業界動向
「スクメロ」で学ぶ,モーションキャプチャの制作現場。アクターのダンスが“3Dキャラのダンス”になる瞬間を見てきた
今回は本作で扱われている“モーションキャプチャ”の制作現場を目にするべく,アイドルチーム「アプリコット・レグルス」(以下,レグルス)の桐原香澄さん(CV:宮崎珠子)と一緒に,アクターのダンスが“3Dキャラのダンス”になる瞬間を見てきた。
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香澄さんとスタジオ内に潜入
今回お邪魔したのは,デジタルコンテンツの制作会社「D1(ディーワン)」が東京・恵比寿に構えるモーションキャプチャスタジオだ。スタジオは駅から離れた閑静な住宅街の中にひっそりとあるので,たとえ周辺住民であろうと注意深い人でなければ,そこにモーションキャプチャの施設があるなんて気付かないかもしれない。
そんなわけで,少し迷子になってから件のスタジオがあるという建物にたどり着いた。D1の看板を見つけて,恐る恐る近づいていくと――どうも香澄さん,おはようございます。
リエール色の重厚なドアの向こうには,地下へと続く階段があった。とりあえず下っていくが,あれ,思った以上に長い。周囲の担当者に尋ねてみたところ,どうやらスタジオは地下2階相当の場所にあるらしい。おそらく周辺環境への騒音の配慮なのだろうが,個人的には「秘密基地みたい」という印象を受けた。
階段を下りきり,重くて頑丈そうな防音扉を開けたその先に,本日の目的地であるモーションキャプチャスタジオが広がっていた。パッと見は演劇などの稽古場のような感じだが,どちらかというと,やっぱり秘密基地みたい。
ここは,スクメロのゲーム内に収録されるアイドル達のダンスを「モーションキャプチャ」で撮影する場所だ。モーションキャプチャの概要については,4Gamerでもさまざまな形で紹介してきたが,今回は知らない人のために簡単な説明をしておこう。
モーションキャプチャとは,リアルの人物や物体の動きを記録し,3Dグラフィックスやアニメーションの動きに利用する技術だ。スクメロの場合は,現実のアクター(ダンサー)の動作を特殊なカメラで撮影し,そのデータを元に,キャラクターが腕を上げたり,足で飛んだりする動きに変換している。
プログラム上でキャラクターの動作を計算するより,もっと“人間らしい動き”になりやすいことや,グラフィックス制作にかかる負担を軽減できることから,昨今のゲームや映画などの制作現場において,モーションキャプチャは普遍的な技術の1つとして取り入れられている。
キャプチャ技術は現在,さまざまな方法が確立されているが,D1のスタジオではカメラとマーカーを利用する「光学式キャプチャ」で撮影するという。これは“よく目にするモーションキャプチャの光景”としてもお馴染みの方式なので,写真や映像などで見覚えのある人もいるかもしれない。
光学式では,アクターは全身に反射マーカーを配置した「モーションキャプチャスーツ」を着用する。撮影に使用するカメラは人体や物体を映さず,スーツ上のマーカーのみを捉えるので,記録した映像には“アクターの人体に沿った無数の点”だけが映される。その点と点をテクスチャでつないでいけば,アクターの動きをそっくり反映したキャラクターが生まれるわけだ。
これらの制作工程は,「開発ディレクターと振付師が相談してダンスを制作」→「振付師がアクターにダンスを指導」→「アクターによるモーションキャプチャ撮影」→「データを開発陣に納品」→「データをキャラクターのダンスに変換」になるという。付け加えれば,「それをキャストが覚えてライブで披露」までつながっていく。
それにしても,ライブ鑑賞などの経験はある身だが,プロのダンサーのダンスを間近で見たのは今回が初めてであった。近距離で振り付けを見ていると,なんていうかこう,「人間にこんな動きができるのか」と感じた。腕も指もすべて,身体の動きが軽くて,柔らかくて,同じ人間とは思えない。恐れ入る。香澄さんも隣で「私も最初は人間にこんな動きができるなんて,って思いました」と口にしていた。
今回の楽曲のダンスのモーションキャプチャでは,実際に曲を流しながら,アクターのダンスを撮影していった。現場では,1曲通しの撮影から始まり,担当者一同で撮影データの修正箇所を確認,また1曲通しの撮影,さらに細かな修正箇所を調整,もう一度1曲通しで撮影,オーケーお疲れさまでした,となった。新曲のダンスは,わずか15分ほどで完成を迎えた。
次の曲に行くまでの間,アクター陣にちょっと話を聞いてみたところ,新曲撮影までに1曲のダンスを覚える練習時間は,なんと数時間で済んでしまうのだとか。踊りの経験も尺度も持たない人間からすると,「さすがプロやで」と言うほかない。
ちなみにモーションキャプチャの撮影データは,ゲームデータに変換する際に細かな修正をかけることもあるという。ただ,スクメロでは基本的に“アクターの生き生きとした動き”を活かすため,そのままゲームに落とし込んでいくケースが多いようだ。
今回は一例として,開発陣より提供してもらった「アクターのモーションキャプチャの撮影風景」と,実際にゲーム内に収録された「完成版のPV」の比較映像を紹介していく。PVにはカメラ演出が挿入されているものの,リアルと3Dグラフィックスのダンスがどのように同期しているのか,各々で比較してみると面白いかもしれない。
また,今回は撮影に立ち会っていたスクメロのダンスの振付師,MAMIさんにも話をうかがうことができた。モーションキャプチャに関するこれまでのアレコレを尋ねてみたところ,どうも「アイドルっぽい可愛らしさを出すためには,キビキビしてはいけない」ようで――。
振付師のMAMIさんに話を聞く
4Gamer:
MAMIさんはスクメロのダンスの振付師をやられているとのことで。
MAMIさん:
はい,そうです。
香澄さん:
私もレッスンでお世話になっています(笑)。
4Gamer:
ダンサー業界に疎いので恐縮なんですが,振付師やダンサーというのは,なにか仕事の区分けがあるんですか。
MAMIさん:
区分け……みたいなものがあるわけではないですね。私自身,ダンスのプレイヤーもやりますし,インストラクターもやりますし,こういった形で作品の振り付けを担当することもあるので。
4Gamer:
我々で言う「プレイレビュー」と「インタビュー」といった,仕事内容の違いというわけでしたか。では,MAMIさんがスクメロに関わり始めたのは,どれくらい前のことになるのでしょう。
MAMIさん:
ゲームとは約1年前からの付き合いです。でも,レグルスとは割と最近になってからでした。彼女達と初めて会ったのはたしか,今年のゴールデンウィーク明けくらいからでしたか。本格的に指導を開始したのも,8月のお披露目ライブで,2曲のパフォーマンスをやることが決まってからです。
香澄さん:
ですです。
4Gamer:
モーションキャプチャの存在って,ダンサー業界に舞い込んできた新しい仕事の形なのかなと思っていたんですが,MAMIさん的にはいかがですか。
MAMIさん:
うーん,そうですね。私はモーションキャプチャも含めて,ゲーム会社さんとはいろいろとやらせてもらってきたので,個人的には最近ってほどでもないかもしれません。
4Gamer:
なるほど。ゲームとは結構,縁が深いんですね。
香澄さん:
ちなみにダンスの先生はMAMIさんともう1人,別の先生もいるんです。
MAMIさん:
スクメロでは2人体制で,その人と交代でやってます。
4Gamer:
へえー,2人体制。
香澄さん:
そういえば私,ずっと気になっていることがあるんですけど。
MAMIさん:
なになに?
香澄さん:
歌の振り付けを作るときって,やっぱり「この子ならこう踊る」みたいなことを考えるんですか?
MAMIさん:
基本的なダンス以外の部分で,“元気なこの子ならこういうポーズ”みたいなキャラクター性が出るものは,ディレクターさんに提案をもらったり,相談したりしてるかな。
4Gamer:
先ほど外で耳にしましたが,一番初めにモーションキャプチャでダンスの撮影したときは,なんでも「動きがキビキビしすぎていた」とか。
MAMIさん:
ああー,ありましたねー。
香澄さん:
“よりアイドルっぽくなるようにした”って言ってましたね。
MAMIさん:
アクターの子達は全員プロのダンサーなんですけど,スクメロのアイドル達が踊るダンスと,ダンサーの彼女達が普段やっているダンスは,ちょっと違ったんです。なので,最初の撮影時は皆の動きがプロっぽく,キビキビしすぎちゃったんですよね。
4Gamer:
“キレが良すぎる女子高生アイドル”となると,ちょっと素人感が薄いかも。
香澄さん:
(笑)。
MAMIさん:
ダンサーの皆とは,それらのバランスをいろいろと調整してきました。今はそうですね,ちょっと下手に見えるように踊る……というわけじゃないんですけど,振り付けにしても,実際のダンスにしても,“より可愛らしく”をイメージしています。
4Gamer:
正直,2次元も3次元も含めてアイドル通とは言い難いのですが,アイドルグループのダンスって,ほかのグループのものと似通っちゃったりはしないんですか。
MAMIさん:
「2ステップ」みたいな,名前が付いている動作は大体共通しちゃいます。ただ,同じステップでも手の動きをアレンジすれば,表現をいろいろと差別化できるんです。工夫の余地って結構あるんですよ。
香澄さん:
細かい仕草がいろいろとあるんですよね。
4Gamer:
(よく分かってないけど)なるほど,深い。ちなみにスクメロのモーションキャプチャはこれまで,ダンサー陣もずっと同じ面子なんですか。
MAMIさん:
そうです。私が振付担当のときは,最初からずっとあの子達です。
4Gamer:
それなら長く続けていることで意識の共有も醸成してきて,撮影も早く終わったりしそうですね。
MAMIさん:
ですね。「こういう動きはゲームで可愛く見えない」とか,「ちょっとだけ内股意識」とか,「手をスッと下げるんじゃなくて,ピンッと曲げる」とか,アイドルっぽさをイメージして踊ることに慣れてきた分,口にしなくても各々で修正してくれるのでスムーズです。最近の撮影は,テイク3くらいで完成しちゃいますし。
香澄さん:
さっきの撮影も,本当に細かなリテイクで終わっちゃってましたもんね。
4Gamer:
モーションキャプチャの場合,ダンサーに1曲のダンスを指導するのに大体どれくらいの時間がかかるんでしょう。
MAMIさん:
大体,4〜5時間くらいです。
4Gamer:
うへ,本当にそんな短時間で,数分間のダンスを覚えてしまえるんですね。
MAMIさん:
でも,指導後に皆が全体練習をしたりして,今日みたいな本番に臨んだりすることもあるので,もうちょっとかかっているかも。
香澄さん:
私の場合,簡単な曲でも3日くらいかかります。難しい曲ならもっとです。ライブで複数曲のパフォーマンスをするときは,新曲を練習しつつ,既存曲を復習しつつで,いっぱいいっぱいに……(笑)。
4Gamer:
そろそろ曲数が積み重なってきましたもんね。
MAMIさん:
今やってる“東名阪ライブ”も5曲あるもんね(※取材実施日は2017年11月9日)。
香澄さん:
そうなんです! すっごくドキドキしてます!
4Gamer:
MAMIさんはレグルスのライブにも付いていかれるんですか?
MAMIさん:
私の担当は,スクメロのダンスを制作して,それをダンサーやキャストに渡すまでなんです。ライブのリハーサルでダンスチェックをすることもありますが,常に付いているわけじゃないんですよね。なので,ライブでのダンスは皆の頑張りが大きいんです。
香澄さん:
今日,ダンサーさん達のダンスを見ていて,「ああーこんなにキレイに踊れるんだ」って思っちゃったので,私もライブでもっと頑張らなくちゃって。
MAMIさん:
頑張らなくちゃだよね!
香澄さん:
「桐原香澄」の身体能力をこれ以上,落としちゃいかんと思いました……(笑)。
MAMIさん:
1stライブ(※Apricot Regulus 1stLIVE 〜PLANET!PLANET!PLANET!〜)まで,今日で残り1か月を切ったし。
香澄さん:
「ふぁー!」って感じです。でも頑張ります!
スクメロを介して目にしてきた,今どきのゲーム制作の1シーン。モーションキャプチャについては機材や設備,デモンストレーションなどで目にしたことはあったが,実際の収録に立ち会ったのは今回が初めて。しかも,何より刺激的であったのが“プロのダンサーの仕事”だったから,個人的にも驚いている。
モーションキャプチャというと,その近未来的なデジタル技術や,(一般人にとっての)物珍しさに目が向きがちだが……なるほど,それらを通して表現を形にしているのは結局のところ,身体性を生業としたスペシャリストの力なのだろう。それらを一緒に目にしていた香澄さんも,今後のライブ公演に向けてより一層気合が入ったようである。
なお,インタビュー中にも出てきた1stライブ「Apricot Regulus 1stLIVE 〜PLANET!PLANET!PLANET!〜」(昼夜2公演)は,2017年12月9日にヤマハ銀座スタジオで行われる。こちらのライブの抽選受付はすでに済んでしまっているものの,興味がある人はSNSなどでその動向を追ってみるのもいいだろう。
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