イベント
[GDC Summer]「Sky 星を紡ぐ子どもたち」,アートワーク進化の軌跡を日本人リードアーティストが語る
「Sky」の湧き上がる雲の様子に,日本的な印象を覚えた日本人ゲーマーは少なくなかったはずだが,筆者は本作のリードアーティストが日本人だったということを,残念ながら知らなかった。自己紹介によれば田邊氏は以前,アニメーションやゲームなどをFlashで制作するミネソタ州の小さなスタジオで働き,グラフィックデザインのほかプログラムも担当していたというマルチタレントぶりだ。
「Sky 星を紡ぐ子どもたち」公式サイト
そんな田邊氏がthatgamecompanyに参加したのは2012年のことだったが,そのときに見せられたのが,「Sky」のプロトタイプだったとのこと。その段階からでも7年にわたって開発が続けられたことになり,モバイルデバイスをメインターゲットにした作品として,この開発期間は珍しいという。ちなみに,thatgamecompanyがクオリティの高いゲームメーカーとして知られることになった,「風ノ旅ビト」をリリースしたのが2012年のことで,田邊氏は,それに続く新企画に少数精鋭のスタッフの1人として携わり,独特の世界観の誕生に一役買うことなった。
Skyのゲームコンセプトは開発初期から明確
田邊氏が最初に行ったのは,世界観を表現するためのスケッチだった。田邊氏が何枚も描いたスケッチから,雰囲気をつかんでいるとされたものがゲームデザイナーによって選ばれ,それらをプロトタイプに落とし込んでいくという作業が続いた。田邊氏は40枚ほどのスケッチを紹介し,「これらすべてが歩き回れるような状態になり,私としては非常に楽しかったです」と話す。
もちろん,ただ複数のプロトタイプを作っているだけではゲームは完成しない。重要なのは,その世界が(アートによって)どのような意味を持つのか,そしてプレイヤーに何を話しかけるのかだという田邊氏は,2017年に公開したティザー映像を紹介し,「光を広める」「雲の中を飛び回る」,そして「人々が手を取り合ってつながる」という3つの柱を中心にした明確なコンセプトを開発チームが打ち出していたと述べた。まだこの時点では発表されていなかったが,より多くの人にプレイしてもらえるようにスマホアプリをメインとしてリリースされることも決まっており,家族や友人,あるいは恋人同士でプレイしてもらうことを期待していたという。
ここで,Skyのゲームコンセプトをより明確にしておくと,「ヒューマニティ」(人間性),「ワンダー」(驚異),「コミュニティ」となっており,新しい機能を盛り込むときなどは,このルールに基づいているのかを確かめたという。
ヒューマニティ
- 移動,飛行,パズル,場所,イベントなど,すべての面で他の人とプレイすることが楽しいと思えること
- 「ほかのプレイヤーの痕跡」をどこでも感じられ,また自分の痕跡も残せること
- 自分の弱さをさらけ出し,心を開ける安全な場所の提供
ワンダー
- 美しいが,少しずつ闇に飲み込まれつつあるという,まるで「宮崎アニメ」をプレイするような,あるいはホグワーツ魔術学校に参加したような体験
- 自分1人ではダメだが,ほかの人と一緒にいるとインスパイアされて闇に対抗できるようになる
- プレイヤーの興味を常にかき立て,その謎を解き明かしたくなるような仕掛け
コミュニティ
- 毎日何か新しいことが体験できる,テーマパークのような生きた世界
- 自分の個性を表現できるキャラクター作り
- 自分がコミュニティの一員であると感じられること
アーティストの田邊氏にとって,以上のルールをどのようにビジュアルとして確立するかが課題であり,ルールをより掘り下げていく必要があったという。そこで使われたのが「エモーショナルカーブ」という,プレイヤーがどのように感じるかをグラフにして表現したものだ。20世紀を代表する神話学者,ジョーゼフ・キャンベル(Joseph Campbell)氏の理論,「The Hero’s Journey」に基づき,thatgamecompanyがアレンジしたものだという。キャンベル氏の神話論が「スター・ウォーズ」にも使われているのはよく知られた話だろう。詳細は語られなかったものの,thatgamecompanyのエモーショナルカーブは,特定の目的を達成するごとにプレイヤーに与えられる感情的な影響をコントロールし,それを大きな1つの波としていくために利用されたようだ。
田邊氏にとっても,どのようなアートを作っていくかを考えるうえで,このグラフは大きく役立ったという。
時間,生命,そして文明の興亡というコンセプトの融合
「Sky」には,さらに考慮すべき3つのテーマがあったと田邊氏は言う。それが「時間」「生命」そして「文明の興亡」で,民族や性別を超えてすぐに理解できるユニバーサルなテーマであり,それぞれを表現するためのカラースキームが作られたという。
「時間」と感情を表現するカラースキーム
- 夜明け:目を覚ましたあとの,少し夢見がちで希望のある時間帯
- 日中:広がる青い空と暖かい色。明るく,楽しく,元気な雰囲気
- 雨:楽しいことを抑えるといった意図で,「Sky」では昼下がりに雨が降る。誰もが悲しいと感じるわけでなく,メランコリーに浸るといった複雑な感情を表現する
- 夕方:もっともドラマチックな色合いの時間帯
- 夕暮れ:夕暮れを表現する色彩は多いが,エモーショナルカーブに沿って,Skyでは精神的に最も落ち込んだ時間帯
- 夜:その日の出来事を消化するための落ち着いた時間帯。夜は闇とつながるが,光を強調することもできる時間だ
これらの時間は,「生命」の「誕生期」「幼少期」「青年期」「成人期」「中高年期」「老年期」に対比できる。例えば,「夜明け」の時間帯は生命の「誕生期」でもあり,生まれたての何も知らない赤ん坊が大きな世界を眺めるような気分になることを強調したり,スピリットと出会って「手引き」を意味するジェスチャーを学んだりなどといったゲームシステムに反映させることが可能だ。
同様に,「雨」の時間帯は「青年期」であり,より複雑なジェスチャーを学んだり,遠方が見えない迷路のような複雑なレベルデザインによって思春期の悩みを表現するといった変化が付けられた。さらに,「中高年期」では,ミドルエイジクライシスとも呼ばれる,衰えへの恐怖心を描き,そして,すべてを悟った「老年期」では,何かが整然と並んでいるような規則的なマップでジェスチャーも儀式的になるといった感じだ。
このような,ある意味,哲学的な時間/生命の区分は,ゲーム中に登場する「エルダー」達のデザインにも生かされた。「誕生期」(夜明け)には見上げるような大きさのキャラクターに,「青年期」なら,ちょっと物知りでイケてるおばさん風に,日中なら運動神経が良くて憧れるが,必ずしも仲がいいというわけでもない友人風にデザインされたという。
さらに,「文明の興亡」も,この流れと連動している。つまり,もう一度まとめておくと,以下のようになる。
夜明け = 誕生期 = 原始社会(すべてが興味の対象であり,不思議に満ちている)
日中 = 幼少期=自然共生社会(農業や漁業などにインスパイアされたアート)
雨=青年期=工業化社会(工場や木材所などをテーマにした,より複雑な施設)
夕方=成人期=文明の絶頂(すべてが大きく美しく,ゴージャスな風景)
夕暮れ=中高年期=アポカリプス(すべてのものには終わりがあることを示す)
夜=老齢期=アポカリプス後(破滅を脱したあとは,科学ではなく神秘的な世界観へ)
これらの複雑な世界観がまとめられ,エモーショナルカーブに適応させることで,アーティストとして,色彩やムード,照明,スタイル,建物の構造といったものの表現がより明確になったというわけだ。筆者自身,プレイ中には気づかなかったものの,さまざまな思考が体系化され,うまくゲームに落とし込まれていることに,驚嘆せずにいられない。
キャラクターの完成まで
環境同様に,thatgamecompanyのアートチームは,Skyのプレイヤーキャラクターについても試行錯誤を続け,膨大な数のデッサンを描いたという。「風ノ旅ビト」では腕のない,極端に抽象化されたキャラクターが使われていたが,それは「腕はゲームプレイに関連しない」という理由によるものだと田邊氏は述べる。「Sky」では,前作のシンプルなデザインを継承しつつ,キャラクターを通してどのようなメッセ―ジを伝えるかに焦点があてられたという。
「Sky」は,飛ぶことがゲームの基本で,飛ぶことを夢見る無邪気な姿をとおしてプレイヤーに「子供の頃の体験を思い出させる」ことがテーマでもあるため,その点を考慮すると,人間の子供のようなキャラクターが理想的だったのだが,マルチプレイをメインとしたゲームでもあるため,同じ風貌の少年少女が何人も画面に出てくるのは望ましくない。そこで,キャラクターに飛行をイメージさせる幅広のポンチョを着せ,マルチプレイ向けにポンチョのカスタマイズ機能を持たせることで,問題を回避したという。
髪の毛や肌の色は現実社会の人種の違いを連想させることもあって,すべての人を表すものとして白い頭髪が採用されており,「どんな人種でも,最後はみんな白髪になる」というメッセージも込められているという。田邊氏も,「個人的に,この選択は非常に気に入っています」と話しており,同様の理由で肌の色も,灰色っぽい青色が使われている。
キャラクターの表情をどのように描くべきかという点も課題だった。ニコニコ顔では悲しい状況にそぐわないし,楽しい場面で悲しい顔をしていたら違和感を覚えるだろう。そのため,表情そのものはニュートラルなものとし,マスクをかぶるというコンセプトを導入することでこの問題を解決したという。マスクはカスタマイズ要素にもなり,ポンチョと同様,それぞれのプレイヤーが個性を投影できる。
こうして,ふさわしいと思われるキャラクター像にたどり着いたものの,「風ノ旅ビト」と同様,果たしてキャラクターに腕は必要か? という疑問もあった。しかし,ゲームデザイナーとエンジニアがプロトタイプを作り上げたとき,2人のキャラクターが,手をつないで夕陽を眺めるという光景から,「Sky」が持つシンプルだが重要なメッセージとして「手をつなぐこと」が浮かんできたという。
もちろん,以上のようなデザイン哲学がプレイヤーにどのように伝わるのかは,ゲームをリリースするまで分からなかった。発売後,「Sky」に対するプレイヤーやメディアの評価は高く,開発チームも胸を撫でおろしたという。とくに政治的な問題が発生している地域の人や,これまでゲームをプレイしたことがないという層,さらに,開発チームが想定していたように家族でゲームを遊んでいる様子を収めた写真には,田邊氏らも感動を覚えたとのことだ。
田邊氏は最後に,「もしアートワークを描く中で疑問が出てきたら,ゲームがどんなメッセージをプレイヤーに送るのかという根本に立ち返るべきだと思います。我々の場合,ポジティブで感情豊かな体験ができる,タイムレスなインタラクティブエンターテイメントというテーマで,エモーショナルカーブというシステムを採用して,多くの年代の人にアピールするゲームを作っていきました。自分が与えようとするメッセージを信じ,そこから踏み外れないようにすべきです。メッセージを受けた人からの反応があったとき,ゲーム開発者として大切な報酬を得ることになるでしょう」と述べてセッションを締めくくった。
「Sky 星を紡ぐ子どもたち」公式サイト
4Gamer「GDC Summer」掲載記事一覧
- 関連タイトル:
Sky 星を紡ぐ子どもたち
- 関連タイトル:
Sky 星を紡ぐ子どもたち
- この記事のURL:
キーワード
2017 (C) thatgamecompany all rights reserved
2017 (C) thatgamecompany all rights reserved