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[CEDEC 2013]スマートフォンアプリの権利を守り,パクリ問題を回避するために――具体的な対策も語られたセッションをレポート
スクウェア・エニックス 樽見俊明氏 |
ソーシャルゲームにおける,いわゆる「パクリ」問題は数年前からメディアを騒がせているが,ネイティブアプリに関しても知的財産権にまつわる問題が発生しているようだ。このセッションでは,問題を回避するための具体的な対策が語られているので,簡単に紹介したい。
講師はスクウェア・エニックス 法務・知的財産部 マネージャーの樽見俊明氏である。
はじめに――必ず読んでください
本稿では,このセッションで紹介された「特許調査の方法」について触れている。だが,樽見氏の発言を引用すると「これで絶対大丈夫,というものではない」。専門性の高い分野において“生兵法は大けがの元”であることは,しっかりと理解しておいてほしい。
なお,本稿を参考にして特許調査を行い,その結果として発生した損害に対して,講演者,筆者,4Gamer編集部ではその一切の責任を負わないのであしからず。また,記事内で触れている対策の有効範囲は「日本国内に限る」とのことなので,そちらも注意してほしい。
スマホアプリにおける知的財産権とその重要性
そもそもスマホアプリにおける「知的財産権」とは何だろうか。
スマホアプリの知的財産権は大きく3つに分けられ,それぞれ別の法律が担当している。
・素材に関する権利(著作権など)
・ネーミングに関する権利(商標権など)
・アイデアに関する権利(特許権など)
いきなり難しい話になりそうだが,無料もしくは低価格で配信されているスマホアプリの権利を守ることに,どこまでの意義があるのだろうか。
樽見氏は「基本無料,あるいは低額だからといって,知的財産権を軽んじてはならない」と力説する。実際,Free-to-Play(基本プレイ無料)のゲームやアプリを巡って,裁判にまで発展したケースはいくつもあり,「訴訟が1件あれば,訴訟に至らない警告やトラブルはその何倍も起こっている」「実際に相当な数のトラブルが起こっている」のだ。
また訴訟に至った場合,サービス停止やロイヤリティの支払い,弁護士費用の捻出,アプリ開発部門にかかってくる負担(裁判に必要な資料を準備したり,検証したりといった時間と手間)などが発生し,要するに「大変なことになる」。そのため,スマホアプリでも知的財産権管理は欠かせない事案なのだ。
では,実際にどう対策すべきかという問題だが,「基本的にはパッケージソフトと変わらない」と樽見氏は語る。適用される法律は同じなので,原則として対策方法も変わらないわけだ。
だが,ここで注意が必要になるのは,スマホアプリやソーシャルアプリはパッケージソフトと比べて,開発規模や予算が小さいという点だ。パッケージソフト同様に時間やコストをかけて知的財産権管理をすると,それだけで破綻してしまう。スマホアプリにおいては,特にこうした点を考慮する必要があると氏は指摘した。
著作権と商標権に関する対策
さて,知的財産権管理のうち,著作権と商標権に関しては比較的だが話はシンプルだ。
まず著作権対策。この大原則は「オリジナルで制作すること」だと樽見氏は語っている。これは「参考にするもの(依拠するもの)がなければ,著作権侵害は発生しない」ということだ。たとえ酷似した作品が,すでに世の中に存在したとしても,その作品を「参考にしていない」ことが確かであれば,著作権侵害にはならないのである(とはいえ,広く世に知られているものに対して「参考にしていません」と主張しても,普通は通用しない)。
もう1つの対策は「ライセンスを活用すること」。許諾を受ければ,著作権侵害は発生しない。一定のルールを守れば無料で使えるフリー素材などをうまく活用すれば,コストダウンや効率化にもつながるという。
スマホアプリの場合,多くのクリエイターが関与するケース(カードのイラストなど)があるが,「オリジナルで作ってくれという指示だけでは,トラブルの元になりかねない」(樽見氏)。事前にどういうレベルでオリジナルでなくてはならないのか,どういう手法をとればいいのか(または悪いのか)といった制作上のガイドラインを準備しておくと良いとのことだ。
また,「ライセンスの活用」においては,いわゆるオープンソースの利用が一般的だ。これらはライセンス表記が必要だったり,利用規約が設定されていたりするので,その点には注意が必要になる。
続いては,商標権に関する対策について。これは「商標出願し,登録商標になってから使用する」ことが原則だ。登録商標には専用権が付与されるので,独占的に使用できる。
ただし,これにもスマホアプリの場合は注意すべき点がある。それはスケジュールの問題だ。登録商標の出願から登録までには約7か月を要するという。7か月といえば,場合によっては開発期間より長くなってしまう。この点について,樽見氏は「なるべく前倒しで作業を行うこと。企画を作るのと同時期に出願したら間に合うかなという感じ」と語っている。現実はなかなかに厳しいようだ。
特許権には「有効な対策がない」
著作権や商標権とは異なり,アイデアに関する権利である特許権には「これをやれば大丈夫という有効な対策がない」(樽見氏)。それにも関わらず,特許に関するいざこざは後を絶たない,実に厄介な事案である。
特許は著作権と異なり,「参考にしていないから,権利を侵害していない」という主張は通用しない。たとえ参考にしていなくても,結果的に似ていたらアウト。だから,開発者が見たことも聞いたこともないのに,「ウチのゲームに似ている。パクリだ!」と突然訴えられることもあり得るわけだ。
さて,最初に「有効な対策がない」とは言われたものの,まったく対策しようがないわけではない。パッケージソフトと同様,「特許調査を行い,自社アプリのアイデアが他社特許の権利範囲にあたるかを確認する」ことによって,特許侵害を回避できるという。というか,これしかない。
加えて,特許は極めて専門的な知識が必要なので,特許の専門部署や社外の専門家に依頼するのが一般的である。
要するに「専門家に任せましょう」ということになるが,専門家に任せれば当然コストはかかり,なによりも時間が必要になる。例えばゲームアプリの場合,依頼を受けた専門家は,まずゲームの仕様について打ち合わせをして,ヒヤリングをして,いろいろな勉強をして,しかる後に特許を調べて……という流れになるため,1〜2か月は要する。しかし,この期間を気長に待っていられるほど悠長な開発環境は,ことスマホアプリに関してはめったにないだろう。
「スマホアプリの開発期間や開発費を考慮すると,開発者自身がある程度自分でできなくてはいけない」「開発者が特許を分かって当たり前,という時代が来るのではないか」というのが,樽見氏の見解である。
こうした実情を踏まえて,講演は「実際に特許調査をどのように行えばいいのか」といった実演パートに突入する。
「特許調査を自分で始めてみよう」
さて,当たり前のことだが,「いきなり特許調査をしようと思っても,できないし,難しい」と樽見氏は語る。
では,いったいどこが難しいのだろうか。樽見氏によると「特許の書類に書いてある日本語が難しすぎること。何が書いてあるのかわからない。これが特許をわからないものにさせている」とのこと。
これは法律に限らず,専門的な分野では非常によくある話だ。とあるゲームのコアなファンのことを「プロデューサーさん」と呼ぶが,この前提を知らないと意味がよく分からない記事とか,結構ありますよね?
それでも何回か目を通していれば,なんとなく理解できるように,特許の書類も「何度も読むうちに必ず慣れる」と樽見氏は述べる。実際,スクウェア・エニックスの開発者にも,いつの間にか特許の書類をすらすら読めるようになった人がいるそうだ。
特許調査に使うツールは2つ。ブラウザと表計算ソフト(またはテキストエディタ)があればいいという。
実際に必要な手順は以下のとおりだ。
1. 特許電子図書館で特許の検索をする
2. 検索した特許を解析する
この順番で特許調査の流れを見ていこう。
1. 特許電子図書館で特許の検索をする
特許の検索は「IPDL 特許電子図書館」で行う。利用は無料で,特許のほかに商標の検索も可能だ。
検索メニューの「特許・実用新案検索」から「公報テキスト検索」を選択する。
なかなか見慣れない単語が並んでいる検索画面だが,まずは上部にある「公報種別」のチェックボックスに注目してほしい。特許に関係するのは「公開特許公報」と「特許公報」だが,前者は特許の申請はあるが,まだ登録が認められるかどうか分からないもの。後者は特許庁による審査が終わり,特許として登録されたものだ。つまり,後者の特許公報が「これを踏んだら危ない」という特許のデータベースになる。
続いて,キーワードの入力だ。ウィンドウがたくさんあるが,今回必要なのは「要約+請求の範囲」。ここに調べたい特許の特徴や仕組み(ガチャ,課金,バトルといったシステム)にまつわるキーワードを入力すればいい。
このセッションでは,「電子漫画を閲覧する特許」を調べてみることになった。
「漫画」「閲覧」と入力して検索すると,3つの特許がヒットした。このうち「漫画閲覧装置および漫画閲覧のためのプログラム」が,スクウェア・エニックスが持っている漫画ビューワの特許だ。
このリンクを開くと,特許の詳細が表示されるが,この中でポイントになるのは「請求の範囲」。ここに権利の範囲がまとめられている。ほかのメニューは「権利範囲を解析するための参考と考えてよい」とのことだ。
2. 検索した特許を解析する
検索した特許は,表計算ソフトを使って3つのステップで解析していくことになる。
2-1. 特許請求の範囲の「請求項1」を1段落ごとにコピー&ペースト
特許請求の範囲には「この特許の権利がどういうことなのか」が書かれている。樽見氏の説明によると「請求項1に最も広い,中心的な権利が書かれている」とのことで,請求項2以降は,基本的に補足にあたる。つまり,請求項1を把握すれば概ねいいということになる。
請求項は句点ではなく読点で,ひとつひとつの段落が区切られているので,これを目安にするといいだろう。
2-2. 各段落ごとに,何の機能なのかを自分の言葉で置き換える
このステップは「こうせざるを得ないという部分」(樽見氏)。要するに,特許語を現代日本語に翻訳する作業だ。
実際,ここで重要になるのは,読もうとしている特許公報全体に,先にざっと目を通しておくことだという。難解なテキストばかりだが,画像が多いので漠然としたイメージはつかめるはず。その後,それぞれの段落の「日本語化」を進めていく。
2-3. すべての機能を備えたものが特許の権利範囲であることを理解する
特許の「権利範囲」とは,書かれている「すべての機能を備えたもの」が該当する。つまり,ある特許に機能が5つあれば,すべてが揃った状態で初めて特許として認められるのだ。類似の機能を持った企画であったとしても,特許の権利範囲にある機能が1つでも欠けていれば「特許侵害しないという判断が可能」というわけである。
アプリ開発者に求められるスキル
最後の質疑応答では,樽見氏から「海外では開発者が特許調査を行うことを,ご法度にしている開発会社がある」という指摘があった。確かに「開発者が特許調査を行う」ということは,言い換えると「法務部がソースコードを書く」ということに等しく,結果として効率が悪くなったり,大きな問題に発展する可能性は高い。
だが,スマホアプリにおける開発規模を考慮すると,特許調査に数か月もかけている余裕がないこともまた事実であろう。こうした意味では,アプリ開発者にもしっかりとした法律や法務の知識が求められる時代は,確かに近いのかもしれない。
とはいえ,各オンラインストアの現状は,著作権侵害を疑われるような怪しいアプリが散見されている。この懸念についても質疑応答で触れられており,開発側の努力だけでなく,ストアとのより緊密な協力も必要となってくることだろう。
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