ゲームを買うとき,「パッケージ版」か「ダウンロード版」かで悩む。最近はもうDL版ばかりだが,当たり前に購入され,みんなの自慢のコレクションに加えられていく
物理的なゲームパッケージに思った。
これ,誰がどう作ってるものなの?
ゲームメーカーの手作りじゃないよね?
そんな疑問を解消すべく,今回は長年ゲームパッケージ制作を手がけてきた株式会社
HIKE(ハイク)に話を聞かせてもらった。
お弁当箱のようにして作られるデザインのキモ。そういえば目にしなくなった取扱説明書の今。
知らなかったことがいっぱいだ。
なお,同社は2023年2月1日に株式会社QBIST,株式会社CREST,株式会社SANETTY Produceが合併した新会社となる。
写真左から,HIKEの大辻氏,川口氏
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ゲームパッケージならぬ“副資材”
4Gamer:
私は近年……とも言えないくらい前々から,ゲームはダウンロード版しか買っていない身ですが。パッケージ版は誰がどう作っているものなのか気になりまして,お話をうかがわせてもらいにきました。
本日はよろしくお願いします。4Gamerです。
大辻氏:
HIKE プロモーショングループ チーフディレクターの大辻と申します。私はゲームパッケージの“副資材”制作を長年担当してきました。
川口氏:
同じくデザイングループのチーフデザイナーを務めております,川口と申します。自分も大辻と同様,副資材のデザインに長年携わってきて,ほかにも画集や設定集,イベントパンフレットなど印刷媒体全般のデザインを担当しています。本日はよろしくお願いします。
4Gamer:
前提として,パッケージの構成物は副資材と呼ぶんですか?
大辻氏:
はい。パッケージのプラケースに挿入する化粧紙(表・裏面の印刷物)や同梱のチラシ,最近ではあまり見なくなりましたが取扱説明書など,ケース内に含まれる印刷物全般のことを“副資材”と呼んでいます。ディスクレーベルのデザインも印刷物なので副資材の範疇ですし,特装版パッケージなどの外箱や同梱物も含まれます。
副資材の制作自体は,あくまでメーカーさんのお仕事なのですが,ゲーム制作とは少し毛色が異なる仕事であるため,弊社のような外部の会社に依頼していただくケースが多いと思われます。もちろん,メーカーさん自らが社内で制作するケースもあるとして。
4Gamer:
会社的には,なにがどうなって副資材に手を出したんでしょう。
大辻氏:
QBIST(HIKE合併前の会社)はもともと,編集プロダクションのような業態からスタートし,ゲームの取説や攻略本を作っていました。
そしてメーカーさんから取説のお話をいただくなかで「ほかの副資材も一緒に作ってもらえないか」とのご提案があり,化粧紙やチラシなども手がけるようになったんです。それから業界の流れ的に,ここ10年は実物の取説を作る機会がだいぶ減ってきたこともあり,現在では副資材だけの制作依頼をいただくのが主流になっています。
4Gamer:
ゲームパッケージあらため副資材の制作は,編集・出版のお仕事というべきか,いや印刷業,いやいや製造業,もしくはデザイン会社? 的な。どの業界のお仕事に分類されるものなんでしょう。
大辻氏:
我々の立ち位置は編集・デザインですが,個人的には“ゲームに関わる会社のお仕事”という言い方が一番しっくりきます。
ただ副資材は印刷物ですので,メーカーさんが印刷会社さんに依頼するパターンもあります。弊社からも印刷会社さんに協力をお願いして一緒に制作することがありますし,そこは会社ごとにさまざまですね。
川口氏:
パッケージはゲームの顔であり,メーカーさんとユーザーさんをつなげる重要なプロモーション媒体でもあるため,プラットフォーマーさんがとても大事にされている部分です。
自分たちもその思いを大切にし,より魅力的なパッケージになるよう,編集・デザイン担当としてお手伝いさせていただいております。
4Gamer:
お仕事的にはどこからどこまでやるのでしょう。
大辻氏:
パッケージに使われる副資材の内容のとりまとめから編集,それをもとにデザイン作成から入稿するまでが弊社の業務となります。
そこから先のディスクレーベルやケースの製造,我々が手がけた印刷物などをワンパッケージに組み合わせる作業「アッセンブリ」は,ソニーさんや任天堂さんといったプラットフォーマーさんの領域です。
ただしメーカーさんによっては,弊社が一部印刷物の作成と納品を担当することもあります。
4Gamer:
制作と製造が切り分けられている構造なんですね。
御社はこれまで,どれだけのタイトル数を手がけてきたんですか。
川口氏:
QBISTでは,自分たちが入社する以前からさまざまなタイトルが手がけられていたため,正確な総数は不明なのですが,ここ10年の数で言ったら200タイトルくらいでしょうか。
大辻氏:
ただ,その「タイトル数」というところは少し補足が必要だろうと思い,こちらでいくつか制作事例を用意しました。
なお,我々はあくまでも裏方のため,我々が関わっているタイトルであっても,メーカーさんの許可なしで勝手に名前を挙げることはできません。そのため今回は事前に各社様に問い合わせたうえで,レベルファイブ様,スパイク・チュンソフト様,ユービーアイソフト様にご快諾いただけたタイトルを例に説明させてもらいます。
4Gamer:
お手数おかけいたしましたと,協力してもらった各社に感謝を。
取材協力:レベルファイブ,スパイク・チュンソフト,ユービーアイソフト(話題の登場順)
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川口氏:
タイトル数の例ですが,こちらにあるレベルファイブさんの「妖怪ウォッチ4++」はゲームとしては1タイトルですが,PS4版とSwitch版の計2ハード(機種)があるので,制作した本数は2本になります。
また,スパイク・チュンソフトさんの「メイドインアビス 闇を目指した連星」。これもPS4版とSwitch版の2ハードがありますが,日本語版のほかに繁体字版も手がけています。
4Gamer:
あー,1タイトルでも,制作する数が1つとは限らないと。
つまり,ゲーム1タイトル×機種数×言語数=制作本数に?
川口氏:
はい。メイドインアビスなら「ゲーム1タイトル×2ハード×2言語」で,制作した本数は計4本になります。
PS4版「メイドインアビス 闇を目指した連星」。左が繁体字版,右が日本語版(※HIKEではパッケージ裏面(表4)とゲームロゴのデザインを担当
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4Gamer:
というか,海外版パッケージも国内で作ってるんですね。
川口氏:
北米版や欧州版は,メーカーさんが現地法人を持っていらっしゃることも多いので,そちらで直接制作される例が多い印象ですね。
一方で韓国・中国などのアジア圏は,日本で一括で作るケースが多いかと思います。ハングル版や繁体字版以外にも,言語は英語ですが北米や欧州とは規約が異なるシンガポール版もよく作成します。ちなみに,タイトルロゴもそれぞれの言語でリデザインすることもあります。
4Gamer:
制作拠点とリージョン次第だと。全体像が見えてきました。
副資材の作られ方は?
4Gamer:
では今一度,副資材作りの流れから教えてください。
大辻氏:
我々の場合,メーカーさんとの最初の打ち合わせの場で「副資材の構成」と「納期」をお聞きします。それを踏まえて,以降の提供素材の入稿日やラフ作成などのスケジュールを確定していきます。
制作に入ったら,まずは提供素材をもとにラフを起こし,デザイナーが作成したデザインをもとに,メーカーさんとの相談や調整を重ねます。ある程度の完成度になった段階で,プラットフォーマーさんにもチェックしてもらい,内容への許可をいただきます。そして必要な副資材がすべて完成したら入稿データを納品して,ひと区切りです。
4Gamer:
制作スタッフの面々はどのような構成ですか。
大辻氏:
メーカー窓口の営業が別にいますが,制作側は私のようなディレクター(=編集)が1人,川口のようなデザイナーが1人の体制が多いです。
4Gamer:
2人。しかも内製で。どこどこに発注するとかでもなく?
大辻氏:
ええ。原則として,副資材は“発売前の新作”に関わる仕事です。機密性の高い業務ですので,外部の会社さんを介すると,メーカーさんとの秘密保持契約などでスムーズに進めづらくなったりもします。
そのため例外もありますが,弊社では社内で完結させたほうが機密性を保てて,なおかつ効率もいいだろうとやってきました。
なにより,副資材制作は基本的に小さなお仕事ですので,少人数でやったほうがイメージの統一や管理もしやすいんです。
4Gamer:
ワンパッケージの制作期間はどれくらいに。
大辻氏:
制作するもの次第ですが,近年では2か月ほどです。実際の制作時間のほか,関係各所のチェックやその後の修正対応にも多くの時間がかかるため,トータルでそれくらいの期間になります。
4Gamer:
何本くらい同時進行できるものなんでしょう。
いえ,私もこの質問をされたら苦笑いしますが。
川口氏:
(笑)。そうですね,1タイトルで制作物が何種類あるかで変わってきますが,けっこうな数を同時進行したりもします。
繁忙期だと「(両手の指を折りながら)ハードはこれとこれ,言語はこれとこれで,作るものはこれとこれとそれから……」と,機種数や言語数の多さに打ちひしがれたりしていますね(笑)。
4Gamer:
指折り数えたくないやつだ。ちなみに,これは愚痴とかではなく,ゲーム業界もといメディア側でよくあることなのですが。
納期のお尻だけは決めるのに「絵がまだで……」「そこ調整中で……」などと,スケジュールが開発状況の余波を受けたりなんかは?
大辻氏:
書籍系と比べると,素材も情報も提供が早め,というよりほどよく状況が整ってからご依頼されることが多いですね。
ケースバイケースではありますが,「メインビジュアルが真っ白!」といったこともあまりないです。組版後の差し替えもあるにはありますが,仮表示が多すぎると,プラットフォーマーさんのチェック段階で差し止められてしまいますので(笑)。
4Gamer:
みんなフェアプレイの美しい界隈ですね。うらやましい。
いえ,べつに,愚痴じゃないですよ?
具体的にはなにを作るの?
4Gamer:
あらためて,副資材にはどんなものがあるのでしょう。
大辻氏:
まずはパッケージのプラケースに挿入する「化粧紙」。それから,ディスクやゲームカードに印刷される「レーベル(またはラベル)」があります。それ以外の同梱物は時期によって異なりますが,昔は絶対に入っていた紙の取説はほぼ見なくなりましたね。アンケートの葉書やチラシ広告なども,かつてはよく作成する副資材でした。
川口氏:
最近だと,封入特典のダウンロードコードが記載された「チラシ」も多いですね。あと,プラケースの保護フィルム包装の表面に貼って特典付きをアピールする「シール」もよく作成しています。
ちなみに,作成したいろいろな副資材やシール類の貼り付けなど,最終的なアッセンブリは製造の仕事になります。
3DS「妖怪ウォッチ」のパッケージ(※HIKEではパッケージ裏面(表4)のデザインを担当)
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Switch版「侍道外伝 KATANAKAMI」のパッケージの中身(左:チラシ,右下:ラベル,右上:表1に貼られていたシール)
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4Gamer:
パッケージの花形であろう「化粧紙」についてはどうでしょう。
お店に並んでいるゲームで最初に見るのは,やはりパッケージビジュアルです。その次は価格か裏面かで意見が割れそうですが,第一印象を担う化粧紙はどのような工程で作られているのか。
大辻氏:
パッケージ表面の「表1」も裏面の「表4」も,メーカーさんの「この素材を使って,こんな感じにしてください」という,大まかなコンセプトを踏まえての作成となります。
表1に入れるイラストやタイトルロゴもメーカーさんのほうで用意していただくことが多いので,私たちの仕事は主に,いただいたイラストやテキストをより良く,最大限コンセプトを伝えられる形に整えるという業務になります。ときどき,副資材と合わせてタイトルロゴの制作をお願いされるケースもありますが。
4Gamer:
パッケージイラストは開発側が肝いりでやるデザインでしょうけど,ロゴ制作もデザイン仕事としては大きそうですね。
ある種,もう一つの顔を任されるわけですし。
大辻氏:
事例は多くはありませんが,光栄なご依頼だと思っています。
一方,ゲーム情報を凝縮する表4は,表1に比べて考える点が増えます。パッケージ裏は上半分のゲーム紹介のほかに,製品情報や注意文や権利表記をまとめて記載する下半分,通称「規定文エリア」があります。ここは「何ミリ幅で,これとこれは記載厳守,位置は固定」などのルールが厳密に定められているので,それらをエリア内にきれいに収めつつ,残りのスペースでいかに内容紹介を充実させられるかの戦いになるんです。
PS4版「妖怪ウォッチ4++」の化粧紙(※HIKEでは裏面(表4)のデザインを担当)
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川口氏:
いかに必要な情報を整頓し,手に取る人たちに「このゲームおもしろそう!」とワクワクしてもらえる形にできるか,という話ですね。
4Gamer:
料理をお弁当箱に,いかに詰めて盛りつけるかみたいな?
大辻氏:
お弁当箱はとてもいい例えですね。性質としてはコンビニ弁当がより近いかもしれません。
メーカーさんのお料理を適切かつ見栄えよく詰めていき,プラットフォーマーさんに検品してもらって,問題がなければ同じものを作ってもらい,出荷されていく。いろいろな盛り付けを知っておき,ルールや制約を満たして,各方面に満足していただくデザインを追求するわけです。
4Gamer:
例えば,PS版は関東風,Switch版は関西風など,素材も見た目も違うものにすることはあるんでしょうか。もしくは統一が原則か。
大辻氏:
イメージの統一が最優先なので,基本は同じ素材を使っていきます。ただ,スクリーンショットは機種ごとに画面に表示されるボタンや表記が異なるため,同じシーンをハードごとに撮影し直します。
「妖怪ウォッチ4++」の化粧紙。左がSwitch版,右がPS4版
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4Gamer:
なるほど。しかし,化粧紙のサイズってだいぶ違うんですね。
大辻氏:
PS版とSwitch版では縦横比が異なるので,同じ素材でもレイアウトの調整は必須ですね。ラフをすんなり落とし込めることもありますが,なにぶん面積がせまいため,要素をどう収めるかに悩む例も多いです。
川口氏:
見せたいイラストやテキストを最大限強調しながらも,規定や必要サイズを厳守して統一感を持たせる。そこが一番気を使う部分です。
「妖怪ウォッチ4++」の場合,スクリーンショットの段組を変えたり,キャラクターイラストの配置順を変えたりして,違う紙面サイズでも情報の密度や優先順が変わらないよう,デザイナーが調整しました。
その際,画像やフォントのサイズ,文字幅や行間などあらゆるパーツを,場合によっては0.125ミリ単位で調整し続けるんですが,きっちり収まった瞬間は「ヨシ!!」と毎回すごい達成感を味わえます(笑)。
4Gamer:
使える空間に合わせて整理していくと。職人技だ。
こうした裏面の見せ方にも戦略があるんですよね,きっと。
川口氏:
メーカーさんや開発者さんごとに見せたいもの,伝えたいこと,情報量も異なりますので,コンセプトに応じてイラストを強調する,あえて文字を主役にするなど,見せ方は常々模索しています。
ラフ段階でイラストが大量に配置されていて,デザインに起こすのが一苦労なときや,テキストが1ハードだけどうしても入りきらない……という相談中に「もう一つ増やしてほしい!」と要望がくるなど,大小さまざまな波乱も起きますが(笑)。そういう折衝を繰り返しながら,より良いものになるようデザイナー一丸となってがんばっています!
4Gamer:
取扱説明書のほうはどうでしょう。最近あまり見ませんが。
そもそも私の場合,買うのがDL版オンリーなのもあり。
川口氏:
取説については,こちらの「テラリア」が分かりやすいかと思います。本作は2011年のPC版発売以降,2013年にPS3版が出て,その後もPS Vita版や3DS版,Wii U版と続き,2019年になってSwitch版がリリースされるなど,長らく移植されてきたロングセラータイトルです。
そのため,ここ10年における取説の変遷が,この1タイトルのパッケージ群に凝縮されているんです。
4Gamer:
それはまた。実際どんな感じでしょうか。
川口氏:
自分が担当したPS3版のころは紙の取説に加え,プレイ中に参照できるよう別冊のアイテムレシピカタログも封入されていました。これが3DS版だと,パッと見やすい二つ折りの取説,通称「操作シート」に変わります。さらに最新のSwitch版だと(パカッ),こんな感じですね。
PS3版「テラリア」の取扱説明書+アイテムレシピカタログ
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3DS版「テラリア」の操作シート
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Switch版「テラリア」の中身
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4Gamer:
ぉぉ……Switch用ソフトはパッケージ版を買ったことないので初めて見ましたが,すごい。なんていうか,Amazonの梱包みたいな。
川口氏:
時代が変わりましたよね。
最近はゲーム内のチュートリアルやヘルプが充実していたり,公式サイトに電子マニュアルがあったりするので,紙の取説がなくても支障はないのかなと。ただ,個人的にはゲームを買ってプレイする前に,紙の取説を読むという楽しみがなくなっちゃったのは,作り手としてもユーザーとしてもちょっと寂しいなと思ったりもします。
4Gamer:
スーファミのドラクエの取説とか,それだけで楽しんでいた記憶が。
例えばこのなかにも,オモシロ説明書の類いはありますか?
川口氏:
それでしたら,スパイク・チュンソフトさんのこの「喧嘩番長」シリーズ。これらはまさしく“おもしろさ”を目指した取説になります。
4Gamer:
ひと目で分かるオモシロ系だ。
PSP「喧嘩番長」シリーズの一部作品の取扱説明書
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PSP「喧嘩番長3 〜全国制覇〜」の取扱説明書
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川口氏:
弊社は「喧嘩番長3」から副資材のデザインに携わっていまして,同作では“修学旅行の旅のしおり”を,「喧嘩番長4」では“ちょっと頭のよさそうな学校案内”をコンセプトに作成していました。
自分は続く「喧嘩番長5」でデザインを担当し,それまでと同じく,普通の取説にはしない“ゲームの舞台「阿弥浜」のタウン誌風”の方向で,編集者とともにこだわり満載で作成させていただきました。
4Gamer:
こういう,思わず読んでしまう取説ありましたねー。
ローカライズや特装版は?
4Gamer:
あと,これら副資材の海外ローカライズはどうやるのでしょう。
大辻氏:
ローカライズに関しては基本,日本版からパッケージデザインを大きく変えることはなく,規定文を各言語のものに差し替え,ロゴや文言だけ調整するパターンが多いです。
川口氏:
ただ,他言語のフォントは商業利用できるものが日本語のフォントに比べて数が限られていまして。例えばこのメイドインアビスを作っていたころは,日本語版のようなポップなフォントが使える繁体字フォントがなかったため,キャッチコピーは基本的なゴシック体を使用しつつ,色味やフチのみでにぎやかさを再現しています。
日本語では文字に大小をつけることでメリハリを出せたりもするのですが,繁体字ではそれができないのがちょっとした悩みどころですね。
4Gamer:
お二人は日本語以外の言語も読めるんですか。
大辻氏:
すべて読めるのが理想なのですが,扱う言語数が多すぎてちょっと難しいですね(笑)。
川口氏:
読むのは難しいですが,言語や地域ごとの表記・組版ルールは,違和感のないローカライズになるよう把握に努めています。繁体字の場合ですと,日本語とは違う句読点の位置だったり,言語的に漢字の画数が多いことから文字を大きめに配置するだったりがその一例です。
4Gamer:
となると,テキストの翻訳自体はしておらず?
大辻氏:
他言語版のテキストは,用語などの統一をはかるため,ゲーム内テキストの翻訳担当さんにまとめて依頼されるケースが多いです。
そのため,ほかの素材と同じくメーカーさん側が準備してくれることが多いのですが,場合によっては弊社のグループ会社(PTWジャパン)で翻訳対応をすることもあります。
4Gamer:
あと,このデッカい特装版はいかがでしたか。
おそらく仕事の質もだいぶ変わる気がしますが。
大辻氏:
特装版に関しては,なにを同梱させたいかをメーカーさんから聞くほかに,弊社からも「こういうのはどうでしょう?」といった提案をします。仕事柄,足しやすい特典をよく知っていますので。
今回用意させていただいた,ユービーアイソフトさんの特装版商品「アサシン クリード エツィオ・サーガ」は,弊社が協力させていただいたタイトルのなかでもとくに豪華な仕立てでした。こちらのオリジナルボックスにはシリーズ3作のソフトとダウンロードコード,6枚組サウンドトラックに加え,この分厚い設定資料集も同梱されています。
「アサシン クリード エツィオ・サーガ」特装版
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同梱物:6枚組サウンドトラック
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同梱物:エンサイクロペディア日本語版 ブラックエディション
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4Gamer:
リッチな内容で。
大辻氏:
このときはケースとレーベル,箱や帯のデザインを弊社で担当し,印刷以降の工程や,CDのプレスはメーカーさんに手配していただきました。ものによっては,弊社でそれらの工程を担うこともあります。
設定資料集についてはもともと海外版が存在しており,そちらの元素材と翻訳テキストをいただいて,日本語版へのコンバートを担当しました。分量が多いので,さすがに資料集は別担当に任せたのですが,あとは我々が制作進行をしましたね。
取説って最近見ないかも
4Gamer:
こうした副資材ですが,「副資材を作りたいんです!」と会社に入ってくる人っているんでしょうか。たとえばパッケージイラストの場合,イラストレーターやデザイナーはイメージできても,化粧紙を作る人となると想像されないような気が。
その点,お二方はどういった経緯で今の身の置きどころに?
大辻氏:
ゲーム業界って「ゲームに関わる仕事がしたい」と門を叩く人が多いです。我々の場合はゲーム関連会社となりますが,こうした環境に来て初めて,副資材などの概念に触れる人は多いのではないでしょうか。
私も過去,雑誌の編集などに携わっていましたが,もとからゲームが好きで,それまで培ってきたスキルを生かせそうだったので転職したところ,弊社に入社してから初めて副資材の制作を知りました。
それから好きで続けていたら,今もこうしているだけという。
川口氏:
自分も入社後すぐに当時の取説チームに配属されて,それまでイチ消費者として触れていたゲームパッケージなどの制作現場に出会い,気付けば今でも担当しているって感じです。
4Gamer:
例えばの話,副資材制作に求められるスキルセットってなんでしょう。編集者あるいはデザイナー,特装版作りなら企画屋としてのアイデア脳など,いろいろ言葉にしづらい能力が求められそうですが。
雑誌で研究したとか,制作技術の学び方の話でも構いません。
大辻氏:
やってみて初めて分かる作業と言いますか,普通の雑誌などの発想を持ってこようとしてもうまくいかないことが多いですね。
パッケージの小さな判型に収まるレイアウトのパターンを探求したり,ちょっとずつブラッシュアップしていったりする作業は,文字や要素を詰め込みやすい書籍とは根本からアプローチが異なりますので。
4Gamer:
言語化しづらい,細かいノウハウの総合技能なんでしょうね。
大辻氏:
ええ。ですから今も昔も,ほかのゲームソフトのパッケージを見るのが一番の学びになりますし,他社制作のものも非常に参考になります。
パッケージの表裏は,イラストなどのすばらしさはもちろんですが,同業だからこそ分かるマニアックな気づきがたくさんあります。たぶんユーザーさんなら気にすることのない,ほんとに細かな部分に。
川口氏:
駆け出しのころはよくゲームショップに行って,陳列されているパッケージを端から端まで手に取って,裏面ばかり見て回ってましたね(笑)。なにをどうすればキャッチーに見えるのか。なにをどう目立たせるべきなのか。なにより手に取った瞬間のワクワク感をいかにして表現するのかは,今でも追求しています。
4Gamer:
少数精鋭かつニッチなスキルとなると,新人教習も難しそうな。
川口氏:
副資材自体はニッチでクセがある媒体ではあるのですが,視覚伝達デザインとしての根本は変わりません。なので,その部分を大切にし,後続に伝えられたらと思っています。
4Gamer:
失礼は承知のうえで,副資材業界の近況はいかがでしょう。
ゲームタイトル数の推移もそうですが,DL販売もなじんできて,パッケージの物流もかなり減ったのではないかと。ゲームショップどころか大型施設のゲーム売り場もあまり見なくなってきましたし,先ほどのSwitch用ソフトのように副資材のオプションも減少傾向でしょうし……。
大辻氏:
昔と比べると,小さなタイトルはDL専売になってきましたし,パッケージを作るタイトル自体も減りました。
ですが,ここ10年はマルチプラットフォーム展開のおかげで,制作物の点数は意外と減っていなかったりします。
一昔前は「PSP版のみ」「DS版のみ」といった売り方が普通でしたが,近年はPS / Switch / Xbox,PS4版やPS5版などの展開が主流になり,さらには海外展開による他言語版を作る機会も増えています。
4Gamer:
1タイトル×機種数×言語数=制作本数の法則ですね。
大辻氏:
とはいえ,現在は取説を作ることがほぼなくなり,化粧紙とレーベルだけの最小構成も珍しくはないので,制作本数は増えても金額が低くなりがちなのは事実です。
4Gamer:
今でも取説の依頼がくることは?
大辻氏:
ほとんどありません。そのため「今だからこそ,あえて作る」といったメーカーさんもおられたりするのですが,そういうのは関係者さんが取説に思い入れがあったりするんでしょうね。
こうした昨今なので,逆に取説自体にスペシャル感があるかもしれません。変わった例だと,コンシューマゲームのIPを使ったモバイルゲームで取説を作り,チラシ的な扱いで無料配布するPRもありましたし。
4Gamer:
ん。今さらですが,副資材や取説の制作ってスマホゲーム界隈とは相性が悪いような……? あちら側での仕事ってそんなにないですよね。
大辻氏:
いえ,これが意外と多いんです。今言ったような販促やキャンペーンのお手伝いの事例も多いですし,あとはゲーム内ヘルプの制作ですね。
4Gamer:
ヘルプを頼まれるんですか。
大辻氏:
ヘルプ用テキストのライティングと,ゲーム内に実装するためのHTML組みといった仕事は,内容的に紙の取説の制作ともつながりますし,弊社でも数多く実績があります。
取説もそうですが,説明文の類いは開発側が手がけたほうが深掘りしやすい反面,ゲーム開発によくある「長期間作っていて,ユーザー目線が分からなくなる」の影響を受けやすい部分でもあります。
画面の見方なども,開発者にとっては当たり前のことでも,初見の人は「どれがHPゲージ?」などと思ってしまう現象ですね。
4Gamer:
世界観は分かるけど,操作方法がイマイチ不明とかそういう。
大辻氏:
ええ。あとヘルプには“厳守すべき約束ごと”も多いんです。
紹介するべき流れや書式のルールに理解が及んでいないと,分かりづらいものになってしまいます。そこで我々のような外部会社が制作するのはよくあることなのです。
他例では,ゲーム内に詳しい説明がなかったのが当たり前な時代の名作などで,リマスター版の開発が進んでいるとき,「あらためて電子マニュアルを作りたい」と依頼を受けることも増えました。
4Gamer:
電子マニュアルの制作はけっこうあることですか。
大辻氏:
紙の取説のころは,パッケージに当たり前のように取説がひも付いていましたから,当時と比べるとさすがに少ないです。とはいえ,依頼をいただく機会はそれなりに多いのですが。
昔はハードの制約などもあり,ゲーム内の説明がほとんどないものも多く,なかには説明書がないとまともにプレイできない作品もありました。ですが今はもう,遊びながら操作を把握できるチュートリアルの存在が普遍的ですし,ユーザー側も「分からないからwikiを見る」など,ゲームの遊び方も調べ方も変化していますし。
4Gamer:
ゲームデザインの進化が取説を不要にしたのは,まあ事実ですよね。
大辻氏:
取説を読む必要がなくなるほど,ゲームが親切になったんですよね。
川口氏:
時代の流れに逆行しているなと思いつつも,自分は紙の取説という文化がなくなってしまうことがやっぱり寂しいです。
長年自ら作っていたというのもあるかもですが,取説ってゲームをはじめる前の一番楽しいアイテムだったと思うんです。
ゲームに組み込まれたチュートリアルも,ユーザビリティ的にとても良いと思います。ですが,プレイ前に読んでいるときのワクワク感,プレイ中にひょいっと確認できるお手軽さで言えば,紙の取説に軍配が上がるのかなーと。ダウンロード世代の方々にも,機会があればあの楽しさをぜひ一度味わってみてほしいですね。
4Gamer:
ほんと,ゲームを買ってから家に帰るまでの常軌を逸したハイテンションと,ゲームスタート前に取説を読んでるときの高揚感って,異常なまでの興奮状態でしたね。いつかあれらの気持ちに心理学や精神医学の観点から名がつけられないものかと機をうかがっています。
ちなみに「この取説がスゴかった」的な出会いはありますか?
川口氏:
自分が衝撃を受けたのは学生のころに出会った「ICO」(ソニー・インタラクティブエンタテインメント)の取説でした。
あれは自分たちが普段作っている取説の文脈とは違って,説明文を極力排除し,まるで絵本のように冊子全体で世界観を演出しているんです。それでいてゲームの流れは頭に入ってくるし,誰が読んでも分かるような丁寧さが感じ取れる。
ゲーム内のチュートリアルで体験と説明を兼ねるのが今の主流ですが,それを当時,しかも取説でやっていたのが本当にすばらしくて。
4Gamer:
たぶん仕事の質としては面倒でしょうが,「スペシャルな取説制作」といった特化メニューでもきっかけにして,また新たな取説文化のしのぎが生まれたらおもしろそうな。
今はHIKEに生まれ変わり,できることも増えたんですよね。
大辻氏:
会社としてやれることが増えましたね。
一例を挙げると,以前なら特装版を制作するとき,パッケージ周りと書籍系しか内製できませんでした。ところが,得意分野の異なるCRESTの強みが合わさったことで,たとえば今後はサウンドドラマを制作からプレスまでできる,求められれば舞台展開も可能……などなど,クライアントさんへの提案の幅が大きく広がりました。
4Gamer:
今日は興味優先の打診でしたが,なるほど。
HIKEは今,会社としても躍進のタイミングにあると。
大辻氏:
はい。今後は新会社としての強みを生かせる新しいやり方を模索しつつ,私自身は引き続き,ゲームパッケージの副資材制作をがんばっていきたいと思います。
4Gamer:
久しぶりにパッケージ版を買ってみたい心境になりつつ,最後に。
これまで作った取説で起きた,うれしかったことはなんでしょう。
川口氏:
そうですね……クライアントさんに喜んでいただけたときはもちろんなのですが,某ホラーゲームの取説を担当したときのことでしょうか。取説内でちょっとした仕掛けのデザインを盛り込んだところ,ネットで「取説のアレ怖かった……!」とまさかの反応をもらえたんです。
当時ユーザーさんの生の声を聞くことはとても貴重だったので,それを偶然目にしたとき,すごくうれしかったことを今でも覚えています。
4Gamer:
その気持ちはおそらく,ゲームシステムの一部を作ったプログラマーなどが共感しそうな感情なのでしょうね(笑)。
川口氏:
そうだと思います(笑)。
自分たちは,ゲーム業界の片隅にいる裏方ではありますが,ゲームを愛するすべての人たちに向けて,引き続きより良い副資材作りをしてまいります。なので,ゲームショップに立ち寄った際は,いつもより少しだけしっかり見てくれるとうれしいです!