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ゲームIPは地方観光をどこまで動かせるのか。「黒神話:悟空」を巡る文旅融合の現在地
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印刷2025/12/21 11:01

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ゲームIPは地方観光をどこまで動かせるのか。「黒神話:悟空」を巡る文旅融合の現在地

 2024年8月20日に発売された「黒神話:悟空」PC / PS5 / Xbox Series X|S)は,中国古典文学「西遊記」を題材とするアクションRPGである。本作は,中国国内では「国産AAAタイトル」と位置付けられ,高い完成度やグラフィックス表現が評価されている。


 特筆されるのは,その影響がゲーム市場内部にとどまらず,現実の観光行動へ波及した点である。とくに,作中の舞台設定と関連付けられた山西省では,日本で言うところの「聖地巡礼」に近い動きが活発化し,若年層を中心に歴史文化遺産への関心が高まったと説明された。

 この点について,2025年12月17日から19日にかけて開催された「2025年中国ゲーム産業年会」の「ゲームと経済エコシステム発展フォーラム」では,山西文旅雲遊集団の代表取締役・高 清平(Gao Qingping)氏と,「黒神話:悟空」芸術展のキュレーターを務めた宣 学君(Xuan Xuejun)氏が登壇し,具体的な数値を交えて報告を行っている。


ゲームIPが地方観光需要に接続される仕組み


山西・玉皇廟にある「亢金龍」の彩塑だ。作中で登場したボスの原型モデルとなっている
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 高氏の説明によれば,「黒神話:悟空」には3Dスキャン技術を用いて再現された実在の景観が36か所登場し,そのうち27か所が山西省内の文化財や史跡に基づいているという。高平鉄仏寺千仏庵雲岡石窟といった著名な文化遺産も含まれており,従来から観光資源自体は豊富であった地域が,新たな文脈で認識されるようになったという。

 報告では,本作発売後およそ2か月間で,関連観光地の入場券収入が累計約1億6600万元(約37億円)に達したとされる。さらに,宿泊,飲食,交通,物販といった周辺産業にも経済的に寄与したと説明された。

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 注目されるのは,ゲーム体験がオンライン上の話題にとどまらず,実際の観光行動へと転換された点である。統計によれば,「山西観光」に関する検索指数は前年比3178%増となり,SNSサイトでの関連トピック閲覧数は400億回を超え,異例とも言える伸びを示した。これらの数値は,中国国内では「プレイヤーを観光者へと転換した事例」として位置付けられている。

 高氏は,こうした動きの背景として,地方政府および文旅部門がゲームIPの影響力を早期に把握し,行政主導で観光施策を連動させた点を挙げた。文化財や古建築といった既存の歴史資源を,デジタルコンテンツを通じて再編する手法は,中国の文旅政策における一つの方向性を示している。

山西・運城永楽宮三清殿に保存されており,作中でも使われている「朝元図」の壁画である。286柱の道教神が描かれており,8人の帝・后を中心に,左右に展開して膨大な列をなしている様が見える
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芸術展を通じた「文化的転訳」の試み


 一方,浙江・杭州では,より文化事業寄りの文脈で「黒神話:悟空」が活用された。それが,2025年4月9日から7月25日まで,中国美術学院美術館で開催された「黒神話:悟空」芸術展である。

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 当初は約40日間の開催を予定していたが,来場希望者が想定を上回り,最終的には108日間へと延長された。1日あたり4000〜6000人の入場制限を設けた状況でも,累計来場者数は45万人を記録した。SNSサイトでの関連閲覧数も6億5000万回を超えたという。

 来場者構成にも特徴がある。統計データによれば,来場者の約80%が18歳未満,そのうち約60%が16歳未満を占めていた。また,約4割が他地域から芸術展を目的とした来場者で,半数以上が「初めて美術館を訪れた」と回答している。宣氏は,これらの結果から,ゲームIPが公共文化施設への心理的敷居を下げる「媒介」として機能したと分析している。

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 宣氏は本展の目標が「文化の転訳」にあったと述べた。コンセプトアートや設定資料,取材時に撮った写真,立体模型などを通じて,ゲーム内で再構築された伝統文化を,物理的展示として再提示する試みである。デジタルからリアルへ,さらに文化的文脈へと戻す二段階の変換プロセスが意図されたとされる。

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 経済面においても一定の波及があったと説明されている。宣氏の試算では,地域外からの来場者による宿泊,飲食,交通消費を含め,関連消費額は約45億円規模に達する可能性があるという。また,本展は500以上の海外メディアで報道され,ゲームに対する文化的評価の刷新にも寄与したとされている。


中国型「文旅融合モデル」をどう捉えるか


 「黒神話:悟空」を巡る一連の動きは,中国における文旅融合の特徴を読み解く材料ともなる。

 第一に挙げられるのは,地方政府がIPの影響力を前提条件として組み込み,行政主導で観光施策を展開する体制である。市場任せではなく,政策と産業が連動する点は,中国ならではの運用手法といえる。

芸術展の入場券は60元(約1341円)。特典としてパンフレットが付属しており,単体でも高価なため,実質的には無料に近いという
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 第二に,経済効果の前提として,伝統文化に対する調査と再解釈が重視されている点だ。ゲーム内表現や展示物の多くが,長年にわたる文化財研究や高精度なデータ蓄積を基盤としていることが,両氏から強調された。

「黒神話:悟空」芸術展キービジュアル
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 第三に,短期的な収益回収だけでなく,文化教育,若年層への訴求,産業イメージの改善といった社会的効果を同時に狙う設計思想が見て取れる。これは,純粋な商業イベントとは異なる位置付けである。

 「黒神話:悟空」を巡る事例は,人気IPと制度的支援,産業横断的な連携が結び付いた際に,どのような波及効果が生まれるのかを示す一例といえる。中国特有の条件を前提としつつも,文化コンテンツを地域振興へ結び付ける取り組みとして,検討に値するケーススタディーだろう。
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