イベント
「クーロンズ・ゲート」の制作秘話が語られたプロジェクト25周年記念イベントをレポート。期待の続編「クーロンズリゾーム」の情報も
イベントには,企画・脚本・監督を担当した木村央志氏や,音楽監督を務めた蓜島邦明氏,ヒロイン・小黒(シャオヘイ)役の野中希さんなど,「クーロンズ・ゲート」に縁の深い人々が出演し,同作の制作秘話や朗読劇,ライブなどを披露した。
ムービーノベルとして開発が進められている続編「クーロンズリゾーム」(PC / MAC)の情報も公開されたので,その様子をお届けしよう。
蓜島邦明氏(音楽監督)
野中希さん(声優・小黒役)
木村央志氏(企画・監督・脚本)
武富 聖氏(CGデザイナー)
浅野耕一郎氏(ゲームデザイン)
須藤 朗氏(プロデューサー)
有田シュン氏(司会)
写真左から,浅野耕一郎氏,武富 聖氏,木村央志氏,野中希さん,須藤 朗氏,蓜島邦明氏 |
25周年を迎えた「クーロンズ・ゲート」
新作「クーロンズリゾーム」のリリース予定も
初代PlayStationの時代にゲームを遊んでいた人なら,「クーロンズ・ゲート」の名前を覚えている人も多いのではないだろうか。
物語の舞台は,1997年の香港。現実世界と表裏一体の「陰界」から九龍城が出現し,「超級風水師」の主人公は世界のバランスを保つため,その九龍城へと向かうことになる。
九龍城は邪気に満ちており,個性的過ぎる住人や,妄想に取り憑かれた「妄人(ワンニン)」,物に邪気が入り込んだ「鬼律(グイリー)」といった者たちが徘徊している。主人公は彼らに翻弄されつつ,迷宮のような九龍城をさまよう。
「常識は、今のうちに捨てておいてください」というキャッチコピーや,パワフルでカオスな世界観とビジュアルが話題を呼び,「クーロンズ・ゲート」はカルト的な人気を獲得。今なお根強いファンも持つこともあってか,2017年には前日譚「クーロンズゲートVR Suzaku」が配信され,2019年には続編「クーロンズリゾーム」の制作が発表されている。
そんな「クーロンズ・ゲート」の25周年を祝うこのイベントだが,木村氏は「同窓会ではなく“入学式”である」と語った。この日会場に集ったファンの皆が「クーロン大学」を卒業して“超級”となり,「クーロン大学大学院」に入るお祝いの式であると位置づけたのだ。
ファンが集う同窓会ではなく,新たな門出となる入学式というのが,25年を経て支持される「クーロンズ・ゲート」らしいといえるだろう。入学式とはいえ,クーロン大学は校歌斉唱するような生やさしいところではなく,蓜島氏によるオープニングライブでスタート。サウンドで展開する「クーロンズ・ゲート」世界に,“超級”になったファンたちも酔いしれた。
最初はクーロンでもゲームでもなかった
「クーロンズ・ゲート」
トークライブ「カオストーク」では,木村氏たちから「クーロンズ・ゲート」誕生についての秘話が語られた。
PlayStationの初期タイトルとして発表され,アドベンチャーゲームとしてリリースされた「クーロンズ・ゲート」だが,もともとはゲームとして制作がスタートした作品ではなく,舞台も九龍城ではなかったという。
PlayStationが発売される前,ソニー・ミュージックエンタテインメント(SME)は,当時最先端だった「Onyx」というワークステーションを購入。1億円もする機械があるのだから,何か作ってみようということで「クーロンズ・ゲート」の元となるプロジェクトがスタートした。
高い性能を誇るOnyxを使うのだから,汚れや歪みといった描写の入った「負荷の高いCG」作品を作ることが決まった。テーマとして,モロッコの旧市街がピックアップされたそうなのだが,あまりにも資料が見つからないことから,九龍城へと場所を変えることになったのだという。
ただ,魔窟と呼ばれる九龍城を作ることが決まった後も,ビデオ映像にするのか,マルチメディアコンテンツにするのか,発売形態を決めないまま制作を始めたというから,なんとも破天荒だ。
結局,制作中にソニーがゲーム機を出すらしいという話を聞き,PlayStationでの発売が決定。ゲーム的な要素が必要になったこともあり,ゲームデザインを担当するため浅野氏が合流することになった。
プロジェクトに参加した浅野氏がまず始めたのは「ドラゴンクエストIII」のプレイだったという。これは,作品に追加する戦闘システムを作るため,敵となる鬼律のパラメータが必要になったからだ。評価の高い「ドラゴンクエストIII」のモンスターを参考にしようとしたのである。
モンスターのパラメータは当時非公開だったため,実際にプレイして確かめるしか方法はない。浅野氏は1体ずつモンスターを倒してパラメータを書き出していくが,これで分かるのはあくまで主人公側の視点から分かるパラメータのみ。そのため「クーロンズ・ゲート」制作には役に立たないということが判明し,折角調べたデータも破棄することになってしまった。
また,制作スタッフ間の打ち合わせはあまり行われず,各人が自分の情熱がほとばしるままに作業を進めていたこともあり,木村氏が男性として設定したはずのキャラクターが,CGでは女性になっていることもあった。
話を聞いていると,開発や発売が遅れた理由がなんとなく分かってきた感じでもある。
ほかにも,Onyxの廃熱に悩まされたり,作品タイトルが著名なアニメ作品に似た「未来湘南小念」(みらいしょうなんこねん)になりかけたりと,さまざまな出来事が発生していく。そんな中,制作部署が苦労したのは,ゲーム雑誌へのプレゼンだったという。
当時の制作部署には,ゲーム雑誌とのコネクションがなかった。そのため,「クーロンズ・ゲート」を扱ってくれそうな,ゲームやマルチメディア系の雑誌を片っ端から買ってきては,奥付にある編集部へ電話をするという日々が続いたそうである。連絡が取れても,なにぶん言葉では表現しづらい内容なため,説明にも苦労したのだという。こうした地道な努力があって,現在の「クーロンズ・ゲート」があるのだから感慨深い。
なお,タイトルが「クーロンズゲート」ではなく「クーロンズ・ゲート」であるのは,SMEが商標登録を考えていなかったかららしい。「・」を入れることで,「ゲート」という商標登録のできない一般的な単語に分解されるので,他人が勝手に商標登録することができなくなるそうだ。
収録現場で生まれた鏡屋の名セリフ
ゲーム中に登場する「鏡屋」の名セリフ,「助けてくれたのか……助かった」の秘密も明かされている。同じ意味合いの言葉を繰り返している無意味さに,人間臭さと安堵が感じられる味わい深い台詞だが,台本には書かれていない。
元々は,「もう何十時間もこんな狭い部屋に……双子師のやつらが急にやってきて,俺を閉じ込めやがったんだ」という整った説明調のセリフであったが,上がってきた鏡屋のキャラクターを見た際,これではイメージが違うということで,声優の演技も考え合わせた上で書き直すこととなった。
ある種の当て書きであり,木村氏は作中で一番好きなセリフなのだと語った。とあるメディアの記者は,「このセリフを聞いた瞬間に『クーロンズ・ゲート』の全てを理解した」と絶賛したという。
アドリブ的な閃きから名セリフが生まれたというわけで,「クーロンズ・ゲート」らしいパワフルなエピソードといえるだろう。
「鏡屋」と「完全シナリオ」。セリフ変更は再録時に向けて行ったため,製品版とは内容が大幅に異なる。今回のこのシーンを撮るために,「クーロンズ・ゲート」を再プレイした木村氏は「なんて不親切なゲームだろう。これを作ったのは誰だ」と憤慨したのだそうだ |
なお,開発の切っ掛けとなったOnyxは,維持しているだけで多額のコストがかかるということで,「クーロンズ・ゲート」完成後に廃棄処分となったとのこと。
「クーロンズリゾーム」のキーワードは
「オカルト」と「ネットロア」
イベントでは「遠心力の実現」と題した,木村氏による「クーロンズリゾーム」についてのレクチャーも行われた。ここでいう遠心力とは,制作陣の外側にいるファンたちが「クーロンズ・ゲート」のことを広めていったパワーのことで,作品から発せられているものでもある。
木村氏は,25周年を越えた「次の25周年“2周目”」を目指すため,最初から遠心力を狙って制作していきたい,と意気込みを語った。
そんな「クーロンズリゾーム」は,さまざまな方向性が志向されたものの,現在は静止画と動画による「ムービーノベル」になることが決まっている。この形式は処理負荷が軽く,視聴環境を選ばないのが特徴で,ノートPCでの動作も可能だという。
「クーロンズリゾーム」の世界観は,「クーロンズ・ゲート」の反省を踏まえて世界設定をより深めたものとなり,「オカルト」と「ネットロア」(ネット上の都市伝説)の2点がキーワードとなる。
オカルトについては,本作の物語が錬金術も絡んだものになることを指す。
「クーロンズリゾーム」には,サイバーネットワーク「リゾーム」が登場する。拡張を続けているその世界の中では,リゾームの利用者である「路人」たちも,楽園「ホンバライ(シャンバラ)」へ行けるという宣伝がしきりに行われている。
しかしそれは,ドイツの秘密結社「ヴリル機関」の陰謀なのだ。ヴリル機関は,世界をアーリア人の手で支配するべく,地底世界「アガルタ」を探し求めており,その世界の首都であるホンバライの秘密を探っている。ただ,真実のホンバライは「悪魔にとっての楽園」であり,ヴリル機関も何者かに利用されているに過ぎないのだという。
ネットロアについては,「AIがディープラーニングする中で,いつのまにか魔界に接続してしまっているのではないか」という発想があり,本作にもそうした要素を取り入れていくそうだ。
今回のプレゼンに使うイラストをAIで作成するなど,最先端の手法を取り入れて制作を進めている木村氏。これまでにも語られているように,テキストや図版はクリエイティブ・コモンズに則った状態で可能な限り無料での公開を行い,プレイヤーたちが「自分クーロン」を作りたくなるような環境を目指していくという。
イベントの後半では,「クーロンズ・ゲート」の重要人物である小黒を演じた野中さんが登場。風変わりな「小黒」(シャオヘイ)という名前の由来や,彼女が双子の姉と生き別れることになった奇妙な事件をテーマとした朗読劇を披露している。
小黒として長い台詞を読むのは久しぶりという野中さんだが,今回のイベントの打ち合わせに向かう途中で,近くに別の用事で来ていた霊師役の東地宏樹さんとバッタリ出会ったそうである。これも「クーロンズ・ゲート」の秘めたパワーの発露だろうか。
また,蓜島氏が「クーロンズリゾーム」の曲を披露するライブも行われ,パワフルなサウンドに作品への期待も高まった。
最後に登壇した,プロデューサーの須藤 朗氏は,「私にとって『クーロンズ・ゲート』は,クーロンズ・ゲートさんという人格。今日は過去を一区切りする総括の日。次の25年に進みましょう」と挨拶し,イベントを締めくくった。
なお,本イベントは配信もされており,アーカイブ視聴も可能となっている。チケットの購入と視聴は2022年11月12日23時59分までとなっているので,気になる人はチェックしておこう。