レビュー
初めてルールに手が入れられた「新クトゥルフ神話TRPG ルールブック」レビュー。第7版が何を目指し,何が変わったのかをざっくり解説
本作は,北米の出版社であるChaosium(ケイオシアム)が2014年に出版したテーブルトークRPG「Call of Cthulhu Keeper Rulebook」の翻訳版で,「Call of Cthulhu」としては“第7版”にあたる。これまで日本で普及していた「クトゥルフ神話TRPG」が,15年前に発売された第6版がベースということもあり,ルール面でも大きな変化が加えられているのが特徴だ。この記事では,この変化した点を中心に,レビューをお届けしてみたい。
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「クトゥルフ神話TRPG」の歴史と立ち位置
生身の人間が,己の生命と魂,正気をかけて,日常の世界を侵す強大な邪神や,その恐怖に抵抗する「クトゥルフ神話TRPG」。同作は,今日本でもっともポピュラーなテーブルトークRPGといえるだろう。
1981年の英語版初版から数えると,40年弱にもおよぶ歴史をもつ本作だが,実は先の第6版までは,ルールやシステムにほとんど変化がなかった。デジタルゲームと同様,もちろんアナログゲームにだって技術の進歩はある。例えばD&Dなどでは,現行の最新第5版までに,大きな変化を何度も経験している。にもかかわらず,「クトゥルフ神話TRPG」は英語版基準で30年以上もの間,そのままだったのだ。そしてようやくルールにメスが入ったのが,この度の第7版ということになる。これは何を意味するのだろうか。
……それを考えるには,まず「クトゥルフ神話TRPG」の歴史と立ち位置,そして誕生の経緯について,少しばかり知っておく必要がある。
■軽量無類の「Basic Roleplaying」
元々はファンタジーからスペースオペラ,現代ものなど,さまざまな世界を表現するために生まれたシステムだが,「クトゥルフ神話TRPG」との相性は最高だ。本作のプレイヤーキャラクター(以下,PC)である探索者は,基本的に一般人であり,あまり極端な特技は持っていない。ヒーローをプレイするタイプの多くのテーブルトークRPGなら,雑魚やモブ程度の扱いだろう。
だが,そういう地味なPCの個性を表現することこそが,BRPの得意分野なのだ。〈経理(30%)〉〈電気修理(60%)〉〈説得(20%)〉なんて地味な技能を並べていけば,「腕はいいが口下手な,職人肌の電機屋」が浮かび上がってくるのではなかろうか。このように軽くて取り回しがよく,それでいて一人の人間の性格から人生,生い立ちまで描き出せるのが,BRPの優れた点といえよう。
■ドラマチックな正気度システム
軽くて取り回しがよく,一般人を描くの適しているからといって,それだけでクトゥルフ神話の世界を表現できるわけではない。重要なのは「恐怖」,ホラーの要素だ。
「クトゥルフ神話TRPG」では,このホラーを描き出すため,正気度(SAN)というルールが用意されている。人智の及ばぬ怪異に遭遇するたびに正気度で判定を行い,それによって徐々に正気を失い,ときにその場で錯乱をきたす。実にシンプル,かつドラマチックな効果を持つルールである。
「クトゥルフ神話TRPG」が生まれた時代のテーブルトークRPGでは,実はこうした“ドラマ”を生み出すためのシステムが,あまり重視されていなかった。重視というか,発想自体がなかったのだ。ゲームシステムは主に世界のありよう,いわば物理法則を表わすものと考えられていたのである。
そんな中にあって,正気度ロールは“ドラマチックな物語を作り出すエンジン”として,テーブルトークRPGの世界では最も初期のものの一つと言える。この非常なミニマムなシンプルさ,そしてそれが生み出す効果の大きさは,このためとも言えるのではないだろうか。
「正気度」を生み出したのは奥さんだった。クトゥルフ神話TRPGの開発秘話が語られたステージイベントをレポート
KADOKAWAは,2019年11月24日に行われた「ゲームマーケット」において,ステージイベント「『新クトゥルフ神話TRPG』 on the Stage 2019」を開催した。クトゥルフ神話をテーマとした名作TRPGが15年ぶりのリニューアルを果たしたこと受け,ゲームデザイナーであるサンディ・ピーターセン氏らが作品の魅力を語った。
第7版「新クトゥルフ神話TRPG」が目指したもの
冒頭の問いに戻ろう。「クトゥルフ神話TRPG」が,長い間変化しなかった理由。筆者が考えるに,それはここまで説明してきた本作の特徴ゆえではないか――つまり,簡潔で取り回しのよい基本システムに,シンプルでエッジの効いたルールを搭載した,完成度の高いルールだったからこそ,というわけだ。
例えるなら,一本のナイフだ。小さくて,どこへでも持ち運べて,日常の作業でもアウトドアのサバイバルでも大活躍。いざという時には護身の武器にもなる。そんな頼もしいナイフのような完成度が,「クトゥルフ神話TRPG」には宿っていた。
では今回の第7版は,そこに何を付け加えたのか? これに簡潔に答えるとすれば,「より大きなドラマ性」と「運用の再整理」ということになるだろう。
■より大きなドラマ性
まず「キャラクターのバックストーリー」。これはPCの信条や大切なもの,場所などを決定するもので,キャラクターの奥行きを表現するのに使われる。また同時に,これらは心を支えるための“よすが”としても機能する。具体的には,正気度の回復などに大いに役に立ってくれるのである。
例えば,君が「愛する娘を故郷に残してきた」というバックストーリーを持った探索者だとしよう。冒険後の成長フェイズにおいて,この探索者が娘との時間を十分に持てたなら,回復のための〈正気度〉ロールが行える。これに成功することで1D6の正気度ポイントを回復できる,といった具合である。……その娘が,キーパーによって次の冒険の犠牲者にならないことを祈るばかりだが。
こうしたバックストーリーは自分で考えてもいいし,ダイスを振って決めてもいい。ランダム表の記述から,想像を膨らませるのである。
「プッシュ」は,悪あがきをして判定をやり直すルールだ。ただ単にダイスを振り直すのでなく,“悪あがき”というのがポイントなのだ。
例えば〈登攀〉に失敗して崖に落ちるところだとしよう。落ちて死にたくない探索者は,キーパーに対して「プッシュ」していいかをキーパーに確認する。するとキーパーは「どうやって?」と尋ねてくるのだ。そうしてプレイヤーは,今の状況を思い浮かべ,キーパーを説得できるどんな悪あがきができるかを必死で考えるハメになる。例えば「持っているナイフを崖に突き刺して耐える」のか「崖を蹴って近くの木の枝にしがみつく」のか,といった具合に。それが成功して落下を防げても,失敗してナイフが刺さらなかったとしても,いずれにせよシーンはドラマチックなものとなる。
なおプッシュで悪あがきをして,さらに失敗した場合には,より酷い運命が約束されている。創意工夫をしつつ,死ぬぎりぎりまであがき続ける姿は,まさしくホラー物語の登場人物にふさわしいだろう。
クトゥルフ神話のおぞましい怪物や,狂信者の群れから逃げるときは「チェイス」のルールが役に立つ。平坦な道なら単純に速いほうが勝つだけの話だが,そこは本作がホラーであることを忘れてはならない。
このルールによって逃走を妨げる障害(ハザードとバリアー)が定義され,互いの位置関係と,それを振り切る/追い詰めるための処理が明確になった。戦闘とは別の章立てで用意されたこれらのルールにより,ホラーで起こりがちなさまざなま追跡劇――暗闇での脱出からド派手なカーチェイスまで――を,ドラマチックに描けるようになったのである。
ゆえに今後の探索者達は,怪物から逃げようとあがくたび,また頭をひねり,想像力をかき立てなくてはならなくなった。思えば原作小説の「クトゥルフの呼び声」でも,かの偉大なる邪神クトゥルフを,漁船が体当たりして退けるエピソードがあった。ある意味,伝統に則ったルールと言えるのではないだろうか(なおルールブックには,このシーンをチェイスルールで再現する記述がある/p147)。
なおクトゥルフでさえ退けたのだから,というわけでもないだろうが,第7版における乗り物の類は非常に強力だ。乗用車に轢かれると,人間ならほぼ即死となる。筆者が参加したセッションでは,狂信者達が乗ったトラックから探索者が走って逃げる羽目になり,ピンチの連続となった。驚くべきことに,このPCは先の「プッシュ」などを使いこなし,あたりの爆発物を銃で狙い撃って通行障害を作り上げて,かろうじて森へ逃げ込むことに成功してみせた。
こんな風に,想像力を使って工夫する余地が増えたのは,第7版における重要なポイントとして押さえておくべきだろう。もちろん,どれほど工夫しても死ぬ時は死ぬ,というのは変わらない。クトゥルフ神話の世界は,危機と狂気に満ちたホラーの世界なのだから。
■運用の再整理
「クトゥルフ神話TRPG」のシステムがいくら取り回しがよいと言っても,さすがに30年以上前のシステムなので,いくつか時代遅れな部分はある。ただそういったものの多くは,プレイヤー達がそれぞれ解決策を編みだし,キーパー(GM)のテクニックやハウスルールといって形で補われてきた経緯がある。だから問題ないかといえば……そこはやはり,ルールブックにきちんと書かれているに越したことはないだろう。
第7版「新クトゥルフ神話TRPG」の記述は,そうした30年越しのプレイテクニックを集大成し,反映したものとなっている。これまでプレイ経験がない人でも,困ったときにはルールブックを開くことで,たいがいは解決するようになった。
今回のルールブックには,「そういうときは,わざわざ判定をさせるな」と明記されている。プレイヤーに渡したい重要な手がかりなら,分かりやすい場所に置いて,判定の必要なく見つかるようにすればいい(p199/明解な手がかり)。なんともコロンブスの卵みたいな話だが,よく起こりがちなトラブルだけに,丁寧にフォローされているのは評価できるポイントと言える。
それでもプレイヤーが手がかりについて忘れてしまったり,考えの筋道がズレてしまったら? そんなときの助け船が〈アイデア〉ロールである。この判定に成功すれば,プレイヤーは霊感(キーパーの助言)を得て,正しい筋道に戻ることができる。では失敗したら戻れないかというと,そうではない。それでも霊感は得られるのだが,その代償として何か良くないことが起こるのである。狂信者達に気づかれたのか,化物が現れるか,あるいは時間をかけすぎて,恐るべき邪神の降臨が近づいたか……。
と,このように,「新クトゥルフ神話TRPG」には,セッションが停滞することのないよう,さまざまなルール,ギミック,アドバイスが満載されている。ここだけも読む価値はあるだろう。
30年分の知見が詰め込まれた「新クトゥルフ神話TRPG」
このほかにも,能力値による判定が技能と同じ%表記に統合され,また対抗判定の方法や難易度が明確に定義されるなど,システム面の改良も細かくほどこされている。
例えば新設された判定難易度に,「レギュラー(普通)」「ハード(難しい)「イクストリーム(非常に難しい)」はあるが,「簡単」はない。これは簡単であるなら,わざわざ判定をさせるまでもないからだ(p78〜79)。先の“手がかり”についての指針と同様,「新クトゥルフ神話TRPG」では,ダイスを振るのはドラマチックな,緊張する場面に限られる。こうしたコンセプトの徹底は,そのすべてがセッションを円滑に進めるためのものと言って過言ではない。
「新クトゥルフ神話TRPG」は,「クトゥルフ神話TRPG」の取り回しの良さをそのままに,「ドラマ性」を強化し,「運用の再整理」をしたバージョンと言える。先のナイフの例えを再び出すなら,これまで単にアウトドア用ナイフだったものが,今回は刃がより折れにくく,錆びにくく改良され,握りの部分も人間工学的なグリップに置き換えられた,くらいの進化である。
大きな改修ではないが,使い心地は抜群にあがっている。33年分のプレイテクニックの集積も含めて,初めて買う人はもちろんのこと,すでに「クトゥルフ神話TRPG」を持っている人でも,買い直す価値がある。
なおニコニコ内にあるKADOKAWA公式の「クトゥルフ神話TRPGチャンネル」では,本作のクイックスタート・ルールのPDF配布も行われている。「新クトゥルフ神話TRPG」のコアルールが確認できるほか,現代用の探索者シートも付属しているので,興味のある人はまずこちらをチェックしてみるといいかもしれない。
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