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[SIGGRAPH ASIA]HMDなしで体験できるアーチェリー型VR「Electric Bow Interface 3D」
つい最近でも,Riftの開発元であるOculus VRの創業者であるPalmer Luckey氏が,「Cables are going to be a major obstacle in the VR industry for a long time.」(有線接続は,VR普及における最大の障害になるだろう)とTwitterに投稿したことが話題になるなど,手軽さに欠ける点を不安視する人は少なくない。
HMD不要の新感覚シューティングVRシステム
SIGGRAPH ASIA 2015で発表されたE-Bowは,安本助教が度重なる試作を重ねて完成した試作第3号だそうで,「参式電子弓」という和名を与えられている。
VR体験といっても,先述したとおりVR HMDは不要。この弓型コントローラだけでVR体験が楽しめるのだ。では,標的はどうやって表示するのかというと,弓型コントローラには小型のレーザープロジェクタが搭載されており,プレイヤーが弓を構えた方向に,CGによるゲームの映像が投影されるようになっている。
Shadow Shooter from Masasuke Yasumoto on Vimeo.
弓型コントローラには,加速度センサーとジャイロセンサー,地磁気センサーと気圧センサーが搭載されており,弓型コントローラの向きや高さを検出するとのこと。これにより,実際はプレイヤーの周囲360度に展開されているCG世界から,弓型コントローラが向いている方向の視界を切り出して描画し,これをレーザープロジェクタで投影するという仕組みになっている。ちなみに,センサーによる位置トラッキングの時間分解能は,250Hz(250fps)とかなり高速であるという。
プレイヤーが弓型コントローラを向けている方向にしか映像が表示されないので,端から見ていると「没入感はあるのか?」と疑問に思うところだが,実際にやってみると,とくに問題は感じなかった。
そもそも,VR HMDによるCG映像にしたところで,プレイヤーが向いている方向の映像しか描画されていない。しかも,E-Bowを使って楽しむVR体験は射撃ゲームであり,人間は狙いを定めていると視野が狭くなるので,「弓を向けている方向の映像しか投影されない」というE-Bowの仕組みは,デメリットに感じられないのだ。むしろ,弓を向けることで初めて見えるようになるという「CG世界の探索」的な体験こそが,E-Bowに独特なゲーム性と緊張感を与えているように思えた。
さて,CGはプロジェクタから投影されるとなると,いくつかの疑問も湧いてくる。たとえば,「弓を向ける壁は,プレイヤーの周囲を均一に覆えるドーム型でなくてはならないのか」だ。
E-Bowでは,こうした問題は生じない。ほぼプレイヤー視点に近いところから投影された映像を見ることになるため,弓を向けた先の壁に凹凸があったとしても,歪みは視覚上,ほとんど無視できるのだ。
懐中電灯が壁面を照らす様子を想像すれば,分かりやすいだろうか。懐中電灯から円形の光を凹凸のある面に照射したとき,横方向からその光から見ると凹凸で歪んで見えるが,懐中電灯側から見れば,丸い光に変わりなく見える理屈と同じだ。
プロジェクタで投影するとなると,投影先の壁が近いときと遠いときで焦点距離が異なるため,投影するCGがボケてしまうのではないかと思うかもしれないが,これも問題はない。
E-Bowに搭載されたプロジェクタは,小型のレーザープロジェクタなので,焦点距離という概念が存在しないのだ。レーザープロジェクタは,どこまで進んでもビーム径が拡大しにくい赤緑青のレーザー光を,超小型のMEMS(Micro Electro Mechanical System)ミラーを用いて走査投影して映像を生成するものなので,フォーカスを合わせるという概念がないのである。
ちなみに,E-Bowのプロジェクタでも使っているレーザープロジェクタ技術は,携帯型プロジェクタ製品としてはもちろん,スマートフォンやビデオカメラへの搭載も行われているものだ。
この技術は,米MicroVisionが広く関連特許を所有しており,ソニーがライセンスを受けて解像度1920×720ドットのレーザープロジェクタモジュール(関連リンク)や,同モジュールを採用した超小型プロジェクタ「MP-CL1」を開発,販売していたりもする。
ホストPCにはIntelのCompute Stickを使用
E-BowがVRシステムとして優れている点はまだある。それは,この弓型コントローラだけでシステムが完成されているところだ。
そのホストPCに使われているのは,Intelのスティック型PC「Compute Stick」だ。ゲームプログラムは,弓型コントローラに組み込まれたCompute Stick上で動作しているため,これ以外のホストPCは不要というわけである。
安本助教は,「(Compute Stickが搭載する統合型グラフィックス機能)Intel HD Graphicsの能力が高くないため,ゲームグラフィックスの表現が,“それなり”に留まっているのが課題と言えば課題」と笑っていた。ハイスペックなホストPCを用意して,よりリッチなグラフィックスを描画させ,その映像をMiracastのような無線映像伝送技術で飛ばすという案も当初は考えていたそうだ。しかし,リアルタイム性が重視されるVRコンテンツであることを考えると,その選択肢は採用できなかったという。
余談だが,プロジェクタとスティック型PCを密着させて搭載することによる,放熱の問題ないのかと質問したところ,「対策済み」(安本助教)とのこと。Compute Stickはケースを取り外したうえで,高温になるSoC(System-on-a-Chip)を弓型コントローラのアルミシャシーに貼り付けて,コントローラそのものをヒートシンクにして熱を逃がしているのだそうだ。
本物らしさにこだわった弓型コントローラ
安本助教は,とても凝り性な人で,E-Bowを単なる弓射撃VRコンテンツから,本物のアーチェリーシミュレーターに進化させようと,相当なこだわりを持って試作第3号を開発したという。
まず,弓型コントローラのボディには,本物の洋弓に使うのと同じ「A6061」なるアルミ合金を採用。その金属裁断用加工器具は,ボーナスをつぎ込んで自腹で購入したとのこと。弦や弓の上下を構成するリムには,本物のアーチェリーの部材を使用。グリップ部分は,洋弓に使われるウォールナットの削り出し部材を特注品で用意したという。
筆者も体験してみたが,弦を引いて離したときの衝撃はなかなかのもの。弦の引き具合に応じて,ゲーム内で射出される矢の威力が決定されるので,遠くの標的を狙うには,かなり強く弦を引く必要がある。弦の反動は,モーターで作るフォースフィードバックとは違う,本物の弓による反動と同じで,「バチン!」という音も,弦とリムの衝突で発生する本物の音だ。迫力があるのも当然だろう。
なお,弦を離したかどうかの判定は,リムの根本に付けられた圧電素子からなる歪みセンサーによって判定されている。弦を引いて離すと,弾かれた弦の勢いでリムが射出方向にしなるので,このときの歪みセンサーの値によって,矢の発射タイミングを決定しているのだ。
さて,E-Bowでは,投影された映像の上に,射出された矢がどこへ飛ぶかの目安となる照準マーカーが描かれる。一見すると,FPSにおける照準と同じように思えるが,プレイしてみると印象はかなり異なるものだ。というのも,直線的に飛ぶ銃弾とは異なり,矢は弓なりの放物線を描いて飛ぶものであり,E-Bowにおけるバーチャルな矢も,それを再現して放物線状に飛ぶようになっている。そのため,矢の軌道を考慮して狙いを付ける必要があり,それが独特のゲーム性を生み出しているように思えた。
出展された試作第3号でも,かなりの完成度を誇るE-Bowだが,安本助教は,「まだまだやりたいことは多い」と述べていた。
たとえば,「本物の洋弓とは異なる重量バランス」や「射出される矢の位置」が気になっているという。プロジェクタから映像を投影するレンズが,洋弓の矢をセットするところと逆の位置についているので,競技経験者には違和感があるのだとか。そこで今後は,レンズの位置が逆のレーザープロジェクタを搭載して対策したいのだそうだ。
これがうまくいくと,バーチャルな矢の位置も本物に近づけられるので,CGで描いている照準マーカーではなく,本物の洋弓に使うレーザーサイトをE-Bowに組み込みたいという。安本助教によるこだわりは,まだまだ道半ばのようである。
SIGGRAPH ASIA 2015 公式Webサイト
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