イベント
[SIGGRAPH ASIA]立体映像の初音ミクを360度全方位から見られる,驚きの立体視ディスプレイ「fVisiOn」
3Dメガネがいらない裸眼立体視の3Dテレビであれば,東芝が製品化するくらい技術的には進歩している。しかし,空中に3D立体像を結像させる技術は,さまざまな基礎研究が今も行われているという状況だ。SIGGRAPH ASIA 2015でNICTが披露した「fVisiOn」※1は,そうした立体視技術のひとつである。
※1 論文名は「fVisiOn: Interactive Glasses-free Tabletop 3D Images Floated by Conical Screen and Modular Projector Arrays」(関連リンク)
テーブル上に全方位から見える3D映像が出現
テーブルの周りを歩きながら,中心の表示エリアを見ると,視点から見た3D映像がテーブル上に立っているかのように見える。たとえば,3Dキャラクターを表示した状態で,テーブルの周りをぐるりと回ると,3Dキャラクターの正面や側面,背面が見えるのだ。
文章と静止画だけではイメージが湧かないと思うので,公式動画を掲載しておこう。
展示されていたfVisiOnでは,テーブルの周囲3方向に座った体験者が,説明員に渡された「キャラクターカード」(※ICカードである)を「CARD」と書かれたテーブルのマークに置くと,そのカードに描かれたキャラクターが,fVisiOnの表示エリアに出現して闘うといった対戦型カードゲーム風のデモが行われていた。なお,使われているICカードやカードリーダーは既存のものなので,本稿では説明を割愛する。
fVisiOnは,360度全方位から3D映像が楽しめることが特徴なので,テーブルを囲んだ者同士で利用するという活用事例を,分かりやすく示したデモといえるだろう。筆頭研究者である,NICT・ユニバーサルコミュニケーション研究所 超臨場感映像研究室の吉田俊介氏は,「別のセンサーを付けて,たとえばモーション入力でキャラクターを操作できるようにすることも可能だ」と述べていた。応用範囲は広そうである。
ブースではカードゲーム風のデモ以外に,テーブルの中央で初音ミクが歌って踊るライブパフォーマンスデモも用意されていた。冒頭の動画にあるのがそれで,任意の方向から3Dキャラクターが見える様子を体験できるデモというわけだ。
fVisiOnはどうやって3D映像を実現しているのか
fVisiOnはどのような原理で3D映像を表示しているのだろうか。
実のところ,理論はシンプルなのだが,ハードウェアとソフトウェアにおけるさまざまな技術を組み合わせて,かなりの力業で実現させている。
まず,360度どこからでも3D映像が見えるという仕組みは,テーブルの下に円を描くように並べたRGB LED光源の超薄型反射型液晶(Liquid Crystal on Silicon,LCOS)プロジェクタにより実現されているという。
この超薄型プロジェクタは,厚さがわずか7mmしかない。デモシステムでは,これを288台使って,半径34cmの円周上に映像の投影口が並ぶように配置しているのだ。ただ,筆者が取材した当日は,機材の都合で稼動していたのは200台分ということだった。
投影システムは,円弧を30度ごとに分割したモジュールとなっており,1モジュールは24基のプロジェクタで構成しているとのこと。つまり,モジュール数は360÷30で計12基となり,1モジュールで24基のプロジェクタを使うので,24×12=288基となるわけだ。
なお,プロジェクタは市販品ではなく,部材メーカーからモジュール単位で購入したとのこと。プロジェクタ1基のコストは数千円とのことで,意外に安価なことに驚いた。ただ,1基なら安価とはいっても,fVisiOnでは,これを288基も使っているので,仮に1基あたり5000円だったとしても,全部で144万円にもなるわけだが。
1基のプロジェクタから投影される映像の解像度は,フルカラーの400×400ピクセル。ただし,投影映像をそのまま直視型ディスプレイに表示したとしても,まともに見える映像にはならない。たとえば,1基のプロジェクタが投影する400×400ピクセルの初音ミクは,「任意の1方向から見た初音ミク」ではなく,「正面から側面までつながって描かれたような,ピカソの絵画的な見映えになっている」(吉田氏)そうだ。
吉田氏から,理解の参考になるレンダリングサンプルを提供してもらったので,掲載しておこう。
なぜこんな映像になっているのかというと,理由はfVisiOnのユニークな光学設計にある。
円状に並べられたプロジェクタからの映像は,テーブル上の表示エリアに直接投影されているのではなく,表示エリアの下に,下向きで配置した円錐状の光学部品に入射するように投影されているのだ。
この円錐型部品は,入射した光をほとんど拡散させることなく,そのまま円錐内部に通す特性がある。そして,光が出射するときに,垂直方向には60度の幅で拡散するものの,水平方向にはほとんど拡散しない(※拡散角で0.2度くらい)という「異方性拡散」の特性を持っているのだ。
こうして作られたfVisiOnの光学系は,平面スクリーンに映像を映すのとはまったく異なる仕組みとなる。1基のプロジェクタが投影する映像は,1方向ではなく複数の方向から見た映像になるので,仮にそれを平面的に展開すると,ピカソ絵画のような映像となるわけだ。
こうした仕組みである以上,fVisiOnで描画するCGは,普通のレンダリング手法(いわゆるラスタライズ法)では描画できない。
そこで研究グループは,fVisiOnの光学設計に対応したCUDAベースのレイトレーシングレンダラを開発して,ゲームエンジンのUnityから使えるように実装したそうだ。今回のデモで使われたカードゲームや初音ミクのダンスデモは,すべてUnityで制作されたものであるが,グラフィックス描画だけは,fVisiOn用レイトレーシングレンダラーで行っていると,吉田氏は説明していた。
さて,400×400ピクセルとはいえ,これを288視点分もレイトレーシングでレンダリングしなくてはならないので,演算負荷はそれなりに高い。そこでデモシステムでは,「GeForce GTX 980」搭載カードを取り付けたPCを2台用意して,それで描画しているとのことだった。
吉田氏によれば,グラフィックスカード1枚からは,2400×1600ピクセルの画面を4画面分出力しているそうで,映像スプリッターを経由して,これを400×400ピクセルの領域を振り分け,各プロジェクタに伝送するという構成になっている。
インタラクティブな360度映像をリアルタイムに表示できる画期的システム
これまでにも,360度の立体映像ディスプレイシステムはいろいろ考案されてきたが,それらで使われるデモは,プリレンダリングされた映像を再生するものが多かった。しかし,fVisiOnは,ある程度のインタラクションが可能なゲームエンジン上で動いているものを,リアルタイムで表現できている点で,かなりすごいシステムだといえる。
デモ映像のフレームレートは,20〜30fps程度とのことだが,200視点を超える映像のレイトレーシングを行いながら,これだけのリアルタイムレンダリングを実現できているのも立派だ。
筆者もテーブルの周りを歩き回って表示映像を見たが,360度どこから見ても,立体的に見えることには感動した。fVisiOnは,360度÷288基=1.25度ごとに,前述したピカソ絵画のような映像を360度に投影しているわけだが,観察者の視点で考えると,各プロジェクタから,映像を形作るのに必要な光線だけが目に入ることで,観察者から見た像が,目の中で合成される仕組みになっている。
足を止めて見ると,左右の目で異なる視点からの映像を見ることになるので,立体感が得られるのも当然だ。さらに,どの方向にも光線が放たれているおかげで,移動しながら見ると滑らかに運動視差を近くできるため,片目で見ても立体感というか,実在するもののように感じられるのである。
また,テーブルトップ型の3Dディスプレイでよく利用されている,投影系を高速回転させて時分割,時間積分的に映像を作り出すシステムとも異なるので,映像にフリッカー(チラツキ)もない。3D映像は,表示エリアに360度分が投影されているので,デモの動画にもあるように映像の近くに鏡を置くと,鏡に写った別視点の鏡像までも見える。
映像の結像先を移動させることで空中結像した虚像を見せるものとは違い,どこから見ても自然な実像を見せる仕組みを実現していることも,fVisiOnの特筆すべき点といえるだろう。いつの日か,fVisiOnを応用したアーケードゲーム用システムが登場することを期待したい。
SIGGRAPH ASIA 2015 公式Webサイト
- この記事のURL: