?
梅原選手:
コメントは,おおむね挨拶の交わし合いのような場ですから,とくに印象に残っているというようなものはないですね。
4Gamer:
そういったコメントが出てくることに期待するようなところはありますか?
梅原選手:
以前は期待していたんですが,今では「自分はそれを期待しちゃいけない側にいるのだ」という意識があります。それこそ配信を見ている人がまったく何のコメントもしなかったとしても,配信を楽しく展開していくのが自分の役割だと思うんですね。
4Gamer:
Lin氏にうかがいたいのですが,格闘ゲームの実況配信に関して,他のゲームの配信とはここが違うというところはありますか?
Lin氏:
これがFPSやMOBAの場合,ほとんどの情報は画面の外にあります。ですのでこれらのゲームに比べ,格闘ゲームの配信は視聴者にとってもより分かりやすいものにしやすいです。
もちろん,格闘ゲームは「遊んでいるところを見たことがある」という視聴者が多いジャンルでもありますので,そういう面でも視聴者にとって分かりやすい配信になりやすいですね。
4Gamer:
梅原選手は,「たとえコメントがなくても視聴者が楽しめる配信を目指すべき」と語られましたし,それはプロフェッショナルとして非常に優れた見解だと思います。一方で,より手軽に配信をしてみたいという人にとって,格闘ゲーム配信をより手軽に盛り上げるために利用できる機能はありますか?
Lin氏:
「Cheeringシステム」が便利だと思います。
EVOで使われているものですが,対戦しているプレイヤーのどちらかに,視聴者がCheerのポイントを投票できる仕組みです。Cheerポイントは有料なのですが,プレイヤーに対して入ったポイントはそのプレイヤーへの「投げ銭」となります。
これは,もちろん他のゲームでも使えるものですが,対戦ゲームにおいては,よりその効果がはっきりと現れます。戦っているプレイヤーが2人しかいないわけですから,Cheerの投票による盛り上がりも大きいんです。
格闘ゲームの持つ多様性と可能性
4Gamer:
ゲームに対する接し方や真剣さは,ゲーマーによって異なっています。また,そのスタイルがあまりに大きく異なっている層がひとところに集まったとき,しばしば不毛な言い争いが起きたりもしてきました。
e-Sportsの大会配信などにおいては,たとえばコメント欄においてこの手の激突が起こりえると思うのですが,これについてどう思われますか?
梅原選手:
まず最初に思うのは,「スポーツなんてそんなものだろう」ということですね(笑)。
スポーツは素人が見て,素人が勝手なことを言うものじゃないですか。その結果としてコメント欄が荒れるというのは,ある意味で人気の証拠だと思います。
4Gamer:
ああ,確かに……。
梅原選手:
もちろん意図的に荒らすとかいうことになれば,また話は別です。
ただ,それとは別に,危険だと思うこともあります。「ライト層が喜ぶから」という理由で,コアな人たちがあまり楽しめないようなルールやゲーム,あるいは態度といったものがメインに来てしまうと,これはこれで問題だろうな,と。
まだ皆が慣れていないものって,最初は受け入れられないものです。そこで受け入れられないことに対して気持ちが負けてしまうと,一時的には受け入れられたとしても,長い目で見ると持たないんですね。そうなったらいずれ衰退し,終わっちゃいます。
自分の目から見ると,今のトッププレイヤーは,サービス精神はないんだけど,媚びる気持ちはあるように見えます。この2つはまったく別のものです。媚びるのではなく,サービス精神を持てと言いたいですね。
4Gamer:
瞬発的にコメントが得られるようなことにばかりかまけてはいけない,と。
梅原選手:
そうですね。そこは注意すべき点だと思います。
「人がこんなことを求めているからこうする」「今度はこういう意見があったからこうする」というやり方では,結局,目的がなくなってしまいます。それでは「配信している」のではなく「配信させられている」ことになってしまうんです。そうなったら,新しいものを生む力はなくなってしまいますよね。
人間には弱いところがありますから,注目されると,どうしてもその注目を維持させたいと思ってしまいます。でも目的って,そんな近いところにはないはずですよね? 目指すべきゴールは自分の中で設定するものであって,顔の見えない人たちのコメントによって作られるものであってはいけない。その点には,気をつけています。
4Gamer:
格闘ゲームでe-Sportsというと,やはりEVOが有名ですが,Twitchから見たEVOの特徴としては,とくにどういう点があるでしょうか?
Lin氏:
たくさんの競技者がいて,たくさんのタイトルがあるというのは,最も分かりやすい特徴だと感じています。
ですが最大のポイントは,参加者が全員競技者である,というところですね。これは,e-Sportsの大会としてはとても珍しいことですし,素晴らしいことです。競技者が集まって戦うだけでなく,互いに知り合える場でもあるわけですから。
たとえ勝てなくてもEVOには行ってみたい,そこで強い人の強さを実際に体験したいという参加者の思いが,EVOの人気の秘訣だと思いますね。
あと,EVOから我々が学んだこととして,格闘ゲームというジャンルの圧倒的な多様性があります。ただ単にタイトルの数やプレイヤーの数が多いというだけでなく,世界中どこからでも強いプレイヤーが出てくるんです。
そういった多様なプレイヤーが,自分の国における格闘ゲームの状況などを情報交換し,交流していくというのも,EVOの良いところですね。
4Gamer:
強い格闘ゲーマーは世界中にいるということですが,Twitchでの格闘ゲーム配信を「発信地」という視点で見たとき,やはり他のゲームよりも地域的な分布は広いのでしょうか?
Lin氏:
今ではTwitchの社員となっているMike Rossが教えてくれたんですが,あまりにも世界中にプレイヤーが散らばりすぎていて,物理的に大会に参加できないプレイヤーがいるくらいだ,といいます。
逆に言えば,そういう遠隔地の強豪が,Mike Rossや梅原選手といったプレイヤーと勝負するといったカードは,いまだに成立していないということでもあります。
つまり格闘ゲームシーンはまだまだ若く,そこには大きな可能性が残されている,ということです。どこから新しいスター選手が出てくるかわかりませんし,ゲームそのものも進化し続けています。
格闘ゲームシーンがより国際化していくという動きも,まだまだ拡大すると思います。先週末もスマッシュブラザーズの大会があったのですが,参加プレイヤーはアメリカから4人,クウェート,フランス,あと在外米軍基地からの参加者といった具合ですからね。
4Gamer:
日本で格闘ゲームというと,閉塞感やマニア化といった話題が取り上げられることが少なくないだけに,この場で示された格闘ゲームシーンの可能性は非常に興味深く感じます。
Lin氏:
新しいことや,変化することを嫌う人というのは,必ずいます。とくに,何か新しいことをしようとしたら,そういう人たちとの遭遇は避けられません。
だからこそ「あなたが正しいと思ったことをしていこう」と訴え続けたいですね。
4Gamer:
最後になりますが,今後Twitchで格闘ゲームの配信をしていきたいと思う人々に,梅原選手からメッセージをお願いします。
梅原選手:
ですが自分みたいに専門的にやっていこうという気持ちがあるのなら,話は変わってきます。
人間にとって最高の娯楽は,人間が作り出したものだと思うんです。ということは,その肝心の人間に魅力がないと,面白い配信は生まれないですよね。
なので,配信を見て配信をするのではなく,いろいろなものを見て,いろいろなところから情報をもらい,さまざまな経験をして,自分という人間に幅を持たせないと,成功はおぼつかないと思います。
4Gamer:
本日はありがとうございました。
Twitch 公式Webサイト
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