[プレイレポ]「電気街の喫茶店」は,ドット絵のヒロインとオタク街が素敵な,日本橋やオタク文化へのラブレターだ
開発の冒険者酒館は中国・上海に拠点を構えるデベロッパだが,昼間にゲームを開発し,夜はゲームバーとして開店するというユニークな形態をとっている。
開発者は11歳まで日本で暮らしており(関連記事),その経験が本作に大きな影響を与えたという。
オタク街といえば東京の秋葉原が知られているが,本作の舞台となるのは西のオタク街である大阪の日本橋だ。題材に制作者の人となりや個性が反映されているあたり,インディーゲームらしいタイトルと言えるだろう。
主人公はブラック企業を辞めた青年。途方に暮れて日本橋をさまよううちに,寂れたメイド喫茶「ふわふわ」と,一人でそこを守るメイドのシロに出会う。聞けば店長は仕事を放り出して海外に行ってしまい,ふわふわの存続も危うい状況なのだとか。主人公はふわふわ再興のため,経験のない店長業を頑張ることになるのだった。
本作はメイド喫茶の経営パートと,日本橋を散策できるパートから成り立っている。
経営パートでは,メイドたちを「ホール」「キッチン」に割り振り,訪れるお客を捌いていく。
ふわふわの営業時間は9:00~18:00。店を開いていると次々にお客がやってきてテーブルに着くので,注文を取る。キッチンではこれを受けて料理を作り始めるので,出来上がったものを配膳し,食べ終わったお客の会計をして,ふわふわの売り上げを稼いでいく。
メイドたちは特に指示をしなくても自動で仕事をしてくれるが,ホールを手伝うことも可能だ。自分で動いて注文と配膳,会計をすれば,効率が少し良くなる。また,お客を捌くことで得られるゲージを使えば「おまじないサービス」を発動でき,収入がアップする。こうしてお金を貯めていけばふわふわをアップグレードでき,多くの客がやってくるようになるのだ。
コーヒーのレシピを増やすことも怠ってはならない。ふわふわにはまれにメイドの関係者やご近所さんなどの「特別なお客様」が訪れることがあり,その人に合ったコーヒーを作れれば好感度もアップする。
また,メイドには「サービス」「料理」「掃除」といったパラメータがあり,高いほど収入もアップする。これを上げるには本屋で本を買い,プレゼントする必要がある。レシピや本は街で手に入るため,店の経営と電気街巡りをバランスよくこなさなければならないのだ。
とはいえ,公式に「メイド喫茶スローライフADV」を謳うだけあり,難度自体は高くない。ふわふわにランニングコストはかからないし,料理を間違ったテーブルに出そうとしても止められるセーフティも存在している。主人公とメイドたちは働くと働くと疲労度が溜まっていくが,こちらもそう気にする必要はない。胃を痛めつつ効率や収入を追求するようなものではなく,メイド喫茶の雰囲気を楽しむフィーチャーとなっている。
1日の営業が終わると,売り上げに応じてふわふわのアップグレードに使う「営業資金」と,主人公の「給料」が加算される。主人公は店の二階に住んでいるので,こちらもランニングコストはかからず,給料はすべてお小遣いにしてしまえる。そして,店を一歩出ればオタク街が広がっており,給料の使い道には事欠かない。
レトロゲーム屋は「スーパーポテト」と「ゲーム探偵団」の二大大手が出店。ファミコンのROMによく似たカートリッジを買えるのはもちろん,店内に並べられた筐体が「ダライアス外伝」「スーパーストリートファイターII」「スペースインベーダー」を思わせる画面であるあたり,解像度が高すぎてめまいすらしてくる。
トレカを買うなら「ドラゴンスター」があるし,「駿河屋」ではタペストリーやフィギュアに目移りする。サブカル系古書店「兎月屋書店」に寄ってもいいし,カプセルトイの販売機(要するにガチャガチャ)で運試しするのも面白い。
「ソフマップ」の2階には“紳士ゲームコーナー”があり「留年生if」「PIAキャベツへようこそ」「KUKI」といった黄金期を思わせる白箱が並ぶ。これらのコレクションは自室に飾ることも可能だ。
あちらこちらと店を巡っていると時間が過ぎていき,睡眠時間が減ってしまう。評判のメイド喫茶や「くそオヤジ 最後のひとふり」で何か食べて疲労度を回復させるのもいい。「」で囲んでいるのは実在店とのコラボであり,ゲーム内にはお馴染みの店内が出てくる辺りもたまらない。
もはや,電気街で稼いだお金を電気街に還元しているかのようだが,こういったライフサイクルは実際にあった。なぜなら筆者がそうだったから。かつて日本橋の片隅に勤めていた筆者は,日本橋や難波のゲームセンターやオタク系ショップに繰り出しては散在していたのだ。
当時オタクの社会的地位はそう高いものではなく,学生時代はいろいろと肩身の狭い思いをしていた。しかし,日本橋では昼間に歩いているお客さんたちも“仲間”だったし,閉店後の夜道ですれ違う他店の店員さんたちも“仲間”だった。
特に店員さんたちは同年代だったこともあり,社会人の同業者やライバルという感覚は限りなく薄かった。「文化祭の前日に居残っている,同じ学校の学生のようだ」と勝手な連帯感を抱いていたものだ。
筆者が勤めていたころの日本橋は,ゲームよりもう少しカオスな場所だった。味も素っ気もないが安いショップや独立系のゲーム屋が軒を連ね,大手の店が閉まる20:00を過ぎれば街は真っ暗。食事をするにも店がないし,オシャレさには程遠い場所であった。
だからこそ,筆者が働いていたころよりもう少し未来の日本橋が,懐かしい表現手法であるドット絵で表現されている様は,過去と未来が入り混じったようでとても不思議だし,輝いて見える。こんな風だといいな,という開発者が描く幻想の日本橋であるように感じられてまぶしい。
本作の日本橋は地理的に正確な再現をしたものではなく,“日本橋っぽい風景”を組み合わせた,いわば日本橋のパッチワークだ。例えば,カラオケ屋の「レインボー」とくそオヤジ 最後のひとふりが隣同士であるのは現実通りだが,その横には離れた場所にあるスーパーポテトと駿河屋オタロード店が配されるなどのアレンジが行われている。
この“日本橋っぽい光景”の切り取り方には「分かっている感」が色濃く漂う。現地を知る人であれば納得感があるし,そうでない人が聖地巡礼をすれば再現に驚かされることだろう。
現実の最寄り駅である恵美須町駅の階段を上がったところにあるカレー屋や,道具屋筋商店街の入り口にある,黒地に赤で「道」の一文字が書かれた看板。オタロードにさまざまなオタクショップが大きな看板を掲げて並び,そこをそぞろ歩きする際のウィンドウショッピング感。欲望のオタク街を少し離れたところに神聖な神社(場所的に今宮戎?)がある不思議なアンバランスさなど,画面から日本橋の空気感をひしひしと感じた。
こうしたリアルな再現に,ゲームとしてのフィクションが加えられたのが本作の日本橋だ。街の端の公園では大きな桜が咲き乱れ,その脇には隠れ家的にふわふわがたたずむ。近くに今宮戎っぽい神社があり,2階から通天閣が見えるあたり,ふわふわの場所は恵美須西1丁目周辺だろうか。
そして,空の色のせいか,ちょっと海辺の街っぽい雰囲気も漂っている。リアルな日本橋感とフィクション的にいい感じの光景,両者の配分が面白い。普通は地理的にリアルな再現にこだわりそうだが,フィクションをうまく混ぜて独特の空気感を生んでいるのは見事といえる。
登場するヒロインたちはいずれも魅力的だ。ふわふわへの思いが深く,時に暴走することもあるものの,人のために自分を犠牲にできるシロ。“オタクに優しいギャル”であり,明るい雰囲気で皆を和ませるミユ。主人公を使い魔と呼び,口を開けば闇やらなにやらといった厨二ワードが飛び出すファフナ。神社の巫女であり,商才も併せ持ったほのか……といった濃い目のメイドたちとの日常はイベントでいっぱいだ。
駿河屋で散財しそうになるシロを目撃したり,ミユに付き合ってアーケードゲームをプレイしたりと,彼女らのオタクぶりも描かれていく。給料を貯めて自転車を買えば彼女らを後ろに乗せられるし,一緒に行動しているときはソフマップの紳士ゲームコーナーに連れて行って反応を眺める外道行為も可能だ。オタク街を舞台に,誰もが夢見る明るい青春を過ごすことができるのだ。
可愛らしいヒロインたちに電気街というオタクの心を惹きつけるものが,オタクにとってたまらないドット絵で描かれている,欲張りな組み合わせが本作の魅力だ。
そこかしこに出てくる架空のゲームやアニメも“葉鍵”の時代から現在まで,オタクであればニヤりとさせられるものが多い。とにかくドット絵が素敵で,見ているだけでも楽しい気分になってくる。オタク文化と日本橋に捧げられたストレートなラブレターであり,現地を知る人もそうでない人も,オタ活にまい進できるはずだ。
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電気街の喫茶店
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