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  • MAGES.
  • 発売日:2024/06/27
  • 価格:通常版:4950円(税込)
    限定版:7150円(税込)
    ダウンロード版:4400円(税込)
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[レビュー]存在と存在が結びつくことによる解放。百合ファンもノベルゲームファンも,今すぐ「岩倉アリア」に触れるべき
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印刷2024/08/17 11:00

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[レビュー]存在と存在が結びつくことによる解放。百合ファンもノベルゲームファンも,今すぐ「岩倉アリア」に触れるべき

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 2024年6月27日にMAGES.から発売された「岩倉アリア」は,「百合作品であること」をメーカーが公式サイトで事前に謳ったことで注目を浴びた作品だ。
 それ自体は,百合ゲームファンに喝采とともに受けとめられたように思う。しかしそれを慶賀すると同時に,筆者は声を大にして言いたいのだ。

 本作はもっともっと多くの人にプレイされるべきすごい作品だよ!と。

 今日,虐げられていると感じている人,自由を求める人、サスペンス、ミステリ、ノベルゲームを愛するすべての人に今すぐプレイしてほしい。そんな思いをこめてこのレビューを書いている(どうかあなたに届きますように)。

「他者を愛する」とは?


 本作は旧華族の屋敷にひょんなことから女中として働くことになった北川壱子と,屋敷の1人娘である岩倉アリアの出会いから始まる。それまで孤児として世知辛い思いをたくさん経験してきた壱子は,岩倉家の主であり,アリアの父親である岩倉 周(あまね)の元で,屋敷の雑事やアリアの世話を引き受けることになるのだが,岩倉家には壱子が想像もしていなかったような秘密が隠されていた……というのが本作の導入部だ。

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 岩倉アリアを筆頭に,本作の立ち絵とたびたび挟まれるカットで登場する,油彩で描かれた肖像画のようなキャラクターは強烈だ。自分が本作にまっさきに惹かれたのは,そのビジュアル――気鋭のイラストレーター100年氏によって描かれた――岩倉アリアの「肖像」だったように思う。

 また,サスペンスやミステリーに目がない筆者は,「百合要素の強いリアルファンタジー・サスペンス」という触れ込みにも釣られた(釣られて良かった!)。発売前から本作に惹かれた多くのプレイヤーも,この引きの強いビジュアル,そしてメーカーが「百合作品」としての側面を事前に告知していたことがプレイの大きな動機となったのではないだろうか。

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 プレイヤーは壱子の視点でゲームを進める。幼少期から絵を愛する主人公・壱子は,岩倉アリアと出会い,その絵画的,蠱惑的な美しさに心動かされ,激しく惹かれていく。しかしアリアはそれに疑問を呈する。彼女は主人公である壱子に,自分のことを「好き」というのはいったいどういうことなのか,それはこの見た目が好きということではないのか,もし自分がその美貌を失ったら,そうした感情など消え失せてしまうのでないか? と問い詰めてくる。

 アリアは「あなたはなぜこのゲームに目を止めたのだろうか?」と我々プレイヤーに問うているようにも見える。その見目麗しいビジュアルから? 「百合」を扱った作品だから? 名だたるノベルゲーム制作で有名なMAGES.の新作だから?

 そんな問いに対して絞り出すように出した壱子の答えは,シンプルで,いささかありふれたものだ。

「自分はお嬢様(アリア)の全てとその心を愛している」

 しかし「他者を愛する」「心を愛する」とは一体どういうことなのだろう? 壱子は自問自答する。1960年代の日本に生きる,まだ人生経験の少ない16歳の少女は,それに対する明確な答えをまだ持っていない。

 やがて壱子は「岩倉アリア」という人間の中に,我々プレイヤーは「岩倉アリア」という「百合作品」の様相を呈しているこのゲームに,「見た目とは別の何か」がじっと息を潜めていることに気づく。そう,本作「岩倉アリア」はまごうことなき恋愛(百合)作品であると同時に,人間の深層を描いたミステリーでもあるのだ。

 本作は「恋愛とは何なのか?」「それは本当に存在するのか?」というところまで疑う。「他者への愛」というものの存在自体を疑ってかかる。だからこそ,本作は信用に足る作品となっているように思う。

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 アリアと壱子は屋敷において立場上は主従関係にあるが,「自由を剥奪されている」という点で似た者同士である。壱子は孤児の女中であり,アリアは生まれながらに偶像化され,屋敷の外に出ることもかなわない。2人は互いに出会うまで,自分たちを縛りつけているものの正体を疑うこともなかった。それこそが,真に「自由を剥奪されている」ということではないか。

 壱子はその出自と貧困によって虐待と差別を受けており,類いまれな美貌と特異な肉体を持つアリアは,カルト宗教とそれが生み出す「救済と経済」によって崇拝の対象となることを強制され,さらには,それが彼女の自由意思によるものだと見なされている。

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 しかし本作は長い時間をかけて――2人のすれ違いと心の交流を通して――胸のすくような「解放」を描き出す。何からの解放か? 優生思想,階級差別,家父長制,そして希死念慮といった「クソ」(壱子は何度となくこの言葉を口にする)からだ。この「クソ」は遥か昔からこの時代(1966年),そして現代まで変わらず続く牢獄であり,本作はそこで苦しむ彼女たちが自由を奪取するプロセスを描いた「ブレイブ・ストーリー」でもあるのだ。

サスペンス・ドラマと恋愛描写のケミストリー


 やがて壱子は自分の「アリアへの愛」は,彼女が生きること,生存することを望むこととほぼ同義であることに気づく。壱子はアリアに生きてほしい,そこに「痛み」があるなら感じてほしい,と強く願う。

 では,彼女の父親である岩倉 周はどうか。彼もまた,アリアの美貌とともに,死・破滅が決定づけられた娘の運命を愛しているのだ。

 そう,本作は,アリアに対して生と存続を見出す者と,死と破滅を見出す者の対決であると言ってもいいだろう――それを「運命論と自由意思の戦い」と言い換えることもできるかもしれない。アリアは壱子と出会い,自分の内に眠っていた(眠らせていた)もう1人の自分を見出す。そうして,希死念慮と宿命論から解き放たれたアリアが取った行動は……。

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 本作に終始つきまとうのは,不穏さと「居心地の悪さ」だ。そうしたムードを,アリアの父親,屋敷の主である岩倉 周(彼もまた複雑な過去と一筋縄ではいかない内面を秘めている)がたっぷりと醸し出しているわけだが,それだけではない。それは前述したように,本作が全編に「サスペンス」というジャンル・語り口を採用しているからだ。

 「岩倉アリア」においては恋愛表現のためにサスペンスがあり,サスペンスのために恋愛表現がある。支え合っているどちらの要素も重厚なために,ふたつが抽出・混ざり合った作品として,本作はかなり濃いプレイ感である。しかし,サスペンスと恋愛がこれほど見事な化学反応を起こしているノベルゲームを,筆者はほかに知らない。

 そして何よりも強調したいことは,本作は女性たちが自らの力で自らを縛っているジェンダー役割から己を解き放っていく物語であり,そのようなメッセージ性を持っているということだ。ゆえに筆者は本作を「恋愛(百合)作品」であると同時に,同時代的なフェミニズム思想を宿し,社会変革のための呼びかけがたっぷり込められている作品だと感じる。

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現代のノベルゲームとして


 ここまで物語性・メッセージ性にばかり触れてきたので,本作のノベルゲーム・アドベンチャーゲームとしての出来にも着目してみよう。

 ノベルゲームを「テキストを中心に据え,インタラクションを通じて,複数の真実を提供するゲーム」と定義するなら,選択肢と複数のエンディングを提供する本作はダイアローグ(対話)を中心に据えた典型的なノベルゲームである。エンディングの中には,かなり後味の悪いものやビターな結末,多幸感に溢れる「百合勝利!」的結末も用意されている。どれを結末とするか,どの真実を選ぶかはプレイヤーに委ねられている(プレイヤーの中には同僚的存在であるスイと辿り着いた結末をトゥルー・エンドと見なす人もいるだろう)。

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 本作は現代的なノベルゲームとしてはいささか古色蒼然としており,不満点もある。具体的には,選択肢とそれによって起こる出来事の相関に納得性の低いものがあること,圧倒的なキャラクターの立ち絵と比べて,背景グラフィックが少々凡庸であること,プレイヤーがインタラクトできるのが上記のけっして多くない選択肢と屋敷内での移動探索(プレイヤーが任意に選べるのは探索の順序のみ)くらいしかないこと,などだ。

 しかし,それらは本作が醸し出しているパワフルな魅力と比べれば欠点にはならない。声優陣による各キャラクターに命が吹き込まれたような名演(自分はノベルゲームでもボイスをオフにすることが多いのだが,本作ではぜひ最後までオンでプレイしてほしい),気鋭のイラストレーター100年氏によって描かれた目を見張るようなキャラクター造形,科学アドベンチャーシリーズ(「STEINS;GATE」ほか)などで楽曲制作を担当してきた阿保 剛氏による物語のムードに寄り添った美しい劇伴,企画・シナリオを担当された午後ねむる氏の,少ない登場人物とほぼ屋敷の中だけで起こる長い物語を一気にプレイさせる力強いシナリオ。これらによって,ノベルゲームとは映画,アニメーション,小説に比類する物語の土壌なのだと改めて実感させてくれる。

続いていく現実を生きること


 最後に,おそらく本作におけるもっとも長いエンディングについて,できる限りネタバレを控えめにして書かせてほしい。

 そこで描かれる真相はかなり衝撃的なものだ。本作はそのエンディングで,百合作品であることを一見放棄するような真相を開示する。自分はそれを知った時,少なからずショックを受けた。

 真相を知るとすべての見え方,台詞の意味が一変してしまうという意味で,本作は法月倫太郎「頼子のように」やパク・チャヌク「お嬢さん」のようなきわめて意外性の強いミステリ体験を提供しているのだが,上記の真相によって本作が積み上げてきた「メッセージ」を損ねてしまうのではないかと最初こそ思った。それは岩倉アリアが押し付けられた運命論と本質的に同じものなのではないか,と。

 その内容をここで明かすことはしないが,そのことで多くの百合ファンが困惑しているようにも見えた。これは百合を肯定する,チア・アップする物語ではなかったのか? そのような疑問を抱く人も,あるいはいるかもしれない。

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 しかし筆者は多くの感想,本作について書かれた既出の記事を読み,自分なりに熟考し,ようやく得心することができた。本作の本質は,境遇も恋愛も血縁も超えた場所――存在と存在が結びつくこと――「愛」そのものなのだ。本作の驚くべき真相は,物語の意外性のために用意されたものでは決してない。それは本作をまったき「現実」に接続するものであり,2人を結びつける「絆(シスターフッド)」の象徴として必然的に書かれたものであるように思う。

 本作は壱子とアリアにとっての新たな人生のきっかけと「始まり」を描いた作品である。誰かと出会い,関係が生まれることと,その人と現実の時間を生き続ける時間は異なる位相に属している。少女たちが歳を重ねること。過酷な現実を戦い,生き抜いていくこと。相手の奥底に眠っているものから目を背けないこと――本作はそこまで描いてみせる。

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 「岩倉アリア」はレトロな意匠とサスペンス,現代的百合表現が有機的に結びついた「人間ドラマ」であり,「(広義の)ファンタジー」である。そしてその本質は魂と魂の出会いと繋がり――生命賛歌だ。

 アリアと壱子は現代に生きる我々の姿を照射している。この世界から偏見や差別が消えることは(少なくとも我々が生きている間は)ないのかもしれない。だが個人のクィアロマンスがその人の生を解放に導き、革命が起きることがある。固く巨大な壁が目の前にそびえ立っていても,我々はその壁を殴りつけ,重い扉を蹴破り,力強く走り出すことができるはず。きっと,否,絶対。

 このレビューを読んで本作に興味を持った人は(まずは無料の体験版でもかまわないので),ぜひこの機会に「岩倉アリア」をプレイしていただきたいと,このゲームに強く打たれた者として,強く願ってやまない。

■著者プロフィール■
ラブムー
ゲーム,ポップカルチャーを深く愛するライター・ゲーム翻訳者・元喫茶店店主。ゲームとコーヒーを通じて,クィア,喫茶ファンが交流できる場を作るべく日々活動中。
X:@Lovemooooooo
HP:tsukikusa.jp

「岩倉アリア」公式サイト


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