連載
ゲーム翻訳最前線:第1回はラブムーさんと「メディテラネア・インフェルノ」。このフレーズ,あなたならどう訳す?
本連載「ゲーム翻訳最前線」は,海外ゲームの日本語化を担うさまざまなゲーム翻訳者の皆さんにご登場いただき,ローカライズに頭を悩ませたフレーズについて,訳決定までの思考回路を解説してもらう企画だ。プレイヤーの皆さんも翻訳者になったつもりで,「このシーンはどう日本語にするのがいいだろう?」と考えてみてほしい。最後には記事中に登場した重要単語をまとめるコーナーもあるので,ついでに英語学習もしてみよう。
記念すべき第1回を担当するのは,「ミルキーウェイ・プリンス」の翻訳を手掛けたラブムーさんだ。今回はIGFアワードへのノミネートでも話題になっているイタリア発の作品「メディテラネア・インフェルノ」から,2つの印象的なセリフを紹介する。
4Gamer読者の皆さん,こんにちは。ライター・ゲーム翻訳者のラブムーと申します。ゲームに関する記事を書いたり,海外産のゲーム――その中でもとくに会話や独白が多い「ビジュアルノベル」というジャンルをおもに英日翻訳したりしている者です。
わたしがゲーム翻訳を始めたのは2022年の夏――今の自分は,まさに「駆け出し」といったところ。なので,この記事の企画を頂いた時は,若輩の自分がゲーム翻訳に関する何か有用なことを書けるだろうか? としばらく頭を抱えていたのですが,自分が2023年に翻訳したばかりのクィアなビジュアルノベル「メディテラネア・インフェルノ」を改めてプレイしてみて,こう思いました。一介の駆け出しゲーム翻訳者として,読者の皆さんに,自分が訳出に悩んだ短い英語フレーズの苦労話を紹介させていただくのも面白いかも……? と。
というわけで,今回は「メディテラネア・インフェルノ」に登場する2つのシンプルなフレーズと,自分が悩みに悩んで翻訳した日本語訳を照らし合わせながら,海外ゲーム翻訳の苦味と甘味を感じていただければと思います。
◆メディテラネア・インフェルノ
価格 | 1700円 |
ジャンル | ビジュアルノベル |
メーカー | Santa Ragione(発売)Eyeguys, Lorenzo Redaelli(開発) |
公式サイト | https://store.steampowered.com/app/2103680/Mediterranea_Inferno/ |
考えすぎると誤訳する?
それではさっそく下の画像をご覧ください。
こちらは主人公の1人・ファッションモデルであるMida(ミダ)がフェッラゴスト(イタリア恒例の被昇天祭)で,履いていた革靴にジェラートを落としてしまったシーン。その直後,ミダは友人から「ジェラート、どんな味だい?」と訊かれます。
ここでひとつめのクイズを。
ジェラートを革靴に落としてしまったミダは何と言っているでしょう?
原文は「French Leather and loathing.」直訳すると,「フランスの皮と憎しみの味」。自分も最初は「フランスの皮靴と憎しみの味がする。」と自分でもよく意味が分からないままに訳していました(フランスの皮靴と憎しみの味って何だ?)。
その後デモ版をプレイした人から,「ここの台詞よく分からない……」といったフィードバックをX(旧Twitter)で頂きました。さらにそのやりとりを見ていた「メディテラネア・インフェルノ」のデベロッパであるSanta Ragioneのアカウントから,「ここは“フランス製の革靴をダメにしてしまった後悔の味”みたいな意味だと思う」とリプライが飛んできました。
さすが開発会社(笑),正しげな解釈のように思えます。
でもゲーム本編を翻訳する際,私は迷ったあげく,「フランス製の革靴を憎んでるみたいな味」と改訳しました。
原文は名詞を並べた「French leather and loathing.」なので,意訳が過ぎると思われるかもしれません。しかしイタリアがジェラート大国であること,ミダがフェディリコ・フェリーニやドルチェ・アンド・ガッバーナといったイタリア生まれのカルチャー・ブランドをこよなく愛するファッションモデルであること,regret(後悔)ではなく,loathing(嫌悪,蔑視すること)を使っていることを鑑みると,「ジェラートで世界一であるはずのイタリアが,革製品で一番と言われているフランスを疎んでいる」というニュアンスが隠れているのでないかと踏んで,上記の訳にしたのです。
ところがその後,制作者であるロレンツォ・レダエリ氏に直接確認する機会があったのでチャットで訊いてみたところ,「や,あれは,単にフランス製の高級な靴を台無しにしてしまってサイアクって言ってるんだ。loathingにしたのは韻を踏んだジョークみたいな感じでさ」という回答をもらいました。確かに自分は「leather」「loathing」の類似を見過ごしていました。つまりは「考えすぎと不注意による誤訳」の好例になってしまったというわけです……。
この件で学んだのは,どう考えても意味の取れない原文にぶつかった際,遠慮したり意地になって訳そうとせず,作者や有識者に「訊けるときは直接訊いた方が良い」という教訓です。この時は「訳文について作者にいちいち訊いていたら,キリがないし迷惑をかけるかもしれないし,余計に複雑なことになるかも」などと考えていましたが,今は考えを改めました(笑)。
というわけで,こちらの台詞は次回アップデートで「フランスの革靴と嫌悪感の味。」と改訳する運びとなりました。
「愛の小路(こみち)」とは?
次はこちらを。本作の水先案内人Madama(マダマ)が主人公たちに「ミラージュ」と呼ばれる果実を食べさせ,サイケデリックな幻想シーンに入る直前に挿入される場面。「THIS IS THE PATH OF LOVE.」。この台詞はこのゲームの中で最もシンプルな英文であると同時に,最も悩んだ箇所でもあります。
マダマは「慇懃無礼な水先案内人」的なキャラであるため,「こちら〜になります」という口調はすんなり出てきました。これしかないだろう,という感じで。
問題は「THE PATH」をどう訳すか?
このシーンはゲーム内で何度も登場するので,序盤から「決まり文句」のようにする必要があると感じていました。また作者が「THE WAY」ではなく,「THE PATH」を選んだことも念頭に置く必要がありそうです。PathもWayも同じく「道」を意味しますが,Pathの方が「冒険」「探索」といった意味が強い言葉です。
悩んだ末,私はこのように訳しました。
「こちら、愛の小路(こみち)になります。」
どうしてわざわざ括弧までつけて,「こみち」とルビまで明記したのか?
ひとつは「こうじ」や「しょうじ」と読まれることを避けたかったから。2つめは,括弧つきのルビがあったほうが「視覚的にクール」と感じたからです(本作では2箇所に「括弧付きルビ」を使っています。もうひとつは「霊廟(れいびょう)」。これも現代ではあまり使われない言葉ですね……)。このように,テキストの視覚的な効果を意識して翻訳することもあります(うまくいったかどうかはさておき)。
そして「THE PATH」を「小路(こみち)」とした3つめの理由。それは,このゲームがさまざまなルートにおける選択肢を選ぶことで成り立つ「ビジュアルノベル」というジャンルであることが深く関係しています。すなわち,ここでマダマが言う「小路」が「枝分かれするルートの中からひとつの小路に入りこむ」というような,本作のゲームシステムに対するメタ的なニュアンスを伴っているように感じられたからです(その後,こちらのニュアンスはどうやら間違っていなかったことが分かり,ほっと胸をなで下ろしました)。
会話劇がテキストの中心となる本作のようなゲームの翻訳は(映画や小説とはおそらく違った形で)プレイヤーが「翻訳されていること」を忘れてプレイできるように,リーダブルに訳出することが大切だと思います。また,ワンフレーズや短いセンテンスであっても,キャラクターの性格,それぞれの関係性,時代背景などをよく考慮しなくてはいけません。自分は作品のムード・文脈をしっかりくみ取って血の通った日本語に移し替えることを,一介のゲームファン・駆け出し翻訳者として強く心がけています。
英語が好きな方も苦手な方も,気になるフレーズや文章にぶつかったとき,「どうしてこのような訳になったんだろうか」「自分ならどう訳すかな?」と少し立ち止まって考えてみる時間は,きっと海外ゲームをいっそう美味しくするスパイスになることでしょう!
loathing(強い嫌悪,敵視すること)
path(小道,小路)
「メディテラネア・インフェルノ」公式サイト
- 関連タイトル:
メディテラネア・インフェルノ
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