プレイレポート
“中つ国”へ最初の一歩を踏み出すあなたへ――トールキン研究家・髙橋 勇氏による「一つの指輪:指輪物語TRPG」入門ガイド
本作は,1954年に出版されたJ.R.R.トールキンのファンタジー小説「指輪物語」をベースとしたテーブルトークRPGだ。プレイヤーは同作の背景世界である“中つ国”を舞台に,英雄の卵として旅しながら,自らの物語を紡いでいくこととなる。
そして「指輪物語」といえば,今に続く“ファンタジーもの”の原点ともされる大著であり,前日譚にあたる「ホビットの冒険」「シルマリルの物語」などまで含めれば,神話から歴史,そして登場人物の生涯に至るまで精緻に組み上げられた,一大叙事詩でもある。その背景設定は膨大であり,それを研究するだけで学問になるほどなのだ。
もちろんテーブルトークRPGは,そうした“元ネタを知っていないと遊べない”ものではないが,原作ものの常として“知っていれば,より楽しめる”のは間違いない。
また映画「ロード・オブ・ザ・リング」やドラマ「力の指輪」といった映像作品から,指輪物語や中つ国の世界に興味を持った人にとっても,本稿は有益なガイドとなるはずだ。例えば「エルフとドワーフは,なぜ仲が悪いのか」,あるいは「“一つの指輪”はどのようにして生まれたのか」。ファンタジーの基礎知識として押さえておくだけでも楽しめるはずなので,ぜひご一読いただきたい。
※10月18日 17:00修正:初出時,モルゴスが所持していたシルマリルの所有権をフェアノールの弟たちが主張したと記載していましたが,ここはフェアノールの息子達の誤りでした。お詫びして訂正いたします。
「一つの指輪:指輪物語TRPG」公式サイト
「指輪物語TRPG」を楽しむための面倒くさい基礎知識
先日,領主の呼集がありうかがったところ「ブリー村に赴き,“躍る小馬亭”に逗留するように」と突然の指令が下った。何の意味があるのか,おずおず問うてみても領主は微笑を浮かべながら言を左右して述べて下さらない。
いまや第三紀も三千年を数え,西方に船出するエルフもかつてよりは少なくなったとはいえ,船の創出はいまだに我々の重要な――あるいはもはや唯一の――使命であるはず。たかだか三千歳ほどの若輩とはいえ、造船工として中枢を担うようになった立場からすれば,訳のわからないお召しとしか思えないのだが。
とはいえ,はるかな東のかなたでエルフ・ドワーフ・人間の軍がオークどもの軍勢と狼の群れを打ち破った五軍の戦から二十年ほど。十年前にはかのサウロンが公然と名乗りを上げ,賢人たちによる白の会議が慌ただしく開かれたと聞く。先だっては久々にミスランディルがここを訪れて,キールダン様と長々と話し込んでいた。わざわざ東に足を運べということは,それと関連しているのかもしれないが,しかしなぜ私なのだろう……。
という設定で勝手に作り上げたエルフとして,私は先日の「指輪物語TRPG」プレイ配信に参加しました。名前はガエルディルと言い,エルフの言語のひとつシンダール語で「海を愛する者」という意味です。灰色港の主・キールダンに仕えるエルフとしてはちょうどよい名前ですが,何のことはない,後述する伝説の英雄・エアレンディルの別名なのでした(エアルはもう一方のエルフの言語・クウェンヤ語で「海」の意)。
しかし(たぶん)実在しない不死の存在であるエルフが世界や他種族に対してどのように思っているのか,定命の人間である我々が理解できるはずもありません。できるのは,その悠久の時間の流れを「歴史」という形で何となく想像することくらいでしょう。その一助として,エルフ,ドワーフ,人間の中つ国における歴史を,ゲームの舞台である第三紀末と関連する部分に絞って,ざっとまとめてみたいと思います。
なおトールキンは「改稿魔」として悪名高い作家なので,以下の記述は主として「シルマリルの物語」と「指輪物語」追補編に準じています。
エルフとはどんな種族でしょう?
ガエルディルの主であるキールダンは,遥かなる上古(後に「第一紀」とされる)に星空の下に目覚め,西方の海を目指したエルフたちの一員でした。その時代はいまだ月も太陽も天にはなかったのです。そこからエルフは星を愛し,その星を灯した女神エルベレス(「指輪物語」中でエルフたちがたびたび言及しています)を尊崇するようになりました。
長い時をかけて西の地にいたったエルフたちは,大海をさらに越えた先の神々の島へと招かれ,上級王イングウェに率いられたヴァンヤール族と,フィンウェに付き従ったノルドール族は先行して至福の地に渡ります。ですがフィンウェと親しかったエルウェの率いる民・テレリ族は,そのエルウェ本人が途上で行方不明となったため,その捜索に手間取っているうちに渡海がしばし遅れてしまいました。
長い時が過ぎたのち,再び神の招きがあったときも,いまだエルウェは発見されておらず,ここにテレリ族はエルウェの弟とともに海を渡る者たちと,中つ国に残る者たちとに分かれます。西方の地に渡ることを望まぬエルフたちもおり,こうした民を束ねて中つ国西岸に領土を構えたのが,エルウェの親戚筋で元の名をノウェといった船大工キールダンでした。
ドワーフとはどんな種族でしょう?
しばらくしてから,中つ国ではもう一つの種族・ドワーフが目覚めてエルフと邂逅することとなりました。
エルフと人間が,神々をも創りたまいし唯一神イルーヴァタールの意思のもと生み出された存在であるのに対し,ドワーフは創世以前にこのイルーヴァタールの子らを幻視し,その存在にあこがれを抱いた鍛冶の神アウレによって唯一神の目を盗むように作られた者たちです。
これはエルフが目覚めるよりも前のことでしたが,創造神はアウレに悪心ないことを見通すとドワーフの存在をお認めになりました。しかしその目覚めは初めに来たるべきイルーヴァタールの子よりも後であるよう定められます。また同時に,アウレの子たるドワーフとイルーヴァタールの子たるエルフ・人間との間には争いが絶えないことも創造主は予言されています。
目覚めたドワーフたちは,エルフたちが活動していた土地の東の端に連なっていた青の山脈を越えて西へと至り,その山麓に二つの大きな都市――ノグロドとベレグオストを建てましたが,これらは第一紀の終わりの大災害により壊滅しています。しかしドワーフの最長老が拓いた都市カザド・ドゥームだけは遥かに東の霧ふり山脈の地下にあったため,第三紀半ばまでその命脈を保ちました。汚されたのちの名が,あのモリアです。
アウレの子たる彼らの物づくりの力をエルフは認め,ドワーフもまたエルフの作り出す品々の美しさに感嘆しました。互いにさほど友好的にはなれませんでしたが,二者の往来・交易が成立してゆきます。
すべての始まりはシルマリル
エルフが渡った遥かなる西の地は,神々の光を持つ金と銀の2本の木によって照らされていました。フィンウェの長男でありエルフ最高の工人・フェアノールはこの光を何とか不滅のものにしたいと考え,ついにその光を閉じ込めた三つの大宝玉・シルマリルを作り上げることに成功します。
ですが,このころの世界には,のちの冥王サウロンすらその部下の一人に過ぎなかった大いなる闇の王モルゴスの影がさし,邪悪なる者たちが跳梁するとともに,エルフたちの心の中にもよこしまな思いが吹き込まれました。とくにフェアノールは心中,自らが作り出した宝玉をなんぴとにも――神々にすら――渡したくないと考えるようになります。
一方,モルゴスはその輝きに心を奪われ,自分のものとしたいという欲望にかられました。そこで彼は大蜘蛛ウンゴリアント(シーロブ等のちの巨大蜘蛛たちの始祖)を伴って二つの木を枯死させ,それによって引き起こされた闇に紛れてフィンウェを殺害(彼こそがエルフ族初の死者でした),厳重にしまわれていたシルマリルを奪うや中つ国へ逃亡したのです。
この宝玉は後世の「力の指輪」以上にあらゆる者たちの欲望をかきたて,中つ国に住むことになるすべての者たち,なかんづくエルフ族に悲劇をもたらすこととなりました。
人間とエルフのちがいはなに?
シルマリルにその光を遺した神々の二本の木は,最後にそれぞれ一つずつ実をなしました。これがつまり月と太陽です。そしてこれらが天に上げられたころ――この世に太陽が初めて昇ったころ――に,人間がついに目覚めます。
不死でたとえ肉体が滅んでも魂はこの世界にとどまり,いずれ肉体をまとって戻ってくることもできるエルフとは異なり,人間は定命・短命であり肉体もエルフと比べてはるかに脆弱でした。そしてその魂はひとたび肉体が朽ちるとこの世界を離れ,神々すらもあずかり知らない運命へと向かうことが創造主により定められていました。
エルフたちは自分の目の前で次々と命を落とし代替わりしてゆく人間を見てその儚さを憐れみ,一方で自分たちには理解の及ばない異なる運命を持たされていることに驚異を覚えます。のちに暗くなっていく中つ国でとこしえの生に倦むころには,次第に人間のその性質を羨むようにすらなってゆくのですが……。
さて,目覚めたあとの人間にとっては長い年月を経て,エルフの友と呼ばれるようになる人間の三部族が青の山脈を越えた西側の地に到達しました。このとき彼らを見出し,最初に親しく交わったのはフィンウェの孫フィンロド。「指輪物語」の主要人物であり,ドラマ「力の指輪」の主人公でもあるガラドリエルの兄がフィンロドです。
ノルドールの誓い,あるいは自らにかけた呪いとは……?
しかしなぜこのとき,ノルドールであるフィンロドやガラドリエルが中つ国にいるのでしょうか。エルフのノルドール族が中つ国に舞い戻ってきた顛末を,きわめて簡潔にまとめてみます。
シルマリルを奪われたのちフェアノールは,ノルドールの民からシルマリルを一つでも奪う者は誰であれ(神さえも)復讐心と憎悪をもって追跡するという誓言を立てました。この誓言に縛られることとなった一族は,中つ国に戻りモルゴスとの長く苦しい闘争に身を投じてゆくのです。
神々の制止をも聞かず至福の地を離れるノルドール族は,こうして神々により帰還を禁じられることとなりました。つまりは追放です。のちに「指輪物語」でガラドリエルが歌う西方への追慕のことばには,こうした背景があったのです。ただガラドリエルに「禁」が科されたか否かについては,トールキン自身さまざまな変更を施していて,「指輪物語」本文と「追補編」の間ですら齟齬がみられます。興味のある方は草稿などをまとめた「終わらざりし物語」を手に取って,終わらざるトールキン研究の深淵を覗き込んでください。
ノルドール族の指導者たちはこの誓言の下モルゴスとの死闘を続け,フェアノールを初めとして一人また一人と命を失っていきました。第一紀終わりの大戦と大災害ののちには,中つ国にいた流謫(るたく)の者たちに西方への帰還が許されたにもかかわらず,ガラドリエルは第三紀の終わりまで中つ国にとどまります。
どうしてエルフとドワーフは仲が悪いのか?
先にエルフの族長の一人・エルウェが行方不明になったことを述べました。実は彼はある日,森に一人差し掛かった際にメリアンという女性と出会っていたのです。メリアンは下位とはいえ神々の一柱でした。恋に落ちた彼らは森に王国を築き,その周りをメリアンが魔法の帯で護りました。
そして彼らの一人娘こそが,「指輪物語」でしばしば言及されるルーシエン・ティヌーヴィエルなのです。後にこのルーシエンと恋に落ちた人間ベレンは,娘を手放したくないエルウェ(このころにはエル・シンゴルと呼ばれています)によって科された試練を経て,モルゴスの手元にあったシルマリルの一つを奪取しエル・シンゴルの下へと届けて,ついに想い人と結ばれました。
そのしばらく後,ドワーフの名工が手がけた類まれなる宝石の首飾りがエル・シンゴルの下へと届けられました。いまやシルマリルのとりことなり常にこれを身に着けていたいと願っていた彼は,王国に出入りしていたドワーフ鍛冶師たちに,これを作り変えてシルマリルをはめ込み,新たな首飾りを作り出すように頼みます。
しかし自分たちの父祖の手になる絶品と,そして何よりシルマリルを目にしたドワーフたちはこれを欲するようになり,そ知らぬ顔をして加工を終えるや王エル・シンゴルを殺害して,首飾りを奪って逃げるという蛮行に出たのでした。追手によりこの一団は殲滅されてシルマリルはエルフの手に戻ったものの,エルフの怒りと悲しみは深く,また対するドワーフもエルフに同族を殺されたことに憤激します。こうしてその後何千年にもわたって続く種族間の敵意が決定的となったのです。
これが解消するのは「指輪物語」のギムリとガラドリエル,ギムリとレゴラスの友愛をまたねばなりません。またこれとともに,悲嘆にくれるメリアンの防護が解かれてしまった王国は,間もなく滅亡することとなりました。
第三紀の地形との違い,そしてガラドリエルの玻璃瓶について
ルーシエンとベレンの結びつきによって,ついにエルフと人間との血が縒(よ)り合されることになります。その孫がエルウィングで,彼女は同じくエルフの母と人間の父を持つ,のちの英雄エアレンディルと結ばれ,エルロンドとエルロスの兄弟をもうけました。
エアレンディルはキールダンと友情を交わし,その助けを借りて大海を航行して西方へと至る船を建造します。かの地で神々の心を動かし,モルゴスの影に圧し潰されつつある中つ国の民への憐れみを乞おうと考えたのです。西方に至る大海はいまや中つ国の住人には閉ざされていましたが,エルウィングが持ち出していたシルマリルを夫に預け,彼はその力によって閉ざされた海を切り開いて,ついに西方の地にたどり着くことができました。
エルフと人間の血を引き,両種族を代表してその苦難を訴えるエアレンディルのことばに,神々はついに中つ国の民に慈悲を与えることを決し,軍勢をあげてモルゴスのいる中つ国北方に進撃,「怒りの戦い」と呼ばれる戦でついにモルゴスの居城を打ち破り,彼を捕囚とするのでした。
不死の地に足を踏み入れたエアレンディルは,中つ国に戻れぬさだめを妻・エルウィングとともに受け入れて,シルマリルを額に掲げて天つ船に乗って天空をめぐるよう定められました。とはいえ,彼もまた天空より参戦して最強の竜をしとめ,この戦いの勝利に貢献しています。
しかしながらこの神々を巻き込んだ壮絶な戦いは,中つ国の地形を大きく変えてしまいました。青の山脈より西の,これまでエルフや人間が活動していた大地はすべて失われたのです。
このとき,モルゴスが所有していた残る二つのシルマリルを,フェアノールの息子たちが所有権を主張して奪おうとしましたが,神々の力によりすでにその権利は失われており,絶望した彼らはシルマリルとともに火口に身を投げたり,これを海中に投げ入れて行方知れずになるなどといった末路を迎えます。こうして三つのシルマリルは大地,大海,そして天空へと去りました。
けれどもエアレンディルの掲げる天空のシルマリルの光――現在の明けの明星,宵の明星――は,「指輪物語」に登場するロスローリエンの泉にその残滓をとどめ,その水の輝きはのちにフロドが授かるガラドリエルの玻璃瓶(はりびょう)へ込められました。
モルゴスとの戦いへの貢献を認められ,神々の許しを得た多くのエルフたちは,このあと大海を渡って西方の地の間近にあるエルフの島へと渡っていきました。ですがキールダンやガラドリエル,エルロンドをはじめ,中つ国に残った者も少なからずいたのです。こうして上古の時代,第一紀は終わりをつげました。新たなる中つ国西岸の灰色港が築かれ,キールダンがそこに居を定めたのもこのときでした。
人間の国ヌーメノールの隆盛と「力の指輪」の来歴
エアレンディルとエルウィングの子であるエルロンドとエルロスは,自らの意思でエルフの永遠の生と人間のはかなき運命のいずれかを選ぶ権利を神々より与えられ,エルロンドはエルフと世界の終わりまで運命をともにすることを,エルロスは人間として刹那の時を過ごすことに決めました。こうしてエルフと人間が合一した血筋は,我々の知る賢きエルロンドと,早くに没したエルロスの子孫であるヌーメノールの王族とに改めて分かたれたのです。
新たなる世紀,第二紀が始まるとき,神々は対モルゴス戦でいさおしのあった人間たちに恩寵を施し,中つ国と西方の地のはざまに新たな大陸をもうけました。これがヌーメノールです。ここでエルロスの子孫と彼らに付き従った人間たちは,中つ国に残った同族に較べてはるかに偉大な文明を築き,その繁栄はエルフにも比肩するほどでした。
しかし,その栄耀に酔ったヌーメノール人たちは,次第に分限を越えた望みを抱き,西方の神々の地をも自らの支配下に置こうと考えるようになります。この背後で,姿と名を変えつつ煽動していたのが,モルゴスの配下であったサウロンでした。
エルフの上級王であったギル=ガラド(ガラドリエルの兄の孫にあたる)は,サウロンを疑いの眼で見て交流を拒むものの,その甘言に乗ってしまった者もいました。その中の一人が名工・ケレブリンボールであり,そして彼こそが,サウロンの目論見にだまされて十九個の「力の指輪」を作ったエルフだったのです。
その間に,サウロンはすべての指輪を統べる「一つの指輪」を自ら作り出します。ですが計画は露見し,「三つの指輪」は彼から隠され,エルフの指導者たち,すなわちキールダンとガラドリエル,ギル=ガラドに託されました。
このうちキールダンの火の指輪は後にガンダルフに,ギル=ガラドの受け取った風の指輪が彼の死とともにその副官たるエルロンドに受け継がれ,そして水の指輪はガラドリエルが保持したことは,「指輪物語」に示されています。一方,ドワーフに渡った「七つの指輪」と,人間に渡った「九つの指輪」は深くサウロンの力に侵食され,いずれ彼の支配下に置かれることとなるのでした。
なお,ドラマ「力の指輪」が扱っているのは,この第二紀の一部分です。
ヌーメノールの没落と第三紀のはじまりについて
自らの力への過信,そしてサウロンの煽動によって,ついにヌーメノールの指導者たちは,許された者しか至れない西方の至福の地をも征服しようともくろみました。ですが,大艦隊を率いて西方の地を襲い,その地に足をつけたその瞬間,神々そして創造神の恩寵が解かれたヌーメノールの大陸は海に飲まれてしまいます。なおかつ至福の地はこの世界から切り離され,そして大地は平面ではなく球体となったのです。
これ以降は神々の許しがなければ何人たりとも,この捻じ曲げられた地表を離れて至福の地に至ることはできなくなりました。
しかしヌーメノールには,そうした傲慢にあらがう者たちもいました。その指導者が丈高きエレンディルです。彼らは船を出して東へのがれ,中つ国に上陸すると,北方国アルノールと南方国ゴンドールを築きます。エレンディルがアルノールを統べ,ゴンドールの統治はその息子たち,イシルドゥルとアナーリオンが引き受けました。
一方,ヌーメノールの地とともに大海に没し,肉体を失ったサウロンは,中つ国東方の拠点モルドールに舞い戻り,ヌーメノールの残党との戦いを試みます。しかしこのとき,いまだエルフの上級王として君臨していたギル=ガラドが,人間の君主・エレンディルと「最後の同盟」を結び,力を合わせてモルドールの軍勢を打ち破り,サウロンの現身(うつしみ)を滅ぼしたのです。
しかしその代償は大きく,ギル=ガラドもエレンディルも,かの地でその命を終えました。その後,サウロンがはめていた「一つの指輪」をイシルドゥルが奪い,逃走するさなかに射殺された顛末は「指輪物語」などに詳しく語られています。
ここに終わる第二紀は三四四一年を数えます。なお,私が勝手に演じたガエルディルは,権勢におごったヌーメノール人たちが西方に船出する少し前の,第二紀三〇〇〇年頃に生まれたことにしています。エルフが成人と認められるのは百歳くらいとのことですから,第二紀終わりの大戦時には十分大人でしたが,ギル=ガラドにも可愛がられた(という設定の)彼は,後衛に回されてしまい,サウロンとの決戦には本当の意味では参加できませんでした。これが彼の心に,西方に去ってギル=ガラドと再び相まみえるまで,深い影を落としています(おそらくは)。
その後の中つ国は?
北方のアルノールはイシルドゥルが継ぎましたがすぐに没し,その子孫が王統を継ぎました。しかし,サウロンは力を大きく減じたものの滅びてはおらず,彼の副官といえるアングマールの魔王により,北方王国は第三紀二〇〇〇年を前に終わりを迎えました。
南方のゴンドールは,イシルドゥルの弟であるアナーリオンの血統が王を務めていましたが,その八十年ほど後には王が行方不明となり,以降は執政がゴンドールを統治することとなります。その間,元アルノールの治安は,王家の残党である野伏たちと,それを保護する裂け谷のエルロンドによって保たれました。
一方,第三紀一〇〇〇年頃,灰色港に不可思議な男たちが西の海からやってきます。見た目は老人で,明らかに「人間」の肉体をまとった五人の集団は,サウロンの復活を懸念した西方の神々より遣わされた賢者/魔法使いたちでした。
西方の地においては(前述のメリアンと同様)下位の神々であった彼らは,魔法使いとはいいながらも,不思議の技を使うことに強い制限を受けており,「人間」のようにふるまいながら,中つ国の住民たちを闇の勢力に対抗できるよう,手助けをする使命を帯びていました。
そのうちの一人こそがガンダルフで,彼は灰色港のキールダンより火の指輪を譲り受けました。キールダンはその叡智により来たる困難を予見し,指輪の持つ人々の心を奮い立たせる力こそ,この魔法使いに必要だと見抜いたからです。
かくてこれ以降,彼が中つ国を去るまで,火の指輪はガンダルフとともにあったことになります。第三紀は「指輪戦争」で終結するまで,三〇二一年の長きにわたりました。「ホビットの冒険」と「指輪物語」は,第三紀の出来事です。
「指輪物語TRPG」の舞台は?
冒頭で少し触れましたが,このゲームの舞台は第三紀二九六〇年頃で,「ホビットの冒険」で描かれる黄金竜スマウグの討伐と五軍の戦が発生した二九四一年から,二十年ほど後という設定となっています。この旅の途中で,「ホビットの冒険」の主人公であるビルボはサウロンの「一つの指輪」を手に入れるのですが,それはまだ賢者たちにも知られていません。なお「指輪物語」の主人公であるフロドが誕生するのは,この八年後,二九六八年のことです。
「指輪物語」作中で「一つの指輪」が破壊され,その結果サウロンが滅亡する――いわゆる「大いなる年」は三〇一八年と三〇一九年ですから,そこを基準にすると六十年ほど前ということになります。
五軍の戦の際に,サウロンは闇の森にあった拠点を放棄してモルドールに戻り,十年後の二九五一年に公然と名乗りを上げます。これに対して二九五三年にはサルマン,ガンダルフ,ガラドリエル,エルロンド,そしてキールダンなどで構成される「白の会議」が召集され,一つの指輪を探しているらしきサウロンについて話し合われましたが,サルマンの密かな裏切りなどもあって実のある結論はでませんでした。
この間の出来事で付け加えるとすれば,二九五一年にエルロンドが二十歳となったエステル(アラゴルンの幼名)に,その本当の出自を教えたことでしょうか。サウロンの動きもおそらく関係していたのでしょう。そのアラゴルンがガンダルフに初めて出会うのが二九五六年で,翌年に彼は二九八〇年まで続く長い遍歴の旅に出ます。
こうして闇の力が中つ国を覆いだしている頃,しかし一部を除いては安寧を享受していた時代が「指輪物語TRPG」の扱う舞台です。この世界に生きる者たちは多くが長命ですから,「ホビットの冒険」と「指輪物語」双方のキャラクターを,ごく一握りを除き登場させることができるわけですね。
アラゴルン/馳夫の役割
もともと北方王国アルノールの王であったイシルドゥルの子孫であるアラゴルンですが,「指輪物語」の時代には滅亡から千年余りが経過しており,ゴンドールの王位を要求できる立場にはありませんでした。一方で,ゴンドールではすでに王統が途絶えており,支配者は執政家です。
裂け谷のエルロンドが示すように,だからこそ,元々はエレンディルの血筋でありながらイシルドゥルの子孫であるアラゴルンは,その功業をもって自らのヌーメノール王家直系としての資質,すなわち闇の勢力に立ち向かい,これを退けるという力を示さねばなりませんでした。
それが果たされた結果として,アラゴルンは人間の身でありながらエルフの貴人アルウェン(エルロンドの娘でありガラドリエルの孫)と婚姻し,改めてエルフと人間との絆を結びなおしたのです。かつてのベレンとルーシエンのように。
成人してからこのかた,彼がソロンギルなどさまざまな偽名の下に各地を回り,闇の力を削がんと努力していたのも,自身の血筋に対する誇りと,想い人にふさわしい者として身を証すためという,ベレンと同じ理由だったのです。
余談:ガエルディルのキャラづくり
さて上記のとおり,第二紀末に生まれた(ことになっている)ガエルディルは,おそらくテレリ族のエルフで,キールダンの治めるリンドンで生活していました。海辺に暮らしていた部族の血から海に恋い焦がれ,キールダンら船大工のもとでその技を教わり,それゆえに向きは異なるもののドワーフの工作の腕に多大な興味を持っています。
その一方で,エルフ社会に流れる反ドワーフ感情や,少なくとも七千年以上にわたって語り継がれている二種族の確執の原因などから,ほかの多くのエルフと同様に,ドワーフに関する嫌悪感が心中に醸成されたようです。
とはいえ中つ国にとどまる灰色エルフの一員として,闇の勢力への憎悪の方がむろん強く,目的いかんによってはドワーフとの共闘も辞しません。ブリー村で「ソロンギル」からモリア偵察の依頼を受けたときの内心にはおそらく,闇の勢力を押しとどめることへの熱意とともに,第一紀に成立したカザド=ドゥーム――第三紀にモリアとなった――にあるはずのドワーフの事業を見たいという欲望もあったことでしょう。
しかしながら,はなれ山を去って荒廃したモリアに入った,あのバリンの甥だというフグスタリ――「ホビットの冒険」に登場するほかのドワーフと同じく,我々の世界の「古エッダ」「巫女の予言」に現れる名前――が依頼の受諾に前のめりであることに理解はあっても,もろ手を挙げて協力するという気持ちは薄かったと思われます。
一方で,話を持ち掛けてきたソロンギルについては,この世界では相手の「威厳」「品位」のようなものを感じ取れますから,エルフであればなおさら,ソロンギル――つまりアラゴルン――に流れるエルフの血を感じたでしょうし,おそらく身に着けていたエルフの石(伝承によってはエアレンディルその人が帯びていた石)にも気づいたでしょう。さらに言えば灰色港のキールダンをしばしば訪れるガンダルフから,裂け谷で養育されているヌーメノール王家の末裔について聞いていたかもしれませんので,背後に裂け谷のエルロンドがいる――ということは,さらに背後にエルロンドの妻の母であるガラドリエルがいる――ことまで推察できたかもしれません。
終わりに
ありとあらゆる細部をそぎ落としましたが,「指輪物語TRPG」が舞台とする時代につながる背景をまとめてみました。初心者の方には,情報量が過多であることをお詫びしつつ,トールキンの古参ファンに対しては「仕方がなかったんだ」と言い訳をさせてください。拙文はともかく,配信されているいくつかのプレイ動画,そして発売中のルールブックを通じて,「トールキン仲間」が増えることを願っています。
「指輪物語TRPG」の魅力
最後に,「指輪物語TRPG」がどういうゲームなのかを簡単に紹介しておこう。
ファンタジーを題材とした多くのゲームの例に漏れず,本作もまた,冒険者達の活躍を描くテーブルトークRPGだ。プレイヤーは中つ国に生きる冒険者となって,ロアマスター(本作におけるGM役)が用意したシナリオに従い,ときに敵と戦い,宝物を手に入れるといった冒険を繰り広げていく。
ただ,本作がほかのゲームと違うのは――つまり特徴を挙げるとすれば,それはより「旅」に重きが置かれているところだ。
髙橋氏の解説にもあるように,ガンダルフやビルボ・バギンズといった原作でおなじみのキャラクターが登場するのも,本作の魅力の一つだ
道がろくに整備されておらず,交易も少ない中つ国の世界は,遠くへ旅すること,それ自体が大冒険だ。移動がスムーズに進むことはめったになく,キャラクターはランダムに起きるさまざまな出来事(良いことも悪いことも)を乗り越え,「疲労点」を蓄積させながら進まなくてならない。「指輪物語」の“旅の仲間”がそうであったように。
そして,もっとも「指輪物語」らしい要素としてあるのが,「影点」のルールだ。
キャラクターには「希望点」と「影点」というステータスがあり,希望点を消費して困難な判定を成功させたり,脅威に立ち向かったりできる一方で,希望点が影点を下回るとキャラクターは“絶望状態”に陥り,最終的にはいわゆる一時的な狂気のような状態になってしまう。これは「指輪物語」における,ボロミル(過去の訳ではボロミア)がフロドを襲うシーンを思い返すと分かりやすいだろう。
影点は世界に忍び寄る悪に浸食されたり,古き呪いに近づいたりすると増えていき,とくにエルフのキャラクターはステータス的にも絶望に陥りやすい傾向にある。反対にホビットは希望点が最初から高いため,絶望しにくい。長すぎる生に倦み疲れたエルフと,「一つの指輪」を託されてなお,使命を忘れなかったホビット。そんな両種族の違いが,このシステムで表されている。
NPCに対して説得や交渉を行う会議――「指輪物語」におけるエルロンドの会議のような――のルールが,システムと組み込まれているのも面白い。印象に残る自己紹介や言葉を尽くした説得,歌や詩による鼓舞などを駆使して議論を有利に導いていく
「指輪物語TRPG」は,先日発売された基本ルールブックのほか,ボックスセットの「スターターセット」(税込5390円)も発売中だ(関連記事)。スターターには簡易ルールやシナリオ,作成済みキャラクターシートなどが含まれており,すぐにでもホビット庄での冒険を楽しめるようになっているので,この記事で興味を持った人は手に取ってみてほしい。
またプレイの雰囲気が知りたい人向けには,先のライブセッションアーカイブのほか,公式サイトにテキストのリプレイが公開されているので,こちらもチェックしてみよう。
「一つの指輪:指輪物語TRPG スターターセット」
「一つの指輪:指輪物語TRPG」公式サイト
- 関連タイトル:
一つの指輪:指輪物語TRPG スターターセット
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