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新たなナラティブを切り開いた,ミステリーADVの真骨頂。「Lorelei and the Laser Eyes」が最高だったので紹介させてくれ
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印刷2024/07/12 08:00

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新たなナラティブを切り開いた,ミステリーADVの真骨頂。「Lorelei and the Laser Eyes」が最高だったので紹介させてくれ

画像集 No.002のサムネイル画像 / 新たなナラティブを切り開いた,ミステリーADVの真骨頂。「Lorelei and the Laser Eyes」が最高だったので紹介させてくれ

 面白さを説明することがきわめて難しい類いのゲームがある。明らかに唯一無二の魅力を有している(と強く感じる)のだが,唯一無二であるがゆえに,言葉で説明するのが困難で,最終的には「とにかくやってくれ!」と頼みこむしかないようなゲームだ。

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 それが2024年5月にリリースされた「Lorelei and the Laser Eyes(ローレライとレーザーの目)」PC / Nintendo Switch)だ。この作品は,「A Year Walk」「Device6」「Sayonara Wild Hearts」といった独創的なゲームを世に送り出してきたデベロッパ・Simogoの集大成的なミステリーアドベンチャーゲームであり,デジタル・アートであり,新しいナラティブの形を切り開いた傑作であると筆者は確信している。

 海外では早くも2024年GOTY候補に挙げているゲームファンやクリエイターも多く,metacriticsで現在88点(2024年に発売された全ゲーム中10位)と,かなり高い評価を得ている。しかし,日本のゲームファンにはまだその魅力が十全に伝わっていないように思う。

 初見のインプレッションの魅力以上に,プレイすることで初めてその真の面白さにたどり着けるゲームの代表に「Outer Wilds」「Tunic」といったタイトルがあるが,本作はその2作と比べても,さらに魅力を伝えにくい。「パズルだらけのホテルをクールなサングラス姿の女性になって歩き回るゲームなんだ」と言われても,「面白そう!」と手を伸ばすゲームファンはきわめて少ないだろう。グラフィックスが全編ほぼモノトーンであることも,本作のハードルの高さに加担してしまっている感は否めない。

 だが実のところ,本作はめっぽう面白いのだ。パズルゲームは苦手だが,ミステリーを扱ったゲーム・映画・小説が大好きな筆者が約30時間かけてプレイした今,「とっつきづらそう」という印象を持っている人にも心からオススメできる。それはミステリー好きなら先に進めば進むほどやめられなくなるような希有な物語と,パズルが不得意なプレイヤーでも時間をかければ解ける絶妙な難度によるところも大きいのだが,それだけではない。

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黒シェパード犬(かわいい)がくわえてきた一通の手紙から本作の「迷路」が始まる

「迷路」とは何か?


 「Lorelei and the Laser Eyes」の舞台である古いホテルのありとあらゆる場所には,解くべき謎とパズルがたっぷりしつらえられている。プレイヤーはクール&ミステリアスなサングラス姿の女性となって,入り組んだホテル内をさまよい歩く。

 施錠された扉を開くための鍵を探し,暗号を解読し,絵合わせをしたり,時にはパズルのルールそのものを探す。だが謎を解いても解いても,物語はうなぎのようにするりと手から滑り抜けていく……。

 そんな本作の何がそれほどまでに面白いのか?

 本作は一見オーソドックスな探索型ADVだが,その白眉はプレイ中,あたかも見えない手に徐々に導かれているような,不思議なプレイフィールを生みだしていることだ。それはプレイヤーの記憶と現在の思考が時の止まった場所で少しずつ混ざり合い,だんだんと解錠されていくような,本作ならではの感覚である。

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 たとえば,ゲームの進行度によって現れる「迷路男」。この迷路男につきつけられる設問によって,まるで過去の時間が停止しているかのようなホテル内に別の時間軸がもたらされる。

 本作の謎を解く順序はプレイヤーに委ねられているところも多いが,迷路男が提示する設問は「或る時系列」に沿ったリニアなものであるため,それをひとつひとつ解くことによって,プレイヤーの物語への理解が少しずつ深まっていく仕組みになっている。本作に数多く存在するこうした静と動を上手く混ぜ合わせたゲームデザインは,そのプレイフィールを唯一無二のものにしている。

フェアな謎解き


 巨大迷路に縦横無尽に張り巡らされた曲がり角——その謎の数々に序盤は面食らうかもしれない。謎はバラエティに富んでおり,ときに「人を食って」いるような印象さえ受ける。だがそうした謎に翻弄され,悩み抜き,解き明かすプロセスがだんだん無性に楽しくなってくるのだ。そこには上質なミステリ小説でも映画でも得られない新鮮な愉悦がある。

 ちなみに本作の謎はほとんどが,物語設定やほかの情報を知らなくてもその場面の情報だけで解けるフェアなものになっている。例を挙げてみよう。ホテル内のピアノの鍵盤に赤い文字で年号が記されている。どの鍵盤をどのように叩けば良いか,画像を拡大して少し考えてみてください(解答はゲーム本編で……)。

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 本作はノートと鉛筆(あるいは現代的にタブレットかスクリーンショット)が必要となる,かなり硬派でオールドファッションなゲームだが,それは本作の持つコンセプトと完全に合致している。また,舞台であるホテルに仕組まれた謎は膨大ではあるものの,そのひとつひとつは「Witness」「Baba is you」のように難解ではないので安心してほしい(そうしたガチのパズルを求めるプレイヤーには少し物足りないかもしれない)。

 しかも本作の謎は,それが用意された道をただ「なぞっている」ようなプレイにならないよう,恐ろしく精緻に,親切に設計されていることが,少しずつだが伝わってくる作りになっている。

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本作を象徴する赤い迷路

デジタル・アートとして


 このように,本作は「謎」を材料に構築された堅牢な建造物のようなゲームである。しかし登場人物である謎の男・Renzoの洒脱な口調で「これはアートなんですよ,シニョリーナ」と言われたら,納得するしかないようなムードも熟成されている。そうしたムードを圧倒的なセンスと物量で不壊のものにしたこと。そこにも本作の凄みがあるように思う。

 尖ったゲーム・アートと比べるとしっかりゲーム然としているために見過ごしてしまうかもしれないが,ここに現れているのは「ゲーム」の形を取った上質のモダン・インタラクティブ・アートでもあるのだ。

 それは「もうひとつの世界」を終始透かし絵のように映し出している独創的な背景デザイン,クールなモノトーンとビビッドな赤で統一されたグラフィックス,形を変えて執拗に提示される数字と記号,断続的に鳴り響くアンビエント・ノイズにエリック・サティマイケル・ナイマンジェイムス・ブレイクの音楽を織り交ぜたような幽玄なBGM——そうした本作の統一感のあるエレメンツに担保されている。「ゲーム」というメディアの特性をフルに活用した本作独自のアート世界を堪能するだけでも,プレイする価値は充分にあるだろう。

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「去年マリエンバートで」やフェデリコ・フェリーニの名作を彷彿とさせる場面も多い

ナラティブの画期性


 核となる本作のストーリーはどうだろうか。 こちらも一見荒唐無稽・奇想天外だが,けっして判りにくいものではない。制作者が公式サイトで語っているように,アラン・レネ 「去年マリエンバートで」やマヤ・デレン&アレクサンダー・ハミッドの短編「Mesh of afternoon」,デヴィッド・リンチ「インランド・エンパイア」といった映画を彷彿とさせる表現も表面的には多い。

 だが,本作がそうした影響下だけに留まらず,映画でも小説でもない,ゲームならではの大胆なナラティブを為していることに,筆者はもっとも強く心を打たれた(なお,ここでは「ナラティブ」を「複数の出来事の提示」「プレイヤーが各々のゲーム体験を通じて独自の物語体験を築き上げること」といった意味合いで用いている)。

 「自分がいる世界も,自分が誰なのかも分からない」といった記憶喪失ものや「信頼できない語り手」的物語設定は,ミステリー小説や映画では常套・古典であり,受け手に瑞々しい驚きをもたらすことは現代においてきわめて難しい。

 しかし直線的な時間軸の制約を受けず,多種多様なインタラクティブ性をひとつの作品に落とし込める「ビデオゲーム」においては,手垢のついた設定でも新鮮な語り口,重層的な物語を作り出せる。その意味で,本作はシーケンシャル(連続的)な映画や小説では描くことのできない「特質」を有した物語体験——新しいナラティブをプレイヤーに提示しているように思う。ネタバレを避けるため詳細な言及は避けるが,多層的に提示される複数の真相が少しずつ解き明かされ,混ざり合っていく本作のゲーム体験は新鮮な驚きに満ちている。

 そんな本作の複雑妙味な物語を余すところなく味わうことができるのは,「Firewatch」「Genesis Noir」といった名作インディーゲームを訳した福嶋美絵子氏による見事な翻訳に拠る。

 テキスト量も意外と多い本作だが,取得したアイテムや書面のウィットに富んだ説明文,やみくもに電話をかけて見知らぬ相手の対応を読むのも楽しい。また主要人物・Renzo氏の仄めかしばかりの台詞や氏の記した謎めいた脚本(長大かつ文学的で,本作の核となっている)も,この作品の持つ耽美的なムードを損ねることなく精確なテキストに訳されていると感じた。

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 「Lorelei and the Laser Eyes」における「迷路」とは直喩でもあり,メタファーでもある。ゲームとはある記憶の集積であり,記憶とは,コンピュータ・プログラミングとは,本質的に迷路(のようなもの)なのではないか?

 本作はそうした命題を執拗に,誠実に問うミステリーアドベンチャーゲームであり,「或る芸術家の人生」を描いた,時空を超えた物語でもある(そのような作品と「見る」こともできる)。
 
 「レーザーの目」を持つクールな謎の女性となってオーセンティックなホテルをさまよい歩き,謎の数々に頭を悩ませながら,あなたはきっと「抜け出すための迷路」を求めていた自分自身を発見することになるだろう。ミステリーをこよなく愛するゲームファンなら,この迷路をけっして避けては通れないはずだ。


■筆者プロフィール■
ラブムー

ゲーム,ポップカルチャーを深く愛するライター・ゲーム翻訳者・元喫茶店店主。ゲームとコーヒーを通じて,クィア,喫茶ファンが交流できる場を作るべく日々活動中。
X:@Lovemooooooo
HP:tsukikusa.jp

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