連載
西川善司の3DGE:技術の視点で分析するPSVR2の体験。進化した映像表現や操作感からグラフィックス表現のポイントまでまとめて解説
筆者は事前に,PSVR2の報道関係者向け体験会に参加できたので,本稿では,そのときに気付いたPSVR2の所感についてまとめてみたい。
ただし,あらかじめSIEから,「西川さん,今日はPSVR2のハードウェア周りに関する質問は,一切ダメですよ」と釘を刺されてしまったため,細かい話を聞くことはできなかった。そのため,今回は限られた範囲で聞けた情報と,筆者の所感や考察に限られることをお断りしておく。
なお,今回体験できたコンテンツは,PSVR2対応版バイオハザード ヴィレッジと,開発中のPSVR2専用タイトル「Horizon Call of the Mountain」(以下,Horizon CoM)の2タイトルだ。ただ,ゲームについてのレポートは,別の記事で掲載済みなので,そちらを参照してほしい。
PSVR2の付け心地はよくなったのか
PSVR2の装着手順は,初代PSVRとあまり変わらない。
まず頭に被ってから,ゴーグル部の天面右にあるボタンを押すと,ゴーグルの前後位置を調整できる。また,ヘッドバンド後端にあるダイヤルを回せば,ヘッドバンドの締め付けが強くなって頭部にしっかり固定できる仕組みだ。
とはいえ,たとえば,PSVR2を装着したあとに,専用コントローラである「PlayStation VR2 Senseコントローラー」(以下,Sense)を手にするときや,プレイ中に動きすぎて部屋のどこにいるかを確認するときなどに,いちいちゴーグルを外すことなくボタン一発で周囲を見られるので,かなり便利な機能だ。
トラッキング用カメラの映像から外部視界を生成するVR HMDは,今となっては珍しいものではない。ただ,PSVR2のシースルーモードは,画像合成の精度が優秀なためか,目で見たものに近い距離感とスケール感を実現していた。そのおかげで,シースルーモードで周囲を見ながら,テーブルの上にあるSenseを手に取って持つといったことは,ごく普通に行える。
PSVR2の見え方はどう変わったのか
初代PSVRは,解像度1920×1080ピクセルの有機ELパネルを1枚使い,パネル中央に仕切り板を入れることで,片眼あたり960×1080ピクセルの映像を見せる仕様だった。それがPSVR2では,片眼あたり2000×2040ピクセルの有機ELパネルを2枚搭載して,左右の目それぞれに1枚のパネルを見せる仕様に改められた。画素数は約4倍に向上したことになる。
一方,PSVR2の接眼レンズだが,筆者は,最新のVR HMDで採用事例が増えているパンケーキ型レンズ(※拡大光学系と伸長光学系を組み合わせたダブルレンズ構成の接眼レンズ)を採用するのではないかと予想していたのだが,これは外れてしまった。次の写真はPSVR2の接眼レンズ部の写真だ。接眼レンズには,同心円状の陰影がくっきりと現れている。
同心円状の模様は,初代PSVRと同じ「フレネルレンズ」の特徴だ。
フレネルレンズは,凸レンズを同心円状に切って平面上に並べたものだ。レンズを通して見た像には,年輪のようなモアレ模様が出やすく,レンズ外周での色収差(色ズレ)やコマ収差(ピンボケ)も生じやすい。また,輝度の高い光がレンズに入ると,強いフレアが出やすいといった特徴もある。その一方で,レンズが薄く軽量なのが大きな利点だ。
フレネルレンズのこうした特徴は,高解像度の映像パネルを組み合わせたVR HMDとは相性があまりよくない。
ちなみに,カメラ向けレンズでは,フレネルレンズの弱点を軽減した「回折レンズ」(Phase Fresnel Lens,Diffractive Optics Lensとも呼ぶ)というレンズもあるが,もしかしたらPSVR2は,そうしたレンズを採用しているのだろうか。このあたりの工夫については,今後の取材で明らかにしたい。
なお視野角は,初代PSVRが約100度に対して,PSVR2では約110度まで広がったとのこと(※PSVRは水平方向だったが,PSVR2もそうなのかは明言されていない)。実際にゲームで体験した範囲では,最新世代のVR HMDと同等の視野角を実現できている印象で,高い没入感を得られた。ただ,初代PSVRから劇的に視野角が広がった,という印象はあまりない。
これはPSVR2に限ったことではなく,現状のVR HMDで共通の課題なのだが,VR HMD特有の潜望鏡を覗いているような,あるいは水中眼鏡をかぶった視界とでも言うこの感覚は,左右の視野角がもう少し広がらないと,軽減されなさそうである。
PSVR2の位置,動き認識はどう変わったのか
知っている人も多いだろうが,初代PSVRや「VIVE Pro 2」のように,VR HMDの外側に設置したセンサーやカメラを使ってユーザーの位置を検出する方式を,「アウトサイドイン」方式と呼ぶ。一方,PSVR2や「Meta Quest 2」のように,VR HMD自体に位置検出用カメラに内蔵した方式を「インサイドアウト」方式と呼ぶ。
もちろん,PSVRもPSVR2も,実際にはカメラだけで位置検出を行っているわけではない。ゴーグルに内蔵する6軸検出システム(3軸ジャイロセンサーと3軸加速度センサー)からの情報も組み合わせて,より正確な位置と動きを検出しているのだ。
PSVR2では,視線追跡(視線トラッキング)機能を搭載したことも,初代PSVRに対する大きな違いだ。視線追跡機能は,左右の接眼部に組み込んだ2基の赤外線カメラによって実現している。照射した赤外光パルスの反射光が瞳孔の向きに応じて変移する特性をもとに,ユーザーが注視している方向を判定する「角膜反射法」が用いられていると思われる。
筆者が体験した2つのコンテンツでは,視線トラッキングをゲームメカニクス方面で効果的に活用するシーンはなかった。しかし,ユーザーが注視している部分を高解像度で描画する「Foveated Rendering」に,視線追跡技術を活用していることは,筆者自身の目でしっかり確認ができた。Foveated Renderingについては,後段で詳しく説明するとして,話を続けよう。
さて,視線追跡機能を活用するには,ユーザーごとにキャリブレーションを行う必要がある。具体的には,黒背景の画面と,眩しいくらい白い背景の画面に対する2回を行った。これは,瞳孔を絞って明るさに慣れている状況の「明順応状態」と,瞳孔を開いて暗さに慣れている状況「暗順応状態」で瞳孔の開度が異なり,開度によって角膜からの反射光も変化することに対応するためだ。
実際の視線追跡処理においては,最暗状態と最明状態それぞれのパラメータを用いて,視線位置を予測する。これにより,表示映像がいかなる輝度であっても,視線追跡精度を安定的に保てるわけだ。なかなか凝った作りだと思う。
ケーブルによる“つながれ感”はまだある
初代PSVRは,本体とケーブルでつながった「プロセッサーユニット」というそこそこ大きなコントロールボックスがあったり,ケーブルはケーブルで,中継コネクタみたいなものにつながっていたりした。そこに「大学の研究室にある実験機」的なガジェット感を感じてマニア心がくすぐられた人もいるだろうが,便利か不便かで言えば,不便な面があったのは確かだ。
それに対してPSVR2では,コントロールボックスも中継コネクタもなくなり,1本のUSB Type-CケーブルでPS5本体と接続する方式となった。
バイオハザード ヴィレッジは,ゲームの性格上,動き回る敵のほうへ向く必要があるので,首を高い頻度で勢いよく回すことになる。よって,そのたびにケーブルは,ぶるんぶるんと振り回されるわけだ。夢中になっていると足元のケーブルが足や体に巻きつくこともあるので,1人でプレイするときは,ときどきケーブルの状態を意識しておく必要はある。PSVR2のシースルー機能を使って確認するといいだろう。その場にほかの人がいる場合は,ケーブルの管理を頼むといい。
PS5が生成したVR映像は,USB Type-Cポートにつないだケーブルを通じてPSVR2に送られるわけだが,映像信号をどのような方法で伝送しているのかは,教えてもらえなかった。
PS5のUSB Type-Cポートは,USB 3.2の10Gbps仕様(※USB 3.2 Gen 2)となっている。しかし,4K相当の解像度を90Hz以上で伝送するとなれば,理論値にして24Gbpsを超える帯域幅が必要となるので,まったく足りないはず。ということは,PSVR2では,MPEG系の非可逆圧縮技術で圧縮した遅延のある映像を伝送しているか※,実はPS5のUSB Type-Cポートが,「DisplayPort Alternate Mode」にも対応していて,これを用いて映像信号を伝送しているかのどちらかだと思う。
考えにくいが,SIE独自の拡張仕様を活用している可能性もあるのだが,いずれにせよ,このあたりも改めて取材したいところだ。
※初代PSVRでは,VR映像とは別にMPEG圧縮した映像をPS4から送り出し,PSVRのプロセッサボックス経由で,外付けのテレビやディスプレイ向けに映像を出力できた。このテクニックと同じような仕組みだ
PSVR2専用コントローラによる操作感,サウンドの臨場感はどう進化したか
Senseには,表面に複数の赤外光LEDが見えないように実装されており,PSVR2のゴーグル部にあるカメラによって,位置や動きを追跡している。また,PSVR2のHMD部分と同様に,Sense内に6軸検出システムを内蔵しているので,それらの情報を活用して,かなり高度な位置と向き検出が行える仕組みだ。
アイデア次第では,PSVR2ならではの「面白いVRゲームのプレイメカニクス」を発明できそうである。
引き金ボタンの反発力をプログラム的に制御できる「アダプティブトリガー」,ゲーム世界からの干渉を多様な振動表現で伝えてくれる「ハプティックフィードバック」といったPS5のDualSenseコントローラにおける特徴的な機能は,PSVR2のSenseにも継承されている。筆者が体験した2タイトルでも,弓引きやハンドガン操作において効果的に使われていた。
左右のSenseには,親指,人差し指,中指の3本指が触れる部分に,静電容量式のタッチセンサーが実装されていて,「フィンガータッチ機能」と呼ばれている。
グリップ部に付いている中指センサーの使いこなしが,筆者にはちょっとだけ難しかったが,グー/チョキ/パーの動きは,なんとか行えた。フィンガータッチ機能を効果的に活用することで,新しいゲーム体験が創出できそうである。
サウンドは,頭部伝達関数ベースの仮想音源技術で,PS5が誇る「Tempest 3D Audio」機能により,ステレオヘッドフォンで360度の音を表現できる。それはもう,やばいくらいの臨場感を演出できる。バイオハザード ヴィレッジの場合,プレイヤーは,体が虫の群体でできたサディスティックな美女3姉妹からリンチ攻撃を受けるのだが,この時,虫がぶんぶんと頭の周りを飛び回るわ,体中を刃物で切り刻まれるわで,恍惚もののサラウンド感を感じられた。
PSVR2のグラフィックスはどれくらい進化したのか
結論から言うと,PSVR2の映像はかなり美しい。筆者が体験したことのある両眼4KクラスのVR HMDと拮抗したレベルと言っていい。
まず,解像感だが,「ドットが見えないレベル」というのは言い過ぎだとしても,24インチ級でフルHD解像度のディスプレイを見ているくらいの精細感はある。両眼で4K,片眼あたり2K解像度なので,実感にも納得がいく。
なんといっても感心したのは,PSVR2のHDR表現力だ。PSVR2は,既存のVR HMDでも珍しいHDR表示対応HMDなのだ。
とくにバイオハザード ヴィレッジは,HDR表現の使い方が上手で,古城の各所に置かれた燭台の灯りや,暖炉の炎などは,周囲の陰影と比較して,とても明るく輝いて見えて,そのマテリアル自体が自発光しているような感じがリアルに伝わってきた。
PSVR2では,空間的な解像度が向上しただけでなく,輝度方向のダイナミックレンジも向上しているので,よりリアルで没入感の高い映像体験,ゲーム体験が楽しめそうである。
また筆者は,古城の調度品で異様に質感がリアルに見えたので,それらに近づいては片眼を交互に閉じて,鏡面反射のハイライトがどう見えるかを観察してみた。すると,ただ左右の目,それぞれの視線から見える3Dオブジェクトをそれぞれレンダリングして,立体形状の視差を表現しているだけでなく,ライティングとシェーディングを,左右それぞれの視線に対して個別に行っていたのだ。
それゆえ,金属の器やレリーフなどを,目を片方ずつ閉じて見比べると,ちゃんと異方性に配慮した鏡面反射光が見えるのだ。もう少し具体的に言うと,注視しているオブジェクトにおけるハイライトの出方が,右目で見たときと,左目で見たときで違うのである。いうまでもなく,現実世界も同様だ。バイオハザード ヴィレッジで古城内情景の質感表現がやたらリアルな秘密のひとつは,ここにある。
ちなみに,初代PSVRを含む既存のVR HMD向けコンテンツでは,処理負荷軽減のために,ライティングとシェーディングを1つの視線だけで行っているタイトルが少なくない。
PSVR2を被った筆者が全然ゲームを進めることなく,1か所に留まってごそごそと奇行をしていることに気付いたカプコンの方が,筆者の指摘について「よくそこに気付いてくれました」と述べていた。筆者が,「ここまでやると,本編で安定して120fpsが出せますか?」と聞いたところ,「オリジナル版のグラフィックス要素をチューニングすることで,なんとか頑張ってやってます!」と力強く答えてくれた。
そうなると,オリジナル版のグラフィックス要素をどうチューニングしたのかが気になるわけだが,話を聞いた感じでは,いくつかのポイントがあるようだ。
まず,バイオハザード ヴィレッジでは,PS5のリアルタイムレイトレーシングは使っていない。これは負荷低減の意味もあるが,PSVR2を通して見た映像の見え方に対する配慮が大きいようだ。PS5のレイトレーシング性能は限定的であり,本作のオリジナル版でも,レイの発射を空間的かつ時間的にも分散して行っている。そのため,すべてのフレーム,すべてのピクセルからのレイ発射はしておらず,時間方向に発射元を入れ替えたり,あるいは発射方向を変えたりしていた。レンダリング時には,過去フレームに放った一定数のレイが取得した情報を,集めて回収し,描画するのだが,生成した完成フレームを左右の目で同時に見ると,チラチラとちらついてノイジーに見えてしまうのだという。それを嫌って,PSVR2版ではレイトレーシングを使わなかったそうだ。
2つめは,レンダリングシステムをVR用に最適化するというチューニングで,2つの技術を組み合わせているという。
まずひとつは,PS5のGPUが持つラスタライザの特殊機能「Flexible Scale Rasterization」(Flexible SR)の活用だ。
ラスタライザとは,どのGPUにも搭載されている機能ブロックのひとつで,ポリゴンをピクセルに分解する役割を果たすところだ。そしてPS5のGPUでは,ラスタライザが,ポリゴンを意図的に不均衡なバランスでピクセルに分解できる。
3つめは,視線追跡技術を活用したFoveated Renderingだ。
PS VR2では,着用者の視線をリアルタイムに追跡できるので,これを活用して解像度が均一ではないライティングやシェーディングを行う。これがFoveated Renderingの基本的な概念だ(関連記事)。
Foveated Renderingの仕組みは,現行世代GPUの多くが対応する不均一解像度でのシェーディング技術「Variable Rate Shading」(以下,VRS)を活用して実装するのが一般的だ。ただ,PS5のGPUはVRSに対応していないので,別のアプローチが必要となる。
具体的には,Flexible SRによる解像度不均一のラスタライズを使い,視線から外れた領域については,積極的にピクセル解像度を下げる。これによって,VRSを使用したときに近い描画を実現するわけだ。
まとめると,PS VR2では,Flexible SRによるピクセル分解能の不均一化を,ユーザーの視線に応じて制御することでGPU性能を稼いでいるわけである。こうした工夫によって,PS VR2は,4K解像度においても90〜120fpsといったハイフレームレート映像を安定的に表示しているのだ。
実際に,バイオハザード ヴィレッジで,古城内に掲げられている複雑な形状のシャンデリアを視界の中心に置いて,瞳を動かして画面の外周を見つめるとシャンデリアの見え方がどう変わるのかを観察したところ,たしかに,違いを知覚できた。たとえば,シャンデリアを注視しているときは,たくさんある燭台と燭台の隙間がくっきりと見えるのだが,視線をシャンデリアからずらすと,隙間が消えてぼんやりとした描画になるのだ。
こうした地道な努力の積み重ねで,PSVR2の両眼4K映像&120fpsは達成できているのだ。開発陣の創意工夫には脱帽である。
ワイヤレス化できなかったのは残念
やはり不安は入手性と価格か
ハードウェアの詳細は,まだ分かっていないことも多いPSVR2だが,初代PSVRから,かなりパワーアップしていることはよく分かったし,実感もできた。映像体験も,操作感も良好だったので,期待度は高まるばかりだ。
ただ,体験したうえで,ひとつ気になったのは,ワイヤレス化が実現されなかったことだ。PSVR2は,映像,サウンド,操作感が初代PSVRから格段に進化しているため,VRコンテンツへの没入しやすくなった。しかし,PSVR2のVRコンテンツに夢中になっていると,ときどき感じるケーブルによって頭が引っ張られる感触や,体にコードが巻きつく感触が,これまでのVR HMDよりも残念に感じたのだ。ワイレレス化はPSVR3(?)に期待しよう。
もうひとつ心配なことといえば,発売後,PSVR2を欲しい人が普通に買えるのだろうかということ。転売勢と戦いながら抽選をくぐり抜けて入手しなくてはならないのかと思うと,気が重くなる。そもそも,PSVR2はPS5専用なので,PS5を持っていない人は,まずPS5を入手しなければならない。
PlayStation公式WebサイトのPSVR2製品情報ページ
- 関連タイトル:
PlayStation VR2本体
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