プレイレポート
本日発売「新クトゥルフ神話TRPG スタートセット」。「何が載ってるのか」「これだけで遊べるのか」などの疑問に答えるインプレッションを掲載
初めてルールに手が入れられた「新クトゥルフ神話TRPG ルールブック」レビュー。第7版が何を目指し,何が変わったのかをざっくり解説
2019年12月20日,KADOKAWAより待望の「新クトゥルフ神話TRPG ルールブック」が発売となった。全432ページのソフトカバー装丁で,価格は5900円(税別)だ。2014年に出版された“第7版”がベースの本作が,ルール改定によって何を目指し,何が変わったのか。作家の海法紀光氏が解説する。
テーブルトークRPGにとってルール改定を伴う版上げはままある話であり,長年蓄積された遊び方のノウハウ,あるいは時代の変化などを吸収してルールが整理され進化していくものだというのは,長年テーブルトークRPGを遊び続けてきた古参プレイヤーにとっては,当たり前のことだろう。
しかし,「クトゥルフ神話TRPG」で爆発的に増えた新しいプレイヤーにとっては,これが初めて体験する版上げであり,そこに戸惑いが生まれるのは想像に難くない。実際,筆者の周りでも,「プレイ環境を移行するべきか?」「今から始めるなら,どちらを買えばいいのか」といった疑問の声が少なくないのだ。
そんな中,基本ルールブックに引き続き「新クトゥルフ神話TRPG スタートセット」(以下,スタートセット)が本日(2020年2月28日)発売となった。本稿では,このスタートセットの内容を紹介すると共に,クトゥルフ神話TRPGプレイヤーが気になっているだろう,この「どちらを買えばいいのか」という疑問について,筆者なりの考えを述べてみたい。
「新クトゥルフ神話TRPG ルールブック」公式サイト
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スタートセットがあればルールブックは不要か
本書に含まれるものを見ていこう。本書の冒頭に「“新クトゥルフ神話TRPG”を初めてプレイするのに必要なものは,ダイス以外この本に含まれている」とあるように,この本にはゲームをプレイするための“簡易な”ゲームルールが収録されている。いわゆる「クイックスタート・ルール」だ。これは,すでにWeb上で公開されている「クイックスタート・ルール」のPDFと同じものであり,本書に含まれるのはこれを製本し,手に取れる形にしたものと言える。
本書にせよPDF版にせよ,「クイックスタート・ルール」は,新CoCの冒険を楽しむのに十分な基本ルールを収録しており,枝葉を省いた分だけルールの見通しも良いものとなっている。とりあえずプレイヤーとして遊んでみたい人にとっては,大変便利なものだ。
一方で,新たに加わった「チェイス」などの詳細ルールや,多彩なキャラクターを作成するための職業,またキーパー(GM)をプレイするために必要なモンスターなどのデータは含まれない。なので,より自由に遊びたいと思うなら,やはり完全版のルールブックを購入する必要がある。
「新クトゥルフ神話TRPG クイックスタート・ルール改訂版」配布ページ
■CoC入門に最適なソロシナリオを収録
スタートセットに含まれるのは,もちろんクイックスタート・ルールだけではない。中でも筆者がイチオシしたいのは,これから新CoCを始めようという人に最適な,ソロシナリオ「一人炎に立ち向かう」が収録されていることだ。
ソロシナリオとは,一人称視点で語られる文章を読みながら,要所要所で読者が主人公の行動を選択していき,その選択によって展開や結末が変化するという,いわゆるゲームブック形式の読み物のこと。通常,テーブルトークRPGは何人かのプレイヤーが(オンラインにせよオフラインにせよ)集まって遊ぶものだが,ソロシナリオならその前にゲームの雰囲気を掴むことができる。
またソロシナリオを読み進めば,キャラクター作成手順や,行動が成否を決める「判定」のやり方が分るようになっているので,冒険を終えた頃には,実際のセッションに必要なおおよその知識が頭に入っていることだろう。
ソロシナリオという手法自体は,古くは「トンネルズ&トロールズ」や「ファイティング・ファンタジー」の時代から受け継がれてきた手法ではあるものの,多くの新規プレイヤーを抱える新CoCとの相性も抜群だと感じられた。
もちろん実際のセッションではキャラクターの行動も,あるいは物語の展開もさらに自由なわけだが,テーブルトークRPGに踏み出す最初の一歩としては,非常によいイメージソースとなるのではないだろうか。
余談だが,筆者がこのソロシナリオに挑んでみたところ,最初のプレイではあっさりと主人公が死亡してしまう,悲惨なエンディングとなってしまった。再挑戦し,三度目でようやく一応の生還エンドを迎えられた難度である。
どうやらエンディングも複数個用意されているようで,すでにCoCにどっぷりハマっている人にも面白いソロシナリオだと感じたので,読者の皆さんもぜひ挑んでみてはいかがだろうか。
■1920年代を舞台にした3編の入門用シナリオ
ソロシナリオのほかにも,本書には入門用を謳うシナリオが3本収録されている。
知人からの依頼で,彼の祖父のお気に入りの本を盗んだ不可解な空き巣の正体を追うことになる「ペーパー・チェイス」と,病で死の淵にいる知人の頼みから,過去の儀式によって呼び出された怪物の退散を目指す「暗闇の際」。そして人種差別が横行するアメリカのナイトクラブを舞台に,ジャズミュージックの演奏中に起きたギャング達の銃撃事件と,そこで起きた不可解な出来事の真相を追う「死者のストンプ」の3本だ。
いずれも1920年代のアメリカを舞台としたシナリオであり,同じ探索者達を使いキャンペーン形式で(3本を連続して)遊べる内容となっている。
とくに1本目の「ペーパー・チェイス」は,
- プレイヤーが1人ないし2人と,少人数で遊べる。
- 物語のボリューム,情報量が控えめでシンプルな構造。
- シナリオの進め方について,要所要所でキーパーへの具体的な注意やアドバイスが記載されている。
という点から,初めて本作を遊ぶキーパー/プレイヤーにとって,ベストな選択となりえる。ルールブックに掲載されている「悪霊の家」よりも,こちらを先にプレイすることをオススメしたいくらいだ。また,このシナリオを遊ぶための「既成の探索者」――いわゆるサンプルキャラクターが用意されているのもポイントが高い。これらを使わずイチから探索者を作成するにしても,キャラクターシートに何をどのように書き込めばいいのか,設定はどのように決めればいいのかなどの具体的例が示されているのもありがたい。
あえて不満を述べるなら,2本目以降のシナリオは,キーパーが把握すべき情報量がぐっと増え,かつ文章も難解になるので,入門用と呼べるかは怪しいところだろうか。これは日本の特殊事情ではあるが,現在多くの人に遊ばれているCoCのシナリオは現代日本を舞台にしたものであることから,1920年代のアメリカを舞台とする本家のシナリオは,どうしても馴染みが薄くなってしまう。
もちろん,本来のCoCでは王道のセッティング(時代背景)なので,そこに文句をつけても仕方ないのだが,実際のところ禁酒法時代のアメリカを舞台にするのは,日本人にとってかなりハードルが高い。旧版においても,現代を扱うための追加ルール集「クトゥルフ2010」「クトゥルフ2015」を導入したプレイ環境が極めて一般的だっただけに,日本市場向けのスタートセットとしては,やや残念ではある。
■キーパー必携のキーパースクリーンが付属
ある意味本書の目玉である,付録の「キーパー・スクリーン」についても触れておこう。ここまでは主に初心者目線で本書を見てきたが,これについては新CoCを遊ぶ人全員に恩恵があるアイテムと言える。
キーパー・スクリーンは,ゲームプレイ中に参照するルールの早見表が印刷された“ついたて”のこと。プレイ中にいちいちルールブックを何度もめくる必要がなくなり,必要な情報のほとんどがすぐに閲覧できるので,とくにオフラインセッションではこれが非常に重宝する。旧版においても,サプリメント「キーパーコンパニオン」に同様のものが付属していたが,それを代替する製品といえるだろう。
新CoCでは,とくに「狂気」や「戦闘」の処理に変更が加えられ,また各種判定にも「ハードの成功(技能値の2分の1以下)」「イクストリームの成功(技能値の5分の1以下)」といった成功度の概念が登場している。旧版に精通しているプレイヤーにとっても,こうした変更点についてのフローチャート,計算対照表などは非常にありがたいはずだ。
キーパー・スクリーンは本来,物語の進行役であるキーパーがプレイヤーには見せられない情報を隠すための道具だが,新CoCのキーパー・スクリーンはプレイヤーにとっても必携といえる。正直,このキーパー・スクリーン目当てでスタートセットを買っても良いのではと感じたほどだ。
今後の展開への期待を込めて
正直なところ,今回の「新クトゥルフ神話TRPG」の版上げには,筆者自身も少々戸惑いを感じていたところがある。版上げに伴う出費や,ルール変更に伴うプレイヤーの混乱は想像に難くなく,実際に発売から2か月が経った今でも,動画配信などで見かける多くのセッションで旧版シナリオが使われている。筆者自身,ニコニコ動画やYouTubeでCoCの動画配信などを行っている手前,新版に移行したものかどうか,判断を保留したくなる気持ちも非常によく分るのだ。
その上で私見を述べるなら,ぜひ多くの人に積極的に新版へ移行してほしいと思っている。筆者とて,ルール改定に諸手を挙げて賛成というわけではない。正直,「ここは旧版のままが良かったなあ」と思う部分もある。だがそれでも新CoCを応援したいと感じるのは,この版上げに伴い活発化した版元側の動きにある。例えばそれは,事前に無料公開されたクイックスタート・ルールであったり,ニコニコ動画やYouTubeにおける「クトゥルフ神話TRPG公式チャンネル」でのリプレイ動画であったりだ。こういった版元主導の展開は,リプレイ動画やセッション配信文化の中で爆発的に増えた「クトゥルフ神話TRPG」の新たなプレイヤー層を意識し,寄り添おうとするものと,筆者には感じられた。
どんな文化も,新しいプレイヤーを呼び込み,育てていかなければいずれ衰退する。その点,ルールブックには新しいプレイヤーに向けたTipsが数多く掲載されているし,今回のスタートセットついても,ゲームの魅力や楽しく遊ぶための心構えなどに冒頭の多くのページが割かれている。もちろん原書からそうなのだろうが,初めてCoCに手を出す人にとって,また新しい風を呼び込みたい古参プレイヤーにとっても,仕切り直してここから始めるのが最適なのではないだろうか。
収録シナリオについて若干の不満はあるが,本作にまつわるさまざまな取り組みは,これからの「新クトゥルフ神話TRPG」に期待を抱かせるものだ。新たな環境で,更に多くのプレイヤーに愛されるゲームに育ってほしいという希望を込めて,このインプレッションの結びとしたい。
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