プレイレポート
【PR】それは恨みか愛か。古典を遊ぶ「絵巻・長恨歌」が,現代のスマホゲーム文化で光るのは
Tencent Gamesが配信中のスマホゲーム「絵巻・長恨歌」(iOS / Android)は,中国の詩歌“長恨歌”(ちょうごんか)を,彩り豊かな水墨画スタイルで描ききったカジュアルパズルゲームである。
ゲーム性に複雑なことはない。簡単なパズルを解いて,中国・唐時代の漢皇「玄宗皇帝」と“傾国の美女”「楊貴妃」の雅な恋物語を読み進めていくだけだ。正確な時代考証に基づく解釈もウリとされている。
このアプリは完全無料で提供され,広告表示も存在しない。純粋に長恨歌を読み解き,遊ぶことが教養につながる,楽しい教科書のようなものである。その性質から本作はシリアスゲーム(※)にも分類されよう。
※エンターテインメント性のみならず,教育や医療などの学習課題をゲーム体験で解決しようと試みるゲームジャンルのこと
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「絵巻・長恨歌」ダウンロードページ
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ちょう・ごん・か,とは
まずは漢詩に明るくない人への説明だが,本作の主題である長恨歌は,中国・唐の詩人「白居易」作の古典長文詩歌であり,史実ではない。
本文の内容を知らずとも「学校のテストで漢字を書いた気がする」くらいの経験なら,おそらく誰しも覚えがあるかもしれない。
長恨歌は平安時代以降の日本文学にも強い影響を与えたとされ,こちらも日本人なら誰もが(名前だけでも)知る「源氏物語」などは,長恨歌の構造の模倣や,詩歌の引用が確認されている。
平安京の醍醐天皇が「平生愛する所、(白居易作の)『白氏文集』七十巻是なり」の言葉を残すなど,作者の影響力も小さくはない。
などというお固い解説文を読んでいると,それこそテスト勉強をしている冴えない気分になるかもしれないが,ひとまず本作で描かれるストーリーの紹介(長恨歌の簡単な要約)から進めていこう。
■起・承・転・結で長恨歌
漢皇玄宗はある日,楊家の娘の玉環(楊貴妃)と出会う。玄宗はそれからというもの,絶世の美女である玉環にのめり込んだ。
周囲の反感にも気づかず,玄宗が政をおろそかにしていたところ,国の兵士による反乱が起きる。2人は宮殿から逃げ出すも,反乱の元凶とされてしまった玉環の命を,彼は守ることができなかった。
あれから幾年が過ぎ,玄宗も年老いたが,玉環のことをずっと忘れられずにいた。そこで彼は道士に,彼女の魂を探してもらうことにした。
山越え雲越え,道士はようやくたどり着いた天界にて,今は姿形を変えた玉環を見つけ出す。すると彼女は玄宗との思い出の品に,かつて彼と誓い合った永遠の愛の言葉を添えて,道士に託した。
その言の葉が意味したのは,長き恨みなのか。強き愛なのか。
そしてあなたはどちらの思いで,それを感じ取るのか。
といった涙涙の劇的なラストシーンにより,千年以上も語り継がれ,論じられてきたのが長恨歌,ないし絵巻・長恨歌のストーリーである。
学校の教科書の1ページから,ネット検索の1クリックまで。ラストありきで解説される訓話のような性質も備えているため,もはやネタバレもなにもあったものではないが,最後の詩は一応ここでは伏せておこう。
なお,上記の要約はあくまで私的にかいつまんだものである。
絵巻・長恨歌はそのグラフィックスも相まり,甘く切ない胸キュンな恋物語に仕上がっている。原文も欠かすことなく引用しているが,絵を用いたストーリーテリングにより,まるで少女漫画のように見せたい場面が的確に選別されている。それゆえ誰でも分かりやすく読み進められる。
一方で,漢文を読み解いてイメージを膨らませる原文も「美女はどこじゃガハハ!」とゴキゲンなスタートが印象的であったり,「庶民でも寵愛されんなら時代は女の子ね!」と男児には冷えた時代が到来したりと,漢字だけだからこその想像がある。時代背景にせよ,偉大な先駆者たちの解説書が星の数ほどあるので,ハマる環境はバッチリだ。まあ,在りし日の古文の授業を思い出し,背筋がぞわっとする人も多いだろうが。
長恨歌は,数多の読者が抱く感想の異なりはもとより,古今東西の学者たちによる研究が今なお続いている題材である。
愛情や感動を歌ったものである,後悔や風諭を歌ったものであるなど,不透明な部分を追い求める解釈の数々は,一口では語りきれない。
ゆえに,本稿で言えるのも「この絵巻・長恨歌では一体どんな展開が楽しめるんでしょうねえ」くらいのものである。それでは古典の講義じみた説明はいったん置いておいて,ゲーム内容も簡単に紹介していこう。
水墨画風だけど色とりどりなパズル
プレイヤーは全4巻にまとめられた物語を追うべく,絵巻に描かれた場面ごとのパズルをこなしていく。操作はお手軽で,ヒントも存在し,それでいて頭を悩ます難度でもないので,ゲームプレイはサクサクだ。
パズルのコンセプトは絵の再作,創作,探索の3種とされ,巻数ごとに異なるルールで遊んでいく。水墨画風の毛筆を手に,ポイント&クリックゲーム風の様式で,絵巻に影響を与えていくのが基本だ。
第1巻では「生の墨」で事物の状態を変え,「情の墨」で事物同士のつながりを作り,「滅の墨」で事物を削除し,長恨歌を再現する。
第3巻では「山を描け」や「風を描け」といった直接的な描画が求められるが,わりとテキトーに指を滑らせるだけでいけるのが親切。
システム用語で解説するとカッチリしすぎるが,大多数は「楊貴妃にアーンしてあげよう」「2人をくっつけちゃおう」「画面を,連打して,百里ダッシュ!」といった負荷のない問題ばかりである。
ミスの概念もないので,グチャグチャやっていてもクリアは容易だ。
物語はそれぞれの場面ごとに,原文と注釈が用意されている。
これに興味関心を持てぬ人に「どうだ,ワクワクするだろ?」などと脅迫めいた同意は迫れないが,なにが入り口になるかは分からぬものだから,数撃ちゃ当たるの故事に則り,とりあえず片っ端から読もう。
意外と「こういう展開は現代でも流行ってるな」といった気づきもそこかしこにあり,古典のすごさをあらためて感じられるかもしれない。
本作には,ユニークなゲームプレイが求められる「実績」,唐時代を象徴するアイテム類の辞典「金石録」も備わっている。
実績は絵筆の遊び心が要求されるのか,1時間前後で何気なく遊び終えたときは約1/3しか取れていなかった。意外と手ごわい。
金石録では「あの髪型はなんていうの」「そこの旗はなんなの」など,気になることを調べられる。漢文専攻の学生は喜ぶといい。
本作はこのとおり,無料で遊べて,古典の物語を手軽に楽しめる。
娯楽的な意味合いではカジュアルゲームと言えるが,教育や学習,文化の啓蒙といった性質も色濃いのでシリアスゲームとも言えるし,ゲームの出自までさかのぼるとインディーズゲームとも言える。
ゲームを制作したのは,5名の大学卒業生で構成された小さなチーム。もとをたどると,Tencent Gamesが人材育成のために主導している,大学との協業組織「Tencent Institute of Games」による企画支援の対象作であり,同組織によって行われたコンテストの受賞作でもあるという。
ゲーム業界ではしばしば,文芸や教養に関連する作品が打ち出されてきたが,本作を遊んで思うことは「なるほど」の一言に尽きる。
アートのクセが雰囲気作りに一役買っていて,随所に仕込まれているアニメーションも実に現代的で,シンプルな品質の高さが納得感を補強している。ゲームプレイの娯楽と学習のバランスに不自然さがないのだ。
本作は料金形態の都合上,営利的なゲームではない。完全なエンターテインメントにも寄っていないので,売れるゲームとも言えない。
だが,このような作品をここまでの高品質で,文化の普及のために提供できるというのは素晴らしい話である。現代技術で古き良き文化を伝えるアプローチとしても,羨ましく思う人は各業界に山ほどいるだろう。
決してゲーム性が深いとは言いがたいが,そのクオリティにはケチをつけるところがなく,訴求したいシリアス(伝えたいこと)もしっかり用意されている。そのうえで無料だから,ビジネスの障害がない。
より多くの人に遊んでもらい,作品を広めること自体が課題としても(そのための我々メディア),文化の普及というポリシーはブレない。
それができるメーカーだから。などといった前置詞が添えられがちなのは否めないが,それにしたって実際に実行し,しかも5名の若者にプロジェクトを託すのだから(こんな知的な主題を用いてくるところも含めて,各々の優秀さは計り知れないが),徳のある活動である。
中国系のアプリ配信プラットフォームでは,配信前からユーザーに高評価されているなど,こういった作品が認められる土壌も育っている。
中国における漢詩。日本における古文。両国の今どきの学生にどれほど親しまれているのかの実情は読めず,文学部で修めながらも現代文以外からは逃げきった個人的な苦手体験も足を引っ張るが,「中国ではこの題材でも配信前から人気を博す(年齢層などの属性こそ不明なものの)」確かな事実だけ取ってみれば,間違いなく意義のある投入なのだろう。
なお抽象的な理念を省き,仮に遊ぶことで得られる即物的な効果を求めるのであれば,国語や社会のテストで「答えは長恨歌である」「答えは長恨歌ではない」の判別がつくようになる程度の印象深い体験はできるはずなので,年齢を問わず修学時期に遊んでおけば“テストで+2点を取れるかもしれない確率上昇スキル”くらいは身に着けられるだろう。
やれ勉強だの,やれ漢文だの,押しつけがましくはない絶妙な題材ではあるが,どうせだから学びの利を少しばかり拾いにいくといい。
自国の偉大な文学を,後世の人に橋渡しするアプリ。
圧倒的な制作費が投じられているようには見えないが,古臭さは感じないアートグラフィックスのさじ加減に,万人が受け入れやすいゲームデザイン。これらを違和感なく,高品質にまとめ上げていることで,絵巻・長恨歌は“拒否感を感じさせない最新ゲーム”のように受け取れる。
また,古典文学をそのままストレートにブン投げてきたところは,とても応援したい。悪いことはいっさいないが,より楽しいゲームをとキャラクター性などを付加する混ぜ物が一般的なプロダクトである昨今にあって,信じがたいほどのド直球で勝負しにきたのだから。
やり遂げた開発と認めた会社は,成否を問わず評価されて然りだ。
ちなみに,本作は原題を「画境长恨歌」と言う。
邦題の“絵巻”と比べると“画境”の意味はいくらか伝わりづらいが,字面の趣で考えると,どことない妙味がある。この頭に加わった画境の語には,絵に長恨歌の新境地を乗せる。絵で長恨歌の最新解釈を見せる。俺たち新世代が画境を開いてやる。はてさて,篤実な若きゲームクリエイターたちのどのような意地が込められているのだろう。
このように。たった二文字の漢字ですら,人はその解釈をうまく読み取れないのだから,それが研鑽された文として形になった作品ともなると,一生かけて付き合うことになる人がいたところで,さもありなん。
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