レビュー
TRPGシーンの今をリードする話題作「エモクロアTRPG」を紹介。友人を“沼”に引きずり込みたい人にオススメする現代《怪異》譚TRPG
こうしてプレイ環境の変遷が進む中,とくに今注目を集めているテーブルトークRPGに「エモクロアTRPG」(以下,エモクロア)がある。YouTubeを中心に活躍する動画配信者であるぱぱびっぷ氏とまだら牛氏※による企画ユニット“ダイスタス・チーム”が2021年3月19日に発表した本作は,インディーズ作品ながら革新的な要素をいくつも備え,テーブルトークRPGシーンに衝撃を与えた。言わば台風の目と呼んで差し支えのないタイトルとなっている。
本稿は,「エモクロア」の概要を紹介すると共に,その革新性について改めて解説するものだ。「エモクロア」をまだ遊んだことがないという人も意識して紹介しているので,テーブルトークRPGファンはぜひご一読いただきたい。
※まだら牛氏は,2021年11月現在チームを脱退している。
「エモクロアTRPG」公式サイト
《怪異》と“感情”の交錯を描くテーブルトークRPG「エモクロア」
まず「エモクロア」の概要について紹介していこう。
本作はプレイヤーキャラクターである《共鳴者》達が,感情を変異させる超常の存在《怪異》と関わることで生まれるドラマを描くテーブルトークRPGだ。これは「Emotional(感情)」と「Folklore(伝承)」を組み合わせた造語である「エモクロア(Emo-klore)」というタイトルにも現れていて,本作のテーマともなっている。
《怪異》の存在こそあれ,ほとんど現実と変わらない世界が舞台であり,基本的にプレイヤーキャラクターは特殊能力などを持たない一般人であることから,物語は自然と事件の調査と,その解決に向かって進んでいく。ジャンルで言えばホラーやミステリ,怪談,伝奇など。似た雰囲気の作品を挙げるなら,例えばアニメや小説なら「化物語」や「夏目友人帳」,ゲームなら「ペルソナ」シリーズや「SIREN」シリーズ,そしてテーブルトークRPGなら「クトゥルフ神話TRPG」だ。これらを思い浮かべれば,エモクロアの世界観をイメージしやすいのではないだろうか。
エモクロアにおいてキャラクターを表現するのは,8つの「能力値」と,そこから派生する49種の「技能」,そして「共鳴感情」だ。能力値は「身体」「知力」「五感」などキャラクターの基礎能力を示し,技能は〈鑑定〉〈聞き耳〉〈社交術〉〈格闘〉〈医術〉など,より専門的な能力/知識を意味している。一方,「共鳴感情」は本作のテーマに関わる重要なもので……これに関して後述する。
なお能力値と技能はそれぞれポイントを割り振って決定する形式なので,乱数が入り込む余地はほとんどない。このため,プレイヤーは思い描いた人物像を,比較的素直にキャラクターに落とし込めるはずだ。
判定に用いるダイスは10面ダイス(以下,D10)だ。技能レベルと同じ数のD10を振って,“判定値以下の出目を出したダイス”を数えるダイスプールの下方判定方式で,この数が多いだけ成功の度合いが大きくなる(1個なら通常成功,2個なら効果的成功など)。
なお技能判定については,公式サイトのルールブック,または制作者であるぱぱびっぷ氏のYouTubeチャンネル内にある解説動画に詳しいので,興味のある人はそちらをチェックしてほしい。
「共鳴感情」――共鳴する感情が生み出すドラマ
冒頭でも紹介したように,本作はプレイヤーキャラクターである《共鳴者》と,《怪異》の出会いによって生まれる“感情”の動きをテーマにしたRPGだ。では,本作における怪異とは,いったい何だろうか。ルールブックによれば,それは「人の感情に影響を与える超常の存在」と定義される。これをルールとして表現したのが「共鳴感情」だ。
「共鳴感情」は,「《怪異》からの影響を受けやすい感情」を表す《共鳴者》の能力の一つだ。キャラクター作成時,プレイヤーは「欲望」「情念」「理想」「関係」「傷」の5つのカテゴリに分かれた全47種の感情から3つを選択し,「表」と「裏」,そして「ルーツ」に割り振る。ルールブックによれば,「表」は自他共に認識している感情,「裏」は自覚すらないかもしれない内面の感情,「ルーツ」は人格形成の起源となった感情を表すものだという。
例えば共鳴感情を,仮に「表:[正義(理想)] / 裏:[自己顕示(欲望)] / ルーツ:[孤独(傷)]」と割り振ったキャラクターを作ったとしよう。このキャラクターA氏は,いったいどんな人物だろうか。
……恐らく彼は慈善活動に精を出すような正義感に溢れた人物なのだろう。しかし彼自身も気づいていないかもしれないが,その行動は他者から認められたい承認欲求ゆえなのだ。そしてA氏がそうなってしまったきっかけ,ルーツは,家族の愛に恵まれなかった幼少期の孤独に由来している……といった具合だろうか。
そんなA氏が《怪異》と出会えば,感情の「共鳴」が発生する。これが「共鳴判定」だ。共鳴判定は〈∞共鳴〉という特殊な技能を使った技能判定であり,成功すれば〈∞共鳴〉技能のレベルが上昇。その成功度合いが大きければ「共鳴表」によって示される変調を来たし,かつレベルが一定値以上になると,キャラクターは【逸脱】――いわゆるキャラクターロストとなってしまう。
例えばシナリオ内で子供の幽霊と出会ったA氏は,その幽霊が持っていた[孤独(傷)]の感情と自身の「ルーツ」が強く共鳴した結果,共鳴判定でトリプル(極限成功)を叩き出し,少年の過去を幻視する変調を来す。虐待に遭い,深い悲しみにくれる少年の姿を目にしたA氏は何を思い,どう行動するだろうか……。
このように共鳴感情と関連する諸要素は,本作のメカニクスの根幹にあると共に,キャラクターに輪郭を与え,ストーリーテリングにドラマを生み出す役割を持つ。それを感動的に描くのか,あるいはホラーテイストで描くのかは,卓を囲むディーラー(本作におけるGMあるいはキーパー)とあなた次第。揺れ動く感情をルールに落とし込むことで劇的な展開を約束する,文字どおり「Emotional」なシステムと言えるだろう。
エモクロアの何が革新的なのか
さて,ここまでがゲームとしての「エモクロア」の概要だが,本作の最もユニークな点,そして多くのテーブルトークRPGファンに驚きを持って迎えられたのは,実はこうした部分ではない。ゲームデザインの面だけを見れば,本作は決して目新しいものではないからだ。
共鳴感情のようなロールプレイに干渉し,これを助けるゲームシステムは「ダブルクロス」をはじめとしたモダンなテーブルトークRPGに定番のものだし,共鳴判定によって引き起こされる変調やキャラクターロストが「クトゥルフ神話TRPG」の影響を色濃く受けているのは明らかだ。
また本作の技能判定,とくに判定値の算出は一見して成功率が判断しにくく,直感的でないという欠点もある。世界設定についても,《怪異》とそれにまつわるものがほとんどで,かなりシンプルなつくりとなっている。既存のテーブルトークRPGと比べたときに物足りなく感じる人も多いだろう。
だがそれを補って余りあるのが,本作が志向する「オンライン対応」と「二次創作対応」という二つの運営方針だ。このパッケージングこそが,「エモクロア」の真に革新的な要素だと筆者は考える。
ここからは,この二つの要素について解説していこう。
オンラインに最適化されたプレイ環境
すべてのルールが公式サイトで公開されているというのは,本作の大きなアドバンテージだ。かつそれらはPDFビュアーすら必要なくブラウザだけで表示でき,さらに無料で閲覧できてしまう。
遊ぶためには時間を合わせて参加者を集める必要があるテーブルトークRPGというジャンルにおいて,URLを教えるだけで友人を誘えるというのはとくに重要だ。さらにはオンラインで遊ぶスタイルが一般的になりつつある昨今,ブラウザ上で簡単にルールを確認できるというのもかなり画期的だったりする。なにせ,これまではそれぞれが手元に用意した紙の本をめくり,ページ数を教え合っていたのだから,それが必要ないというだけでもかなりありがたい。
シナリオも無料のものが公式サイトに複数用意されているので,少なくとも数回は完全に無料で遊べる仕組みである。
またオンライン対応という意味では,ブラウザから利用できるキャラクターシートの整備と,オンラインでテーブルトークRPGを遊ぶのに欠かせないオンラインセッションツール――とくに国内においてデファクトスタンダードとなりつつある「ココフォリア」との連携も,国内のタイトルとしては抜きん出ている。
公式サイトからアクセスできる「公式キャラクターシート作成ツール」は,入力した数値から導かれるパラメータが自動計算されるなど,抜群に使いやすい。なんであれテーブルトークRPGを一度でも体験した人には同意してもらえると思うのだが,キャラクターの作成はテーブルトークRPGの最も楽しい部分の一つでもあると同時に,かなりカロリーを使う作業でもある。ここでツールの補助が受けられるのは,とてもありがたい。使い勝手を向上させるアップデートも頻繁で,今後の進化にも期待できそうである。
また本作は判定周りが直感的でないと先に述べたが,オンラインセッションツールを使用する前提ならば話は変わってくる。判定をツール内蔵のダイスボット(BCDice)に,判定値の算出をキャラクターシートに任せてしまえるので,裁定に困ることはないだろう。むしろツールとの連携を前提にしていたからこそ,多少複雑な判定方式でもプレイ感を損なわないという判断だったのではないだろうか。
「ダイスタス・コモンズ」が生み出すフリーな二次創作環境
そしてもう一つのポイント――そして,これこそが「エモクロア」の真骨頂だと思う点が,かなり広い範囲をカバーする本作の二次創作環境だ。
公式サイトのガイドラインによれば本作の二次創作物,つまりはシナリオやキャラクター,舞台設定,イラスト,動画,音声,追加ルールなどは,ダイスタス・チームが提唱するライセンス「ダイスタス・コモンズ」に従う限り,個人/法人・営利/非営利を問わず,ほぼ一次創作と同等の権利が認められるという。つまり「エモクロア」の権利者であるダイスタス・チームから逐一許諾を取ったりライセンス料を支払ったりする必要もなく,権利的にクリアな状態で二次創作が行える。
ダイスタス・コモンズの詳細は直接公式サイトを確認してほしいが,こうした本作の二次創作への考え方からは,テーブルトークRPGという遊びにおいて,利用者の創意工夫がいかに大切か,というダイスタス・チームの理念が見てとれる。
本作の発表が行われた配信上でも,ダイスタス・チームは「テーブルトークRPGは,セッションやキャラクター作成,シナリオ制作などの『二次創作が前提の遊び』である」と語っており,実際「クトゥルフ神話TRPG」のプレイヤーを中心とした日本のテーブルトークRPGシーンは,二次創作文化に支えられている側面があるのは間違いない。
そしてその目論見は,今のところうまく機能しているようだ。pixivが運営する二次創作者向けネットショップサービスである「BOOTH」では,「エモクロア」関連作品がすでに500以上が投稿されている状態で,リリースから約8か月という時間を鑑みれば,1日につき新たに2〜3作品が生まれている計算だ。
であれば本作の欠点として挙げた世界観設定のシンプルさも,それを補うだろう二次創作の隆盛を背景に,意図的に用意された“余白”とも考えられる。二次創作の力を信頼し,足りない部分を補い合うエコシステムの形成こそが,本作が目指したところなのではないだろうか。
「エモクロア」はなぜ無料なのか
既存のシナリオを探して遊ぶ一般的なテーブルトークRPGプレイヤーから,自作シナリオを作って頒布したい二次創作者まで,誰もが無料で利用できる「エモクロア」だが,なぜこれが何の見返りなく提供されているかについて,疑問を持つ人がいるかもしれない。その理由を端的に述べるなら,本作の普及を優先する運営方針によるところが大きいようだ。
本作を運営するダイスタス・チームによれば,「テーブルトークRPGシーンにはまだまだ広がる余地が残されており,シーンが広がることで間接的に自分達にも還元がある」と考えているという。いずれは製本されたルールブックや,《怪異》の事典といったサプリメントを販売する計画もあるようだが,現時点ではムーブメントを作ることに主眼を置いており,しばらくはそうした動きが具体化することはなさそうである。
ともあれ当面は本作が無料で遊べることは間違いないので,その点は安心してほしい。
また,こうした“紙の本を売る”従来型のマネタイズにとどまらず,例えば動画配信や先の二次創作,そのほかのメディアを通したIP化によるライセンス収入など,時代に即したマネタイズモデルを模索しているようにも感じられる。個人的には期待しながら見守りたいところだ。
シーンを加速させる「エモクロア」
冒頭でも述べたように,本作「エモクロア」はオンラインというプレイ環境の急速な変遷を受けて生まれた,テーブルトークRPGの多様性を象徴したタイトルだ。そこには多くの可能性が秘められており,筆者は本作をきっかけに日本のテーブルトークRPGシーンが大きく広がり,より居心地の良いものにアップデートされていくことに期待している。
完全無料で遊べることに加え,未経験の友人を誘うに最適な特徴を備えた「エモクロア」。このタイトルの存在をこの記事で初めて知ったという人も,本作を利用して友人をテーブルトークRPGの“沼”に引きずり込んでみてはいかがだろうか。
「エモクロアTRPG」公式サイト
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