業界動向
Access Accepted第608回:Googleの「Stadia」で欧米ゲーム業界はどのように変化するのか
Googleが発表したクラウドゲーミングサービス「Stadia」は今後,欧米ゲーム業界の台風の目となるだろう。所持するハードウェアと関係なく,どんなゲームでも楽しめるうえ,アップデートの手間やチートなどの問題さえ過去の話になりそうだ。市場がどのように変化していくのか,今回の発表から考察してみたい。
ゲーム市場の大きな転換を予期させる
クラウドゲーミング
Game Developers Conference 2019会期中の2019年3月19日,Googleの基調講演で,クラウドゲーミングサービス「Stadia」が発表された。北米およびヨーロッパでは,2019年内のサービス開始が予定されている。GDC 2019のトピックをまとめた先週の本連載でも触れているが,これからの欧米ゲーム業界のあり方を大きく変えるきっかけになるかもしれない。
「Stadia」公式サイト
Stadiaについては,3月20日に掲載したGDC2019レポートで詳しくお伝えしているので参照してほしいが,クラウドゲーミングとは,コントローラからの入力やオーディオ/グラフィックス処理,演算などをサーバーで行い,結果をプレイヤーのディスプレイにストリーミングするというものだ。ユーザーに必要なのは,プレイするゲームに必要な解像度を持つディスプレイとキーボード/コントローラ,そしてインターネット環境だけで,非力なノートPCやタブレットPCでも,ハイスペックを要求するゲームのプレイが可能になる。
クラウドゲーミングの問題点として挙げられるのが,データセンターからプレイヤーの端末までの距離による遅延の問題だ。ネットインフラが未発達の国や地域も少なくないので,今のところ「地球上のすべての人が潜在的ユーザー」とまではいかないが,世界7500か所にデータセンターを持つという強力なバックボーンを誇るGoogleだけに,広範な地域で遅延の少ないサービスが期待できる。
基調講演では,4K解像度でHDR対応の映像を60fpsで出力できるとしており,現状の通信環境ですでに現在のコンシューマ機と同等以上。将来的には8K解像度で120fpsのゲームが楽しめるという。
消費者にとってクラウドゲーミングの利点は,使用するハードウェアを選ばない,ゲームをダウンロード/インストールする必要がない,遊びたいと思ったゲームをすぐに遊べることなど,さまざまだ。ゲームのアップデートもサーバー側で一括して行えるし,多くのゲーマーをイラつかせているチート行為やハッキングも簡単にはできなくなる。違法ダウンロードや不正コピー,ハードウェアとの互換性に起因するクラッシュなども過去の遺物になるはずだ。
ゲーム開発者達にとっての「Stadia」
3月22日に掲載されたGamesIndustry.biz日本語版のインタビュー記事で,Googleの副社長兼ゼネラルマネージャーのフィル・ハリソン(Phil Harrison)氏は「Stadia」を,「次世代プラットフォームではなく,新世代プラットフォーム」だと述べている。過去40年間,ゲームプラットフォームはハードウェアによって分けられてきたが,「Stadia」の登場によって(時間はかかるにせよ)どのデバイスで遊ぶか気にする必要がなくれなれば,今後はハードウェアではなくサービスの内容がビジネスの中心となっていく。今後の欧米ゲーム業界の変革を感じさせる発言だ。
これまでコンシューマ機向けのゲーム開発では,ハードウェアの性能によって自分達のゲームを制限する必要が生じた。そうした制約の少なそうなPC向けのゲームにしても,やはり,過剰なハイスペックは追求できず,機能をあきらめたり最適化作業を行ったりすることは必須であった。
ハリソン氏は例として,PlayStation 4 Proの処理能力が4.2TFLOPS,Xbox One Xが6.0TFLOPSという数字を挙げた。ゲーム開発者にとっては,これが作れるゲームの上限なのだ。
しかし,AMDと共同開発したCPUとGPUをサーバーで利用する「Stadia」の場合,演算性能はPS4 ProとXbox One Xの合計を上回る10.7TFLOPSに達する。しかも複数のインスタンスを結合して処理することができるので,これにより8K解像度や何千人規模のバトルロイヤルでさえ可能になるというわけだ。
ゲーム開発者達にとっては,自分達のゲームがハードウェアに縛られない自由を手にするということになり,それが彼らのクリエイティビティを刺激することは間違いない。「Stadia」は消費者にとってはサービスであり,ゲーム開発者にとっては高いスケーラビリティを持った「新」世代のプラットフォームなのだ。
インターネット空間がゲーム開発者にとってのストア
ハリソン氏は基調講演で「Stadiaは,プレイヤーのゲームへのアクセスを拒むバリアをなくす」と述べており,Chromeのリンクボタンがすべてのゲームの開始点になる。デベロッパやパブリッシャの公式サイトで,例えば「Play」と書かれたボタンを押せばすぐにゲームが遊べるし,TwitterやDiscord,Reddit,さらにはGmailやGoogle検索などに「Play」リンクを貼り付けておけば,どこからでもゲームを見つけてプレイが可能になる環境が実現できる。基調講演でハリソン氏はしばしば「Stadiaストア」という言葉を使っており,これは「インターネットのすべてがゲーム開発者にとってのストアになる」という意味だろう。
基調講演ではYouTube関連の紹介に多くの時間が割かれており,Google傘下のYouTubeを「Stadia」のショールームとして機能させてくる可能性が高い。壇上に立ったYouTubeのゲームディレクター,ライアン・ワイアット(Ryan Wyatt)氏によれば,毎日2億人がゲームコンテンツを見るためにYouTubeを訪れているとのことで,ゲームはYouTubeにとって不可欠な存在になった。Amazon陣営のTwitchはライブ配信に向いているが,ゲームメーカーが新作のトレイラーを配信する場所は,YouTube以外にほとんどない。
YouTubeを重視しているという意味で,専用コントローラにゲームのパフォーマンスを阻害することなくリアルタイムで動画配信ができる「シェアボタン」が組み込まれていたり,YouTubeでのストリーミング配信を見ている人が,そのゲームに飛び入りで参加できる「Crowd Play」機能が「Stadia」の特徴としてアピールされているのも納得できる話だ。AIや機械学習を使うと思われる「Google Assistant」機能も,Googleならではの試みだと言える。
10月29日に掲載した本連載でもお伝えしたように,「Project Stream」と呼ばれたテスト段階からGoogleに協力していたUbisoft Entertainmentは,新たなプラットフォームに強い興味を示すメーカーとして知られている。さらに,「DOOM Eternal」のBethesda Softworksや,「NBA 2K19」の2K,「シャドウ オブ ザ トゥームレイダー」のSQUARE ENIXといったゲームメーカーの名前が基調講演に登場しており,さらに,詳細は未定ながらもTequila WorksやQ-Gamesなどが協力を表明している。すでに1000以上の開発キットが配布され,100以上のプロジェクトが進行中であるという。
「Stadia」にどのようなビジネスモデルが採用されるのかは不明だが,今までのGoogleの動向を見る限り,同社はユーザーデータの収集や広告への関心が強く,既存のプラットフォームホルダーのようなアプローチを行わない可能性が高い。「Stadia」が利益を挙げられるかどうかについて疑問を持つアナリストも少なくないが,プロモーションなどはデベロッパやパブリッシャがインターネット空間をどのように使うかに一任されるという,非常にフェアなマーケットになるかもしれない。
欧米ゲーム市場において,クラウドゲーミングサービスはこれまでにもいくつか試みられてきたが,いずれも大成功を収めたとは言い難い。また,既存のプラットフォームホルダーがどのように対抗していくのかも気になる。こうした状況下で,2019年以降の欧米ゲーム業界は,大きな節目を迎えることになるだろう。
著者紹介:奥谷海人来週4月15日の「奥谷海人のAccess Accepted」は,筆者取材のため休載します。次回の掲載は4月22日を予定しています。
4Gamer海外特派員。サンフランシスコ在住のゲームジャーナリストで,本連載「奥谷海人のAccess Accepted」は,2004年の開始以来,4Gamerで最も長く続く連載記事。欧米ゲーム業界に知り合いも多く,またゲームイベントの取材などを通じて,欧米ゲーム業界の“今”をウォッチし続けている。
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