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[CEDEC 2018]「テクスチャー」にこだわるハリウッド映画音楽の演出術
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印刷2018/08/28 19:43

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[CEDEC 2018]「テクスチャー」にこだわるハリウッド映画音楽の演出術

カプコン サウンドプロダクション室 室長 岸 智也氏(左),Teddix Music CEO / Creative Director 備 耕庸氏(右)
画像集 No.001のサムネイル画像 / [CEDEC 2018]「テクスチャー」にこだわるハリウッド映画音楽の演出術
画像集 No.002のサムネイル画像 / [CEDEC 2018]「テクスチャー」にこだわるハリウッド映画音楽の演出術
 2018年8月22日,神奈川県・パシフィコ横浜で開催された「CEDEC 2018」「ハリウッド映画音楽の演出術」と題された講演が行われた。

 本セッションは,CEDECのサウンド講演者としては常連のカプコン岸 智也氏がモデレーターを務め,映画の本場ハリウッドで活動している備 耕庸氏が実際のハリウッド映画音楽の演出について語る,というトークセッションとなっていた。岸氏といえば「ゲームで使われる最先端技術の説明,または紹介」が多いのだが,今回は音楽制作に照準を当て,ひたすら最先端のハリウッドの音楽制作技法について備氏が語るという体裁だ。ゲームから映画へ,映画からゲームへと,その垣根が以前より低くなっている現状を考えると,非常に興味深い講演といえる。

 備氏はアメリカに渡って「15年くらい」(備氏)という大変長い在米経験を有している。普段は「Soundtrack Music Associates」という組織で作曲家エージェントの仕事をする傍ら,Teddix Musicという自らの会社では,海外のプロダクションと日本のプロダクションとの間で音楽や効果音に関わるプロデューサー的な動きをしているそうだ。

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 まず,この「作曲家エージェント」が日本では馴染みがない職業なので,そこの説明から始まった。曰く,アメリカらしい仕事であり「日本で言うところの音楽制作会社,例えばミラクルバスやフェイスミュージックといった会社の役割に近いのだが,エージェンシーは基本的に音楽制作はせず,あくまで作曲家をクライアントに紹介し,その後ビジネス的な交渉・契約を行うのが一般的」(備氏)な仕事だそうだ。

 注釈を入れると,日本の音楽制作は基本音楽制作に携わる人たちが音楽制作会社に属し,音楽制作会社が仕事を受注,制作以外の交渉や契約などまで制作会社が行い,実際に支払を受けるのも制作会社だが,アメリカの場合,作曲家は組織に属していない場合も多く,日本の音楽制作会社が行う制作以外のあれやこれや,交渉,契約などをエージェントが行い,支払は作曲家が受け取り,そこからエージェントにしかるべき対価が支払われるというシステムだ。
 日本とアメリカでは,そもそもこういうシステムが確立されるに至った文化的背景などが異なるので,どちらがいいかではなく,とにかく仕組みが違うのだという理解で構わない。より「個人」の存在感が大きいのがアメリカ式とも言えるだろう。

 ここからスライドにあるトピックが語られていく。日本でいう「劇伴」,要は映画やアニメ,ゲームなど映像のあるコンテンツで用いられる音楽と,海外でいう「劇伴音楽」には大きな違いがあり,海外だと一般的に劇伴音楽には「スコア」と「ソング」という二つの概念が存在するそうだ。

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 「スコアというのはいわゆる作曲家が(そのコンテンツのために)書き下ろす,(たいていは)ボーカルの入っていないインストゥルメント曲(器楽曲)のことを指す。歌詞がなく,映像に合わせて,日本と少し違って,一般的にはテレビドラマでも毎回書き下ろす(備氏)」。例えばシンプソンズだと580話くらいあるが,580回レコーディングしているそうだ。最初にまとめて数十曲作っておいて使い回す日本のアニメやドラマとはこれだけでも随分異なるのが分かる。このように,そのコンテンツ専用として書き下ろされている楽曲を「スコア」と呼ぶ。

 一方「ソングとは,ビルボードやオリコンといったヒットチャートを賑わす歌モノ,もっと言うと既存楽曲のことを指す。従って,観客にとってはより馴染み深い曲が多い(備氏)」。例えば「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:リミックス」という映画だと,スコアはタイラー・ベイツという作曲家が書いているが,ソング,つまり歌モノは原盤権とシンクロ権からなるライセンスを受けている。同2ではELOの「Mr. Blue Sky」という既存曲が使われているが,もちろん作曲家のタイラー・ベイツが書いているわけではなく,すでに存在する同曲のライセンスを受けて,その曲を(そのまま)劇中で流している。

 「日本の場合だとたいてい劇中に登場する歌モノも劇伴作家が作ったり,既存曲を編曲して使うことが多く,一般的にはライセンスを受けて既存曲を使用するケースは少ない。代わりにアーティストとのタイアップ曲を用意することが多い」(備氏)。
 海外の場合,「スコアが劇中にある音楽の中の5割から8割,残りをソングがカバーしている。映画だと5〜15曲くらいライセンスしてもらう。テレビだと3〜10曲くらい」(備氏)だそうで,前述のガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:リミックスだと14曲ソングのライセンスを受け,それとは別にタイラー・ベイツがスコア曲を書き,サントラもいわゆるコンピレーションアルバムである「ソング版」のサントラと「スコア版」のサントラを別々にリリースするということを行っている。
 なお,ソングは例えば劇中のラジオから流れたり,カフェで流れたりするような演出まで含め,劇中で使われるすべての既存曲のことを指すそうだ。

 さらに踏み込んで,海外(ハリウッド)でスコアとソングを使い分けが,どういう基準なのかが紹介された。

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 ソングを使う理由,スコアを使う理由について述べていたが,実はここには大きなメリットがあるという。
 再びガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:リミックスを引き合いに出すと,冒頭で使われているELOの「Mr. Blue Sky」は,スコアを担当するタイラー・ベイツが得意としない作風の楽曲で,そのような作風の楽曲をタイラー・ベイツに依頼したら,もちろん書けるだろうが,彼自体は決して実際ライセンスで使われているような曲が得意なわけではない。
 日本の劇伴だと,作家がいわゆる日常曲も書いて,コメディ曲も書いたりと,いろんな曲を書かなければいけないのだが,ハリウッドは非常に細かく棲み分けされているので,ソングを使うことによって,コメディの曲を書けない作家が無理をしてコメディ曲を書く必要がない。
 だからこそ映画の作家という職業には高い専門性があり,例えば本当に暗い曲しか書かない作家もいる。実際にヒップホップ映画のスコア作家が1曲もヒップホップの曲を書いておらず,ヒップホップの曲はすべてライセンス供与の形でソングを使用した作品もある。ソングのライセンス供与という手段がなければ,映画の監督としても,作曲家を選ぶ際にヒップホップが書ける作家の中から選ぶしかなく,実はヒップホップ曲が書けない作風の作家にスコアを書いてほしくても選べないということになってしまう。ソングとスコアを分ける一番のメリットはここになる。

 一方,デメリットとしては,ライセンス供与の分,当然ライセンス供与料が必要となる。「ちょっとした情報だが,オープニングでかかるELO『Mr. Blue Sky』だと,どんなに安く見積もっても一曲で1000万から2000万かかる」(備氏)。それだけで大変な金額なので,これがデメリットと言えよう。

 日本にはほぼない「ソング」を誰が選ぶのか,という岸氏の質問に対して,備氏は「日本では聴き馴染みのない『ミュージックスーパーバイザー』という職業がある。彼らは『選曲のプロ』であり,ラジオのDJのようでもあるが,例えば映画の脚本を読んで,あるシーンにフィットする歌詞が含まれる楽曲を思い浮かべ,それをその映画の監督に提案する。と同時にその楽曲を使用するにはライセンスを受ける必要があり,それにはもちろん費用がかかるので,どの曲にどのくらいの費用をかけるか,例えばこの映画ならこのくらいの予算だからライセンス全体で3000万,その中でビートルズの1曲で1000万かけるから,残り2000万でどういう曲を使うか,などライセンス関連の予算配分を考えながら,クリエイティブな選曲を同時に行う」(備氏)と説明する。

 ミュージックスーパーバイザーの中でも著名な方だと,このレベルの楽曲が使えるとかいうことはあるのか? という岸氏の質問に対しては,再度ガーディアンズ・オブ・ギャラクシーを挙げ,「同映画のミュージックスーパーバイザーはデイブ・ジョーダンという人で,マーベル映画のミュージックスーパーバイザーを必ずやっている人。この方が手がける映画のサントラはすごくヒットするという傾向がある。ガーディアンズ・オブ・ギャラクシーもサントラチャートにランクインするだけでなく,ビルボード自体にもランクインした。なので,デイブが手がけている映画のライセンスであれば,レコード会社や出版社も,例えば金額がそんなに大きくなくても(使え,)彼が手がけているということで注目され,ヒットが生まれるということもある」(備氏)。
 同様に「『グリー』の中で,ある曲,例えばジャーニーの「Don’t Stop Believin’」が劇中で歌われると,楽曲を作ったジャーニーが再注目され大ヒットする,という現象が起きたりする(備氏)」。
 ミュージックスーパーバイザーが持っているカリスマ性で,彼/彼女が担当しているならすごい映画ではないか,と信用されたり,人気のスーパーバイザーに依頼することで,普通はライセンスされないものをライセンスしてもらえたりするという現象が起きるようだ。

 続いてゲームとの関係が語られた。ゲームとの関係で言うと,ゲームの開発環境がどんどんよくなって,その結果カットシーンの挿入など,演出もどんどんシネマティック(映画的)になっている。カットシーンだけでなく,それ以外の部分も,カメラワークを含めた演出はシネマティックなものが求められるようになっている。
 実際にフォーマットとしてもサウンドも大きなデータを扱えるようになり,技術的な障壁はなくなった。その結果,より映画的なアプローチができる作家をゲーム会社も探すようになってきた。とくに最近,ゲーム会社は「ハリウッドサウンド」と呼ばれる,ハリウッドらしい,シネマティックなサウンドを探している。
 同時にハリウッドの作曲家も,かつてはどうしてもゲームは「ニンテンドー」と呼ばれ,子供が遊ぶファミコンのイメージが強かったのが,ここ最近はゲームプレイヤーの平均年齢が36歳くらいになってきていて,映画と同じくらいの大人向けのエンタテインメントコンテンツという理解に至っているとのことだ。
 映画・ゲーム業界双方にマッチする興味があり,「それがゲームで映画作曲家を使う理由であり,今は自然にシフトしていっている」(備氏)のだそうだ。

一部ではあるが,ハリウッド映画作曲家を起用したゲームタイトルのスライドが提示された
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 次にパブリックイメージとしての「ハリウッドサウンドとは?」というトピックに移る。岸氏から聴講者の大半の言葉を代弁するイメージとして「迫力があって,ドンシャリで,ブラスとストリングスがきて,『ボンバースティック』という理解なのだが,実際のところどうなのか」(岸氏)という質問がなされた。備氏はそれに対し「一般的にハリウッドサウンドというと,私もそうだったが,ハンス・ジマーなどのイメージが強いのだが,それだけではない。料理に例えると,それらはメインディッシュ。それ以外にもいろいろな料理があるように,いろいろな音楽がある」(備氏)と答えた。

 日本では,日本で公開される「ブロックバスター」と呼ばれている大ヒット映画が多いので,なかなかそれ以外の映画に接するのは難しいのだが,実はアメリカでは常に毎週20本くらい映画が公開されているそうで,その音楽のスコアはすべて「ハリウッドサウンド」だ。どういうことかというと,「映画のストーリーの中にある独特の世界観をサウンドで表現しているものが,『ハリウッドサウンド』」(備氏)だという。単に作曲的なことを意味するだけではなく,サウンドまでプロデュースして,聴いただけでその世界観にぐっと引き込まれる音で表現する,それこそがハリウッドサウンドの魅力なのだそうだ。
 「聴いただけでその世界観や景色が見える,決してアクションだけでなく,独特の,例えばストリングスはストリングスでも,スル・タスト(Sul Tasto)という奏法で80人くらいで演奏すると,非常に複雑なオーケストレーションが得られ,独特なふわっとした音になる。これがSci-Fi(日本でいうSF)映画などで使われると,宇宙の誕生のように聞こえる。これは決して爆発力のある派手なものではないが,独特の質感が得られるハリウッド映画音楽の一つだ」(備氏)。

ハリウッドにおける映画監督と映画作曲家の関係を端的に示す写真が含まれたスライド
画像集 No.006のサムネイル画像 / [CEDEC 2018]「テクスチャー」にこだわるハリウッド映画音楽の演出術

 映画監督と映画作曲家の関係についても触れられた。両者の関係はハリウッドでは対等であり,直接的で,映画作曲家と映画監督は必ず直接メールや電話でやり取りをし,ワインを一緒に飲みに行き,直接話し合いながら,作品をああしよう,こうしようということを常に話し合っている。
 その中でこういうことを考えているんだよね,という相談をしつつ,作曲家は映画監督が思っているイメージの曲を書くということもあるのだが,それ以上に,サウンドでその監督の世界観を作るという部分が非常に作曲家の重要な仕事になっていて,いわゆる音楽プロデューサー的な役割も非常に大きい。「職業作曲家というイメージより,いわゆる作曲的な部分,技術的な部分,サウンドの部分,この三つを含めて音楽演出をする『音楽演出家』というイメージのほうが,どちらかというと近いところがある」(備氏)。
 なので,映画作品は例えば監督から作曲家への一方通行ではなく,監督と作曲家のコラボレーションの結果によるものだそうだ。冒頭の質問にあった「ボンバースティックなサウンド」も話し合いの結果生まれた一つの例といえる。そのボンバースティックにしても,さまざまなアプローチがある。

 サウンド面のプロデュースにも話が及んだところで,ハリウッドにおける最近のキーワードとして「テクスチャ」が紹介された。「今や猫も杓子もテクスチャ」(備氏)な状況のようで,備氏に依頼の電話がかかってきてどのようなものを求めているのか尋ねると,「テクスチャがほしいんだよね」と言われるそうだ。
 なんでもかんでも「テクスチャ」と言われるので氏も最初何のことだろうと思っていたそうだ。それくらい今や「テクスチャ」は合い言葉になっているそうだ。

 その「テクスチャ」だが,決して新しい話ではなく,オーケストラの中にはさまざまな楽器があり,昔のテクスチャの作り方は「オーケストレーション」というカテゴリーで,オーケストラの演奏法でテクスチャを作っていき,その効果はどちらかというとよりメロディックなのに対し,備氏が「映画音楽2.0」と呼んでいる世界になってくると,どちらかというとハンス・ジマー的で,楽譜上で見ると1音だが,そこには独特の質感があり,その質感でサウンドをプロデュースしているそうだ。
 もちろんオーケストラを使っているパターンもあれば,シンセサイザを使うこともある。オーケストラを録音した後に加工するパターンもあれば,フォーリーを録音して作るようなものもあり,世界的に珍しい楽器を使うものもあったりと,実にさまざまな方法を取る。そのようなアプローチは大体効果音的な感じで音楽に加えられる。その代表がハンス・ジマーだったり,クリフ・マルチネスだったり,ヨハン・ヨハンソンだったりする。彼らは「テクスチャリッチな作家」と呼ばれているそうだ。

 ということで,その事例を実際の楽曲や制作風景を交えながら説明を行ってくれた。まずはヨハンヨハンソン。

 ハリウッドの今のトレンドの一つとして,ナインインチ・ネイルズのトレント・レズナーが映画「ソーシャル・ネットワーク」の作曲家を務めたところから,ハリウッドのほうでも「アーティストを作曲家として起用する」という流れが強くなった。そのときレコード系の作家が増えたようで,ヨハンもその中の代表的な一人だ。アーティストを起用する理由は,そのアーティストの作品自体が「テクスチャ」に包まれている感じだからだそうだ。

アイスランド出身のレコード系アーティスト。アコースティックサウンドデザイン。テープループが特徴的なヨハンヨハンソンは残念ながら最近若くして亡くなってしまった
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 アコースティックサウンドデザインは,テクスチャの代表的なアプローチの一つでもあるのだが,大編成のオーケストラをはじめ,いろいろな楽器などを使って録音して,それを加工する手法。シンセサイズをするわけではなく,あくまで何か録音したものを加工するのがアコースティックデザインだそうだ。

 テープループはヨハンの特徴的な手法で,よく使っていたそうだ。ノリのような太い録音用テープを延々とループさせる。そこに何度も同じ音を録音していく。これ自体は新しい手法ではないのだが,例えばピアノの音を200回くらい録音して,それをスローダウンしたり,プロセッシングしたり,それによって独特のピアノらしくない,非常に質感が豊かな面白い音を作る。もちろんピアノに限らず,声を使ったりもすることもある。

 ヨハンの作風を紹介するため,「ボーダーライン」という映画で使われた一曲が流れた。非常に不気味かつ印象的なまさに「テクスチャリッチ」な曲だ。

 「ボーダーライン」はメキシコの麻薬取り締まりを扱ったストーリーで暗い話なのだが,ヨハンはその曲にすごく低いストリングスに加え金管楽器を使用している。
 この方法を使っている理由として,この映画はメキシコとテキサスの間に地下トンネルがあって,そこを使って麻薬がアメリか国内に入ってくるという非常にダークな世界観を持っている。そこでいろいろな人が亡くなっていく世界の邪悪なものを表現するのに,ヨハンは低音の弦楽器でその禍々しさを表現しているそうだ。
 ストリングスももちろん入っているのだが,ピアノの音をループしまくった音も結構入っているとのことだ。実際にこのストリングスを収録したのがハンガリーのスタジオなのだが,仮にそのスタジオに行ってローストリングスを何回も録音してもこの音にはならない。なぜかというと,このテクスチャが得られるかどうかは,録音したあとが勝負だからだ。このいわゆるミキシング作業でもない,録音とミキシングの間のプロセスがヨハンの一番特徴的なところだという。
 そのプロセスが全部整ったときには,それこそ何百トラックにもなっていて,エンジニアの仕事は,このサウンドを作ることではなく,ヨハンがいろいろな感じでプロセスしたものをきれいに整理して,映画音楽のフォーマットに落とし込むことであるという。音を作るのは実はエンジニアの仕事ではない。

 次にジャスティン・メランを取り上げた。ジャスティンは「モジュラーシンセアーティスト」だ。モジュラーシンセはアメリカのLAなどで大流行で,LAでは川沿いでモジュラーシンセのライブをやっていたりするそうだ。
 そのモジュラーシンセを使っている作家はハリウッドにもたくさんいるそうだが,「実際に制作に組み込めるかというとなかなか難しい」(備氏)そうで,これはモジュラーシンセの特徴でもある「ランダムなパッチング」であったり,意図しないパッチングで意図しない音ができあがったりするところが面白いので,再現性に乏しいのがその理由だ。
 なので,モジュラーシンセを映画やテレビの劇伴でばんばん使うのは通常難しいとされているのだが,ジャスティンは全作品においてモジュラーシンセを多用しているそうだ。所有している量もすさまじいジャスティンは,そもそも質感をモジュラーシンセで出している作家だそうだ。

備氏のフェバリットであるジャスティン・メラン。マッドサイエンティスト風だが,「実際,むちゃくちゃマッドサイエンティスト」(備氏)だそうだ
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 実際に流れた曲は「先ほどのヨハンの曲はアコースティックだったが,それをモジュラーシンセでやるとこうなる」(備氏)という例であった。ヨハンのアコースティック楽器を使ったアプローチ,ジャスティンのシンセサイザを使ったアプローチ,共に禍々しさを感じるが,重要なのはそれぞれアプローチ方法が異なることで,感じられるテクスチャが異なる点だと備氏は言う。
 「今のハリウッドの世界は質感の話をするが,私はヨハンのようなアコースティックな質感でダークな感じで行きたいという人もいれば,そうではなくてモジュラーシンセの質感で行きたいですという人もいて,映画監督がそこまでイメージして作曲家を選んでいる。これこそがハリウッドサウンドの一つ。いかにその質感を作っていくかが作曲家に求められている」(備氏)。

 次にクリフ・マルチネスが紹介された。彼は元々レッドホットチリペッパーズのドラマーだが,映画音楽に転身し,スティーブン・ソダーバーグ監督や最近だとニコラス・ウィンディング・レフン監督ともコンビを組んでいる作家である。バシェット兄弟という二人が作ったクリスタルバシェット(Cristal baschet)という特殊な楽器を駆使する。この楽器には鉄素材の棒が埋め込まれていて,それがグラス棒と共に動作する。鉄の棒はそれぞれ長さと重さと位置が異なり,音程が決まっている。グラスの棒を濡れた指で優しく叩いて音を出す。その音が増幅され独特のサウンドを奏でるという仕組みの特殊な楽器だ。
 紹介された曲は先ほどまでとは打って変わって「ラブシーン」の曲であった。「この独特な,繊細なストーリーの前後を見ていなかったとしても,登場している二人の関係だとかをこの独特な質感と音楽で演出している。これがテクスチャ」(備氏)

テクスチャの代表選手の一人と紹介されたクリフ・マルチネス。スライドの左写真に写っている楽器クリスタルバシェットのオリジナルは世界に3台くらいしかないそうだ
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 その次に紹介されたのがブライアン・ディオブリエラ。まもなく公開される「シャドウオブトゥームレーダー」の音楽を手がけている。
 紹介されたビデオは衝撃的で,ブライアン本人がすべての楽器を一人で演奏し,それを多重録音して曲ができあがっていく。楽曲もパーカッシブなもので,譜面にできるようなものではない。楽器の多くはクラシカルなものではなく,楽器が大好きな筆者でも見たことのない珍しい楽器を難なく演奏している。いわゆるガチのマルチプレイヤーだ。
 備氏いわく「頭の中で鳴っている音を演奏して録音していくだけの作家。この演奏技術があって成立する作曲技術ではあるのだが,その逆も然りで,この演奏技術があるからそれを作曲に活かしている,という非常に変わったタイプの作曲家」とのことだった。

備氏が「鬼才」と評するブライアンディオブリエラ。800以上の楽器を所有し,所有するだけでなく完璧に弾きこなす,極めて珍しい楽器演奏技術を持っている作家
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 最後に紹介されたのが,備氏とカプコンサウンドチームがコラボした,「バイオハザード7 レジデント イービル」のテクスチャー音源である。機材の不調もあり,あまり音自体はあまり聴けなかったが,ストリングスライブラリ,フォーリーライブラリ,ボイスライブラリと3種類のライブラリで構成してあるそうだ。
 フォーリーは防護スーツを着て蜂の巣の中に入り,バイノーラルマイクで録った音だったり,ボイスも歌ではなくかけ声などが録音されており,録音した音を組み合わせて自由に加工できるという点がポイントだという。

 まとめとして備氏は「テクスチャという話をさせてもらったが,作品の世界観に一瞬で引き込まれる,聴いただけで『あ,あの音だ』とその独特の世界観というものが,音楽を聴かずとも音だけでその世界に入り込める,一聴しただけで引き込む感じというのがテクスチャで,これはミキシングエンジニアが行わず,エンジニアはどちらかというと最後の盛り付けの部分を担当していることが多い。なので,収録をした後で加工したり,作曲途中で加工したりという風にテクスチャは作られることが多い」(備氏)と述べた。

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 まとめのスライドにも出てきたハリウッド映画音楽3.0についても少し語られた。
 2.0の代表的な作家といえばハンス・ジマーだが,彼は今3.0にも行こうとしているそうだ。一番面白い例は映画「ダンケルク」で,サントラで聴いたときの音楽と,映画の中の音源がまったく違うのだ。
 理由としては監督のクリストファーノーランが独特の演出を非常に好み,逆に日本的な手法でもあるのだが,作曲家が書いたものをものすごくエディットするのだそうだ。単にいわゆるエディットをしているレベルではなく,テンポまで大幅に変えてしまっているそうで,「そういうアプローチがハンスの現在やっていることであり,3.0というのは,今まで以上に音楽という枠をさらに取り払い,テンポという概念すら削って,もう音楽かサウンドデザインか分からないくらいのものが3.0ではないか」(備氏)と考えているそうだ。


 最後に備氏が講演日当日朝即席で作ったというデモが披露された。ハンスの手法の一つとして,インターステラーやダンケルクではテンポを取っ払っているわけだが,それと同時に彼がよく使う手法として,シェパードトーン(Sheppard Tone)がある。日本では無限音階と呼ばれるもので,仕組みとしては三つの音が鳴り,それが上昇して,その間に下からも上がっていって,上がっていくうちにまた別の音が上がっていく。ある一定までしか音程は上がっていないのだが,永久に音程が上がっているように聞こえる。そうすることによって不安を煽る効果が演出できる。デモではそれを披露してくれた。
 これは備氏曰く「2.0だがハンスがよく使う手法でインターステラーやダンケルクでも多用している。これにパーカッションを加えることであのサウンドになる(備氏)」そうだ。

 ビジネス面から現代のハリウッドサウンドを作り上げるアプローチまで多岐にわたる非常に情報量の多いセッションだったと思う。備氏は常に柔らかい物腰でにこやかにハリウッドサウンドについて語られていた。
 一方氏が力説していたのは「テクスチャ」的アプローチだ。これは簡単に筆者がまとめると,音に対する「色」の付け方で,例えば譜面にしたらわずか1音を何で鳴らすか。大編成のオーケストラなのか,シンセサイザなのか,見たこともないような変わった楽器なのか,楽器ですらなく,効果音なのか。録音した後そのままの音を使うのか,テープループを使ったりさまざまな加工で「汚して」色をつけるのか。目的地に到達するまでにどういう経路を辿るかによって色合いが変わってくるので,その色合いを監督やクライアントは求めており,それこそがテクスチャの持つ意味だと思われる。

 実際,筆者も効果音を楽曲に混ぜ込んだり,いろいろな方法で音を汚したり,自分でさまざまな楽器を演奏したりして「色」を変えるのを好むので,「テクスチャ」についてはおそらく普通の日本人作家より理解があると思うのだが,筆者がやっていたより遙かに「偏執狂」的なものが今時のハリウッドサウンドなのだろう。日本には生息し辛い愛すべき「偏執狂」達が「テクスチャ」を求めて試行錯誤し,ありえないくらい複雑なアプローチで,ディープな色合いの音を作っていく。そしてそういう奇人変人たちを紹介し,ビジネスに昇華するエージェント達(奇人変人は大抵ビジネス面に疎いので,誰かが仲介しないとビジネスにならない)。「今」のハリウッド映画音楽を日本国内で分かりやすくアップデートしてくれた備氏と,この機会を作ってくれた岸氏にはお礼申し上げたい。

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