インタビュー
ホラーADV「Home Sweet Home」の開発者にメールインタビュー。TVCMや映画のCG制作会社が,タイ産のホラーゲームを作る夢を叶えた
2017年にPC版がリリースされた本作は,平凡なサラリーマンであるティムが,妻・ジェーンを探して奇怪な空間をさ迷うというゲーム内容で,ゴア表現モリモリのスプラッターな残酷描写ではなく,じわじわとくる精神的な恐怖が追求されている。また,ゲーム内では,“墓の土で作った人形を抱き合わせ,相手を強制的に愛させる”「愛の呪術」など,タイの呪術にもフィーチャーしており,じっとりとした土着的なムードが漂っているのも特徴だ。
今回4Gamerは,そんな「Home Sweet Home」について,本作のディレクターであり,YGGDRAZIL GROUPのCOOでもあるSaroot Tubloy氏にメールインタビューを実施。もともとアートデザインの会社として活動していた同社が,ホラーゲームを作ることになった経緯や,じわじわとくる精神的な恐怖演出はどこから着想を得たのかなど,いろいろな話を聞いてみた。
タイからやってきたホラーゲーム「Home Sweet Home」プレイレポート。じわりと汗ばむ不気味さや,迫りくるカッター少女が恐ろしい
マスティフから本日発売されたPS4用ソフト「Home Sweet Home」は,タイのデベロッパYGGDRAZIL GROUPが手掛けた一人称視点のホラーゲームだ。主人公・ティムがカッターナイフを持った少女や巨大な餓鬼に脅かされつつ,奇怪な世界を巡っていく本作のプレイレポートをお届けしよう。
TVCMや映画のCG制作からスタートし,ゲームを作る夢を叶えた
YGGDRAZIL GROUPの規模と成り立ちを教えてください。
Saroot Tubloy氏(以下,Tubloy氏):
YGGDRAZIL GROUPは,もともとCGを熱愛する2人が2006年に設立した会社です。当初はアートデザインの会社として,TVで流れるCMや映画のためにCGやVFXを作っていました。その後,日本や米国のクライアントからも仕事をいただけるようになり,私たちの夢だったゲーム制作に挑戦することを決めたんです。
4Gamer:
アートデザインの会社がなぜゲームを作ろうと思ったのでしょうか。
Tubloy氏:
TVCMや映画CGの仕事がメインではありましたが,心の底では「ゲームの仕事をしたい!」と願っていました。ほかの社員も思いは同じでしたが,なかなか仕事としてそういうチャンスが巡ってこなかったんです。そこで思い切って,CGや3Dモデリングの経験を活かして自分たちでゲームを作ってみることを決めたんです。
4Gamer:
「Home Sweet Home」を開発するに至った経緯を教えてください。
Tubloy氏:
個人的に「バイオハザード」と「サイレントヒル」といったホラーゲームが好きだったことと,「タイ人は,世界の人を恐怖のどん底に落とすホラーゲームを作れる」ということを世界中の人々に知ってもらいたいと思ったのが制作のきっかけです。まずはゲームデザイナーとプログラマーを探すところから始まり,最初4名だった制作チームは30名にまで膨れあがりました。
4Gamer:
YGGDRAZIL GROUPは,「Hero Fun Fun」や「NUMBER 5」といったモバイル向けのゲームも制作されているようですが,「Home Sweet Home」の企画とはどちらが先だったんでしょうか。
Tubloy氏:
企画としては「Home Sweet Home」が一番最初に立ち上がっています。モバイル向けの「Hero Fun Fun」と「NUMBER 5」はゲーム制作のプロセスを学ぶために始めたもので,これが「Home Sweet Home」の準備期間になりました。
Hero Fun Fun |
NUMBER 5 |
資金調達や海賊版の被害……さまざまな苦難を乗り越えてなお,志を貫く
4Gamer:
開発で特に苦労した点と,うまくいったと思える点をそれぞれ教えてください。
Tubloy氏:
新参者である私たちには多くの困難がありましたが,どれも固い決意で乗り越えてきました。最も大変だったのは資金調達でしたね。このゲームを制作するには多額の資金が必要でしたし,リリース2日目には海賊版の被害にも遭ってしまいました。
大変だったことは確かですが,チームのみんなは今もプロジェクト開始当初と同じ思いを持ち続けていて,これは自慢できることだと思います。
また,タイ国内でのタイ産ゲームに対する偏見も変えることができました。それまでは「タイ人には,いいゲームを作れない」とタイ人自身が思っていました。しかし,「Home Sweet Home」を世に出した今では,私たちの技術を信頼してくれています。「タイ人もすばらしい仕事をするな」と,サポートしてくれるようになったんですよ。
そして何よりも誇りに思うのは,自分たちが作ったゲームがPS4に移植され,チーム全員の夢が実現したということです。実現してくださったマスティフには本当に感謝しています。
4Gamer:
カッターを持った少女や,巨大な餓鬼に見つからないようステルスで行動するのが怖くて面白かったです。主人公のティムを,怪物への反撃手段を持たない無力な存在とし,「Home Sweet Home」を1人称視点の探索型アドベンチャーにしたのは何故でしょうか。
Tubloy氏:
なんといっても「Home Sweet Home」は,私たちが作る初めてのゲームだったので,開発が複雑になりすぎないように1人称視点を選びました。その代わりに,面白いストーリーや心理描写,独自のアートスタイルや,タイ文化をゲームにしっかりと取り入れるようにしました。私たちの毎日はタイの文化と信仰,そして宗教で形作られているからです。ただ,金銭的な事情が許すなら,もう少し複雑な仕組みにしたいとは思いましたね。
4Gamer:
じわじわと精神的な恐怖が迫ってくる演出がジャパニーズホラーに近い印象を受けました。日本のホラーからは何か影響を受けていますか。
Tubloy氏:
もちろんです! 日本の映画やゲーム,アニメは私たちの人生の一部といっていいくらいです。子供のころからそうした日本的なメディアで育ってきました。だから,私たちは親しみを込め,日本のポップカルチャーから得たヒントをゲームに取り入れています。
タイの文化は世界中の文化から構成される“文化のるつぼ”だと思っています。なので,いろいろな文化をゲームに入れることにしたんです。
4Gamer:
ずばり「Home Sweet Home」で表現したかった恐怖とはどういったものでしょうか。
Tubloy氏:
プレイヤーの皆さんには,それぞれ自身の考えで恐怖を感じてもらえればと思います。私達のゲームは恐怖を促す“きっかけ”に過ぎませんから。
4Gamer:
恨みや愛に関する呪術がフィーチャーされていますが,作中に出てくる呪術は実際にタイに伝わっているものなのでしょうか。
Tubloy氏:
はい。昔から伝わっているもので,今日にも存在していると思います。例えば,ゲームに出てくる「愛の呪術」は,旦那さんに再び愛されたいと願う奥さんたちが行ってきたものですね。
4Gamer:
主人公夫妻が住む瀟洒(しょうしゃ)な家や,ボロボロの木造建築など,背景美術も完成度が高いと感じました。「Home Sweet Home」の背景はどのようにして作られたのでしょうか。
Tubloy氏:
建物と環境は私たちの日常を再現したものですから,ロケハンを行い,ビジュアルと周辺環境を観察してからゲームに取り込みました。ただ,すべてて同じというわけではなく,ゲームプレイに合ったものにするために手を加えています。
4Gamer:
カッターを持った少女の息づかいや,後味の悪い事件を報じるラジオなど,効果音も印象深いものがありました。音へのこだわりについて聞かせてください。
Tubloy氏:
サウンドを作るうえでは,たくさんのホラー映画を見て勉強しました。例えば,ホラー映画ではお馴染みの“女性の悲鳴”は不意に聞くとびっくりしますよね。そこで,本作では,カッターを持った少女が主人公に初めて遭遇した際に悲鳴を上げます。プレイヤーを初めてびっくりさせる音として採用したわけです。
4Gamer:
「Home Sweet Home」は続編が予定されているそうですが,すでに開発は進められていますか。
Tubloy氏:
現在はテストをしながら微調整を行っています。「Home Sweet Home」のエンディングは唐突だと思われるでしょうが,決して私たちが望んでああしたわけではありません。資金が底をついてしまったため,カットせざるを得なかったのです。
4Gamer:
少し話題が変わりますが,タイのゲーム事情について聞かせてください。日本のゲームはタイでどれくらい人気があるのでしょうか。
Tubloy氏:
タイのゲーム市場はここ数年で急成長しており,特にeスポーツがめざましい伸びを見せています。日本のゲームはタイでは非常に人気があり,私たちも小さいころから遊んでいますよ。
4Gamer:
「Home Sweet Home」や「ARAYA」など,タイ産のホラーゲームが日本で注目を集めていますが,タイではホラーゲームが特に好まれるのでしょうか。
Tubloy氏:
タイ人はホラー好きで,特に映画やゲームが人気を集めています。今までタイ産のホラーゲームがあまりなかったこともあるでしょうが,私たちの「Home Sweet Home」もとても人気になっています。「バイオハザード」「サイレントヒル」「零」シリーズも人気です。
4Gamer:
最後に,日本のプレイヤーにメッセージをお願いします。
Tubloy氏:
まずは心の底からお礼を申し上げたいです。日本の皆さんは,我々が楽しめるファンタスティックでアメイジングなゲームを作ってくれました。また,そうした作品群は,我々が作る「Home Sweet Home」にインスピレーションを与えてくれました。「Home Sweet Home」のエピソード2もぜひ応援していただければと思います。
……あ! 最後に「サイレントヒル」の新作も期待してますからね!
CGのアートデザインから,夢のゲーム作りへ挑戦したYGGDRASIL GROUP。「タイ人にも,世界の人を恐怖させるホラーが作れることを知ってほしかった」というチャレンジ精神から生まれた「Home Sweet Home」は,好評につき,エピソード2の開発も進められているという。資金難の結果,エピソードを分割せざるを得なかったということだが,さまざまな文化を取り込んだ同作が,無事に完結を迎えられることを願ってやまない。
「Home Sweet Home」公式サイト
- 関連タイトル:
Home Sweet Home
- この記事のURL:
Home Sweet Home (C)2018-2019 YGGDRAZIL GROUP. Published under license by Mastiff. All rights reserved.