連載
ゲーム翻訳最前線:第2回は武藤陽生さんと「Strange Horticulture-幻想植物店-」(前編)。ファンタジーの名詞を訳すときの「コツ」とは?
本連載「ゲーム翻訳最前線」は,海外ゲームの日本語化を担うさまざまなゲーム翻訳者の皆さんにご登場いただき,ローカライズに頭を悩ませたフレーズについて,訳決定までの思考回路を解説してもらう企画だ。プレイヤーの皆さんも翻訳者になったつもりで,「このシーンはどう日本語にするのがいいだろう?」と考えてみてほしい。最後には記事中に登場した重要単語をまとめるコーナーもあるので,ついでに英語学習もしてみよう。
第2回を担当するのは,「Va11 Hall-A」の翻訳,「ディスコエリジウム」の監訳などを手掛けた武藤陽生さんだ。今回は村人に薬草を売っているうちにカルトが絡む大事件へと巻き込まれていくオカルト謎解きADV「Strange Horticulture」から,名詞を翻訳するときのテクニックを紹介してもらった。
◆Strange Horticulture
価格 | 1520円(PC),1750円(Xbox),1780円(Nintendo Switch) |
ジャンル | アドベンチャー |
メーカー | Iceberg Interactive |
公式サイト | https://www.strangehorticulture.com/ |
悩ましき「ed」
いやいやいやer,er……というわけで今日はerの話だ。英語のerというのは便利なもので,動詞のお尻につけると「〜する者」という意味になる。run(走る)+erのrunnerなら走者だし,destroyのerは破壊者だ。とりわけファンタジー系のゲームを翻訳していると,見たこともない“なんとかer”にしばしば遭遇することになる。日本語にも「〜者」という便利な言いまわしがあり,たいていは「解放者」「簒奪者」「放浪者」のように「者」をつけておけば事足りる。
動詞+erと類似する英語表現に動詞+edがあり,意味としては「〜された者」,要はerの受け身版である。condemn(非難する,有罪を宣告される)+edでcondemned(罪人,死刑囚)といった塩梅だ。
erよりedのほうが訳すのは難しい。「罪人,死刑囚」のように日本語として通りがいい訳語をパッと思いつけば問題ないのだが,たいていのケースでは何も思い浮かばず,ウンウンとうなることになる。これは産みの苦しみにたとえられることが多いが,心情としては,いくらいきんでも何も産まれてこない苦しみのほうが近い。
ちなみにみんな大好き「エルデンリング」の「褪せ人」も英語ではTarnishedと,tarnish(色褪せる)+edとなっている。この名詞としてのedを訳すときにゲーム翻訳者が採りがちなのが「〜される者」というアプローチで,もうちょっと言うと,なんとなく「〜されし者」という擬古文調になりがちだ。この傾向はerにも当てはまり,その場合は「〜せし者」となる。erやedで表現されているものが人間ではなく,「者」とするのが不適切な場合もある。そうなったらもうお手上げだ。
「〜せし者」はサ変動詞「す」の未然形「せ」に,過去を表わす助動詞「き」の連体形「し」が接続された形(古文の授業で覚える「せ◯きししか◯」の「し」)であり,意味としては過去なのだが,これから何かを解放するはずの人の名前が「解放せし(=解放した)者」となっていることもあったりなかったりする。
長いことゲーム翻訳を続けていると,なんでもかんでも「〜せし者」「〜されし者」と訳すのは安直にすぎるのではないかと感じることがある。私が「Strange Horticulture-幻想植物店-」を訳していたときがまさにそんな心境だった。
では,このゲームで“ed”がどのような形で登場するか見てみよう。
はい,これです,Redeemed。「この捧げ物を飲み,Redeemedとなれ」という台詞。
このRedeemedを訳すにあたり,ほかにも考えなければならない要素がある。
このように,Redeemedと関連する語として,The Seeds of Redemption(カルト組織の名前)やRedemptionというものが出てくるのだ(RedemptionはRedeemの名詞形)。相互に関連する用語は日本語でもそれと分かるように表現する必要があるというのは,衆目の一致するところだろう。
では,
・The Seeds of Redemption
・Redemption
この3つをどのように訳したらいいだろうか。あなたならどうするか,ここで少し考えてみてほしい。
Redemptionを辞書で引くと「罪の償い,贖(あがな)い」という意味が載っている。贖うというのは「買い求める(購う),罪滅ぼしをする」の意味で,難しいことを考えずに訳すのなら,それぞれ「贖われし者」「贖罪の種」「贖罪」となるだろうか。
しかし,先述のようにこの3つは関連する言葉として使われているので,できればRedeemとRedemptionの訳語には統一感を持たせたい。となると「贖罪されし者」「贖罪の種」「贖罪」のように,すべての訳語に「贖罪」を含めるか。しかし「贖罪されし者」はいかにも翻訳感丸出しだし,言葉としての響きも悪い。
では本作で筆者が実際にこれらをどのように訳したかを見てみよう。
はい,カタカナで書いただけです……。
ファンタジーものの場合,訳語をカタカナにするとなんだかそれっぽい雰囲気が出ることがある。これらの用語の訳出に少しばかり頭を悩ませていた私は,試みにまず「贖い」をカタカナで書いてみた。アガナイ。悪くない。「わたくし,もとよりAganaiという英単語であって,アガナイはその音訳に過ぎませんのよ」と言わんばかりのふてぶてしい顔つきをしている。こうして「アガナイ」「アガナイの種」という訳語は比較的すんなり決まった。
あとはRedeemedをどうしてくれるかだが,「アガナワレシ者」……うーん,ちがう。そもそも「〜されし者」という型にはまった訳からあご先ひとつ抜け出ていないではないか。もっとシンプルで,それでいて意味が通じて,アガナイとの結びつきが分かりやすくて……。
そこで思い出したのが「サトラレ」という映画(原作は漫画)のタイトルだった。人の心を読むサトリならぬ,人に心を読まれてしまうサトラレ。となればアガナイに対するはアガナワレか? と,こんな具合に決まったのだった。
日本語のカナ化
話は変わるが,“軽いファンタジー要素のある世界観の場合,日本語をカタカナで書くとなんだか知らないけどいい感じになる”という現象に私が気づいたのは,「Fae Tactics(フェイ タクティクス)」を翻訳していたときのことだった。
「Fae Tactics」ではおもに地名の翻訳に,このテクニック,というほどでもないかもしれないテクニックを多用した。
上の画像左側に並んでいる地名一覧のうち,イシニハ,クロミズ,クロイケ,カラスノス,オウサ,フモーなどはどれも日本語をカタカナにしたものだ。
Black Water=黒水=クロミズ
Black Pool=黒池=クロイケ
Ravens Rest=カラスの巣=カラスノス
Dusty Road=黄砂道=オウサ道(黄砂は「こうさ」と読むのが一般的だが,コウサ道とすると交差道みたいな感じがして避けたような気もするし,ただ読み方をまちがえただけかもしれない)
Barren Field=不毛平地=フモー平地
スクショに写っているなかだと,じゃあエイゴ坂も原文では“Englishなんとか”なのかと思う人もいるかもしれないが,こちらは原文では“Eigo’s Descent”である。このように,カタカナ表記にはどれがなんだかわからなくなる幻惑効果もあり,英語の単純な音訳との親和性が高い(気がする)。何よりもこの“日本語カナ化”地名は「Fae Tactics」の世界観と非常にマッチしているのだ(そんな気がする)。
私がこうしたファンタジー世界の地名をあまり意識せずに訳すと,なんでもかんでも日本語にしてしまいがちで,それは瀬田貞二訳「指輪物語」へのリスペクトに由来するものなのだが,「Fae Tactics」訳出時は「毎度毎度『指輪物語』みたいな訳語というのもいかがなものか」と思っていたように記憶している。瀬田訳の大ファンなので,気を抜くとつい「指輪物語」風になってしまうのだ。余談ながら、「指輪物語」とはまったく無関係のゲームに出てくるStriderを「馳夫」,Stingという武器を「つらぬき丸」と訳したこともある)。
話を戻そう。上の「Fae Tactics」の画像をよく見ると「イシニワ」をあえて「イシニハ」と表記していたり,「フモウ」を「フモー」と表記していたりと,そこはかとないボカしテクニック,というほどでもないかもしれないテクニックが使われている。
Ravens Rest(カラスノス)について言っておくと,厳密にはカラスの巣はRaven’s Nestなのだが,カラスたちが休む場所といえばやっぱり巣だろうと思い,カラスノスとした。「指輪物語」の世界にカラズラスという山があるが,カラスノスとカラズラスには相通ずるものがあるように思い,とりわけ気に入っている。「指輪物語」的な翻訳から離れようとしていたはずが,結果的に「指輪物語」的な語感になって喜んでいるというのもおかしな話だが。
翻訳に正解はない,とよく言われる。“日本語のカナ化”ももちろん正解などではなく,たまたまこれらのゲームを訳していたときに,あまり型にはまった訳をしたくないと思っていたためにこうなったというだけの話だ。この先ずっと同じカナ化処理を使っていたら,やはり芸がないと思い悩む日がやってくるだろう。そうなったらまた新しい何かを考案しなければならない。それは苦しくもあり,楽しくもあり,やっぱり苦しい作業になるだろう。別に定訳をそのまま使えばいいのだが,自ら苦労を背負いたがるのは,どうやら翻訳者の性らしい。
condemn(非難する,有罪を宣告される)
Redemption(罪の償い,贖い)
「Strange Horticulture」公式サイト
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Strange Horticulture(C)2017-2022 Bad Viking Games. Developed by Bad Viking Games. Licensed exclusively worldwide to and published by Iceberg Interactive B.V. All brands, product names, and logos are trademarks or registered trademarks of their respective owners. All rights reserved. Made in the UK.
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